「桜井……頼む、俺を……新聞部員にしてくれ!」
新聞部部室のドアをノック一つせずに開けた少年は、そう言った。
部室内にいた少年、桜井龍人は、突然の入部希望者に物怖じせず、メガネ越しに少年を見る。
「なんだ突然。しかもその父と母と妹をハサミジャガーに殺されたかのような発言は」
「リュート、古い」
もう一人の新聞部員の少女、春日ツクシ(かすが つくし)が、すかさずツッコミを入れた。
「おばあちゃんが言ってた……『人は前を見るもの……だが、後ろを知ってるからこそ前だけを見れる』と」
龍人が人差し指を天に向けて言うのを、ツクシはなおざりな相槌で返す。
「はいはい、新しい新しい」
この二人のやりとりに割って入れないのか、少年は勢い良く入室しても、それまで、という状況になっている。
「まあ、冗談はともかく。ノックもしないで入ってきて、人のことを呼び捨てにするなんて不躾じゃあないか? こっちは生徒会役員選挙の公示内容と、PR文その他諸々で、クロック・アップするくらい忙しいんだ。せめて名乗ったり挨拶したり、それくらいしないとまったく相手にされないぞ、諸星くん」
龍人に“諸星”と呼ばれた少年は、名乗ってもいないのに、クラスだって違うのに、名前を呼ばれたことに驚きを隠せない様子だ。
「なぜ俺の名を?」
「ツクシ、お笑い同好会の名簿……」
「出してるよー」
龍人が言い終える前に、ツクシはパソコンのディスプレイに、目当ての名簿の目当てのページを出していた。龍人はその名簿を読み上げる。
「二年五組出席番号二十一番、諸星孝介お笑い同好会所属。『うすぼけもろこし』のツッコミ担当……のワリに、ツッコミもリアクションもイマイチだね、諸星くん」
「な……なんでそんな名簿が……」
「ああ、『うすぼけもろこし』って『諸星孝介』のアナグラムなのか。相方の西原くんはまったくコンビ名に関与してないね。んで、名簿だったね。それは新聞部の情報収集能力をナメないで欲しい。その上、対面式でキミたちがやったネタがつまらなくてね。それで顔を覚えてた。先生のモノマネなんて、新入生に解るわけないことくらい、気づくだろ。さらに『こういう先生がいるんですよ』なんて説明し始めたからな」
孝介は龍人に捲くし立てられ、一つ一つの言葉を咀嚼してから、一言。
「そう。面白いネタを作るには、俺、いろんなこと知らないんだよ。だから、俺にいろいろ教えてくれ!」
「知りたいことは自分で調べる。インターネットなら簡単だ」
「その『知りたいこと』が解らないんだ。でも、新聞部にいれば、何を調べるか、桜井……くんが指示してくれる。何でもやるから、新聞部に入れてくれ!」
ついには土下座をする孝介。
「リュート、やる気はあるみたいだけど?」
「そのやる気は……」
龍人は口に出しかけた言葉を飲み込み、少し考える素振りを見せる。
「『そのやる気は』なに?」
ツクシが訊く。急に黙り込んだ龍人が、何を考えているか解らないのだろう。
「いや、何でもない。とりあえず、俺は手伝って貰おうかと思ってる。ツクシは?」
「異論はないよ」
「というわけだ、諸星くん。今は生徒会役員選挙特集のため手が放せない。入部手続きは選挙後になるが、それでもいいなら、放課後はここに来てくれても構わない」
「それでいいよ」
「そうか。よろしく、諸星くん」
こうして、新聞部員見習い、諸星孝介が誕生した。
「あの……俺は何をすれば……」
孝介が見習いになった翌日も、龍人とツクシはパソコンに向かって作業をしている。傍目には、何かが取り憑いているように見えるかもしれない。
「表にアンケート回収ボックスがあるから、中身を持ってきてくれ。ロックはファイズで解ける」
「ファイズ?」
意味が解らず、孝介は聞き返す。
「『555』だ。揃えたあと、『スタンディング・バイ』と言うのを忘れるなよ」
「わ……解った」
孝介が部室から出ると、ほどなく“スタンディング・バイ”というセリフが聞こえた。
「取ってきたぞ」
孝介は数枚の原稿用紙と、アンケートを持ってきた。
「ありがとう。とりあえず用事があるのは原稿用紙だけだ」
そう言って、原稿用紙の方だけを受け取る龍人。“アンケートを読んでおくのもいいぞ”と言って、アンケートをそのまま孝介に預ける。
「原稿用紙には何が書いてあるんだ?」
「今回の選挙の候補者のPR文……って、『の』が連続したな。ちょうど、会長に立候補した二人の物だな」
「へえ、会長って誰が立候補したの?」
「知らないのか? お笑い同好会の横山くんも出るのに?」
生徒会長候補、横山洋介はお笑い同好会である。
「え! ヨースケのヤツ、マジで立候補したんだ……」
「今回は横山くんと井上くんの二人で決戦投票だよ」
ツクシが補足をする。
「ツクシ、どっちやりたい?」
龍人はツクシに二本のPR原稿を見せる。
「井上くんの方が、ちゃんとした日本語だからやりやすそう」
「だからやりにくい方、横山くんの原稿か」
「違うっ!」
言うまでもなく、横山のPR文は、龍人の担当となった。
翌日、孝介はお笑い同好会の方に出席したため、新聞部は二人である。
「ツクシの分はそれでラストか?」
「うん。後三十分くらい」
「そうか。なんとかスケジュール通りになったな」
「ホント。でも、来週は選挙結果と総括、新生徒会役員のインタビュウ……」
「その翌週はヒマになるけどな」
「早く来ないかな、再来週」
「来週も忙しいからヒマになるんだ」
「だから来週もがんばろ!」
と、非常にポジティブな結論が出たところで、部室のドアが開いた。ノックのない来訪者といえば……。
「諸星くん。ノックくらいしたらどうだと二回目を言えば三回目はノックしてくれるかな?」
今日はお笑い同好会に出席しているはずの孝介が、血相を変えて入ってきた。
「そんなことより! とんでもないモノ見ちまった!」
「とんでもないモノ?」
ツクシが聞き返す。
「新聞部員としては見逃せない発言だな」
「だろ?」
「そうやってひっぱるのは見逃せない。とんでもないモノがとんでもないほど、新聞は先に何が起きたかを述べる。エンタテインメントなら合格かもしれないが、新聞部員としては不合格だ」
「そこかよ!」
「……ツッコミなら合格かもしれないが……」
「諸星くん、早く言った方が良いよ……」
龍人が機嫌を損ねかけたのを察し、ツクシが割って入る。
「あ……ああ。屋上で、井上がタバコ吸ってた」
「井上? この学校に何人『井上』が居ると思う?」
正解は教師二人、生徒八人、事務員一人だったりする。
「数は知らねぇけど……ほら、会長に立候補した井上勇武だよ」
「……スキャンダルか。証拠は?」
「写メ撮ってきた。コレだ」
龍人とツクシが孝介の携帯電話をのぞき込むと、井上がタバコをくわえている写真が表示されていた。場所は校舎の屋上。校舎から屋上に出る扉の窓から撮ったのだろう。井上まで距離はあるが、顔もタバコも、確認できる。
「……諸星くん……ひっぱってこれだけ?」
「悪かったな。でも、スクープの瞬間だぜ?」
「ああ、スクープだ。ツクシ、号外の準備だ。見出しは『生徒会長候補の喫煙の瞬間』でいくぞ」
「ん? あ、りょーかいですっ!」
「諸星くん、お疲れ。その画像をくれ。そして、後は俺たちに任せろ。お笑い同好会抜け出してきたんだろ? 戻った方がいいな。井上くんに気づかれてた場合、新聞部にいるのがバレるとマズい」
「解った。頼む。俺は、お笑いの方に戻ってる」
孝介は、部室を後にした。
「リュートの予想どおり、だね」
「『何かやるかも』としか言ってないから、予想とは言えないよ……さて、と。ツクシ、この写真どう思う?」
「合成じゃない? もちろん詳しく調べてみるけど」
そう言って、ツクシはフォトレタッチソフトを立ち上げ、写真データを開いた。
「こんなことやってる場合じゃないんだが……頼む」
「いえいえ。今日は簡単に帰れないって思ってたし」
「すまんな」
「ううん。いま何を奢って貰お……」
「三百円以内でよろしく」
「……わかったわよ……確かにコレ、三百円の仕事だね……タバコのトコをアップにしてみたけど、タバコをくわえてるんじゃなくて、刺さってる……画素の粗さも顔とタバコで全然違うし、タバコの縁が周りとなじんでないよ……シロートすぎ」
パソコンで、誰でも簡単に合成画像を作れるようになったが、結局は使用者の技量で出来栄えが決まってくる。プロが作った物はそれこそ本物でも通用するが、残念ながら出来が悪いものは一瞬で見極められてしまう。今回の写真は、後者だ。
「……むしろコレを証拠に使おうとする精神がスゴいな」
「……多分、出来ないなりに頑張ったんでしょ……」
「じゃあ、行こうか……」
「……そだね」
龍人とツクシは、部室を後にした。
孝介は新聞部の部室から出て、まっすぐお笑い同好会の活動場所である空き教室へ向かった。引き戸の窓には、内側からグラビアアイドルのポスターが貼ってあるので、中の様子は見えない。
教室に入るなり、会長候補である横山が、声をかけてきた。周りには、相方の西原や、その他三人の同好会員がいる。
「お、コースケ。どーだった?」
「ああ、あいつら頭いいふりしてバカだぜ。カンタンに信じて、号外作ってる。あの勢いなら明日配られるんじゃね?」
「ハハッ! マジバカだ! 気の毒だぜぇ……俺らのために一生懸命働いてくれて」
「いいんだよ、あの二人、新聞バカだから」
お笑い同好会の面々が好き勝手に話している……その時。
「おばあちゃんが言ってた……『全てを終えたその瞬間が最大の隙だ』と」
引き戸が開く。そこにいたのは桜井龍人と春日ツクシ。
「……リュート……それ好きだね……」
「ああ、この前やったとき、なかなか心地良くてね」
「あ、リュート、ノックしてない」
「ノックしないヤツにするノックはないよ」
「カッコいいようで、そうでもないね……」
「最初から疑ってたんですよ」
龍人の発言に孝介は驚きを隠せない。何かドジをしたか、何がいけなかったのか、自分の行動を一つ一つ思い出しているように見える。
「まず、だ。『もっと面白いネタを作りたい』という理由は、確かにもっともらしい。だが、お笑いに対して、漫才に対して真摯なワリには、行動が伴ってない」
「行動なら新聞部に入っただろ?」
「ああ。確かにそうだ。『社会的なことを知りたいから新聞部に入った』非常に能動的だし、行動が伴ってるように見える。が、『何を調べればいいかは解らないから、指示を求める』というのが、何よりも受動的に思えてね。それに、そこまでお笑いに対して情熱があれば、新入生に対して『先生のモノマネ』なんてネタはやらない。となると、別の理由として、お笑い同好会から候補者が出てることから、『新聞に、横山くんに有利に働くことを書こうとしてるんじゃないか』と思い、監視の意味で部員見習いになってもらった」
「桜井……お前初対面のヤツをそんな目で見てるのかよ?」
孝介が声を荒げる。無理もない。
「そんなことないよ。リュートは疑わしい理由が無かったら、疑ったりしないよ」
「諸星くんの入部理由に、さっき言った不審な点を見つけたからね」
「でもあの写メは? 俺が疑わしいからって、写メまでニセモノとは限らないだろ?」
「フォトレタッチソフトでカンタンに合成できる。合成だという証拠をお見せしよう……ということで、ツクシ、よろしく」
「りょーかいですっ! コレにちゅーもーくっ!」
ツクシはノートパソコンを開いて、画面をお笑い同好会の面々に見せる。
「左が諸星くんに貰ったもので、右が口の部分をアップにしたもの。タバコはどーなってますか?」
孝介をはじめ、お笑い同好会の面々は無言だ。
「答えられないなら、俺の意見を言わせてもらおう。俺は、タバコが口に刺さってるように見えるが、どうだろう?」
龍人の問い掛けにも、無言。
「他にも、タバコと周りの境界が不自然だったり、ズームしたときの画素の粗さが違ったり……」
「それ、私の受け売りじゃん」
「というわけで、合成写真です」
それでも、孝介をはじめ、お笑い同好会の面々は無言。むしろ、気味が悪い。
「質問は……ないか。この写真については、当然掲載しない。だが、今回の件に関しては、別に記事にするつもりはないから、安心して健全な選挙活動を行って……」
龍人は、最後まで語ることができなかった。
一瞬。
孝介が飛びかかり、龍人の頬に右フックを見舞ったのだ。
「リュート!」
たまらず倒れこんだ龍人に、ツクシが叫ぶ。
「ウゼェよお前ぇ! グダグダ細けぇこと言いやがって」
「ああ、ツクシ。大丈夫だこの程度。マサキのパンチの方が激しいよ……で、諸星くん。いや、お笑い同好会の皆さん。対立候補のスキャンダルをでっちあげて、俺を殴ってまで、横山くんを会長にして何がしたい?」
龍人の問いに、孝介が答える。
「ヨースケが会長になりゃ、お笑いに部費とか回ってくるだろ? そんなことも解んねぇのか? 新聞部さんよぉ」
「……部費は何に使う気だ?」
「合コンに決まってんだろ?」
「……部費は、領収書を貰って、顧問の教師に提出。承認を得ないと貰えないシステムだぞ。それに、部員数に応じて学校から支給される額が決まってる上に、『部』と、『同好会』『研究会』では大きな開きがある。六人のお笑い同好会には……誰が会長でも、せいぜい三万円がいいところだ」
「……な……じゃ……じゃあ、新聞部は何なんだよ? パソコン二台にテレビにDVD……ソファにテーブルだって高いだろ? 他にだって、何に使うか解らん物だらけじゃないか」
孝介の疑問ももっとも。所属二名で、“新聞部”とは名乗っていても、正式には“同好会”扱いなので、学校から支給される部費は雀の涙程度。だが、総額にすると軽自動車が買えるほどの設備が整っているのも事実だ。
「ああ、部室にあるものは、九割くらい俺の私物だ」
考えてみれば簡単な答え。部費で買った備品でないなら、私物。
「な……なんだって? 金は……」
「ま、ちゃんと合法的に得た金を使ってるからね」
龍人は、株取引で儲けた、ということを、意図的に伏せた。言ってしまうと、知識もなく取引をしてしまいそうな連中がいるからだ。
「合コン程度の出費なら、バイトで簡単に稼げるだろ。下手なことするより、確実だ」
言い終わるとツクシが寄ってきて、ハンカチで龍人の口を拭う。気づかなかったが、血が出ているようだ。
「大丈夫?」
「大丈夫だ。歯は折れてない。少し口の中を切ったみたいだな」
「充分痛いと思うけど……」
「気にするな。さ、部室に戻ろう。今日中に印刷しないと、間に合わないからな」
龍人が教室から出ようと歩き始めたとき、孝介が話しかけてきた。
「まさか、この事を記事にするんじゃ……」
龍人は立ち止まり、振り返る。
「まさか、一方的に利用しようとした挙げ句、それがバレて暴力を振るったことを隠して欲しいなんて、虫の良すぎることを言ってるのか?」
「う……」
図星なので、そこで終わる孝介。
「明日の朝のホームルームまでには、新聞を配布物ボックスに入れておかなきゃならないのに、こんな事で時間を食った」
突然、別の事を話し始めた龍人に、お笑い同好会の面々が注目する。
「明日の朝、刷り上がった新聞を、職員室の配布物ボックスに入れてくれる優しい人が六人くらいいてほしい……独り言だ、気にするな」
龍人はそう言って、教室を後にした。ツクシは小走りでそれについていった。
「リュート……ホントに大丈夫?」
ツクシが心配そうな面もちで訊いてくる。
「……そろそろ見えないかな?」
龍人は辺りを見回し、お笑い同好会の連中が視界にいないことを確認する。
「よし、いない。実は結構痛い。『新聞配達』で済ますには、割に合わないぞ」
「……はぁ……やせガマンしてたのね……」
ツクシの口から、ため息と一緒に言葉が出た。
「クソ! 明日こき使ってやる!」
「……陰湿だね……」
部室に帰り、原稿を書き上げた二人は、プリンタをセットして下校した。
部室を出たところで、ツクシが何かに気付いた。
「リュート、アンケートボックスのナンバー変えなきゃ!」
そう、アンケートボックスの暗証番号は、もはや部外者、いや、最初から部外者の孝介も知っている。変更しなければ、自由に開けられてしまう。
「諸星くんが開けるとは考えにくいけど、新聞部の信頼性に関わってくるな。変えるか」
龍人はアンケートボックスを少し操作して、新しい番号をセットした。
「カイザにしたの?」
「いや、それは安直すぎる。『青空が好きな人の技の数』引く『青空を飛ぶ人の技の数』だ」
「え、飛ぶ人の方は解んない……」
「調べておくように」
「はーいっ!」
そう言って挙げた手に、何か紙が握られている。
「ツクシ、それ何だ?」
「これ? 下校途中にあるスウィーツのリスト」
「……あ、そう」
「ここのチョコパフェがいい!」
「それは三百五十円だぞ」
「ううん。バナナが入ってるから。バナナはおやつに入らないから、バナナ分マイナスで三百円!」
「なんだその理屈……」
「いいでしょ? 私、もう口の中がチョコパフェモードだよ。チョコソースがいっぱいかかったアイスにコーンフレーク……もう考えただけで味が口に広がる」
「……味が口に広がってるなら、それだけでいいだろ」
「ダメ! ちゃんと食べないと……ってリュート、ちょっと待って!」
途中で歩き始めた龍人を、ツクシは小走りで追いかけた。
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