過去
美沙とわかれた勇人は一人校門へ向かって歩いていった。
そして校門が見える所まで来たとき、朴が櫻とわかれるのが見えた。どうやら、仕事を終え二人でここまで来たらしかった。
櫻を送り出し、一人彼女を見送るように立っていた朴に勇人は声を掛けた。
「朴先輩!!」
朴も勇人に気付いた。
「お!勇人か。そっちも終わったのか?」
「ええ。櫻と一緒に来たんですか?」
「ああ。こっちも仕事を終えてな。」
そう言うと、彼は櫻の歩いていった方に目を向けた。
その時、勇人は朴の目に何かいつもと違う優しさの様な物を見た気がした。それは勇人の心に引っかかった。
「そういえば、先輩はどうやって帰るんですか?」
勇人は朴がどこに住んでいるかは聞いていなかった。
「ここを左に行って地下鉄の駅まで歩いていくんだけど、それがどうした?」
その方角は櫻の家へ行くほうとは逆だが、勇人の通学路とは同じ方向である。
「だったら、駅までお付き合いしますよ。僕の帰る方と方角も同じですし。」
「おお、悪いな。」
こうして、二人は一緒に歩き始めた。
歩きながら、色々と雑談をする。もっとも、その内容の多くは勇人の色恋沙汰について朴が冷やかす物であった。
笑いながら歩いていく二人。
校門から地下鉄の駅まではだいたい普通に歩いて10分ぐらいの距離であった。
勇人は半分ぐらいまで来た時、勇人は心に引っかかっている事を聞いてみる事にした。
「あの、朴先輩?」
「うん!?なんだ?」
「朴先輩は、櫻との間に何かあるんですか?」
そう言うと、朴の表情が少し驚きの物になる。しかし、コンマ数秒後にはいつもどおりの表情に戻っていた。
「何でそんな事聞くんだ?」
「いえ、そのさっき櫻を見送った後の先輩の目が、何かいつもと違うように見えて。まるで、櫻が愛しいように見ていた気がしました。」
その言葉に朴は少し沈黙したが、数秒後再び話し始めた。
「愛しいねえ・・・・自分じゃそんなつもりはなかったけど、そうだな、言われてみればそうかもしれないな。・・・・実はな、生徒会長を見ていると妹の事を思い出すんだ。あと、お前を見てると弟のことを思い出す。」
「へえ、先輩には妹さんと弟さんがいらっしゃるんですか?」
自分とおなじことで、親近感が湧く勇人。しかし、朴が発した言葉は勇人も予想できない物だった。
「厳密にはいただな。」
(え!過去形!?)
その一言で、勇人はあることがわかった。
「亡くなられたんですか?」
「ああ。10年前にな。妹は5歳、弟は4歳だった。」
朴は少し寂しげに言った。
二人相次いで亡くなったとは、今の日本ではよほどのことだ。
「事故ですか?」
「事故じゃないな・・・実はな、これはまだ白皇の誰にも言っていないが、俺の生まれは清津なんだ。」
「え!?清津って韓国北部の港町でしたよね・・・じゃあ先輩の生まれは崩壊した北朝鮮ですか?あ!!10年前って、確か北朝鮮が崩壊した年・・・」
今でも時々テレビのドキュメンタリーや現代史の授業で習う事がある。10年前、北朝鮮が崩壊したとき、大きな混乱が起こった。そのさい、丁度襲った寒波と食糧不足で数十万の人が亡くなったと言われている。
「そうだ。妹と弟はその時の混乱で死んだ。最初はただの風邪だったのに、薬も栄養のある食べ物もなくてな。結局そのまま死んじまったよ。父方の親戚を頼って日本に出発する一週間前のことだった。お兄ちゃん。日本に行けるかな。それが最後の言葉だった。」
勇人には、朴がそんな過去を背負っているようには全く見えなかった。
「先輩がそんな過去を背負っていたなんて。」
「まあ、誰にも行ってないし。それにこっち来てからは自分のことで精一杯だったからな。朝鮮人学校が定員一杯で入れなくて、日本の小学校に入った。その途端、日本語が喋れないからいじめのいい的になった。」
「先輩がいじめに!!」
「ああ。おっと、だからって日本人や日本を恨んじゃいないぜ。俺がここまで来られたのも、小学校や中学校の先生が励ましてくれたからだ。もしいじめに負けていたら、今の俺はなかっただろうな。いじめた奴を見返してやろうと、必死に勉強して日本語を取得した。それに奨学金を貰って白皇に入る事も出来た。俺は満足さ。おっと、駅に着いたな。」
いつのまにか、地下鉄の駅まで来ていた。
「じゃあな勇人。悪かったな、しけた話しちまって。」
「いえ、聞かせてもらって良かったです。では、また明日。」
勇人はそこで朴と別れ、一人歩き始めた。
「人生色々か・・・それにくらべて僕の人生ってなんなんだろう。」
朴の話を聞いて、しばし何一つ不自由なく生きてきた自分の人生について考え直す勇人であった。
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