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20 絆を繋ぐ

「師匠、この単語ですが綴りが間違っています。

 正しくはこうなります。

 それからここは複数形の形で記すのがより正確かと」



 私が差し出した木版を受け取り、刻まれた文字を確認したリアナは間違っている箇所にバツ印を入れていく。


 容赦無くバシバシと増えていく駄目出しに呻いた。



「ガルゥ……」



「それからこちらの文章ですが、動詞名詞形容詞の位置がぐちゃぐちゃに入れ替わっていますよ。

 後、これとこれは連続して並べると慣用句的な意味合いが発生して、単語本来の意味からズレが生じます」



「グゴゴゴゴ……」



「学び始めたばかりなのですから、文章は短く簡潔に。

 誰が何をどうした、これは何である……この程度まで削ってしまえば誤りようがない。

 短文の連続……最悪、単語を並べるだけでも意思疎通はできます」



 私は今、文字を学んでいる。


 獣の喉を持つ私にとって、意思疎通の手段として最良のものは筆談である。


 教師リアナの指導のもと板に文字を刻み続けていた。


 ただし、勉強の進み具合は見ての通りの有様だ。



「うーん……」



 リアナは整った眉を潜め、考えを巡らせている。



 すまん、できの悪い生徒で本当にすまん。



 名門貴族の令嬢として育ったリアナは当たり前に文字を使いこなす。


 その実力ときたら、相当なものがある。


 なんと我が国の言葉は当然として、大陸公用語、近隣諸国の言葉を幾つか、更にはエルフ語やドワーフ語といった通常あまり使われないマイナーなものまで扱えるそうだ。


 例として挙げたものは読み書き会話、全ていけるらしい。


 大陸中を旅して交渉を繰り返す商人でも、ここまで多様な言葉を使いこなせる者は少ないのではなかろうか。



 どういう頭の構造してるんだ、この娘……。



 自分で学び始め、その凄さを今更理解する。


 やはり読み書きというのは特殊技能の類である。


 だというのに、本人曰く「貴族の嗜み。自慢するほどのことではない。同じ事をできる人間は幾らでもいる」との事だ。



 本当か、貴族って凄い……。



 対する私は我が国の言葉と大陸公用語の会話のみ、というザマだ。


 人間の冒険者時代、共に過ごしていた時はリアナが代筆や代読を率先してやってくれた。


 自分がどれほど彼女に甘えていたか、よく分かった。


 師匠失格である。



「この際、文章構成は切り捨てて単語のみ覚えていきましょう。

 兎に角、一つでも多く種類を覚えるのです。

 知っている単語が増えるだけで、全然違ってきますから。

 流麗な文章を書けるに越した事はありませんが、文字の本質は記録と伝達。

 残せて、伝えられたら最低限の役目は果たせますよ」



「グムゥ……」



 私は口元を引き攣らせ、参った参ったと鬣を掻き混ぜる。


 リアナによると言葉は子供の頃が覚え易いという。


 私の覚えが悪いのは、おっさんになってから学ぼうとした所為だと思いたい。


 或いはこの獅子鬼の獣の頭脳が文字の扱いに不向きなのだろう。


 私が莫迦だからではないと信じたい。


 適性のある分野なら幾らでも学べるんだ、いや本当に。



「師匠、何か余計な事を考えていませんか?

 集中が途切れているように見えますよ。

 さあ、この単語から書き取り開始です」



「グゴゴゴゴ……」



「そんな嫌そうな顔をしないで下さい。

 師匠は確かに強い、冒険者としては最強の一角だと思います。

 しかし、学ぶ分野を偏らせ過ぎです……武技にばかり傾倒しているから、今こんな苦労をしているのですよ」



 もう、いざという時は肉体言語で良いんじゃないだろうか?


 ほら、剣を交える事でリアナと分かり合えたように、きっと何とかなると思うのだ。



 リアナは切れ長の目をじとっと細めて睨む。


 まるで私が心の内でした言い訳を察知したかのようだ。



「良いですか、師匠。

 僕と意思を通じ合えたのは例外中の例外です。

 普通、ああは行きませんからね。

 言語というのは……意思疎通というのは、剣以上に役に立つ機会が多いんですよ。

 ほら、筆は剣に勝るという格言だってあるでしょう?」



 ひえぇぇぇぇ。



「だから、一日でも早く覚えてください。

 覚えたら、覚え終わったら……その時は一杯お話ししましょう。

 その……今みたいに僕ばかり喋り続けて一方的に伝え続けるのは……ちょっと寂しいです」



 リアナはそう言ってほんの少し頬を染めた。



 うぬぅ。


 リアナよ、お前、再会してから少しあざとくないか?


 そんな事を言われては、投げ出すのは不可能じゃないか。



※※※



「この板、もう薄くなり過ぎて使い難そうですね。

 仕方がない、今日はここまでにしましょう」



「グッフォォ……」



 きつかった。


 これ程きつかったのは海で溺れて以来である。


 今回は肉体ではなく精神へのダメージだが、これがこのまま繰り返されるといずれ致死量に達するのではないか。


 そう思うぐらいに辛かった。


 結論、私は学問に向いてない。


 私は筆記用具を放り出し、その場に引っくり返った。


 ちなみに私の筆記用具は、その辺の樹を輪切りにして作った紙代わりの板と、太めの枝に私の爪を千切ってくっ付けた簡易の彫刻刀である。


 板に文字を刻み、終わったら板の表面を削って平らに戻し、また文字を刻む。


 これを朝から晩まで繰り返したのである。



 これは辛い、本当に辛いぞ……。



 はっきり言って剣の修行より遥かにしんどい。



「ところで師匠、貴方はこれからどうするのですか?

 旅をしているみたいですけど、何処か目指している場所でも?」



 ふんす、と鼻を鳴らし私は学んだばかりの文字を刻む。



 故郷、見る、望む、家族、見る、望む。



「ああ、なるほど……そういう事だったんですね。

 だったら僕も付いて行った方が良いのかな?

 たぶん、役に立てるかなって思います」



 それは助かるが、良いのだろうか?


 リアナ・バーンスタインと言えば港湾都市ラグラの高位冒険者。


 間違いなく引く手数多の超売れっ子、きっと街に戻れば依頼が山積みになっている。


 何時までも私を手伝えるほど暇ではない。



 暇、無し、冒険者、人気、仕事、大量、問題、有る。



 私はまた板を削り、リアナに見せた。



「……えっと」



 それを見たリアナは言葉に詰まった。


 やはり問題があるようだ。


 まあ、当然だな。


 私の情報を集めたり、探し回っていた期間はそれなりの長さだろう。


 その間、依頼を全て蹴っていたとしたら、後片付けがかなり面倒な事になる。



 ……視線が泳いでいるところを見ると、大当たりか。


 私の力になりたい、という気持ちは嬉しい。


 しかし、自分を蔑ろにしては駄目だぞ、リアナ。



 かりかり……求む、説明。



「えっと、実は期間制限の緩い指名依頼がかなり溜まってます」



 それだけか?



「うぅ、実はもう一つ問題が……ここへ来る直前に、組合と揉めました。

 特に僕を止めようとしたヴィオラとは派手に喧嘩してしまって……かなり、気まずいかな」



 あー、ここに来た時のリアナはかなり危うい雰囲気をさせてたものなあ。


 そんな状態で災害級のモンスターに挑戦しようだなんて、真っ当な神経してる奴なら誰でも止めるだろうさ。


 成る程、ならばリアナは今直ぐ帰還するべきだと思う。


 絆というのは一度歪んで切れてしまうと修復が面倒だ。


 そして、繋がりを完全に失ってしまった私だからこそ、絆を大切だと感じる。



 かりかり……帰る、謝る、繋ぐ、友。



「はい、師匠。全部片付けてから、もう一度会いに来ますね」



 リアナは神妙な顔で頷き、素直に従った。


 うむ、それが良い。


 やっと一つ、師匠らしい事ができたみたいだ。




※※※ 




 翌日、私達は再会を約束して別れた。


 リアナはラグラへと帰って行き、私は故郷への旅を再開する事にした。


 リアナは最後まで心配し続け、私の家族に宛てた手紙を書いてくれた。


 それは私の現在の状況を詳細に説明したものだそうだ。


 私は手紙を手に、意気揚々と故郷へ向かう。




 なお、私の家族は学問と縁の無い地方農民である。


 当然、彼らも私と同じで文字なぞ読めないのだが……そんな事は頭からすっぽり抜け落ちていたりする。


 

筆談って両者が書けて初めて成立するんですよね……。

この世界では微妙に使い勝手が悪い、というお話です。

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