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クリスマスの贈り物は異世界から

作者: 小声奏

 メリークリスマス

 皆様、よいクリスマスをお過ごしでしょうか?

 私? 私は、只今、大混乱中です。

 枕元にででんと鎮座した、このでっかい卵。一体なんなんでしょう………。

 サンタクロースからの贈り物? どうせなら、格好いい王子様でも置いてってくれりゃあいいのに。


 赤、青、緑、黄色に水色。色とりどりに光を放つイルミネーションが町中を彩る12月24日の夜。私は一人寂しく、ファストフード店でハンバーガーに噛り付いていた。

 右を向けば、カップル。左を向いてもカップル。後ろをむけば、バカップル。いくらクリスマスイブだからって、人でごった返した明るい店内でムチュムチュするのは、トレイではたかれても文句は言えないと思う。

 見事に男女の二人連れで埋め尽くされた店内に、一人でも仲間がいないかと、キョロキョロ辺りを見回した私も悪かったけど、貴方達のキスシーンは、貴方達が思っている以上に見苦しいから、ぜひ自重していただきたいです。

 ……………ええ、はい。八つ当たりですよ。

 一週間前に恋人にふられて、一人でクリスマスを過ごさなきゃいけなくなった、寂しい女の負け犬の遠吠えと思って生暖かい目で見過ごして下さい。

 つかね、別れ話をクリスマスの一週間前にするって、どういうことよ。

もうプレゼントも用意済みだっての。どうすんの押入れで眠ってるあのネクタイ。緑と赤の包装紙に包まれたあのネクタイ! 貧乏学生がアルバイトをしてコツコツ貯めたお金で買った真心こもったプレゼントだったのに。今やこもっているのは怨念ですよ。

 ……………はあ、寂しい。

 塩辛いポテトをジュースで流し込み、背後を見ないようにして席を立つと、独り身に沁みる寒風の中、家路についた。


 シャワーを浴びて、布団に潜り込んだのが、午後11時前。

 そして、朝日を顔に浴びて眩しさに目を覚ましたのが午前7時45分。

 この9時間足らずの間に、一体何があったのでしょう。


 子供の頃、クリスマス当日の朝といえば、そりゃあ楽しみだった。プレゼントは何だろう。ちゃんと希望通りのものがくるかな? なんて、わくわくしなが弟と喋り込み、早く寝ないとサンタクロースが通り過ぎちまうぞと親に脅され、慌てて布団に潜り込んで、必死に目を瞑ったのも今となっては古き良き思い出だ。

 とっくの昔に、サンタクロースの正体も知った。

 この真っ白のサッカーボールのような物体がサンタからのプレゼンじゃないことなんて分かってる。寝ているうちに不審者が入り込んで置いていったのだろうか?

 うっ。怖い。それは嫌だ。考えたくない。

 でもどう考えてもそれ以外思いつかない。

 何か取られてないかとか、服に乱れはないかとか、どこから入ってどこから出て行ったんだろうとか、パニック状態の頭に、追い討ちをかけたのは、この丸い物体が、どうやら生きているらしいという事実だった。

 だってね、コツコツって音がするんですよ。内側から叩いてるみたいな。しかもひとりでにゆらゆら揺れたり、勢い余ってくるんと一回転したり。

 駄目押しにぴきぴきっと音がして、じぐざぐに線が走った日には、もうこの物体が卵だと認めるしかないわけで………。

 でもサッカーボール大の卵って何の卵よ。駝鳥? 恐竜?

 うちのアパート、ペット禁止なんだけど、どうしよう。

 なんて的外れな心配をした時、ついに卵はパカッと真っ二つに割れて、中から………中から………

蜥蜴が出てきた。

 小さな小さな鱗は藍色で、ぽてっとした幼い動物特有のお腹を重そうに引きずり、長いしっぽでペシペシと畳の縁を叩きながら、蜥蜴は、真ん丸い金色の目をきょろりと動かして私を見る。

 やばい、見つかった。

 目が合った瞬間に感じたのは焦りだった。

 肉食だろうか? 肉食だよね。私、食べられちゃうんじゃないの!?

 ずりずりとお尻をついたまま、後ずさりをすると、子蜥蜴は「キュゥ?」と高い鳴き声を上げて小首を傾げる。

 その仕草が、まるで、「どうして逃げるの?」と問いかけているようで、ちょっと恐怖心が薄らいだ。

食い入るように私を見詰める子蜥蜴に、にへらっと引き攣った笑顔を浮かべてみせたのは、多分本能だったんだと思う。

 ワタシハ、テキデハ、アリマセーン。タベナイデクダサーイ。みたいな。

 結局その笑顔が良かったのかは分からないけど、子蜥蜴はパチリと瞬きをすると、「キュウウィ」と嬉しそうな鳴き声をあげて、飛び上がって抱きついてきた。

 パタパタと背中に生えた小さな羽を動かして、胸に向かってダイブしてきた子蜥蜴を、咄嗟に抱きしめる。

 光沢のある鱗は、想像したようなぬるりとした感触はなく、まるでビー球のように堅くて、まろくて、透明感があった。

 「キュイ」「キュイ」と嬉しくて堪らないといった鳴き声をあげながら、すりすりと顔をすりつけてくる子蜥蜴に、鷲づかみにされました。心を。

 よし! 今日から君はうちの子だ! 犬猫は駄目でも、トカゲなら毛も散らないし、鳴き声はちょっとしつけないといけないけど、なんとか大家さんに掛け合ってみよう。

 「よしよし、いい子だねー。今日からよろしくね」

 と顎の下を撫でてやると、子蜥蜴はもっともっとと強請るように顎を上げて、気持ちよさそうに目を閉じた。

 ところで、蜥蜴って飛んだっけ?



 メリークリスマス

 皆様、ケーキは食べましたか? 私は食べてません。何故って恋人にふられて一緒に食べる相手がいなかったから。

 ところで、私、朝起きたら枕元にあった卵から産まれた子蜥蜴を飼おうと決意したのですが、この子が蜥蜴じゃないことに気付きました。

 ええ、すぐに気付きましたとも。あれからまだ、10分と経ってません。

 蜥蜴に羽なんかあるわけない。

 蜥蜴じゃないとしたら、次に思いついたのが恐竜じゃないかって可能性だった。アーケオプトリクスみたいなね。

 じゃあ、羽が生えてても問題ないね。って、現実逃避しかけましたよ。

 大問題でしょう。

 一体全体どういうこと?

 なんで恐竜(仮定)が私の部屋にいるの?

 この子どうしたらいいの?

 ………やっぱり肉食だよね。

 子蜥蜴を抱き上げて、敷きっぱなしだった布団の上をぐるぐると歩き回る。

 子蜥蜴は結構重かったけど、降ろそうとしたら悲しそうな顔で「キュウキュウ」鳴くので仕方がない。

遊んでいると思っているのか、腕の中でご機嫌にシッポを振る子蜥蜴。パタパタと動く羽を見て、『絶滅したはずの恐竜。女子大生の部屋で発見か!?』なんて朝刊の見出しが頭に躍る。

 どうしようどうよう。これって世紀の大発見だよね。やっぱり届けないといけないよね。でも、どこに届けたらいいわけ。交番? 動物園? 博物館?

 あああ、目が回る。考えすぎたせいか、布団の周りを回りすぎたせいか、くらくらとする頭を抑える。と、「キュイィィ?」と子蜥蜴が首を傾げて、前足を私の肩にかけた。

 にゅるんと頬に生暖かい感触。

 うわっ、舐められた。

 …………これってひょっとしてなぐさめられてる? 心配してくれてるのかな? まさか味見じゃないよね。

 ぐりぐりと舌で頬を舐める子蜥蜴.。

 「ひゃひゃひゃ、くすぐったい」

 その絶妙な力加減に笑みをこぼせば、子蜥蜴は「キューイ!」と一際嬉しそうな鳴き声を上げて、腕の中から飛び立った。

 そのままくるくると私の周囲を飛び回る。

 なんて可愛いんでしょう。爬虫類に愛は感じない。なんて思っていた昨日までの自分を殴り倒したい。

 つるつるの、なのに温かい鱗の感触を味わいたくて両手を広げると、いそいそと羽を動かして飛びついてくる。

 よしよしと頭をなでながら、ふと考えた。

 恐竜の生き残りらしきこの子を、公の場にさらしたらどうなる? 見世物、実験、解剖、碌な未来が見えない。

 「キュイイイ」

 頭を撫でられて嬉しそうに鳴き声をあげるこの産まれたばかりの子を、そんな目に会わせるなんて耐えられない。

 この子は私が守る!



 メリークリスマス

 皆様、プレゼントはもらいましたか? 私はもらってません。だって、くれるはずだった相手にふられたから。

 突如として私のところにやってきた、恐竜らしき子蜥蜴を保護して半日が経ちました。

 守ってみせると、はりきってみたものの、いきなり大問題が発生中。

 何って、食料です。

 この子蜥蜴のなんとまあ、良く食べる事。

 何を上げたらいいのか分からず、とにかく家にあるものを片っ端から与えてみようと思いつき、手始めに暖めたミルクを上げてみると、あっという間に飲み干した。

 お代わりの牛乳を出そうと冷蔵庫を開けると、にょきっと脇の下から顔をだして、ふんふんと匂いをかぐ。

 まず、欲しがったのがハムだった。

 やっぱり肉食………と、どんびいて、早くも前言を撤回しそうになったが、次に欲しがったのが人参だったので、ほっと胸をなでおろす事が出来た。

 チーズに卵に冷凍しておいた食パン、果てはカレールーまで、冷蔵庫内のありとあらゆるものを食べつくした子蜥蜴は、「もっとないの?」というように私の服をひっぱる。

 「えーと、ごめんね。もう家には食べ物はないよ。買って来るからちょっとまってて?」

 と言っても私の懐事情でこの子を養うのは無理なのは明白で、やっぱりどこかに引き渡すしかないのかと、どんよりとした気持ちでコートを羽織っていると、子蜥蜴が必死の形相で飛んできた。

 「キュイイイィ! キュキュッ! キュイイイ!」

 うん、なんて言ってるのかさっぱり分からない。

 分からないけど、その悲しそうな顔と、フードを咥えて部屋の奥へと引き戻そうとするその仕草から、行かないで! と言っているんだろう事は容易に想像できた。

 「ごめんね。すぐに帰ってくるからいい子にしててね。美味しいごはん、買って来てあげるから」

 とんとんと背中を叩いて宥めてみるものの、子蜥蜴が納得する様子はない。

 心細いんだろうな。産まれたばかりなのだから、当然かもしれない。

 でも、このままじゃ、二人そろって餓死ですよ。



 メリークリスマス

 皆様、お喜びください。

 餓死はまぬがれました。

 でもその代わり、餌コースまっしぐらかもしれません。

 外出させてくれない子蜥蜴に困り果てて、大きなバッグに隠して同行させてみるとか、バスタオルで、おくるみみたいにまいて赤ん坊のふりをさせて連れて行くとか、色々試してみたけどどれも無理でした。 だってすぐに顔を出そうとするし、鳴き声が「キュイイイ」ですから。

 仕方なく米を研いで炊いて、食べさして。研いで炊いて、食べさして。待ちきれずに生米を食べようとするのを必死にとめて、さらに研いで炊いて食べさした時、目の前にでっかい大蜥蜴が現れた。

 いや、もはや蜥蜴だなんて呼んでは失礼だろう。

 恐竜でもない。

 それは、ドラゴンだった。

 でっぷりとした腹。大きな大きな翼。鋭い牙に、ぎょろりと光る金の目。

 どこからどう見ても、―――――子蜥蜴のママだ。………いや、ひょっとしたらパパかも。

 「キュイイ?」

 目の前のドラゴンを見て、子蜥蜴が不思議そうに首を傾げる。だれ? というように、私を振り返る子蜥蜴。

 「えーと、親御さん………じゃないの?」

 『いかにも』

 引き攣った笑みで尋ねた私に応えたのは、子蜥蜴ではなくて、でっかいドラゴンだった。

 喋った。ドラゴンが喋りました!

 これは、餌コース回避なるか!?

 「あの! 私はその、食べても美味しくないです! じゃなくて、えーと、あの、決して私がお子さんを誘拐したわけではありません! 気付いたら枕元にお子さんが入った卵があって、で、ひたすらご飯を食べさせて、気付いたら……気付いたら……」

 ここどこですかー!?

 その時になってようやく私は狭い自宅のキッチンから、木々が乱立する森の中へと移動している事に気付いた。

 目の前に立ちはだかるドラゴンに気を取られすぎて、さっぱり気付かなかった。……出来ればずっと気付きたくなかったです。

 『わかっておる。私が我が子をお前のもとに運んだのだ』

 そりゃまたどうして。と考えて、ぱっと頭の中に、キャベツに生みつけられた蝶の卵が浮かんだ。まさか………誕生後の餌として私の側に卵を置いたのか!?

 「ワ、ワタシ、オイシクナイデース」

 焦って言い訳しようとすると胡散臭い外国人みたいになるのはどうしてだろう。

 子蜥蜴を抱いたまま、じりじりとあとずさる私を見て、ドラゴンはフワハハハッと豪快な笑い声を立てた。

 鼻息で飛んで生きそうだった。

 『案ずるな。私がお前に我が子を託したのは、我が子の健やかな成長を願っての事』

 それって、やっぱり栄養源………。

 『我ら竜は個の力が強いゆえに、繁殖能力に乏しい。卵から孵ってすぐに、人に抱かれた子はよく子をなすと古より伝わる言い伝えがあってなあ。ほれ、人間は年中発情期だろう?』

 なんだその、力士に抱かれた子供は丈夫に育つみたいな言い伝えは………。しかも若干失礼な。

 『さあ、子よ。こちらへ』

 ふぁさ、と羽を広げて竜が上体を起こす。

 さっきからしきに、ふんふんと鼻を動かしていた子蜥蜴は、私とドラゴンを何度も見比べて、最後に胸が痛くなるような声で高く、長く、鳴くと、私の腕から飛び立っていった。

 ドラゴンの周りをパタパタと飛びながらしきりに鼻をうごかしては、ちらりとこちらを見て、「キュイイン」と鳴き声をあげる。

 『世話になったな。この子もお前と離れるのを寂しがっている。よくしてもらったようだ』

 「いえ……よくだなんて」

 博物館行きも何度か考えたし。

 「げんきでね」

 ほんの数時間だけだったけど、お母さん気分があじわえて楽しかったよ。可愛い可愛い子蜥蜴。

 『礼がしたい。申せ。何がほしい』

 「ははっ。いいですよ。サンタさんからの贈り物をいただいたみたいで、楽しいクリスマスになりましたし。そういえば、どうせなら美形の王子様とかがよかったなー」

 『承知した』

 「なんて思いもしましたけど………。って、え? ちょっと」

 『世話になったな。約束は守らせてもらう。楽しみにまっておれ』

 「いや、あの、今のは冗談でっ! てっ、ちょっとー!!」



 メリークリスマス

 皆さん、食べ残したケーキは食べきりましたか? 私はそんなものはもとよりありませんでしたので、ご飯と味噌汁と目玉焼きを用意しました。

 半熟に焼いた目玉焼きの黄身を潰して、たらりと醤油をたらしたとき、突如として背後に、緑の蔦で簀巻きにされた男の人が現れた。

 びっちびっちと海老のように跳ねながらものすごい目でこっちを睨んでる。

 もしかしなくとも、これが約束の王子様なのでしょう。美形だし。

 「ラグー ア イデン カラック!!」

 なんて言ってるか分からないんだけど………。

 これ、どうやって返品したらいいんでしょう。



 メリークリスマス

 25日も昼をまわると、もうなんだかクリスマスは終わった気がしますよね。

 既に頭の中はお正月のことでいっぱいだったりしませんか?

 私はしません。なぜって、

 「ア イデン! ヴューグ ライ ヤー!!」

 怒り心頭の王子様が転がっているから。

 怖くて蔦も解けません。

 「ダダール! ア イデン! ダダール!」

 

 この人、まじでどうしたらいいの。

 こんなことなら独り寂しくクリスマスを過ごしてたほうがよかったよ…………。

近頃、短編ばっかりあげてます。

ふと、この話が浮かんだのが4時間前。これは25日中にアップせねばと、ひたすら打ち込んでたら、こんな時間でした。寒いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] クリスマスにドラゴン! 私も欲しいです…。 あ、食費払えないよ。
[一言] ちょ、美形のおにいさんどうにかしてあげてー!笑 とっても面白かったです! 続編って…ないですよね!ですよねぇ~…
[一言] 今年ももうすぐクリスマスがやってくるな〜と思いながら読み始めました^^ 続きが読みたくなる短編がまた…(悶え) 短編小説も面白いのがいっぱいですね。 楽しかったです、ありがとうございました…
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