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17 風姫の夢路

リアナさんの属性、婚約破棄系元令嬢僕っ娘

 地に伏したリアナ・バーンスタインは夢を見る。




※※※




 リアナはレグナム王国で十指に数えられる大貴族、バーンスタイン侯爵家の三女である。


 彼女は一般的な貴族令嬢とは少し毛色が違う教育を受けて育った。


 バーンスタインはレグナム王国の始まりより仕える武門の家で、血族は男女の区別なく武術と魔術両方を仕込まれる。


 リアナも当然の様に学び、その才能を開花させた。


 剣術魔術の両方を自在に操り、十歳の時点で王国正騎士の平均水準を上回っていたのだから凄まじい。


 そして成人と認められる十五歳の時点で、王国でも上位の武を誇る猛者と認められた。


 男に生まれていれば騎士団に入隊し、その武勇を王国全土に知らしめていた筈だ。


 だが、残念ながら彼女は女である。


 男尊女卑なレグナム貴族社会における女性の立場は低い。


 政と戦に関わらず、家と家を繋ぐ政略結婚の道具として生きるのが普通だ。


 リアナはその枠から大きくはみ出した。


 正直なところ、バーンスタイン家の教育が悪かった部分があるのだが……有力貴族子弟と決闘騒ぎを起こすだの、王家との婚約破棄騒動だの次から次へと問題を起こし、半ば家から勘当される形で追放された。


 そこから先、紆余曲折を経て18歳の時に港湾都市ラグラで冒険者となったのである。




※※※




 冒険者組合ラグラ支部では新人に一ヶ月程度、指導係を付ける事になっている。


 その期間に冒険者組合のシステムやルールを学び、上手い仕事の選び方回し方を知り、仲間同士の伝などを構築していく。



「おー、ずいぶんとでっかいな」


「貴様、喧嘩を売っているのか」



 指導官として紹介された男の第一印象は最悪だった。


 女性としては高すぎる身長がリアナのコンプレックスだというのに、第一声がそれ。



「そんなに尖るなよ、敵が増えるばっかりで損をするぞ」


「ふんっ、余計なお世話だ」



 初対面だというのに馴れ馴れしく接するその男は一々不快だった。

 

 礼儀作法のなっていない田舎臭い団子鼻、纏っている装備は古めかしくて貧乏臭いし、立ち居振る舞いが雑で弱そうに見える。


 襟章が泥で汚れているところを見ると、冒険者の矜持も無さげな最低野郎。


 それが二人目(・・・)の指導官ジェラルド・アボットの評価である。



「まあまあ、これから一ヶ月は付き合うんだ。

 そう喧嘩腰にならず仲良くしようじゃないか」


「煩い、黙れ。

 本来なら僕は貴様程度の人間が話しかけられる人間ではないのだぞ」



 その当時、リアナはかなり荒れていた。


 関わってくる全ての人間が敵に見え、あらゆる関わりが煩わしく思える。


 特に男は大嫌いで、話すだけでイラつき殴り倒してやろうかと考えるほどだ。



「……僕? お前さん、どう見ても女だよな?」



「ちっ……剣を握り、家を出た時点で女である事など捨てている。

 女だと思って舐めるなよ」



「女を捨てるって、お前……綺麗なのに勿体ないなぁ」



 指導官になったジェラルドだって嫌悪の対象である。


 それに加え肩を竦める動作や、曖昧な笑みが人を小莫迦にしているようで癇に障る。


 冒険者組合の規則でなければ、絶対に近付く事を許さない手合いだ。



「ちっ……貴様は僕を指導しに来たのではなかったか?

 それとも口説きに来たのか?

 口説きに来たというなら今すぐ相手をしてやるぞ……ただし、剣でだがなっ!」



 リアナは殺気を叩きつけた。


 こいつも(・・・・)一度叩き伏せて二度と自分に近づけなくしてやろうか、と半ば本気で思っている。



「おー、おー、威勢の良いことで。

 こりゃ、おやっさん達が手を焼くわけだ」



 ジェラルドはリアナの殺気を軽く受け流し、相変わらずへらへらと笑っていた。


 リアナの不快感はますます増していく。


 そして、それが限界に達しようとしていた時、空気が変わった。



「うーん、初っ端からってのもアレだが……まあ、軽く遊んでやろうか。

 確か『自分より弱い相手の指導なんて受けるに値しない』んだろう?」



 それはリアナが最初の指導官に叩き付けた言葉である。


 リアナは確信する。


 この男は最初から自分を煽り、喧嘩を売っていたのだ。



「……へぇ、僕に勝てると思っているのかい。

 貴様、良い度胸をしているな」



 ジェラルドは獰猛な笑みを浮かべ、懐から布切れを取り出すとテーブルに敷いた。


 そこに金貨を一枚置き、冒険者の襟章を外し付着していた泥を指で拭って重ねた。



「では、早速だが最初のレッスンだ。

 内容は冒険者同士の決闘の作法といこうか。

 布を敷いて、掛け金をその上に並べ……最後に己の誇りを賭ける」



 輝きを取り戻した彼の襟章は真鋼(アダマンタイト)だった。



「面白いっ! その決闘受けて立とう!」



 リアナはその挑発に乗って戦いを挑み、徹底的に叩きのめされた。




※※※




「中々良い線、行くようになったが……まだまだ戦い方がお上品過ぎるな」



「く、くそう……後一本、後一本お願いします」



 出会ったその日から、毎日のように二人は決闘という名目の訓練を繰り返していた。


 勝敗の結果は一方的で、今のところリアナの全敗である。


 ジェラルドの戦い方はどこまでも泥臭く実戦的でいやらしかった。


 剣術と体術を織り交ぜ、場合によっては砂を蹴り上げて目潰しを仕掛けたり、周囲の状況を利用したりと勝つ為には何でもやってくる。


 狡い、卑怯だと最初は思った。


 しかし、彼は正々堂々を旨とする騎士ではなく冒険者である。


 あらゆる状況を利用し、どんな手段を使ってでも生き残るのが冒険者の鉄則で、戦い方にもその色は出る。


 ならば、とリアナは戦いに魔術も織り交ぜる事にした。



「しっかし、剣しか使えない人間に遠慮なく魔術をぶち込むか……。

 随分とえげつない戦い方をするようになったものだ。

 いやー、今日は本当に危なかったよ」



 それでもジェラルドには届かず、地を舐める羽目になったが。


 魔術師でないなら対処できまいと放った風撃はあっさり無効化されてしまった。



「えげつないとか……貴方がそれを言いますかっ!

 それから、その態度で危なかったとか信じられませんっ!」



 己は強者だという慢心はとっくに圧し折られている。


 そして、ジェラルドの実力もすでに認めているが……口惜しいものは口惜しい。



「はははっ、危なかったのは本当の話だぞ?

 実際、こいつ抜きだと魔術込みの君には勝てないな」



 そう言ってジェラルドは愛用の魔剣を叩いてみせる。


 リアナが放った風術はジェラルドが鞘に収めたまま振るった魔剣で散らされた。


 魔術を使えずとも、魔によって魔を制すという方法がある。


 端的に言えば、魔力はより強力な魔力で打ち消すことが出来るのだ。


 強い魔物が高い魔術抵抗力を持つのはこれが理由である。



「それにしても、僕の魔術を切り散らせるだなんて……相当高位の魔剣ですね。

 一体誰の作品ですか?」



「裏系のオークションで買ったから詳しい素性はわからん。

 そっち方面の売買で出所を探るのはご法度だからな……だが、良い剣だろう?」



「ええ、本当に……正直、羨ましいです」



 思わず漏れた一言はリアナの本音である。


 ジェラルドの持っている魔剣は一目見るだけで強い力を秘めていると分かった。


 魔力の扱えぬジェラルドより、魔力を感知できるリアナの方がその価値を正確に掴んでいる。



「これ、欲しいか?」



「譲ってくれるのですか?」



 売ってくれるなら全財産はたいても良い。


 半ば本気でそう思った。



「私から一本取れたら考えてやろう」



 意地悪な笑みを浮かべたジェラルドを見て、いつか絶対ぶちのめして奪ってやると決意した。




※※※




 月日は流れ、冒険者になってから五年が経過した。


 世間知らずで高慢な元貴族令嬢はもう居ない。


 そこに居るのは魔銅(オリハルコン)の襟章を付けた一流の冒険者である。


 幾多の魔物を倒し、多数の依頼をこなし、周囲にも認められた。


 剣も魔法もいける実力派、上流階級の礼儀作法にも通じ、見目も麗しい女冒険者というのが彼女の評価だ。


 風術を得意とすることから『風姫』だなんていう恥ずかしい二つ名で呼ばれる事もある。



「ううーん、困ったな。

 指名依頼のバッティングだなんて……どうしよう」



 冒険者としての日々は充実している。


 最近ではリアナを名指しして依頼する人々が増えた。


 指名が多過ぎて対処に困るという、他の冒険者からすれば贅沢な悩みが出来たくらいだ。



「よう、どうしたリアナ。

 そんな風に顔をしかめてると皺になるぞ」



「ご挨拶ですね、師匠。

 レディが困っているのを見て言う事はそれですか?」



「レディ? 私の前に居るのは『女など止めた』と宣言した豪傑だけだが」



 仲間内での人間関係も良好だ。


 もう、多少からかわれた程度で不機嫌になったりはしない。



「……それはもういいです。

 それより師匠、今何か依頼は抱えていますか?

 もしも、フリーなら僕に来た指名依頼の片方を代わりに受けて貰いたいのですが」



「内容は?」



 今ではジェラルドとの冗談交じりの遣り取りは心地よく感じるくらいである。


 というか、事務的な仕事関係の話でさえ楽しい。



「王都まで向かう隊商の護衛です。

 素性はしっかりした方だと保証できます」



「了解、引き受けた」



 こんな日々がいつまでも続くと良いな。


 リアナはそう思った。




※※※




 目を覚ました時、獅子鬼の姿は無かった。


 リアナは自分が目を覚ました事に驚く。


 自分は負けた筈だ、なのに何故生きているのか。



「畜生、畜生畜生っ!

 僕には、僕には殺す価値もないというのかっ……!!」



 本気で、それこそ死すらも覚悟の上で挑んだ勝負だったというのに、あの獅子鬼は攻撃もせずこちらを眺めていた。


 そして、もう厭きたとばかりに繰り出した適当な一撃でリアナを蹴散らした。



「うあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 リアナは声が嗄れるまで慟哭した。


 何度も何度も地面に拳を叩きつけ、骨が砕けるまで痛めつけた。


 涙が尽きるまで泣いて、ようやく傍らに在る物に気が付く。



「なん、だ、これ……」

 


 毛皮の敷布とその上に乗せられた銀貨の詰まった袋。


 そして、重ねられた聖銀(ミスリル)の冒険者徽章。



「ししょー……?」



 そう、その袋にも徽章にも確かに見覚えがあった。



その頃の獅子鬼さん。

「獣避けに使ったらパンツの替えが無くなった。仕方ない、ちょっと熊でも探すか」

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