親友の彼女を好きになった。でも、2人とも好きだったから、いさぎよく身を引いた。
よくある話だと思う。
けど、やっぱり悲しくて苦しくて申し訳なくて、しばらく泣いてしまった。
それでも。
そんな俺でも、平気だったんだよ。2人が、一緒にいることを許してくれたから。
なのに、どういうわけだ。
俺ととーかちんを置いて行くなんて。
藤夏を任せた、なんてそんなセリフ、嬉しくもなんともねーよバカトシ。
***
見上げた空は、どこまでも青い。こんな空を見上げると、嫌でも思いだしてしまうヤツがいる。トシ。お前はこの空のどっかにいるというんだろうか。
いつも浸ってしまう後ろ向きな感傷は、半年経った今でも、まだ健在なようだ。
学校の屋上で、たったひとり。
手に持った菓子パンを食べる口は一向に進まない。
だって不味いよ。3人が1人になるだけでこんなに違うのかと、妙に感心してしまうくらい。
あーあ、はやまったかな。
まだここは駄目だった。思い出しちゃうんだよ、楽しかったあの時とかあの時を。
俺は、なかば食べることを諦めて、固いコンクリートの上にだらりと手足を投げ出した。どこまでも高い空を見上げていると、もう、何もかもどうでもよくなる。例えば午後の授業とか。
不真面目な考えで目を閉じると、キィ、と屋上のドアの耳障りな音がした。
誰だ。
でも起きるのもめんどくさい。
ぐだぐだと寝そべったままでいると、急に辺りが暗くなった。面倒ながらうっすら目を開くと、突然影が落ちた原因がすぐにわかる。
目の前の見慣れた人物のしわざだ。
「あー……とーかちん」
「あら朝ぶりじゃない、ユタカちゃん」
全開の笑顔を見ながら、そういや屋上で会うのはいなくなってから初めてだな、と思った。
***
「こんなとこで何してんの。サボリ?」
「そーだよ。気持ちいいじゃないこんな天気いいし」
「まぁいいご身分ですこと」
フェンスの前に、隣り合って言葉を交わす。何してんだろう、と思わないでもない。すでに5限目は始まった。
でも、俺もとーかちんも何も言わない。だからいーんだそれで。
少し言葉のやりとりをすると、俺もとーかちんも何も言わなくなった。すぐに屋上に静けさが満ちる。
それは嫌いじゃない沈黙。とーかちんとか……トシと一緒だったら。
「それにしても、さぁ」
とーかちんが、ぽつりと言った。
「こんな空見てると、信じらんないねぇ、アイツがいないなんて」
「……うん」
「バカだったし、何度死んでも死ななそうなヤツだった」
ほんとにね。
ちら、ととーかちんの方を見ると、透き通った瞳でフェンスの向こう側を見つめていた。
ここじゃないどこか、きっとトシのいる場所を見つめてるんじゃないかな、と思った。だって、綺麗過ぎて今にも消えてしまいそーだよ。最後に見た、トシの笑顔にどことなく似ている。
俺も、フェンスの向こう、空の彼方に目を向けた。
そうすれば、見える気がした。
とーかちんの見てるもの。トシの居る場所。
漠然と、きっと明るくてきれいで、こんな青空みたいな所なんじゃないかな、と思う。
でも、いくら目を凝らしても、空の青以外なんにも見えなかった。
「だけど、もういないんだよね」
しばらくして、とーかちんが小さく言った。
「いないんだよ。こことか、よく私達がいた場所に来ると、はっきりわかるんだ」
その声は震えていて、何となく、顔を見てはいけない気がした。言葉の代わりに、とーかちんの肩に寄りかかると、俺にも重みがかかった。
「いないのに、ね。青い空を見るだけで、そこでアイツが笑ってるような、そんな気がするんだ」
ばかだよね、と乾いた笑いをもらすとーかちん。
「じゃあ、俺もばかだね」
「うん、ユタカもバカ」
問いかけに、即答される。
「でもさー」
「うん?」
「俺、トシは本当の本当に空のどこかにいるんじゃないかと思うんだな」
「うん、私もそう思う」
「おまけに俺らのこと見守ってるんじゃないかと思う」
「あらあら、奇遇ね、私もです」
「そして、トシなら、ちょっとくらいくよくよしてても許してくれると思うのですよ」
「…………。うん、そうだね」
きっとトシなら、あの日から何も変わってない俺らを責めたりしないだろーね。
しょうがないヤツらだ、て笑いとばして、けっとばすだろーきっと。あのバカゆえの豪快さで。
久しぶりにしっかりと思い描いたトシに、暖かく、けどそれ以上に苦しくなる。
「ねぇねぇユタカさん」
「なんだいとーかちん」
「……泣いてるの?」
「……とーかちんこそ」
気付けば、熱いものが頬をつたっていた。
何でだろう。
トシがいなくなって、もうそれにも慣れたはずなのに。
俺達は、お互いじっくりと顔を見合わせて、吹き出した。顔が真っ赤だ。涙どころか鼻水まで垂れてる。
そんなとーかちんの顔を見ながら、その隣にいる、トシの姿を描いてみた。こんな青空にふさわしい、思いきり笑顔の。
ああそうか。と、何となく思った。
そうか、悲劇の人でも美化した思い出でも何でもない、いつものトシを思い出したのは、今日が初めてだ。
明日も明後日もいつまでも続くと思っていた日常の中のトシ。
ごめんね、いつものバカで口が悪くて乱暴者のくせに、他のヤツのことばっか考えてるお前を忘れてて。
やっとやっと、欠けてる部分が見つかった気がする。
トシ、ごめんね、ありがとう。
それから俺ととーかちんは、泣いた。ずっとずっと、時間がわからないくらい。声を張り上げて、ときどき罵声を吐きながら。
とーかちんも、同じ気持ちだったのかな。
こんな泣いたのは、初めてだった。いなくなる前も、その後も。
不思議だ。
苦しさだけ、溶けて流れて行く感覚がする。
だってトシはここにいるんだよ。
楽しかったときも、辛かったときも、消えたりなんかしない。
だからトシ……これからもよろしく。
***
「あーあ、泣いた泣いた! もう意味分かんね!」
「いつの間にか暗いし! 意味分かんね!」
どれくらい経ったのか。気付いたら、辺りは、既に日が隠れて薄暗かった。どこからともなく、カラスの鳴き声が聞こえるのがちょっとせつない。
「もう、こんなの初めて!」
「俺もだねー!」
「でもすっきりした気が、しないでもないー!」
「どっちだよ! でも俺もそんな気がしないでもないー!」
言い合って、ゲラゲラ笑いあう。
本当にもう、何がなんだか分かんない。
ただ、確かに分かることは、変にふっきれたこと。忘れるんじゃない、受け入れただけ。これからも、そのまんまのトシととーかちんと、生きていくために。
あと、もうひとつ。こんな一瞬がたまらなく愛しいこと。
……くさいこと考えてる辺り、俺もけっこういかれちゃったのかもしれないけど。でも、嘘じゃない。
「なー、とーかちん」
「ハイハイ何ですかユタカくん」
「また明日もよろしく」
「何、急に」
「明後日もしあさってもその次の日もずっとずっとよろしく」
「……いーよ、よろしくね」 |