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Act.6


『ベルビュー荘で二股事件が発覚!!プレイボーイのミスター羽柴、「二兎を追う者は一兎をもえず」と涙ながらに語る』

 (~ベルビュー新聞第56号、見出しより~)



 あたしはミドリさんに教えてもらって、綺麗に整理された倉庫にある、スクラップブックの並んだ棚からようやくのことで『ベルビュー新聞、第56号』を発掘した。

 それによると、


<羽柴氏(以下H氏と略)は登山部の後輩I嬢と我がベルビュー女子寮のO嬢とに二股をかけており、6月6日にあったバーベキューパーティで偶然にもふたりは鉢合わせ。当然H氏は挙動不審の大慌て。本記者K(克英のKということらしい)も「特急・研究・バーヴェQ、救急・オバQ・ウルトラQ」などと冗談を言って場を和ませようとしたのだが――いかんせん、ふたりの女性の怒りを鎮めるには至らなかった。

 自業自得の羽柴……じゃなくてH氏は、おろおろとO嬢とI嬢の機嫌を右や左ととっている様子だったが、その情けない姿にとうとう愛想が尽きたのであろう。最後はふたりとも「あんな男、のしつけてくれてやるわよ!」と互いに言いあい、H氏の顔を引っぱたいて帰っていったそうな。

 たぶんそののしには、「浮気男願い下げ」とか「死ぬまで直らぬ、万年発情男」とでも書いてあるのかもしれない。

 最後にひとり残された傷心の羽柴氏は、「二兎を追う者は一兎をもえず」と涙ながらに語り、1号室の住人S氏とその日の夜は朝まで飲み明かしたとのことである……>



「ふう~ん。字は汚いけど、書いてあること自体は結構面白いわね」

 茶ばんだ紙にびっしりと書かれた文字は、特徴があってかなりのところ読みにくかったけれど――これが60号を越える頃には、突然すっきりと読みやすい女性の字に変わっている。

 最後のページに編集後記なるものがあって、そこには文責:小山内克英、清書:笹谷ミドリと名前がある。それと、ベルビュー新聞は1~4ページ程度の分量で不定期に発行されていたらしいけれど(時に号外もあり)、だんだんに寄稿者の名前が増えて、小山内氏自身はトップ記事のみを書いているだけ、という回も結構あった。

 その中でも特にあたしが興味を持ったのは、大谷嵐氏が連載している<共産主義の脅威>などという小難しいコラムではなく――『男と女の恋愛相談室』と題された、今でいうチャット風の記事だったかもしれない。



『男と女の恋愛相談室~第5回~』

 相談者O嬢:先生、男の人ってどうして浮気するんでしょう?

 回答者Dr.H:男は上半身と下半身が分離した存在なんです。そのことをまず、理解しましょう。

 O嬢:納得できません!!つい最近まで私がつきあってた男性は、私ともう一人の女性に二股をかけていたんです。

    私と、将来は結婚する約束までしていたのに、ですよ?

 Dr.H:それはひどい男ですね。たぶんきっと、そのもう一人の女性にも同じことを言ってたんでしょうな。

     男の風上にもおけない、まったくひどい奴だ。

 O嬢:それ、あなたのことなんですけどね、先生。

 Dr.H:えっ!?ごほっ、ごほっ。

     いや、私には酒が入ると誰とでも結婚の約束をしてしまうという、悪い癖が……。

 O嬢:もーっ。しょうがありませんね。

    でも、次は絶対許しませんから、その時は刺されて救急車で運ばれる自分を想像してから、他の女性とデートしてくださいね。

 Dr.H:あ、許してくれるんだ?わーい、やったー!!




 ……わたしの経験上、羽柴氏のようなタイプは絶対にまた浮気すると思うのだが、O嬢こと太田晴美さんは医学部を卒業後、無事羽柴晴美になったということだった。

 まあ、56号の新聞以降、『ふたりの女性に同時にフラレ、体重が3kg落ちた羽柴氏』だのという記事が、頬のこけた諷刺画と一緒に載っているのを見れば、晴美さんとしても自然、許さざるをえなかったのかもしれない。

 他に、この『男と女の恋愛相談室』には、A氏なる人物が片想いの女性にどうアプローチすればいいか相談していたりするのだけれど――これは内容から察するに、たぶん大谷氏が将来の妻ミドリさんのことを思って書いたものと思われる。

 しかも、その相談の回答者は他でもない小山内氏なのだ。小山内氏は相談者に「綺麗な花と一緒に詩の言葉を添えて、意中の人に渡すといいでしょう」などと答えている……それに対して、途中からDr.Hが茶々を入れ「そんなんじゃ全然ダメだ。女は本当は結構強引でワイルドな男が好きなんだよ。どこか感じのいいバーにでも誘って、『今夜、俺のマグナム44が火をふくぜ!』とでも言えば一発だな。うん」などと、いい加減なことを言っている。



「うっわ、さむ……マグナム44?あの頃ってそういう時代だったっけ?まあ、もしわたしがその感じのいいバーとやらでそんな寝言を言われたら――化粧室にいって、そのあと絶対戻ってこないわね。悪寒がするとか言って、絶対速攻帰るわよ」

 思わずあたしが独り言をつぶやいていると、開け放しになったドアをすべて塞ぐような形で、突然影が差していた。

 その人物は身長170センチ、体重はたぶん……最低七十キロはありそうな、女優志望の隣人、二階堂ほたるだった。

「ミドリさんに聞いたら、物置でベルビュー新聞を探してるって聞いたもんだから。いくら同じ屋根の下の住人とはいえ、最近知りあったばかりの人に、こんなことを頼むのは心苦しいんだけど――」

「何よ。なんでも言いなさいよ」

 羽柴氏のマグナム44発言でおおいに笑わせてもらったあたしは、この時極めて寛容な気分になっていた。

 ベルビュー新聞を何号か続けて読んでいて思うに――Dr.Hこと羽柴亮太郎なる人物は、ちょっとお調子者で抜けてるタイプの、どこか憎めない奴なのだろうという気がしていた。

 もっとも、その後夫妻で羽柴内科医院を開業したという彼に、診察してもらいたいかといえば、答えは断じてノーではあったけれど。

「これ、うちの劇団のチケットなんだ。もしよかったら友達と一緒に来てもらえないかな~なんて……」

「ふーむ。なるほど」

 夏の陽射しの中をほんの数メートル移動しただけで、ほたるは汗だくになっている。

 もちろん日ごろからダイエットは一応しているらしいのだが、リバウンドですぐ太ってしまうのであまり効果がないのだという。

 前にいいダイエット法があったら教えてほしいと言われたけれど、わたしは生まれついての痩せ型で、これまで一度もダイエットなんてしたことはないのだ。決して自慢するわけじゃないけど。

「でも、ほら……あたしって今、半分以上失業してるようなもんじゃない?今月だって、数えるくらいしかまだ仕事してないし。なのに演劇なんて……」

「ああ、べつにいいのよ。全員がどんなに頑張って配り歩いても、チケットはどうせたくさん余るって、劇団の連中はみんなわかってるから」ほたるはあっけらかんとして言った。「ただ、わたしが今してるのは座席がひとつでも埋まるようにっていう最後の悪あがきみたいなものなんだ。一応一枚千円で売ってるんだけど、べつにお金は払わなくていいの。サクラさんとサクラさんの友達ひとりかふたりと、一緒にただで来てもらえたらいいな~っていう、それだけ!」

「レンは来るの?」

 鈍いほたるは、わたしのこの言葉を深い意味のないものとして受けとるだろうと、あたしにはわかっていた。

「うん。レンさんはうちの定期公演には絶対来てくれるんだ。いつも、友達や知りあいに50枚くらい売ってくれたり、あちこち劇団のポスターを貼る手伝いをしてくれたり……すごく顔の広い人なんだよね」

「へえ~、そうなの」

 逃げ道を失ったあたしは、正直どうしたものかなと、首を傾げた。

 レンが友人や知りあいにチケットを配りまくってるなら、奴はそうした顔見知り連中と三流アマチュア劇団の生ぬるい芝居を見にくるっていうことだろう。となると、レンと座席を隣り合わせて座るなんていうことは出来なさそうだ。

 しかも、今のあたしには友達がいない。いや、昔の男を誘ってもいいけど――今の落ちぶれたこの姿を、あんまり見られたくないというのが、正直なところだ。

「あのさ、ほたる……あたし、あんたみたいに劇団の仲間とか、そういう友達ってひとりもいないのよ。だから、あたしひとりで見にいくっていうんじゃダメ?」

「うん、もちろんいいよ!!」

 性格の優しいほたるは、友達のいない可哀想なあたしを気遣って、そのあと横で色々なことをくっちゃべってからようやくのことで物置を出ていった。

(やれやれ。べつにあんたに哀れんでもらわなくても結構よ)

 ポケットから日焼け止めをとりだし、首筋や肌の露出した箇所にそれを塗りたくりつつ、あたしはSPA50+、PA+++の日焼け止めクリームが、いくらチューブを押しても出てこないとわかり、かなりのところイライラした。

 午前中にニュースで見た紫外線の量によると、この倉庫を出る前に、今絶対塗っておきたいのに。

「ああ、やだやだ。これ高かったのに……新しいの買うとしたら、ランク落として次は安いの買うしかないわよね。あと、服はどうしよっか……三流アマチュア劇団とはいえ、レンも友達や知りあいとくるんだろうし」

 ここで一応断っておくと、何もあたしは奴に惚れてるというわけでもなんでもない。

 ただ、あいつがよくあたしのことを「性格ブス」というあだ名で呼ぶから――その性格ブスにむしろ逆に惚れさせて、めろめろにした揚げ句、振ってやろうという計画をあたしは立てているところなのだ。

「ふんっ。今に見てなさいよ。あたしをブスって呼んだこと、絶対後悔させてやるからっ!」

 あたしは部屋へ持ちこんで続きを読むために、ベルビュー新聞の78~145号くらいまでを、両手いっぱいに抱えこんだ。それからバーベキューのコンロや庭を掃く箒や落ち葉を集めるための熊手、その他さまざまな園芸道具のしまいこまれた物置を、強い夏の陽射しに備えるように、えいやっ!と外へでた。

 ベルビュー荘へ戻るまでの数メートルほどの間に、ほたるからもらった<劇団レリック>のチケットをもう一度よく見ることにする……劇のタイトルは『ゼウスとプロメテウス』。どうやらギリシャ神話をモチーフにしたものらしい。

(どうせ、大したことないに決まってるんだけどね)

 あたしはそう思いながら、タンクトップにだらしなく繋ぎの作業ズボンを着ているレンが、壁をペンキでクリーム色に塗っている姿を盗み見るようにしてから、網戸を開けて中へ入ることにした。

 なんでも、次の居住人があたしのような変な奴でないことを願うべく、せめて壁くらい新しく塗り替えたほうがいいと思ったんだとかなんとか……ふんっ!本当に憎ったらしい奴!!

 あれでもし奴の真っ黒に焼けた背中がさして引き締まっていなかったら、相手にさえしないんだけど……でも困ったことには、レンが汗を流しながら無心でペンキを塗る姿には、(少し恥かしい言い方をすれば)乙女心にきゅんとくるものがあるのだった。




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