15 港湾都市の女冒険者
なろうで嫌われる主人公以外がメインのお話です。
でも、あえて突っ込みます。
……苦手な方は飛ばしていただければ幸いです。
レグナム王国の港湾都市ラグラに暮らす冒険者シャロンは朝が苦手だ。
朝日が窓の隙間から刺し込み目覚めを促しても、寝台の心地よさに勝てずつい二度寝、三度寝とまどろみを繰り返してしまう。
「んぅ……後、少しぃ、くぅ……」
寝台の上で丸くなり耳や尻尾を時折ぱたつかる彼女の眠姿、それ見た誰もが気持ち良さそうに眠る小型犬を連想するだろう。
ただし本人にそれを言えば頬を膨らませて、こう怒るはずだ。
「犬じゃないですっ、狼ですっ!」と。
銀色の髪に狼の耳と尻尾を持つ彼女は、銀狼族と呼ばれる狼獣人である。
多くの者は混同しがち……というか見分けが付かないが、犬の獣人とは似て非なる存在だ。
狼獣人と犬獣人は共通する特徴が多く、鋭い五感もその一つ。
そんなシャロンの鋭い聴覚を大音量が直撃する。
「すぅすぅ……ふぅわぁっ!?」
定宿としている『明日の栄光亭』で幸せな一時を過ごすシャロン。
そんな彼女を定刻を告げる鐘の音が強制的に叩き起こす。
シャロンが朝を苦手としている理由がコレだ。
毎朝の事だが、うつらうつらと微睡んでいる時にくる大音量には驚かされる。
耳が良すぎるのも考え物である。
「……はっ、あぁぁぁ、また寝過ごしちゃったぁっ!!」
まあ、苦手とはいえ、ラグラに響き渡る鐘の音は寝坊癖がある彼女に絶対必要なものだけれど。
※※※
「おはようございます、ヴィオラさん!
あたしにも出来そうなお仕事、何か残ってますか?」
シャロンは起きてすぐに冒険者組合の建物に駆け込んだ。
朝一番、それは冒険者組合の依頼受付が最も賑わう時間帯である。
良い依頼を手にする為、多くの冒険者達が集まる。
「おはよう、シャロンちゃん。
うーん……今日はもう、いつもの依頼は売り切れちゃったみたいね」
「あぅぅ、やっぱり遅かったぁ」
ぺたんと耳を倒し尻尾をしょんぼりと足らすシャロンの様子に、冒険者組合ラグラ支部の受付嬢ヴィオラは苦笑した。
「出来ればもう少し早めに来た方が良いわね」
「……ですよねー」
シャロンの求めるいつもの依頼というのは、街中での雑務系依頼である。
簡単な内容が多く報酬もその分安いが、危険が少ない為に誰でも確実に稼げる。
なので効率の良い物は他の人間が直ぐに引き受けてしまう。
新たな依頼がボードに貼り出される時間帯はちょっとした戦争だ。
シャロンはその戦いに出遅れ、敗北した。
「貴女の評判はかなり良いし、本当は良いところを取り置きしてあげたいのだけれど……それは組合の規則違反になっちゃうから無理なのよね。
いっそのこと、よく依頼を出す方と直接交渉して指名依頼にしてもらう方が良いかも」
「うーん、それが出来るなら嬉しいけど……あたしで大丈夫かなぁ?」
多くの人間から一括りに冒険者と呼ばれるが、その中でも得意分野や実力はピンキリだ。
一般人でも少し詳しい者なら、冒険者が身に付けている襟章の素材を確認する事で、彼らの等級や得意とする分野が分かる。
冒険者の等級はその実力を直接的に示すものだ。
実力を示す等級は下から順に青銅級、黒鉄、白銀、黄金、魔銅、真鋼、聖銀と続き、一番上に神金が来る。
そして黒鉄以上になると、自分の得意分野を表す図柄を刻む事が許可される。
戦士系の冒険者なら得意とする武器、魔術を扱える者なら杖や書物をよく選ぶ。
残念ながらシャロンの等級は未だ青銅の駆け出し、胸を張って得意分野だと言い切れる技術もない。
シャロンには、そんな自分を指名して貰える自信がない。
「もちろん、討伐依頼とか危険地域での採取依頼なんかは無理よ。
でも雑務系の依頼に限っていえば、下手な実力者よりも信頼できる新人の方が好まれるの。
だから、貴女ならきっと大丈夫」
「そうかなぁ、そうだと嬉しいなぁ」
ヴィオラに太鼓判を押され、シャロンは嬉しげに尻尾を振った。
次に依頼を取れた時は指名にして貰えないか交渉してみようと決意する。
「まあ、その辺は後々考えましょうか。
それで今日のところはどうするのかしら?
今残っている物で貴女に許可できるとしたら……以前にもお願いした薬草採取なんかになるけれど」
「うぅ、あれかぁ……」
告げられた内容を聞き、表情を引き攣らせる。
薬草の採取依頼は冒険者組合が常時出している依頼で、等級制限がないので誰でも受ける事が可能だ。
街の外に出る為、時間は掛かるけれど比較的簡単なものだと言える。
「……ああ、あの依頼で酷い目に遭ったんだっけ?」
「……はい」
つい先日、シャロンはその簡単な筈の依頼でかなり怖い思いをしたのだ。
安全だと言われた丘陵で豚鬼達に追い回され、最後にはそれらの脅威など霞んで消える程の怪物に出くわした。
「あれは絶対に死んだなって思いました」
気絶していたところを水に突っ込まれ、素っ裸に剥かれ、野草を擦り付けられた時には……ああ、あたし今から食べられるのね、と震え上がった。
結果的には大量の薬草や立派な毛皮、妙によく切れる槍の穂先などが手に入って大儲けだったのだが……はっきり言ってトラウマ級の恐怖体験、あんなのは二度と御免だ。
シャロンが街中での雑務系をメインに切り替えたのは、あれが原因である。
もちろん運が悪かっただけと理解しているし、今のままでは駄目だと思っている。
けれど一人で街の外に出るのは、まだ怖い。
「そう言えば貴女が出会ったモンスターなんだけれど、正体が判明したそうよ」
「え、本当にっ?
あれって一体何なんだったんですか」
見上げねばならない巨大な体躯、獅子によく似た頭部のモンスター。
思い出すだけで、体が震え涙が出そうになる。
あんな存在、シャロンの知識にはない。
「獅子鬼。
一応、獣鬼種に分類されるモンスターなんだけれど、あそこまでいくと別物ね。
竜にも匹敵する怪物よ」
「ど、どらごんなみ!?」
思わず声が裏返った。
危険そうだとは思っていたけれど、まさかそこまでの存在だったなんて。
「一年とちょっと前にも街道付近で見たという報告があるわ。
その時にはうちの組合から犠牲者も出ているの。
数がいるモンスターとは思えないから……多分同一個体なんでしょうね」
ヴィオラは憂鬱そうに溜息を吐く。
シャロンには言わなかったが、その犠牲者というのはヴィオラの友人だった冒険者である。
それもただの冒険者ではなく聖銀級、この街で最高峰の実力を誇った人物だ。
「あわわわ……」
「ほんと、シャロンちゃんが無事で良かったわ」
ヴィオラはそう、言って話を締め括ろうとした。
そこへ割り込んで来る人物が居る。
「済まない。
その話、もう少し詳しく聞かせてくれないかな?」
それは鮮やかな赤毛の女性冒険者だ。
女性としてはかなりの長身で、出るべき所は出て引っ込むべき所は引っ込んだボディ。
同性であるシャロンやヴィオラから見ても美しい、と感じさせる美貌の持ち主。
「せ、せせせ、先輩ぃっ!?」
「あら、久しぶりねリアナ。
迷宮に篭っていたと聞いてたけれど……いつ帰ってきたの?」
リアナ・バーンスタイン。
知る人が姓を聞けば、貴族出身とすぐわかる。
二十代前半という若さで真鋼級に至っており、実力はラグラの女性冒険者の頂点に立つ。
襟章に刻まれているのは交差した剣と杖で、それは剣と魔術の両方を操る事を示している。
シャロンのような女性冒険者から見れば雲の上の存在で、憧れの人。
ヴィオラにとっては友人の一人だ。
「帰って来たのは昨日だよ……だが、それよりもさっきの話だ。
詳しく聞かせてくれないかな」
本来涼やかに響く筈の美声に、殺気すら込めて問う。
「お願いだ。
獅子鬼の話を……師匠の仇の話を、どうか教えて欲しい」
リアナはそう言って、シャロンに深々と頭を下げた。
オリハルコンが銅系合金というお話をつい最近知りました、ちょっとびっくり。
後、神金=スカーレット・サン=日・緋色・金、ってことでこじつけました。