編入生
夏休みが終わり、月日は9月を迎えた。白皇学院に再び生徒たちが通学する日々が戻ってきた。残暑はまだまだ厳しいが、冷暖房完備の白皇学院の教室は過ごしやすい環境に保たれていた。
その教室に、生徒が全員揃い朝のチャイムが鳴る。
「おはよう。」
扉を開けてこのクラスの担任である雪路が入ってきたが、どうも様子がおかしい。テンションが限りなく低い。顔色も少し悪い。そして頭を抱えている。
もっとも、そのことを心配する生徒はこのクラスには皆無だった。なぜならどうしてそうなっているのかはおおよそ検討が付くからだ。
「先生また二日酔いみたいだね。」
紫が前の勇人に小さな声で言う。
「もう恒例行事になってるよな。」
さらに優も話の輪に加わる。
「あの人には学習能力があるんでしょうか?」
そんな3人に釣られるように、真理奈と櫻、さらに美沙もひそひそと喋る。
「全くこりずに毎回やりますよね。」
「多分伯母さんのあの酒好きは永遠に直らないわよ。」
「お母さんから聞いていたけど、まさかここまでとは思わなかったよ。」
櫻はもう怒るのを通り越して完全に呆れ返っていた。
そんな自分たちの教師をズタボロに酷評する彼らに、雪路がピシッと指さす。
「そこ!お喋り禁止よ!!それと、先生をバカにするな!!て、う!!」
その雪路の言葉には、全く覇気がない。そして声を荒げたせいか、彼女は再び頭を抱えた。
「あれじゃあ京ノ助おじさんも大変だろう。」
櫻がボソッと呟いた。
実は、雪路はああ見えても既婚である。夫はかつての幼馴染であり同僚の薫京ノ助だ。彼は現在白皇学院教頭である。
雪路と彼が結婚したのは、ハヤテたちに遅れる事半年後で、ちょうど雪路が酒の飲みすぎで体を壊していた時期である。酒が飲めない分、彼女にも心の余裕があったようだ。
もっとも、禁酒の時期が過ぎてからは再び大酒飲みに戻り、京ノ助を大いに悩ましている。結婚式の時には、ヒナギクが「またハチャメチャなことやりだしたら、遠慮なく離婚してください。」とまで言ったが、そのとおりになってしまった。それでも離婚しないのだから、彼も一途である。
閑話休題。
「ええと、夏休みが開けたわけだけど、今日からこのクラスに留学生が来ます。」
その雪路の言葉にクラスがざわめく。
「先生、男ですか?女ですか?」
1人の生徒が質問した。
「男の子よ。それもすごくかっこいいわよ。」
その言葉に、勇人と紫は苦笑いをした。雪路は転校生や編入生を紹介する際必要以上に持ち上げる癖をしっているからだ。
「それじゃあ入って貰おうかしら。留学生のサエキ・シャフルナーズ君よ。」
雪路に促されて入ってきたのは、優しい顔をした男子であった。どっちかというと女顔である。中々の美少年だ。
「今日からお世話になります。サエキ・シャフルナーズです。」
それは明瞭な日本語だった。それを聞いて生徒の全員が面食らった。
「じゃあサエキ君の席は、姫神さんの後ろの席が空いているからそこに座ってね。」
彼は隣と前の席に真理奈に挨拶をすると、雪路に指示された席に座った。
その後、最初の休み時間になると彼の席の周りには人だかりが出来た。
「どこの出身?」
「どうして日本に来たの?」
「なんで日本語がそんなに上手いの?」
彼は矢継ぎ早に出される質問に対して答えていたが、1人の生徒が言った質問に表情を暗くした。
「なんでサエキっていう名なの?」
この質問には彼は答えようとしなかった。生徒たちも雰囲気を察してか直ぐに質問を変えた。
一方、勇人たちいつものメンバーは教室に入ってきたある人物と話をしていた。
「勇人、紫、真理奈、櫻、久しぶり!!」
そう元気良く声をかけてきたのは、薫家長女の未来だ。彼女は3日前に留学先のオーストラリアから帰ったばかりだった。本来は勇人たちよりも1年上級であったが、留学したために1年生に編入された。
ちなみに外見は雪路似だが、性格は母親と父親を反面教師にしたせいか、いたって真面目である。
「やあ未来、久しぶり。オーストラリアはどうだった?」
「すっごく楽しかったよ。ただこっちとは気候が逆なのはちょっとこまったけどね。ところで、その娘は?」
未来が美沙に付いて聞いてきた。
「始めまして、私は瀬川美沙。よろしくね未来ちゃん。」
「よろしく。じゃああなたが勇人のガールフレンドなんだ。」
その言葉に、美沙は顔を赤くし、勇人は驚く。
「なんで知ってるの?」
「お母さんから聞いた。」
どうやら雪路がべらべら喋ったらしい。こうなると紫のことも知っていそうだ。
「あ、あとあなたも始めましてね。たしか、優だっけ?」
今年6月に生まれた(?)優とは未来も初対面である。
「はじめまして、綾崎優です。」
こうした仲の良い友人同士の団欒が勇人を中心に行われるが、それを見ている男子生徒は怒り心頭だった。なにせ、勇人の周りに実に5人もの美少女が集まっているのだから怒れない方が無理といえるかもしれない。
そうしているうちにこの日の授業は終わり、放課後になった。勇人は映像研究部の部室へと行こうとしていたが、その途中でサエキを見つけた。
「サエキ君!」
彼は勇人の方に顔を向けた。
「ああ、君は確か同じクラスの・・・」
「綾崎勇人。」
「そう、勇人君だったね。何?」
「いや、ちょっと声を掛けてみただけ。あ、サエキって言って良かったかな?なんか朝気にしていたみたいだけど。」
すると、サエキは笑った。
「別に良いよ、ちょっと思い出したことがあるだけだから。」
「そう。それにしても、君本当に日本語上手いね。まるで日本人みたいだね。」
「まあ、5歳までは日本で暮らしていたから。僕さ、ダブルなんだ。」
「そうなんだ。ねえ、暇してるのならうちの部活見てかない?」
すると、サエキは少し考えて言った。
「いいよ。」
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