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まどろみ

作者:双山サキ
 言葉はどうして生まれたのだろう?私はたくさんの言葉を使ってきた。私が言葉を発する度、ぱちんぱちんと音をたてて、何かがどんどん壊れていった。だから私は言葉を使わなくなった。だから私は知り合いのいない大学へと進学した。
 両親が与えてくれたのは、2DKのマンションだった。大学からは少し遠かったけど、その広さは充分だった。そして、無口な私に、何故だか二人の友人ができた。彼らはあたしの部屋が広いのをいいことに、すっかり寝床に使い始めた。
 クロはいつもギターを背負っているメガネの男の子だった。「セーイング、アイラブユー」から始まる洋楽がとても好きで、機嫌のいいときでもそうでないときでも、ギターをかき鳴らしそれを歌っていた。
 マユミは金髪のショートヘアーの目立つ女の子だった。何人もの男性と付き合っていて、その人達の家を渡り歩いていた。都合のつかないときや、そういう気分じゃないときは、私の部屋に来るらしかった。
 二人の友人は、同時に来ることもあった。そんなときは大体、鍋料理をした。調理するのは私で、出来上がるまでの間、彼らは決まってアニメの番組を観ていた。それに興味のない私は、ただ黙って野菜を刻んでいた。
 ある時、三人で水炊きを囲んでいたら、マユミが言った。

「チコとクロは、付き合ってないの?」

 クロはうんざりした様子でそれに答えた。

「付き合ってないよ、よく聞かれるけど」

 私はこくりと頷いた。クロと二人きりになることも多かったが、クロは私に手を出さなかった。そもそもクロにはそういった欲望が欠けているのではないかと思った。それほどまでに、クロはギターにしか目がない男の子だった。

「へえ、そっかあ。やっぱりね」
「やっぱり、と思ってたんなら、わざわざ聞くなよ」
「確かにそうかもしれない」

 マユミは赤く塗った爪で頬を掻き、お玉で豆腐を取り皿に入れた。

「クロって、対象外なんだよね。男の言い方をすると、勃たないんだよ」
「俺だって、マユミとはごめんだ」
「じゃあチコとは?」
「そういう対象じゃあない」

 私は口を挟まず、白菜をもぐもぐ食べ続けた。業務用スーパーで買った、どこのメーカーかよく分からないポン酢を使っていたが、非常に美味しかった。

「じゃあ、クロにとってチコは何なのさ?」
「こうして部屋を与えてくれる優しい友人だよ」
「そういう意味では、あたしもそうだ」

 私は二人の友人の顔を見比べた。クロは仏頂面で、マユミはへらへら顔。私は何故だかそれが可笑しくて、プッと吹き出した。
 そうして締めの雑炊を平らげた後、片付けももちろん私がやった。クロは座り込んでギターを弾き始め、マユミはベランダでタバコを吸いだした。

「なぁ、チコ」

 クロがギターの弦に目を落としたまま話し出した。

「老人だけを殺すウイルスがあるって、知ってるか?」

 あたしは首を横に振った。

「超高齢化社会になってるだろ、今。だから政府は、老人だけを殺すために、特殊なウイルスを開発してて、それはもう出来上がっているらしいぜ」
「何バカなこと言ってるのよ」
「マユミ、聞こえてたのか」

 クロはばつの悪そうな顔でマユミを見上げた。

「そんな話、あたしもチコも信じないわよ」
「別に信じなくていいさ」

 クロはまた、ギターに戻った。
 その日、私たちは三人とも眠れなかった。マユミがコンビニへ行こうと言うので、少々寒かったがそうすることにした。マユミはどんどん酒類をカゴに入れていった。酔えば寝れるという魂胆らしかった。支払いはマユミがした。
 さすがにこの時間だと、騒ぎながら飲むわけにはいかない。もう夜の三時半だった。私たちは買ってきたお菓子を机の上に開け、ビールを飲んだ。すると、マユミが言った。

「チコって、見た目の割に酒飲めるよね」

 クロも乗じた。

「いかにもノンアルコールが似合いそうな容姿なのにな」

 そうなのだ。あたしは酒に強く、ちょっとやそっとでは酔うことができない。多くの大学生がするように、泥酔したこともない。

「いいよね、社会人になっても酒の席で困らなさそうだ」
「逆に、マユミは案外弱いよな」
「クロだってそんなに強くないくせに」

 そんなわけで、二人は先に寝てしまい、私はそれぞれに毛布をかけてやった。空き缶をすすぎ、燃えないゴミの箱に入れた。私はベッドに入った。それでも眠れなかった。
 私はスマートフォンで、社会ニュースを検索した。殺人事件から国際関係まで。一通りのトップニュースには目を通してしまった。その後、芸能人の不祥事や結婚など、至極どうでもいい話題を見続けた。そうしている内に、外は明るくなってきた。
 私は二人を起こし、柚子茶をふるまった。今日は、三人とも授業が無い。テレビをつけると、昨夜起きた火災のニュースをやっていた。

「今日、どうする?」

 クロがぼんやりとした顔のままで言った。

「何もしないわ」

 マユミがそう言うので、私も同意した。

「ずっとこのまま、こういう時間が過ごせたらいいのにな」
「バカね。そんなこと、できるわけないじゃない」

 私も知っていた。大学生なんて、あっという間に終わってしまう儚い期間だということを。
 昼になり、私は眠った。私は夢を見ていた。一匹の猫が、車道の向こう側で私を呼んでいた。横断歩道は無く、私は戸惑った。けれど意を決して車道を渡り、私は猫を抱き上げた。それだけの夢だった。

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