恋愛競走―いつまでもキミと(8/9)PDFで表示縦書き表示RDF


恋愛競走―いつまでもキミと
作:梶原ちな



第8話 上手な鼓動のごまかし方





 金網の向こう。
 黒に揺れる人影。
 聞こえた声は、確かにあたしの名を呼んだ。

「ゆい!」

 走りよってくるその姿は、やっぱり犬のようだった。



「なんで、こんなところに、」
「何してんだよ! こんな遅くまで」

 いいかけた言葉は、走りよってきた彼によってかき消される。
 遠くからでは分からなかったその表情が、近づいたことによって見えてきた。
 どうやら、怒っているらしい。

「お前な、女が夜にひとりで出歩くな! あぶねえだろうが。そもそもお前には危機感がかけてんだよ。何かあってからじゃ遅いだろ。お前だったらわかってんじゃねーのか、そんなことくらい。まったく、だから一緒に帰ればいいのに」

 心配しているのは分かった。
 だけど、最後のひとことにカチンときた。

 一緒に帰ればよかったって、なんなの。
 そんなこと、ヒトコトも言わなかったくせに。

 飛び散った火花のせいで、勢いがついた。
 気がついたときには、もう勝手に口が動き出していた。

「昨日、先に帰ったのは誰よ! アンタじゃないの! 帰ってくるのが遅いだなんて言われたくないわ。自分だって充分遅かったくせにっ」

 夜にこんな大きな声を出して。
 迷惑とか、そんな常識的なことが一切頭に無かった。

「何してたのかしらないけど、あたしに愛想つかしたのなら心配なんてしないでよ! アンタだってひとりで帰っているんだし、あたしがひとりで帰ろうがなにしようが関係ないでしょ!」

 自分で口にして、自分の言葉に痛みを受けている。
 やっぱり素直になんてなれない。
 いいたい言葉はもっと違うところにあるのに、嫌な言葉しか出てこない。

「もう、あたしにかまわ、」
「ゆい」

 ノンブレスでまくし立てるあたしをさえぎる声。
 目の前の金網にかけられた指が、揺らして音を響かせた。

 肩で息をするあたしの正面で、泰斗が顔を押さえている。
 ぽつりと、何か聞こえたけれど、それはあたしの耳までには届かなかった。

「なっ、によ! いいたいことがあるならいいなさいよ!」
「なあ、端のほうに穴開いてるからさ、こっちこいよ」
「なんでよ」
「いいから、はやく」

 泰斗が指を差した先。
 たしかに人ひとり分くらいの穴が金網に開いていた。

「はやく。でないと俺、どうなるかわかんねえ」

 言葉の意味がまったく分からなかったけれど、あんまりにも急かすものだから言われるがままその穴に近づいた。
 さっきまでの怒りと興奮は、彼の訳がわからない言葉で鎮火。
 ひどいことをいったのに、そのことについてのコメントはないんだろうか。

 金網に引っかからないように足を向こう側に出して。
 すると、穴の向こうで泰斗が手を差し出してくれていた。
 しぶしぶその手につかまって、体を抜き出そうとすれば。

「ちょ、あぶなっ、ひっぱんないで、」

 手に触れたとたん。
 きつく握られて、力任せにひっぱられた。

 勢いがついた体は前に倒れこみ、泰斗の腕の中へ。
 そのまま強く抱きしめられて、息が止まるかと思った。

「やべえ、まじやべー」

 顔の横で、泰斗の声がする。
 なにがいったいやばいのか。
 それよりも、この状態のほうがやばいと思うのはあたしだけなのだろうか。

「はな、し、てよ!」
「はいームリ。絶対ムリー。俺、もういまヘブンだから。天国行きだから」

 もがけばもがくほど羽交い絞めにされて。
 泰斗の顔があたしの肩にうずめられて、首筋をくすぐる。

 なにこれ。
 熱くて、ぞわぞわする。
 おかしな声がでそう。

「俺もう、絶対ひとりで帰んねーから。ゆいより遅くならないようにする。それと」
「はあ」
「後で、お前の呼吸が止まるくらいちゅーする。これ絶対な。まずはタネ明かしが先」

 熱くなりすぎた頬に落とされたキスと、恥ずかしい宣言。
 異論を唱えることも出来ないまま、腕を引っ張られた。
 訳が分からないまま歩きはじめてた彼を小走りで追う。

 いまは、とりあえず。
 指の先まで響くこの心臓の音をどうやってごまかしたらいいのか、必死に考えることにした。

















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