生徒会長の恋 完結編
後夜祭最後のダンスの時間。櫻は時間通りに会場となっている体育館にやって来た。朴はきっちりと、あらかじめ決めていた約束の場所にいた。
「先輩。」
「おお。時間通りだな。」
「待たせちゃいましたか?」
「いいや。ワザと早く来たんだ。お前を待たせちゃ悪いと思ってな。」
その言葉に、櫻は頬を少し赤らめた。
「そ、そうですか。」
「ああ。さ、俺たちも一曲踊ろうぜ。」
すでに館内では複数のペアが音楽に合わせて踊っていた。だがその動きがぎこちないペアがやたら多い。大方付け刃でダンスを覚えたのだろう。このダンス会で告白してカップルになる人間も多いと櫻は聞いていた。
そして彼女はそれ対して、最近ほのかに憧れのような感情を抱いていた。
「先輩、ダンスの経験は?」
「ない。さっき勇人に頼んで少し教えてもらっただけだ。」
生憎と朴にはダンスを習うという機会に恵まれた事はこれまでの人生で一度もなかった。一方の櫻は、勇人や紫のような大金持ちではないが、資産家階級の出身者である。何度か参加した社交の場でダンスの経験があった。
「それで大丈夫ですか?」
「なんとかなるだろ。・・・お嬢さん、相手してくれますか?」
朴が笑顔で片手を差し出した。
「はい、喜んで。」
櫻は自分の手を朴の手の平に乗せた。そして2人も踊り始めた。
踊り始めると、櫻は大いに驚かされた。
「先輩、本当にダンス初めてなんですか?随分と上手い気がしますけど?」
朴は経験者である櫻に合わせて上手く踊っていた。その身のこなしはとても初心者であるようには思えなかった。
「ああ、初めてだよ。さっき勇人に簡単に聞いただけ。それとちょこっと本を読んだだけだ。」
朴の言う言葉に嘘偽りはなかった。彼はダンスをしたのはこれが初めてだった。もっとも、本はちょこっとではなく、大分読んでいたのだが。
「本当に優秀な人ですね。あなたは。」
「お前ほどじゃないけどな。」
そう言ってお互いに笑いあう。
だが曲が中盤を過ぎたあたりから、朴の表情が強張りだした。
「先輩、どうしたんですか?」
櫻はその異変に気付くと、心配になって声をかけた。
「い、いや・・・」
どこか言いにくそうに最初は口篭っていた彼だが、まもなく覚悟を決めたように言った。
「あ、あのさ桂。お前が良かったらで良いんだ。後でまた2人だけになりたいんだけどいいかな?」
「え!?」
朴の突然の言葉に、櫻は少し考え込んでしまった。
「だめかな?」
考え込む櫻を見て、朴が不安そうに聞く。
「・・・・わかりました。」
櫻は顔を上げるとそう言った。
30分後、2人の姿は学院内にある池のほとりにあった。既に夜なのであたりは真っ暗とまではいかないが、闇に包まれている。空に登った月明かりと、少し離れた場所にある街灯だけが薄くその場を照らしていた。
「ここなら誰もいないな。」
朴がキョロキョロ辺りを窺いながら言う。
「けどなんでここなんですか?生徒会室とか、もっと人のこなさそうな場所は他にもあるのに。」
「屋内だとどこに隠しカメラがあるかわからないからな。」
その言葉に、櫻は笑ってしまった。
「ハハハ・・・それもそうですね。」
場が少し和んだ所で、朴は本題という名の一世一代の告白へと移った。
「それでさ桂。その、お前と2人きりになったのは他でもないんだ。実はお前に言いたい事があってさ。」
その途端、櫻の表情も神妙になった。いや、緊張した物と言った方が寄り正確であった。
「は、はい。何でしょうか?」
朴と櫻の鼓動が徐々に早くなる。朴は告白を前にして、そして櫻はもしかして彼が自分の事を・・・そんな予感を胸に抱いたために。
「実はその・・・俺、昼間お前と話したとき実は嘘をついたんだ。」
「嘘?」
「そう。・・・あの時、俺はお前からもし告白されても付き合えないって言ったよな?」
「はい・・・」
「確かに感情を抜きにしたらそうなんだ。実際俺は社会的にも経済的にもお前に釣りあう人間なんかじゃない。・・・けど、本音を言えば、お前にああ言われてとても嬉しかった。」
そこで一端言葉を区切った朴。その顔は、櫻から見ると暗さで良くわからなかったが、真っ赤であった。対する櫻も、同じく頬を真っ赤にしていた。
「あの・・・それってつまり・・・」
「つまり・・・その・・・なんだ・・・あのさ桂。」
「は、はい?」
「俺はこういう体験をしたことないから、回りくどい事はなしで、言いたい事だけ言いたいけど良いかな?」
「どうぞ。」
「その・・・俺、朴大一は桂櫻のことが好きです。一人の人間として。」
シーンと静まり返った池のほとりに、1人の青年の告白の言葉がほんの数秒だけ広がった。それを受け取ったただ一人の少女は、静かに立ちつくしていた。
沈黙と、夜になったことで少しばかり冷めた空気が2人を包み込んでいた。櫻は朴の告白を聞いて、しばらく黙っていたが。やがて口を開くとこう言った。
「わ、私も先輩が好きです。」
「本当に俺みたいな人間で良いのか?俺はお前とは比べ物にならないほど貧乏だし、在日外国人だし。付き合ってもお前にしてやれる事なんてない人間だぞ?」
「それでも良いんです。例え地位や名誉がなくても、それはチャンスさえあれば手に入るかもしれない物です。それに昼も言いましたが、私はそんなこと気にしません。1人の人間として、あなたが好きなんです。」
それが櫻の本音であった。お互いの本音は、繋がっていた。
「ありがとう、桂。」
「櫻。これからはそう読んでください。」
「わかった。櫻。」
ぎこちなく朴が言うと、櫻は満面の笑みを浮かべて言った。
「これからは恋人としてもお願いしますね。」
「ああ。」
さすがにお互い気恥ずかしいのか、抱き合うとかそんなことはしなかったが、櫻が片腕を差し出してきたので、朴は自分の腕を彼女の腕と組んだ。
「好きです、先輩。」
「俺も好きだ。櫻。さ、行こうか。」
「ええ。」
2人はその場を離れて、学院祭が終わろうとしている校舎へ向けて歩き始めた。その姿を、ほんのりと照らし出す月の光は、まるで2人を祝福しているかのようだった。
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