【39】
安藤公は続ける。
「実はな。大樹公と、宮様との婚儀が相成りそうなのだ」
「大樹公と、宮様?」と、春菊。「でも、大樹公ってェのは、いつも近衛様から嫁を貰ってるんでしょ?」
大樹公、つまり徳川の各代当主は大抵京の公卿・近衛家から嫁を取るのが習慣となっている。事実、先代将軍家定公の正室も、(薩摩・島津家ゆかりの娘とはいえ)“近衛家の養女”という体裁を取った上で輿入れさせたほどである。
その言葉に、安藤公は笑顔を振り巻きながら続ける。
「ああ、一歩進んで、帝の妹君を下嫁して頂けることになったのだ」
元々、朝廷の名族から将軍の正室を取ること自体、朝廷との融和策のようなものだ。建前上、朝廷は幕府の権威を決定づけている絶対的な権威なので、もともと朝廷に対して、ある程度の関係性は結んでいるのである。しかし、帝の妹を正室に迎えるなど前代未聞のことである。
けれど、春菊は首をかしげた。
「で、それに何の意味が?」
安藤公は即座に答えた。
「大ありだ」
この当時、幕府には逆風が吹き荒んでいた。“幕府に日本国の政治を任せておけるのか?”と、幕府の権威を疑う言葉が巷間のみならず大名の口からも語られるようになってしまった。そうして幕府の権威が弱まるにつれて、反幕的な行動を取る者が増えた。その動きの一端が安政の大獄であり、井伊大老の横死なのである。そして、政権担当者に権威がなくなればなくなるほど、世間の不安は高まる。
そこで当時の幕閣たちが画策したのが、“将軍の正室に皇女を迎える”という奇策なのである。
――権威が低くなってしまったのならば、より大きい権威に迎合すれば良い。
そう幕閣たちが考えたかは分からないが、朝廷という日本最大の権威に幕府は寄り添おうとしたのである。そんな虎の威を借る狐のような政策を、俗に“公武合体”と呼ぶ。
しかし、そういった政治的に込み合った話を、安藤公はしなかった。
「皇女様をお迎えするというのは、とんでもないお祝い事だ。このお祝い事がなれば、民心も鎮まる。民心が落ち着いて、幕府がしかるべき政策さえ取れば、景気も良くなるだろう」
景気というのは“気分”だからな、と安藤公は付け加えた。
できるんですかィ? と、春菊は訊いた。
すると、安藤公は力強く答えた。
「ああ。もちろんだ。……少し、時間はかかるかもしれないが」
「時間、ですかィ」
春菊はため息をついた。
「どうしたのだ?」
「いえ、別に」
それまで、講釈師として、俺は食いつないでいられるかね。
春菊の問いは、口を衝いて出ることはなかった。そうして心の奥底に沈んでいった言葉は、ただ一人、春菊の心をちくちくと刺す。
その痛みをこらえるようにして、春菊は言った。
「頑張ってください、安藤さん」
珍しく、安藤公はその相好を思い切り崩した。
安藤公のお召しの帰り、網代屋に立ち寄った。立ち寄ったと言っても、中に入ることはない。というより、中に入ることが出来ない。
ふと、入口の戸を引いてみる。けれど、つっかえ棒でもしてあるのか動かない。少し見上げてみると、手入れされていない庇が妙に汚れて見えた。生気のない寄席場というところが、こんなにも心に沁みるものなのか、と、戸から手を離して網代屋を見上げた。
この年に入ってから、網代屋はほとんど休業しているような状況になってしまった。まだ、店を辞めたりはしていない。月に一回だけ寄席を開いている。“寄席場として、その状況は休業しているも同然じゃないのか?”と問われれば、まあそうですね、と頷かざるを得ない状況であることに変わりはないが。
「お蓮」
思わず、口をついて出た言葉に春菊は戸惑う。けれど、その言葉は春菊の心にさざなみを起こしただけで、江戸の街に溶けていった。
お蓮はこの正月から、安藤公の用意した屋敷に囲われていった。囲われる、とはいっても、一般のそれとは違って自由はあるらしい。事実、網代屋に来るだけの自由はあるようだ。そうして月一回の寄席場のために、お蓮はこの古い寄席場の戸を開け放つ。たとえ客が少なかろうが戸を開く。
何のために?
お蓮はもう、安藤公の囲われ者のはずだった。なのに、お蓮は“網代屋の女主人”という肩書を捨てようとはしない。なぜ?
その理由が春菊に分かろうはずもなかった。
心の混沌を振り払うように頭を振ると、春菊は踵を返した。
長屋で一人、春菊は残金を眺める。
ひのふのみ。ああ、足りねェや。春菊はごもごもと呟く。
月に一度の寄席の給金と、安藤公のお召し代。それをいくらやり繰りしても、ひと月分の糊口凌ぎにさえならない。頭の中でそろばんをはじきながら、春菊は唸る。こりゃもう、年貢の納め時かな、と苦笑いしながら。
とうの昔に、丁半は止めた。いや、正確には、丁半に誘ってくれる人がいなくなった。
いつのころからだったか、隣の怖い御兄さんが長屋に帰ってこなくなってしまった。まあ、ああいう人だから、と皆気にしていなかった。それは春菊も同様で、いつか帰ってくるだろう、とばかり思っていた。けれど、あの御兄さんは帰ってこなかった。やくざ同士の抗争に巻き込まれたのか、あるいは自ら死地に飛び込んだのかはもはや分からないけれど、ある日、隅田川の淀みで簀巻きにされた状態で浮いているのが見つかった。どうやら組の中でも浮いていた人だったらしく、組で死体を引き取らないものだから、長屋の人間たちが死体を引き取った。正確には、春菊と大家さんとで死体を引き取りに行った。既に死体となった御兄さんは、不思議と安らかな顔をしていた。目を見開いてはいたけれど、その顔には苦悶の表情がなかった。そして、沼の底のように濁り切った御兄さんの目が、春菊に問うていた。“お前、いつになったらこっちに来る?”と。
【注意】
今更なんですが。
矢車、こうして歴史物を時折書いているわけですが、史料の取扱に関して意図して恣意的であることをここに告白しておきます。
何が言いたい、って?
矢車の書いたもので歴史の勉強は出来ませんよ、っていうことです。紀実歴史小説がお好きな方には申し訳ないんですが、矢車が書きたいのは「虚実定かならぬ」歴史物なもので。
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