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前世がない!

          -1-


「おかしいわ」

 まだ若い占い師は、オレたちの前でしきりに首を捻っていた。

「どうかしました?」

 オレの隣に座ったカスミが訝しげに問う。占い師はカスミの問いには答えず、欠伸を噛み殺していたオレを、穴が開きそうなほどまじまじと見た。占い師の凝視に耐えかねて思わず椅子に座り直したオレに、占い師は言った。

「あなた、前世がないわ」


「えっ」

 と声を上げたのはオレではなく、カスミだ。

「そんなこと、あるんですか?」

「判りません。でも、確かにあなたの彼氏には前世がありません」

 占い師がヴェールの下から断言する。

 前世を占って貰おうと言い出したのはカスミで、オレは前世の存在なんかこれっぽちも信じていなかったものの、彼女に付き合うのも男の甲斐性と、有名と噂(カスミ談)の占い師を、二人で訪ねたのである。

 少し待たされてから、トイレの個室ほどの狭い部屋で占い師の前に並んで座り、カスミの前世が江戸時代のお姫様と占って貰うところまでは何の問題もなかった。

 しかし、いざオレの番となると、冒頭の通り占い師が首を捻り始めたのである。

「きちんと占えなかったので、お代はいただかなくてけっこうです。はぁ。今日はもう店仕舞いしようかな……」

 しきりと首を振る占い師に見送られて、オレたちは通りに出た。


「だから言ったろ。前世なんかないって」

 居酒屋でカスミと二人で呑みながらオレは言った。

 カスミとは同期で、まだ入社1年目。

 二人とも新入社員で金がないのは同じで、デートで呑みに行くのはいつも居酒屋だ。ただ、まだちょっと時間が早いからだろう、店内にいるのはスタッフを除けばオレたち二人だけだった。

「そんなことないよぉ」

 不満そうに言うカスミに、オレは諄々と説いて聞かせた。

「ちょっと考えてみろよ。最初、地球にはこんなに生命はいなかったんだぜ?最初はたったひとつか、もしかすると同時にたくさん生まれたかも知れないけど、今ほど多くなかったことは確かだよな?

 それがどんどん増えて、今じゃあ人間だけで70億。もし、全員に前世があるとしたら、ずーっと前世を遡っていくとみんな最初の生命に辿り着いちゃうだろ?

 それっておかしくないか?」

「うー」

 言い返せなくなったカスミが唸る。いや、怒っている。手にしたフォークでゲシゲシとサラダを突いている。

 ヤバイと察して、言い訳をするように、オレはふと思いついた考えを口にした。

「ま、もしかすると、前世がないまま生まれてくるヤツもいて、それで辻褄があっているのかも知れないけどな」

「どういうことよ」

「つまりオレは、あの占い師の言う通り前世がなくて、もし死んだら転生して、それでようやく前世ができるのかも知れないってことさ」



          -2-


「そのとおーりデース!」

 オレに答えたのは、居酒屋の一角、天井から吊り下げられたテレビの中の……誰だ?

「ワタシハ、カミサマでーす!」

 誰だと心の中で呟いたオレに答えるかのように、ソイツが言う。

 カスミもフォークをサラダに突き立てたままポカンとしている。

 テレビの中にいるのは、妙に派手な衣装を着て、蝶ネクタイをした男。長く伸ばした口髭が、他人を小馬鹿にするようにピンと上を向いていた。

 歳は、歳は……何故か判らなかった。

「その通りですヨ、リョータさん。あなたには前世がありません。あなたは、人間からスタートした数少ない生命体のひとつですヨ」

「な、なに」

「ナニって、さっき言った通りデス。ワタシハ、カミサマデス。

 そしていよいよ、リセットの時間デース!」

「えっ」

 男がテレビの中でふんふんと一人で頷く。

「イイデスカ?アナタ方は少し増えすぎマシタ。しかもやっていることと言えば、オカネ、オカネ、オカネ。神にも、忍耐の限界がありマス。ですから、すべてをリセットすることにしたのですヨ」

「ねぇ、何、これ」

 カスミが不審に満ちた声でオレに囁く。オレは首を振った。

「判らないよ、オレにも」

「カミサマでーす!」

 ソイツが怒った様に言った途端、居酒屋の中に雷鳴が轟いた。テレビのスピーカーを通してじゃない。耳がおかしくなりそうなほどの音量で、まさしく居酒屋の中でだ。

 カスミが「きゃっ」と悲鳴を上げて、オレの袖を掴む。

「あなた方は、前世に戻されマス。ただし、人間になる以前の前世にデース。アナタ方は、もう少し人間になる前に修養を積む必要がアリマス。つまり、人間以上ならぬ、人間以前、という訳デース。プププ」

 何がおかしいのか、テレビの中で神が、神と名乗る男が笑う。オレはほとんど反射的に心の中で呟いていた。

『とても神様には見えねぇ……』

 男がジロリとオレを見た。

 あ、聞こえたか。

「ワタシは、ホントに、カ、ミ、サ、マ、でーす!!」

 そう怒鳴って、神と名乗る男が身を乗り出して来た。テレビの中でじゃない。テレビのフレームを掴み、液晶から抜け出して、異様に大きな顔をオレたちに向けたのである。悲鳴を上げることさえ出来ず、カスミが息を呑む。フンッと荒々しく吐いた男の鼻息が、轟々と室内で竜巻となった。

「こ、この人、ほんとに……」

 喘ぐように言ったカスミに、オレも頷いた。

「理解させるのもタイヘンデース」

 そう言うと神は液晶の中に戻って行った。何かに座り、歪んだ蝶ネクタイを気取った仕草で直す。

「マア、イイデショウ。では、そろそろ始めますヨ。リセット、デース!!」


 光が消えた。

『停電?!』

 とオレは思ったがそうじゃなかった。

 後で知ったことだけど、光が消えたのはオレとカスミのいる居酒屋だけじゃなかった。神が「リセット」と言った瞬間、世界中から光が消えた。日本のように夜を迎えていた国だけじゃない。太陽が輝いていた筈の、昼間の国々もだ。

 居酒屋の蛍光灯はすぐに灯った。

 他の国でも、光が消えたのは一瞬だったらしい。

「大丈夫か、カスミ」

 オレはカスミを振り返り、そこに空っぽの椅子を見た。

「カスミ!」

 初めてと言っていいぐらいオレは動揺して立ち上がった。辺りを見回すが、居酒屋そのものに、人の気配がない。

「カスミ!」

「大丈夫ですヨ」

 答えたのは神だ。オレはもう、そいつを神と認めていた。オレは液晶に映った神に向かって叫んだ。

「何が大丈夫なんだ!カスミをどこにやった!」

「まあまあ。前世に戻るのに少しダケ、時間が必要なのデス。すぐに戻ってきますよ、カスミさんは。ただし」

 神が意味深に言葉を切る。

「戻ってきたときには、人間ではありませんがネ」

「人間じゃないって、どういうことだ」

 神が嗤う。

「もう判っているデショウ?リョータさん。あなたの考えている通りですヨ」

 オレはごくりと喉を鳴らした。

 オレの後ろで、低い唸り声が響いた。ぐるぐるという獣の唸り声が。



          -3-


 気が付くと、りょうたが襲われていた。彼と向かい合っているのは、熊だ。りょうたは手にモップを持って、熊に向かって叫んでいた。

「オレだ、判らないのか、カスミ!」

「がううっ!」(それはあたしじゃないよぉ!)

 あたしはそう叫んで、後ろから熊に飛び掛かった。大きく牙を剥き出し、4本の足で床を蹴って。神様の言ったことは、姿を消していたあたしにも聞こえた。神様の言った通り、あたしは人間ではなくなっていた。

 そして、自分が何に変わっちゃったか、何故かあたしは知っていた。

 全身を覆った短く黄色い毛。

 猫科特有のしなやかな体に、強靭な前脚。

 長い尻尾はあたしの思う通りに動く。

 嗅覚はもちろん、聴覚も鋭くなり、りょうたの心臓の音まで聞こえそうだった。

 あたしは、一頭の豹になっていた。


 あたしは熊野郎が咄嗟に突き出した腕をかいくぐり、りょうたの前にひらりと降りて、熊野郎を威嚇した。りょうたもあたしの横に来て、モップを構えた。あたしと気づいてくれたんだ。

 嬉しくてあたしは泣きそうになった。

 でも泣く代わりに、あたしは熊野郎に向かって低く唸り声を上げた。2対1では勝てないと思ったんだろう、熊野郎は少しずつ後に下がり、適当な距離を取ると、背中を見せて逃げて行った。

 居酒屋の扉も、熊野郎は前脚で器用に開けて出て行った。

 あたしはほっと安堵の溜息をついた。

「カスミ、だよな」

 りょうたに話し掛けられて、あたしはハッと我に返った。

「が、がう」(ち、違います)

「しらばっくれんじゃねぇ」

 構えていたモップを下ろし、りょうたが静かな口調で言う。

 あれ?なんか、通じてる?

「ま、随分恰好は変わっちまったけど、オレには判る」

「がうがう」(さっき間違ってたくせに)

「いや、あれは」

 りょうたが慌ててる。りょうたが困ると、あたしはなぜかちょっと嬉しい。前から思ってたけど、あたしって実はSの気があるのかも。ま、どうやら前世がコレだし。

 でも、今はそんなことを喜んでいる場合じゃない。

「がう、がうう」(それじゃあ、これでサヨナラだね)

 あたしの長い尻尾が力なく落ちる。

「なんだよ、怒ったのか」

「がうが、がう、がうう」(違うよ。だって、だってあたし)

「豹だから別れよう、と言ってんのか?」

 えーん。別れたくなんかないよう。初めて会った時から、ううん、今は、初めて会った時よりもずっとずっと好きだよう。でも、でも。

「馬鹿にするな!」

 りょうたに怒られて、あたしはビクリッと体を震わせた。

「オレが外見だけでお前を好きになったとでも思ってんのか!」

「がうぅ。がう、がう」(ううん、でも、でも)

「お前はそりゃ、同期の中で一番かわいかったさ。でも、オレがお前を好きになったのはそれだけじゃない。お前の中身にも惚れたんだ。だから、お前の外見がちょっと変わったくらいで、オレの気持ちが変わったりするもんか!」

「ううう」

 嬉しかった。正直。でも、でも。

「があああ!」(あたしは豹なんだよぉ!)

「それがどうした!」

 あたしに負けじとりょうたが叫ぶ。

「お前が人じゃなくなったって構うもんか!オレはお前の心を愛しているんだ!」

 あたしの涙腺が崩壊した。

 あたしはりょうたに飛び掛かると、彼の肩に太い前脚を乗せて、本能に任せて彼の顔をぺろぺろと舐め回した。長い尻尾が、勝手にパタパタと揺れた。

「カスミ!」

 りょうたもあたしの頭を撫で回す。

 でもこれって、人である飼い主とペットのすることだよね。あたしの心の中で理性が告げる。でもいい。恋は理性じゃないって誰かがテレビで言ってたし、これでいいんだ。きっと。

「じゃあ、行くか」

 あたしの黒い鼻に鼻をくっつけてりょうたが言う。

 あたしはこくりと頷いて、前脚を彼の肩から下ろした。

「さあ。サバイバルと行こうか!」

 モップを左手に、右肩をぐるぐると回しながら、りょうたが出口へと向かう。なんか、会社にいる時よりぜんぜん生き生きしている。りょうたって、こんなにカッコイイ人だったっけ。んー。こういうのを、惚れ直すって言うのかなぁ。エヘヘ。

「がう」

 と、短く一言だけ吠えて、あたしは長い尻尾を振りながら、彼の後を追った。



          -4-


「ぜ、前世って、これはおかしいだろ!遺伝的によ!」

 オレは車が乗り捨てられた通りを走りながら叫んだ。

「が、ううううう!」

 オレの隣でカスミも同意する。

 通りに面したビルの壁面の大型ディスプレイが点り、神の野郎が姿を現した。

「何をおっしゃいマス。あなたの彼女だって豹じゃないですカ。前世とDNAは何の関係もありませんヨ」

「か、関係ないって言ってもなぁ!」

 オレらの後ろから地響きをたてて、ソイツが追ってくる。

「ま、頑張ってくだサイ。あなた方の頑張り次第で次の転生先を決めますノデ。あ、もしワタシに直接会いたければ、出雲大社までいらしてくだサイ。しばらくはあちらにご厄介になってますカラ」

「行ってやる!行ってやるぞ!行って、ぶん殴ってやるからな!テメエ!」

「がうううっ!」

「期待していますヨ。リョータさん、かすみさん。それでは、アデュー」

 馬鹿にしたように神の野郎がそう言って、大型ディスプレイが消えた。

「ちくしょう!絶対、行ってやるからな!」

「がううっ!」

「ゴオオオオオオッ!」

 オレたちの後ろで咆哮が轟く。まるでオレらに同意するように。史上最強の生物、ティラノサウルスの上げる咆哮が。

「覚えてやがれ!」

 必死にカスミと並んで走りながら、オレは絶叫した。

 遠く出雲大社までも届けとばかりに。



          -5-


 時には獣を狩り、逆に狩られそうになりながらようやく辿り着いたイズモは、別世界だった。多分、出雲と言うより、イズモと表現した方が正しいと、思う。

 出雲市までは山陰本線を頼りに進んだ。

 そこまでは人がいなくなっただけのただの廃墟が続いていたが、出雲大社に向けて北に進み始めると、人の痕跡が消えた。建物が全くなくなって森に覆われ、道路は残っていたもののアスファルトも消えて、舗装されていない土が剥き出しになって続いていた。

 うっそうとした森の中を2時間ほど歩くと、まず巨大な鳥居がオレたちを出迎えてくれた。鳥居は全部で4つあった。最後の鳥居を潜って森から出たところで、オレは思わず「おおっ」と声を上げた。

 長い長い木製の階段が、オレたちの目の前にあった。

 一段一段の奥行きが深く、一見するとそれはなだらかなスロープのように見えた。

 出雲大社はその階段の先、高さが50mはあるだろう木組みの上に据えられていた。

 階段を登り切り、乱れた息を整えてからカスミと頷き合って、オレたちは茅葺屋根の神殿に足を踏み入れた。

「おや。ようこそいらっしゃいマシタ」

 ニヤケ面でオレたちを出迎えた神に黙って近づき、オレは神を殴り飛ばした。

「あれ」

 殴っておいてなんだが、オレは驚いて声を漏らした。

 正直、殴ることが出来るとは思っていなかったのだ。良くて避けられる、悪くすると神罰を食らって死ぬ、それぐらいの予定だったのである。

「がるる?」(あれれ?)

 もしオレが神罰でヤラレたら、すぐに続いて神に襲い掛かる予定だったカスミも拍子抜けして戸惑っている。

「あいたたた」

 神が身体を起こす。そしてオレたちの疑問を読み取ったのだろう、笑みを浮かべてオレたちを見上げた。

「こんなところまでせっかく来て頂いたのデス。サービスですヨ」

「サービスってなんだよ……」

 すっかり毒気を抜かれて、オレは手を差し出し、倒れた神を引き起こした。

「本当にここに辿り着く人がいるとは想定していなかったものですカラ。大変だったデショウ」

「ま、まあな」

 ふうと神が息を吐く。

「では、せっかく来ていただいたのデス。ホントのことを話しマショウカ……」

「ホントのことってなんだ」

「が、がう」

「ホントのことと言うより、言わなかったコト、と言った方がイイですネ。リョータさん、あなたに前世がないというのはホントです。

 でも」

 神がすこし言葉を切る。

「前世のあるなしに関わらず、あなた方の多くの方には、来世がないのデス」



          -6-


 神に勧められるまま、オレとカスミは神と相対するように、オレは座布団に、カスミは床に腰を下ろした。

「ちょっと確認したいんだけど、アンタって、大国主命なのか?」

 イズモに来る前からずっと疑問に思っていたことをオレは訊いた。どうにもコイツが日本の神様の一員とは思えなかったからだ。

「イイエ。ワタシはここをお借りしているだけですヨ。アナタ方、人類の後始末をするためにネ。大国主命や他の神々は、この国の言い方では高天原と表現するのが一番近いデショウカ、彼らの本来いらっしゃる場所に帰られマシタ。

 後始末をワタシに任せてネ」

「人類の後始末?

 ちょっと気になるセリフだけど、……まあ、それは後で聞くとするか。それじゃあ、アンタはいったい何の神様なんだ?」

「がうがう」

 神が嗤い、目を細めてオレとカスミを見た。少しだが、神の下の影が蠢き、冷気が漂って来た気がした。

「ワタシは世界中に遍在する神。死神ですヨ」



          -7-


「この太陽系が、2億2600万年ほどかけて銀河を周回していることはご存じデスカ?まぁ、ご存じでなくてもイイのですが、もうすぐ太陽系は、重力の段差を通りマス」

「重力の段差?なんだよ、それ」

「実は、時空間は一様ではアリマセン。トコロによって時空間は性質が異なるのデス。ただ、時空間の性質が異なっても、物質そのものに影響はアリマセン。しかし、ダークマターは違いマス。ダークマターは時空間の性質の違いの影響を受けて、重力の段差を作りマス。その段差を通過するときに、少しだけ、地球の軌道も影響を受けマス。

 ホンの少し。あなた方の科学では、まだ観測できないほど少し。しかし、そのホンの少しが問題デス。地球は少しだけ、太陽から遠ざかりマス。そして、極端な寒冷化が起こりマス。ただし、氷河期、と言うほど長くは続きマセン。地球の軌道は数年も経たずに元に戻るデショウ。ですが、地球の気象が元に戻るには、100年はかかるデショウ。その100年の間、生き残れる人が何人いるデショウカ」

 死神がカスミを見る。

「マズ植生が狂いマス。稲作をはじめとする農耕が全滅シマス。草食動物も同じデス。食べるものがなくなり、草食動物のほとんどは餓死しマス。そして草食動物が死ねば、かすみさん、あなたのような肉食動物がそれに続きマス。たった100年、少し気象が狂うだけで、多くの生命が失われるデショウ。

 あなた方の寄って立つ自然環境というのは、それほど脆弱なのデス」


 死神はどこかしんみりとした口調でそう言った。初めて現れた時とはまるで別人だ。いや、別神と言うべきか。

 まあ、それはいい。

 つまりどういうことかと言うと、人類はほとんどが死滅するということだ。人類だけじゃなく、ほとんどの動物も。

 なるほどね。

 でも、その話を聞いてオレが何を感じたかと言うと、何も、だった。

 それでオレは、オレの気持ちに最も相応しい答えを神に返した。

「ふーん」

 神は、どうやら絶句したようだった。しばらくオレをまじまじと見て、訝しげにオレに問いかけて来た。

「……ふーんって、それだけデスカ?」

 改めて神にそう問われて少し考えたけど、やっぱりオレは何も感じなかった。突き詰めれば、いずれは死ぬってことだけでそこは変わらない。

 そして今、オレはカスミとここにいて、今の状況に何の不満もない。

 だから来世がないと言われても、何かオレには関係のない遠い世界の出来事としか思えなかった。

「オレは前世なんて元々信じてなかったし、当然、来世なんてモンも信じてなかったからなぁ。それがどうしたって気分ですよ」

「がうがうガー」(あたしもどっちでもって気分よ)

「そうですか……」

 拍子抜けしたように、どこか安心したように、神は呟いた。

「念のために訊くけど、それは神様でも止められないんですよね」

「ムリデスネ。銀河系を周回する太陽系の軌道を変えるなんてことは、ワタシだけでなく、他の神々の手にも余りマス。重力の段差も同じデス。残念ながらワタシたちには、それほどの力はアリマセン」

「だったら仕方ありませんね。この地球が寒冷化しても、少しでも長くカスミと生き延びられるように努力しますよ」

「がう」(うん)

「それでいいのデスカ?」

「オレがいつ死ぬかはそちらで決めて下さい。でもこうして生きている間は、この人生をどう生きるか、オレが自分で決めますから」

「がうがう」(あたしもね)

 薄く薄く神が笑う。

「判りました。では、ココマデ辿り着いたアナタ方に敬意を表して、アナタ方には人としての来世を約束しまショウ」

 えっとオレは思った。

「あるんですか?来世」

「この日本では難しいデスネ。人がほとんど残りませんでしたカラ。でも、元々人口の多い発展途上国を中心とした地域には、まだ人がかなり残っていマス。一応は文明も。マァ、かなり酷い状況では有りマスガ。

 重力の段差を越えた後でも、細々とデショウガ、人類は命脈をつなぐことが出来るデショウ。

 実は今回のイベントは、リセットではなく、セレクトなのデス。人として転生させようにも、未来には転生させるべき人の数に限りがありマス。ですから、人として転生させる方をセレクトすることが、今回のイベントのホントの目的なのデス。

 死を司るワタシがここに残ったのも、そういう理由からデス」

「うーん」

 オレは唸った。

「人になれなかったら、どうなるんです?」

「動物に転生すると言いたいところですが、動物もかなり数が減るでショウ。転生できない方の多くは、ここでおしまいデス。ホントウの意味で」

 そうか。おしまいか。

 だったら話は早い。

「でしたら、ひとつだけ願いを聞いてもらえないでしょうか」

「なんデスカ」

「転生するにしても、おしまいになるにしても、カスミと一緒だったら文句はありません。人であることもムリには望みません。ただ、カスミとずっと一緒にいられるようにして貰って、それで、ちょうどいい転生先がなくて、もしおしまいになるなら、二人一緒におしまいにして貰えないでしょうか」

「がうう」(うん、それがいい)

「それでいいのデスカ?」

「もちろん。姿形がすべてじゃないって、今回のことで教えて貰いましたから」

「がう」(うん)

 神が笑い、ピンと上を向いた髭を撫でる。

「判りました。御約束しまショウ」

「ありがとうございます、神様」

「がう」

 神が胸に手を当て、おどけた様に腰を折る。

「どういたしまして」

「それでは、縁があったらまた会いましょう。死神様」

「がう」

 オレとカスミは神様に見送られて神殿を出た。そして神殿に続く階段の前で足を止めた。オレとカスミはそこでしばらく深い森の中にまっすぐ伸びた参道を見つめていた。

「神様!」

「なんデスカ。リョータさん」

「未来は意外と、明るいかも知れませんよ」

 何事かと神殿から出て来た神が、オレたちの視線を追う。「ああ」と、神は言葉を落とした。「これだから、あなた方、人間というものハ……」

 木々の隙間から見える長い参道には、幾つもの影があった。

 オレの様に前世のない人と、前世の姿に戻った元人の。

 恋人同士なのか、夫婦なのか、それとも親子なのか、それは判らない。

 しかし、人と元人は、種を越えた今になっても、互いに寄り添い、労わり合いながら、何人も何人も、途切れることなく神殿へと近づいていた。

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