氷室の秘密 上
勇人が大河内家を訪れると、大河が彼を出迎えてくれた。
「やあ勇人君、久しぶり。お母さんとお父さんは元気かな?」
「お久しぶりです大河さん。ええ、2人とも多分あと100年は生きそうなぐらい元気ですよ。」
勇人と大河はお互い高位の資本家に生きる人間であるから、パーティーなどでこれまでに何度も会っており、面識があった。
ハヤテ達よりも一回り若く、かつてはやたら執事である氷室の面倒を見ていた彼も、今や青年に成長し、次期当主として日々がんばる毎日であった。
「それで、用件は氷室に会う事だったね?」
「はい。それで氷室さんはどこにいますか?」
さすがに大河が成人した今、彼は常に大河の側にいるなどということはない。現在彼は大河内家の執事長をしている。
「待って、すぐに呼ぶから。」
大河は側の机の上に置かれていたベルを鳴らす。
「氷室、来てくれ!!」
すると、そのコンマ5秒後には、彼が突然天井から現れた。
「お呼びでしょうか、坊ちゃん。」
多少老けてはいるが、ハヤテを圧倒した体力と運動神経は相変わらず健在であった。
「うん。けど、用事があるのは僕じゃなくて、この人。」
そう言われて、彼は顔を勇人の方へと向けた。
「これはこれは三千院家の長男である勇人君じゃないかね。ハヤテ君達は元気にしているかな?」
「ええ。それにしても、相変わらず運動神経良いですね。」
「なあに、君のお父さんの方が凄いよ。なぜなら、僕をあの白皇自由形マラソンで打ち破った人間なんだからね。」
「はあ。」
その言葉に、勇人は少しばかり苦笑いした。マリアからその時のことをしっかり聞いていたからだ。
「ところで、大河お坊ちゃんではなく、僕を訪ねてくるとはどういうことかな?言っておくが、執事としての引き抜きならお断りだよ。僕は今の地位で満足しているからね。」
「違いますよ。ちょっとお聞きしたい事がありまして。出来るなら二人で話をしたいんですが?」
そう言って、チラッと大河のほうを見る。彼はすぐに、「わかった。」と言って部屋から出て行った。
「坊ちゃんに聞かれるとマズイ話なのかね?」
「ええ。」
「まあ、座ってじっくり聞こうじゃないか。」
氷室は部屋にあるソファーに座るよう、勇人に勧めた。勇人は氷室と向かい合う形で座った。
「で、話とは何かな?」
「はい。実は先日うちの学校、つまり白皇学院に1人の転校生が来たんですけど。」
「そう。それで。」
「その子はミコノス島の出身で、お母さんはシスターをしていて、かつてこの辺りに暮らしていた事があるそうです。僕が今所属している画像研究部にも写真があったんですけど、彼お母さんに凄く似ているんです。」
勇人の話を、氷室は表情1つ変えずに聞いていた。
「そして、その子の名前はサエキ・シャフルナーズ。サエキという名は、お父さんの苗字から貰った名前だそうです。・・・失礼ですが、氷室さんと同じですよね?あなたはその子について何か知りませんか?」
勇人は氷室が、多分彼の父親と予想してはいたが、もしそうだとしてもYesの回答が簡単に来るとは考えていなかった。第一、佐伯なんて苗字の人間は探せば結構いる。もしかしたら本当は勇人自身の考えが間違いだったのかもしれないのだ。
しかし、氷室はしばし目を瞑って何かを考えていたようだが、おもむろに口を開いた。
「その子は元気にしていたかな?」
予想外の言葉に、勇人は少し面食らったが、直ぐに我に帰って答えた。
「はい。特に何か問題があるようには見えませんでしたが。」
「そうか・・・なら良かった。」
「じゃあ、本当に氷室さんが彼のお父さんなんですか?」
勇人が直球の質問に出ると、直ぐに氷室は顔を縦に振った。
「ああ。彼は間違いなく僕と彼女の間に生まれた息子だよ。というか彼女からそう連絡は貰っていたしね。」
さらに驚く勇人。
「え!じゃあ氷室さんは知っていたんですか?しかもソニアさんから連絡を貰っていたんですか!?けど、彼は何も知りませんでしたよ!」
「そりゃあまあ、彼女が日本を出る前に、子供には父親に付いて正確な情報は教えないって約束したからね。」
これには勇人も本当にビックリである。
「え!なんでそんなことしたんですか!?彼は父親であるあなたを恨んでいるんですよ。」
勇人は目を見開いて言ったが、氷室は相変わらず飄々とした姿勢を崩さない。
「別に君に話す義務は無い。」
「う・・・・」
正論を言われ言葉に給する勇人。確かに、これは彼氷室自身のプライバシーに関わる問題である。勇人が深く突っ込んで良い問題ではない。
「そうですね・・・僕が必要以上のことをしって良い権利はないですよね。」
その姿を見て、氷室はクスッと笑った。
「君は本当にお父さんにそっくりだね。優しすぎるというか、素直すぎるというか。まあ、僕も誰かに話して少し気を楽にしたいと思っていたところだ。君が相手なら良いだろう。」
「え!?じゃあ、話してくれるんですか?」
「ああ。まだ大河お坊ちゃんにも、そして家族の誰にも話していない話だ。ただその前に少し喉を潤そうじゃないか。」
そう言うと、彼は一端席を離れ、お茶の用意をしに出て行った。
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