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異界の帝国  作者: 赤木
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第五十二話

5月10日 9時20分

バルアス共和国 ブレミアノ市郊外

共和国陸軍第26師団司令部壕




かつて炭坑として利用されていた穴……それが今では共和国陸軍26師団の司令部壕として新たな役目を与えられている。

薄暗い壕の中を照らすランプの光はお世辞にも明るいとは言えず、まだ夏には早いにも関わらず外気より高い気温と高い湿度は、そこに詰める男達にとってはニホン軍以上に厄介な敵であるように思われた。


「リョセフ参謀、領境の向こう側にいるニホン軍の戦力だが、一個旅団で済ませるには……あまりにも規模が大きい」

そう言ったのは共和国陸軍第26師団長のネイド中将だ。


「やはり、そう思いますか。ネイド中将、あなたの仰る通りです」

リョセフはテーブルの上に広げられた地図の方へ歩み寄る。

「ニホン軍の攻勢が始まるまで、もう時間は残されていないでしょう。その攻勢に投入される戦力は、少なく見積もって三個師団……!」

その瞬間、周囲の幕僚の顔から血の気が引くのを見たような気がした。


「三個師団だと!?」


「私も隠すつもりはなかった。予想できなかっただけだ。しかし、地の利は我にある!」


「どうするんだ? 何か策はあるのか?」


「この場所でニホン軍を迎え撃てば、こちらは間違いなく全滅でしょう。ニホン軍の大兵力を受け止めるためには、9km後方に位置する市街地で迎え撃つほかありません」

リョセフは地図を指し示しながら言った。


「市街地を巻き込むのか!?」


「最早打つ手はありません。こうしている間にもニホン軍は進撃を始めるかもしれないのです!」


「もっと良い手が……」


ズズズズーン

突如響き渡った轟音に、司令部内の男達は互いに顔を見合わせる。


「な、何事だ!?」


『こちら砲兵陣地! 敵の重砲による攻撃を受けている!』


「すぐに反撃しろ!」

ネイド中将は無線機に向かって叫んだ。


『しかし、敵はこちらの射程外から……』


無線が途切れるのと、天地を揺るがす轟音が響くのと同時……その瞬間、砲兵陣地に展開していた砲兵隊が無力化されたことを誰もが理解した。


「ノリス中佐、外の様子を見に行くぞ」


リョセフは軽く頷くと、ノリスと共に狭い通路を歩き始める。

「私が考えていたのより随分と早い」


「と言いますと?」


「ニホン軍の進撃は少なくとも、あと1週間先だと考えていた。だが……私が甘かったか!」

外に出た二人はそれほど遠くない場所に黒煙が上がっているのを認め、立ち止まった。

「こうも短時間のうちに砲兵隊がやられるとは! ニホン軍の攻撃能力は異常だな」


「閣下、丘の上から見てみましょう!」

ノリスの背中を追い、辿り着いた丘の頂上……見渡す限りに広がる緑は、平時であれば彼らの心を癒す風景になっていたかもしれない。

だが、その緑を隠れ蓑にして進軍してくるであろうニホン軍に対する恐怖の方が今は上回っていた。


「ニホン軍の機甲部隊が動き始める……この音は!?」

リョセフはハッとなって振り返る。南東方面より響き、彼の聴覚を刺激する音……それが戦闘機の発するジェットエンジンの爆音であることに即座に気付く。

「全部隊を、壕に退避させよ!」





9時40分

バルアス共和国

ブレミアノ南東上空



全周囲に渡って良好な視界を確保したキャノピー、それは編隊の先頭にあって後続する列機を容易に確認することができる。そして彼らより低い高度を飛行する別の編隊を眼下に認めた。

飛龍を発艦した8機の烈風は、今のところ順調に行程を消化していた。


『こちら飛龍、貴隊はまもなく戦闘空域に入る。これより先は空軍管制機富嶽の指揮下に置かれる。以上』


「了解。全員聞いたな? まもなく戦闘空域だ」


『二番……了解』


『三番了解!』


『四番!』


無線機から聞こえる列機の搭乗員の声に、河野 達也大尉は静かに笑った。


朝6時30分、飛龍の作戦室に集まったのは河野含め4人、同じ航空隊で見知った仲とはいえ、そこにいたのは上飛曹や飛曹長といった、飛行時間で河野を上回る猛者ばかりであった。中でも飛曹長の瀬戸という男は十代を出ずして烈風の操縦桿を握ったベテラン搭乗員だ。

「そりゃ初めての着艦訓練の時はチビりそうになりましたよ」

河野の隣に座った瀬戸は無精髭を撫でながら笑顔で話していた。

「予科練での教育? あの時は500人ほどいたかなぁ。ま、修了時点で30人、その先の訓練飛行隊に配属された時にはたった10人に絞りこまれてましたな。訓練飛行隊で烈風の形状、特性、とまぁあらゆることを叩き込まれたんです」

河野より早く搭乗員となった瀬戸からは、独特のオーラすら感じられる。


「そうか、瀬戸さんは予科練の厳しい教育を生き残り、晴れて搭乗員となったわけだ」

河野は感慨深げに呟く。


「おっと、指揮官様のお出ましのようだ」

瀬戸が入口を見ながら言った。咳払いをしながら入ってきたのは、彼らの上官である松尾 和雄中佐だ。


「どうやら、全員揃っているようだな」

松尾は集まった4人の顔を見渡す。

「あまり時間がないから手短に説明しよう。敵地上軍は現在、ブレミアノとダステリアの領境付近に防衛線を構築し、陸軍の進撃を阻まんとしている。そして陸軍が最も警戒しているのが、防衛線後方に位置する敵飛行場だ。確認できている戦力で戦闘機8機、爆撃機4機……万が一それらが戦闘に加わった場合、少々面倒なことになる。君達は攻撃隊の護衛として随伴してもらう。出撃は0845。何か質問はあるか?」


「上陸船団に随伴していた空母は?」


「既に一部船団と共にカール大陸方面に向かっている。戦闘地域に一番近いのがこの飛龍だった」


「陸軍さんは対空兵器くらい持ってるでしょう。我々が行く必要はあるのですか? もっと早く潰しておくこともできたのでは?」

瀬戸の発言に河野は苦笑いした。年齢的に河野より上の瀬戸飛曹長の豪胆さを垣間見たような気がしたからだ。


「まぁ行ってやってくれ。陸軍さんには安心して暴れてもらわなければならん。こればっかりは言い訳はできん。当初は攻撃目標から外していたが、敵はタレスに残っていた一部航空戦力をブレミアノに移動した……それが為される前に飛行場を潰しておくべきだった」


「要は我々の仕事ってことですな」

瀬戸は納得したように頷く。


「他に質問はないか? なければ以上で解散だ」



河野は烈風の操縦席から後方を見る。斜め後方を飛ぶ瀬戸の烈風の胴体……そこに並ぶ7つの赤獅子は、バルアス共和国の戦闘機を7機撃墜したことを周囲に知らしめていた。

「撃墜マークか、米軍みたいだな」

撃墜を個人より、部隊の公式記録とする決まりのある海軍ではあったが、戦意高揚や対外への宣伝を狙って機体に撃墜マークを描くことが許されている。それらは専ら整備兵の仕事だった。

河野自身の烈風にも5つの赤獅子が並び……。そう、飛龍航空隊の挙げた戦果は帝国海軍内でも群を抜いている。


『こちら管制機富嶽、これより貴隊を指揮下に置く』

無線機から響き渡る落ち着き払った男の声……空中管制機富嶽が河野らを指揮下に置いた瞬間だ。

国産大型旅客機をベースにした空中管制機は、その長大な航続距離を活かしてタリアニアから日本の制空権下まで進出し、時に空中給油を受けながら長時間バルアス共和国の空域を監視することを可能にしている。

『現在、陸軍はバルアス軍防衛線に対する総攻撃を開始した。戦域上空に脅威なし、敵ブレミアノ飛行場は現在に至るまで沈黙を守っている』


河野はそれを聞き流しながら思った。爆装した烈風隊が敵に気付かれるよりも早く、飛行場の滑走路に250kg爆弾を叩き込めば全てが終わる。河野や瀬戸ら4機の護衛機は、攻撃隊4機が無事に投弾を終えるのを見届ければいい、それだけだ。


『隊長機より攻撃隊各機、目標を確認。これより攻撃を開始する……!』


攻撃隊は、それぞれ抱えてきた250kg爆弾を目標に向けて解き放った。各機4発、計16発の爆弾は正確な軌道を描きながら各々の攻撃目標へと吸い込まれ……次の瞬間、それらは飛行場を連鎖的な爆発の渦へと巻き込んでいく。


河野は投弾を終えて急激な回避機動を行う烈風を見た。

『攻撃成功! 敵飛行場は使用不能だ!』

無線機から伝わる攻撃隊隊長の声を聞き、作戦が成功したことに胸を撫で下ろす。




破壊の咆哮は意外な場所から上がった。リョセフは双眼鏡越しに見える飛行場の惨状に、驚愕の表情を浮かべる。

「ニホンの戦闘機だ! 飛行場が……レムルスのやつ、航空支援を渋っていたが」

一瞬で飛行場がその機能を喪失したという事実を、彼は戦慄と共に受け入れた。

「しかし、なんという手際の良さ……あれでは反撃もできなかっただろう」


「参謀殿! いったい何が!?」

声のした方に目を向けると、彼の護衛として選ばれた小隊の兵士達が集まってくるところだった。


「見ての通り、飛行場がやられた」


「おい! ニホン軍の戦闘機がこっちに向かってくる!」


濃い青の塗装、主翼に描かれた赤い丸、垂直尾翼の数字や記号、胴体と翼下に吊り下げられたミサイルを容易に視認することができる高度……

ただ見ていることしかできない、圧倒的で重厚な存在感を誇るニホンの戦闘機は呆然とする彼らの頭上を高速で飛び去っていく。


「あれがニホン軍の戦闘機!? 初めて見たよ」


「共和国空軍が何も出来ないわけだ」


「おい貴様! 口が過ぎるぞ」

兵士達は空を見上げて思い思いの言葉を口にする。


「そんなことより、今はニホン陸軍が目の前に迫ってきてるんだ。野戦砲は全て破壊され、既に150人近くが死傷している。やつらは戦車を前面に押し出し、強固な防御陣地を潰しながらこちらに向かってきてるぞ」


「戦車隊がニホン軍を迎え撃つべく、待機している。彼らに任せよう」




「来た! ニホン軍の戦車だ、よく狙えよ」

ニホン軍を迎え撃つために待機していた共和国陸軍の戦車部隊は、こちらに向かって猛スピードで突き進む戦車を発見する。

「しめた……あっちは気付いてないぞ!」

車体を巧妙に隠蔽した1輌のトーレス戦車が、ゆっくりと砲塔を旋回させ、ニホン戦車に狙いを定める。

「悪く思うなよ。先手必勝だ! う……」

戦車長が射撃の号令を出すよりも早く、ニホン戦車の主砲が咆哮。その光景を目の当たりにした戦車長は口を開けたまま固まり、砲塔装甲を貫いたニホン軍の砲弾によって一瞬のうちに絶命した。


『2号車がやられた!』


『中隊長戦死! 指揮を継承する!』


『こちら8号車! ニホン軍の戦車10輌以上が急速接近中! 阻止は不可能! 後退する』


「最初の防衛線は……突破されそうだな」

そう言ったのは、齢50に達した熟練の戦車連隊長だった。彼の乗車するトーレス戦車が、ニホン軍の戦車に対して無力であることは既に明白。しかし……

「8号車、こちら連隊長。後退は許可できない、その場に留まり、ニホン軍の進撃を阻止せよ」


『数が多すぎます! これ以上の戦闘継続は不可能!』


「何度も言わせるな! その場に……」


「連隊長! ニホン軍の戦車多数が接近中!」

連隊長の言葉を遮ったのは、周囲を警戒していた別の乗員だった。


「なに?」

連隊長は乗員の指差す方向に目を向け、言葉を失う。

トーレス戦車よりも巨大な車体を持っているにも関わらず、その動きは軽快。鉄板を継ぎ合わせたような不自然なくらいに角張った形状。長大な主砲……

それらが厳重に構築された防衛線を難なく突破し、強固な防御陣地をその絶大な破壊力を誇る主砲で蹂躙、さらには共和国陸軍最強のトーレス戦車すらニホン戦車にとっては玩具のようであった。

「嘘だろう……?」

連隊長がやっとの思いで絞り出した言葉、それが彼の最期の言葉となる。音速を遥かに上回る速度で突っ込んできた戦車砲弾が装甲を貫き、乗員を殺傷すると同時に、弾薬を誘爆させた。


抵抗が弱まり、ニホン軍の歩兵部隊が崩壊した防衛線を続々と乗り越えてくる……フレル・マイヤーはそれを双眼鏡越しに眺めながら背筋を震わせる。

「ジェイス軍曹、戦車が……」


「落ち着け一等兵」

そう言うジェイスもその光景に驚愕しているようだった。あまりにも一方的、それが彼らの抱いた共通の思い。


「恐ろしい、あんな恐ろしいやつらと戦うのは嫌だな」


「レオン! お前顔色が悪いぞ」


「リョセフ閣下、ここは危険です。安全な後方に……」

崩壊した防衛線を目の当たりにした小隊長が、リョセフに後退を進言する。


「何を言っている。私は前線で、ニホン軍との戦闘を視察する、そう決意してここへ来たんだ。君らも共に戦うのだ」

リョセフは後退の提案を一蹴した。


「しかし!」


「市街地でニホン軍と戦うつもりだった。だが、今からでは最早間に合うまい。それに、私にも少しだがブレミアノへの愛着がある。ここでニホン軍と戦うぞ!」


「では、我々は全力を尽くして閣下を守りましょう」


「うむ。頼むよ」

リョセフは若い小隊長の肩を叩くと、司令部へと戻っていった。


「俺達は、ここで死ぬんですか?」

レオンが青ざめた顔で小隊長に話し掛ける。


「死ぬかどうかなんて今は分からん」


フレルは僅か5km程先の戦線に目を向けた。そこでは生き残った防御陣地が必死に戦う姿、たった数輌でニホン戦車に立ち向かう味方戦車、破壊され墓標と化した陣地や戦車の残骸等、まさしく戦場の光景が広がっている。

「ここに……来るんじゃなかった」

彼は誰にも聞き取れない声で呟く。


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