【5】
実は、その頃にはその兄ちゃんが踏んだものが犬の糞でないことは春菊には分かっていた。だが、なんとなく言いにくくて口にできなかった。兄ちゃんの想像より斜め下を行く真相なのだから喋ってもいいのだろうが、万に一つの確率で簀巻きにされるのが嫌なので、あえて口にしなかった。
その兄ちゃんが去ってから、春菊は一人味噌豆腐のソボロをボソボソと口に運んだ。長い時間をかけて腹を満たしてから、春菊は賭場に向かった。そうして春菊の夜は更けていった。
やはり、次の日もまた昨日と全く変わらない客ぶりだった。
どの客も、酷暑のさなかに江戸前から高田馬場まで運んできた魚のような眼をしていた。昨日の「関が原」の続きを喋りながら、春菊は内心煮えくり返っていた。だが、昨日のように客を怒鳴りつけるわけにもいかなかった。今日の演台に上がる前、お蓮に釘を刺されたのだ。「今日は、お客様を怒鳴りつけないでくださいね」とばかりの優しい口調だったが、眼は笑っていなかった。お蓮さんにゃァ頭が上がらねえんだよなァ、と心の中で呟きつつ、春菊は反応の薄い客たちに「関が原」を演る。
その日の演題「関が原」も、佳境に差し掛かっていた。前日に虚実を折り混ぜ過ぎたせいでだいぶ筋が変わってしまっていた。だが、昨日丁半を打ちながら必死でバラバラになってしまった話の糸を一本に縒り直した。おかげで昨日の丁半は散々だったのだが。
神通力で空を飛んだ石田治部に対し、東軍は金地院崇伝・南光坊天海の呪力で応じた。崇伝と天海によって石田治部は神通力を封じられてしまい、結局元の木阿弥に戻ってしまった。そんな戦場関が原に現るは本多忠勝。本多忠勝の一騎当千の大活躍により、史実通り、西軍が押し込められる……という展開を、巧みに節を回しながら演る春菊。しかし、客はシラッとしたままだった。
矜持に傷がつかないではない春菊だったが、お蓮との約束もあって、きわめて冷静に演じ続ける。
そして、「関が原」の、締めのくだりにまで至った。ここは、即興ではなくて、もともと「関が原」の筋にあるものだ。
「東の黒い大波に、西の岸壁削られて、もはや大谷入道と、石田治部ばかりが孤軍奮闘。荒れ狂う大波に、何もできず西の岸壁。ついには盟友大谷も、東の波にさらわれて、瓦解したのでございます」
パンパン。春菊は演台を叩いた。早馬のように軽やかな口は、負けゆく石田治部を浮き彫りにする。
「沈みゆく大谷眺めつつ、“負けましたな”と言うは豪傑・島左近。“いいや”と首振る石田治部。負けたと譲らぬ島左近、治部にふと訊く“なぜ認めぬのです”。治部は言う、“軍はない。しかしまだ、両の手がある足がある。馬もあれば剣もあり”」
パンパン。張扇が鳴った。
シィンとしている寄席の空気の中、一瞬春菊は息を吸った。そしてゆっくりと息を吐き出してから、春菊は滑るように言葉を転がしてゆく。
「そして治部は言うのでございます。“左近、キリキリ舞おうではないか”」
キリキリ舞おうではないか。この言葉を言いたいがために、「関が原」は生まれたようなものだ。一人、かつて己が紡いだ言葉の力を噛み締める春菊。慌てて、張扇を叩く。
パンパン。
「これが、関が原の顛末で、ございます」
客席には、何の反応もなかった。
だが、昨日の無反応とは微妙に違った。
その微妙な違いを、十年間の経験によって嗅ぎ分けた春菊は、一人満足だった。何も言わずに立ち上がると、寄席の袖に向かって踵を返した。“やっぱり「関が原」、最後は受けがいいんだよなあ”と、己が昔作った講釈を自画自賛しながら、真っ暗な袖に足を進めた。
ふと、春菊は前を眺めた。闇が広がる袖の脇に、人が立っていた。目をこらしてみると、それが見慣れた人間の姿であることが分かった。
それはお蓮だった。
袖に体をすべて滑り込ませてから、春菊はお蓮に声をかけた。
「お蓮さん。表はいいんですか?」
「ああ、他の人に任せてあります」と答えてから、お蓮は含みのある笑顔で春菊に笑いかけた。「だって、春菊さんがまた演台を蹴り込んだりしないか、心配だったんだもの」
「は、約束くらいは守りますよ」
「嘘ばっかり」と地味な色の小袖の袖をぺちっと当てて、お蓮は鈴を転がすかのような笑い声を上げた。「春菊さん、昔はよくお客様と喧嘩したじゃない? 最近でこそ少なくなったけど。だから、少し心配になっちゃったのよ」
「で?」
舞台の袖から、春菊は客席を見やった。客たちは何も言わずに、演台を眺めていた。
「今日の俺、どうでしたィ?」
春菊の肩越しに、しばし客の顔を見つめたお蓮。んむむ、と一瞬唸った。視線を春菊に戻してから、お蓮は答えた。
「ううん、まあ、八割方は及第点、ってところかな」
点数が辛いじゃねェですか? と訊くと、お蓮は顔を少し厳しくしてその理由を述べた。
「最後のくだりはやっぱり凄いわね。お父……亡き先生が唸っただけのことはある。それに、あれを演っているときの春菊さんの喋りぶり、あれは本当に惚れ惚れする。でもね、やっぱり昨日のおふざけは納得いかない。もちろん、荒唐無稽を売りにした講釈もあるけれど、やっぱり講釈は人間と人間のぶつかりあいなのよ。……ってこれは、先生の受け売りだけど」
お蓮は講釈のこととなると人が変わったように熱心に物を語る。普段はどちらかというと一輪の花のように佇んで、小鈴のように短く軽やかに物を話す人なのだが。まったく、先生の血かな、こりゃ。と、春菊は亡き先生の面影を思い浮かべようとしたがうまく行かなかった。
お蓮がこんなに講釈に造詣があるのは、お蓮の父親の影響である。お蓮の父は、講釈の名人だった。名人のみならずお蓮の父は教育者でもあった。弟子を多く取り、講釈の世界に小さいながらも派閥を作っていた。その名人の娘ということで、講釈に対する耳は肥えているのである。そんな環境もさることながら、お蓮は父から「講釈論」のようなものを普段の生活から仕込まれていた。講釈の英才教育と言ってもよい。
そして春菊は、お蓮の父に弟子入りした講釈師の一人なのである。つまり、春菊にとって、お蓮は先生の娘ということになる。しかし、春菊はお蓮のことをあまり“先生の娘”として意識したことはない。先生の家に居候しながら勉強する仲間の一人のような感覚だったし、現在でもその感覚にあまり変化がない。
時々、春菊はお蓮の講釈の才を羨むことがある。そして、名人の身内に生まれたという強運を羨んだこともある。だが、男しか登れない、“寄席の舞台の才”を持っているお蓮という女性の不運にも、時に思いを馳せてため息をつく。
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