昔話 中
「それはまたすごいね。」
ハヤテの話を聞き、勇人はその特徴的なピンクの髪を振り乱して、ヒナギクが全力を出して彼を追い掛け回す図を頭に浮かべた。ヒナギクが実際にそのようなことをしている所を勇人が見たことはない。理事長になってからの彼女が、そのような行動を採ったことなどないからだ。しかし、なぜか自然にその姿が浮かんでくる。
「本当だよ。おかげで僕以外の執事は正午までに全員捕まっちゃったんだからね。」
執事鬼ごっこが開かれた時、すでにその強さで名を馳せた野ノ原や氷室と言った執事達は卒業するか、留学するかしていなかった。だから化け物レベルの体力を保持する執事はハヤテただ1人だった。
と、そこへ。
「2人とも何を話しているのだ?」
部屋の扉が開き、ナギと紫、そして優が入ってきた。
「ああナギさん。この写真について話し合ってたんです。」
そう言って、ハヤテはナギに先ほどの写真を渡した。
「うん?」
手に取るナギ。すると、彼女の表情が少しばかり険しいものとなる。
「どうしたのお母さん?その写真って一体何?お父さんが写ってるけど。」
紫が写真を除きこんでいった。しかしナギはその言葉に答えようとせず、写真をジッと見たまま何かに想いを巡らせているようだった。
「それはだね・・・・」
ハヤテが先ほど勇人にしたのと同じ説明を、紫と優にもする。
「へえ、執事鬼ごっこね。けどお父さんが優勝した大会の写真で、なんでお母さんが表情をあんな風にするのよ?」
紫の疑問に対してハヤテが言う。
「紫、ナギさんの不得意な事を思い出してごらん。」
「え!?」
ナギはハヤテと結婚して以降、それまで不得意だった事の多くを克服している。しかし、今ハヤテは現在形で聞いてきた。つまり今でも克服できていない事に関係しているということだ。
「ああ、はいはい。わかりました。」
最初に優が気付いた。まあ彼女の場合ナギの分身であるから、気付けて当然ともいえるが。
「ええ、一体何よ?」
紫が優に尋ねる。
「ああ、わかった。そういうことね。」
勇人も気付いた。
「ええ、ちょっと、何なのよ?」
1人置いてきぼりを喰った紫が2人に聞く。そして勇人が答えた。
「公共交通機関を使うことだよ。電車とか、バスとか。」
「ああ!はいはい。わかった。」
紫もようやく納得した。
ナギの公共交通機関苦手は飛びっきりの物だ。まず13歳になるまで鉄道が存在しているということをわかっていなかった。まあそれは新幹線しか存在しないと思い込んでいたマリアや、やはり鉄道など使ったこともなかった伊澄と似たり寄ったりであったが。
「というか、そんな常識も知らないで、どうしてお母さんたち飛び級できたのかしら?」
紫が正直な感想を漏らす。それによって、ナギの顔はさらに険しさを増した。
ちなみに、現在は三千院家をはじめ、各金持ち家族の子供達はハヤテや一樹といった世間一般をわかっている人たちが父親になったおかげで、一般レベルの常識を母親たちより多くわかっている。
「まあそういうわけで、ナギさんたちにとっては凄い苦労した大会になったわけだよ。伊澄さんなんか、確か気付いたらソウルにいたからね。」
それを聞いて、3人とも苦笑した。
「じゃあ母さんは早々とリタイアしたの?」
勇人が聞く。
「まさか。勇人だってナギさんの負けず嫌いな性格は知っているだろ?」
「じゃあ母さんはどうやって参加したの?」
「強力な助っ人を呼んだんだよ。」
「「「助っ人!?」」」
ハヤテに遅れる事1時間、白皇学院の生徒達は学院をスタートして、それぞれ自分たちで目標に選んだ執事を追い始めた。そんな中、ナギは困っていた。
「どうすれば良いのだ!?」
はっきり言って、ナギにはこれからどうすれば良いのかわからなかった。普段から車かヘリしか使わない彼女にとって、鉄道とかバスという存在は、それこそUFOなみの未知の存在だった。以前数回使ったこともあったが、その記憶は既に吹き飛んでいた。
「あの理事長め!!」
とキリカに向かって叫んでみるが、それでどうこう出来たら人間苦労しない。
「うう。せめて手助けが必要だ。だが・・・」
当たりを見回すが、元々引きこもり性で交友関係が限られている彼女には、パッと頼りになりそうな人間は思い浮かばなかった。
「電車やバスを使いこなせそうな人間・・・いた!けど・・・あいつに頼むのか!?恋のライバルに借りを作る事に・・・いや、今は過去のわだかまりは捨てよう。」
ナギはある人物に電話するために携帯を取り出した。
「ある人物って?」
ようやく復活し、話に加わったナギに向かって勇人が聞く。
「勇人も知ってる。強いて言うならハムスターだ。」
その一言で、3人とも一体誰だかわかった。これまで両親の思い出話を散々聞かされてきたのだ。そしてナギがこれまでの生涯でハムスターと呼んだ人間は1人しかいなかった。
「それで私を呼び出しというわけね、ナギちゃん。」
呼び出されたハムスターこと西沢歩は、ナギから事の次第を聞かされて、苦笑いしながら言った。
「私だってお前などに助けてもらいたくはない。けど他に便りになる人間が思い浮かばなかったのだ。」
ナギの言葉に対して、歩は小さな溜息を漏らして言った。
「まあ良いわ。どうせ暇だったし。手伝ってあげる。」
別段理由があるわけではなかったが、この日は土曜日だった。
「悪いな。」
「ただし条件付よ。こっちだって休日に呼び出されたんだから、それなりに見返りが欲しいわ。」
「何だ。言ってみろ?」
「もし優勝したら、そのハヤテ君の独占権の半日を私に譲る事。」
その言葉に、ナギはしばし考え込んだが、意外にあっさりとこう言った。
「良いだろう。今の私にはお前以外に頼れる人間はいないしな。」
ナギはとにかくゲームに参加する方を選んだ。
その言葉を聞いて、歩はクスッと笑った。
「なにがおかしいのだ?」
「ごめんごめん。ナギちゃんが随分素直になったんだなと思って。」
「・・・」
ナギはその言葉には何も答えず、ただ恥ずかしそうに顔をそむけただけだった。とにかく、ナギは歩という助っ人を加えてゲームに挑む事になった。
「それで、まずはどこへ行くのだ?」
「とにかく、一番近い地下鉄か電車の駅に行きましょ。」
「わかった。」
2人はとりあえず最寄の駅へと移動を開始した。
「それでここからどこへ移動するのだ?」
「そうね。とりあえず逃げようと思ったらどこか大きな駅にいかなきゃいけないから、新宿かしらね。」
歩はそう結論付けて、新宿へと移動する事にした。
「じゃあそういうわけで、まずは切符を買いましょう。」
歩は券売機で2人分の切符を買い込むと、ナギを連れて一路新宿へと向かった。
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