乙女たちの想い
「ねえねえお母さん。今日ね、綾崎勇人君と会ったよ。」
夕食の席で、瀬川美沙は母親である瀬川泉に向かって言った。
「そう言えば勇人君は確か美沙ちゃんと同い年だったね。」
かつての友達と同じように、娘にもちゃんをつける泉。
短大卒業後結婚した彼女は、ナギが二人を生んだ同じ年に美沙を生んだが、その直後夫が事故で急死するという不幸が起きた。
しかしそれにもめげることなく、彼女は一人で美沙を育てていた。ちなみにそんな彼女の職業は絵本作家である。
高校のころと変わることの無い笑顔。昔の事を思い出し、その笑顔がより明るいものになる。
「で、勇人君はどんな子だった?」
泉が聞く。泉は以前三千院家を尋ねたときに勇人と会ってはいる。もっともそれは10ウン年も前のことだ。母子家庭になって以降は、娘を育てるのに必死で、中々会う機会がなかった。同窓会にも出れないほどであった。生活に余裕が出来たのはごく最近の事だ。
「お母さんのアルバムで見たハヤテっていう人にそっくりだったよ。ただ髪の色は青じゃなくて金だったけど。」
そう言われ、勇人のことを少し思い出す。
「そういえばそうだった気がする。で、性格はどうだった?」
「うーん。初めて会ったばかりでまだそんなにわからないけど、やさしそうだったよ。もしかしたらお母さんみたいに好きになっちゃうかも。」
その言葉に、泉はアドバイスを与える。
「好きになったら早く言ったほうが良いよ。じゃないと取られちゃうぞ。」
「確かに、なんか周りに女の子多かったような。」
その言葉に、泉は苦笑し、心の中でこう思った。
(さすがハヤ太君の息子だね。けど美沙ちゃんが本当に好きになったら応援してあげないといけないな。)
その様子に、美沙は疑問に思った。
「お母さんどうしたの?」
あわてて我に帰る泉。
「あ!ごめん。で、他に何かあった?」
「うん。それから・・・・・」
この日の瀬川家の食卓は、笑い声が絶えなかった。
ちょうど同じころ、桂家では。
「櫻、そういえば勇人君がどうして飛び級したかって聞いてたわよ。」
家族3人で夕食を取っている最中、ヒナギクが朝のことを思い出して言った。
「え!?勇人君が?」
「そう。彼もハヤテ君みたいに鈍感そうだからね。そういうこと聞いてきてもおかしくないけど。」
そういうヒナギクはもちろん娘の魂胆はしっかりとわかっている。
「ま、彼がハヤテ君みたいだったら、櫻、積極的にいかないと誰かに取られちゃうわよ。」
大胆な事をいうヒナギク。その顔は薄ら笑いしている。
「う!!」
母親からの冷やかしに、言葉が詰まる櫻。
「ヒナギクさん。そんなこと言っちゃ可哀想ですよ。櫻が困ってますよ。」
その様子を見ていた父親の健二が助け舟を出した。
「健二君。私は事実を言ったまでよ。恋愛だって自分の力でなんとかしないといけないのよ。じゃないと、私みたいに逃げられちゃうわ。」
ヒナギクは櫻に自分が味わった初恋の苦い経験をして欲しくないという気持ちがあった。
「お母さんありがとう。けど、真理奈さんは手ごわいしな。それに、他にも勇人君を好きそうな人もいるし。」
真理奈は櫻最大の恋のライバルである。また、彼女は美沙や澄香のことも警戒していた。
「それに、勇人君がどう思っているかも重要ですよ。」
健二が言う。彼は今は三千院家執事補兼SP隊長をやっている。つまり、ハヤテはもちろんそれなりに勇人とも会っている。
「どういう意味よ健二君?」
「そのままです。もしかしたら勇人君もハヤテさんと同じかもしれませんよ。まだ誰とも付き合う気がないかもしれません。彼の場合、相手のことを思いやるタイプですし。」
さすがに男だけある。それなりにわかっている。
「だったらなおさらよ!!がんばらなくちゃ。」
強硬姿勢を崩さないヒナギクに、健二はさとすよう言う。
「ヒナギクさん。無理に圧力をかけると逆効果になるかもしれません。男の恋心も意外と複雑なんです。けど、僕だって父親ですから、櫻の恋が実るよう祈ってはいますよ。まあそういうわけですから、櫻。」
「はい?」
「お父さんもお母さんも応援していますから。悔いのないようにやりなさい。恋を成就させるのは、僕達ではなく櫻なんですから。」
健二からの精一杯の励ましの言葉である。
「うん。ありがとう、お母さん。お父さん。」
こうして桂家の夜は更けていく。
|