最終章
激しい発光が起きた。
それは青白く、まばゆい輝きだった。
声が轟いたその時、上空で何が起きたのか、地上にいた者には一瞬解らなかった。
「神竜……ノ…ア……」
ゲイルは青白い発光体、上空で輝くノアの姿に目を奪われていた。
『……お前の負けだ、弱き人間よ。』
先程までノアに攻撃していた白い竜達は、まるで畏れるようにノアの周囲に留まっている。
その中に鎮座するノアは厳かな口調でゲイルに語りかけた。
『その男の生きる意志は何者にも侵されることはない、諦めろ。貴様にこの人間を殺すことは出来ぬ。』
アリューは何が起きたのか解らなかった。
ただ強く念った瞬間、ノアは今までと全く違うオーラを放っていた。
それは
「神」といっても遜色のない程の、尊大さと神々しさだった。
ゲイルは動揺していた。
「そんな……何故だ………完全なる調停者が何故滅ぶべき人類を肯定するのだ!?」
『何故滅ぶべきだと言う?』
静かにノアは声を発する。
「に…人間は全てを破壊する!現に彼らは一度この大地を滅ぼし……」
『そして…我ら自然の裁きを受け、再び甦らせた。』
……そうだ。
人間は一度、なにもかも壊そうとして……
竜達……[自然]の報いを受けたんだ。
…そして今がある。
アリューには実感出来ることではなかったが、両方の会話を理解することは出来た。
『何故人間は再び大地を甦らせた?それは人間も自然の一部であるからだ。』
「う………ぅ……」
ゲイルはノアが放つ神懸かった波動に、もはや何も言い返せずにいた。
『しかしそのような考えをめぐらせるのは人間だけの愚かさであり、智恵でもある。』
『貴様は人間だ。貴様が壊そうとしている人間は自然でもある。人間を滅ぼすことは他でもない、自然を滅ぼし、自らを破滅させることだ。』
「だ…だから何だと言うのだ!!」
ゲイルは半ば我を忘れたように叫んだ。
「例え人間が自然であろうともそれを破滅させるのも人だ!!人は神の手によって…」
『神など、いない。』
ノアはそう言い切った。
ゲイルは口を閉ざしてしまった。
『いや…流れ、というものが神とするならば、我々の行為は神に依るものだろう。』
『貴様はただ我々の力を神と崇め、自らの理想の実現を計ったに過ぎん。』
突然ノアの体が光を放ち出した。
ゲイルはそれを見て震え上がった。
「や……やめろ…私は間違っていない……!」
『そう、間違ってはいない。貴様は神ではない。…ただの人間だ。』
光は強くなった。
と思うと、瞬間に光はノアの一箇所に集まり、大きな塊となって放出された。
光の塊は、地上のゲイルを襲った。
「お…おおおぉぉぉ!!!」
アリューはたじろいだ。
ゲイルはその燃えるような光の中で、すさまじい声を上げていた。
「な、なぜだ!私は……わ私は世界を救おうと…!」
「……あんたは…」
アリューはゲイルを強く見て言った。
ゲイルは、哀しみともとれる表情を浮かべているようだった。
「あんたは世界を壊そうとしただけだ。誰も制裁なんか望んでなかった…」
もはや形を失いつつあったゲイルはアリューの方を向いた。
ゲイルは苦笑した。
「君にも……いずれ解るだろう……世界……人の……弱さ……ぁ……」
アリューは少し目をしかめた。
ゲイルは白い光に包まれ、灰になるように消えていった。
後には、ゲイルの服と彼の持っていた封印の書が残っていた。
『…さぁ、お前の全ては終わった。』
空中から、ノアが語りかけてきた。
アリューは上を向いた。
『我々を封印するが良い。いずれまた、かのような者によってそれが解かれたくなければ、封印を燃やすがいい。』
「……いいよ。」
アリューは少し間を空け、落ち着いた声で言った。
空中で竜が無数に羽ばたく音の中、アリューは強い調子で叫んだ。
「竜がいなくなったら…また人間は滅びてしまう。」
『……その通りだ。人間はいつか必ず、再び自らの手で破滅の道を選ぶ。』
その時にアリューはいないかもしれなかった。
おそらくは再び文明が過去に回帰した時だろう。
そしてその時に裁きをくだす竜がいなければ、人間はそのままいなくなってしまう。
「だから…また人間が道を間違えた時に……世界を救ってくれ。」
ゲイルの言ったことは、おそらく間違っていない。
そして、人間も神じゃない。
『……面白い男だ。ザムナンと同じ事を言う。』
「…………」
『奴もまた我々に未来を託したのだ。いつか人類が辿るであろう滅びから救ってくれとな。』
ノアはゆっくりと地上に降りてきた。
そして大きな足音をさせながらアリューに近づいていった。
『竜が人を裁き……人は抗う。そして人の意志が強ければ人はまた生きる。どうやらお前の意志は生きるに値したようだ。』
ノアはアリューの目の前に首を倒し、背に乗るように催促した。
『我がこの姿になったのもその人の意志が強かった影響だ。…さぁ、お前を待つ者の所へ帰るがいい。強き人間よ。』
アリューは失笑し、ノアの首に登って言った。
「…俺はただ……死にたくなかっただけだ。」
『それが生きることだ。迷うことはない。人間としてならお前はゲイルより余程正しい生き方をしている……』
アリューには、ノアがふっと笑ったように聞こえた。
それが自嘲なのか恍惚なのか、それとも羨望なのかはわからなかったが。
ノアは雄叫びをあげた。
周囲にいた白い竜達は同調し、一斉に唸りをあげた。
ゲイルがノアを
「神竜」と言っていたのがアリューには何となくわかった。
ノアが空高く飛び上がると、それに続くように白い竜達は後を続いて飛び立つ。
それは神の行進であるようにも見えたからだ。
アリューはレイラと再会した。
町から飛び出して来たレイラは、アリューに飛び付いて無事を喜んだ。
ノアは、白い竜達の待つ空へと再び飛んだ。
『…この指輪も、いつか来る時のために置いておくよ。』
アリューは、封印の書と共に、しっかりと契約の指輪を握った。
『そうだな……だが』
ノアは、飛び去りながらアリューに語りかけた。
『いずれ、そのような…裁きの要らない世界が作られれば……我々はじっと身を隠していよう。本来ならば在る可きではないのだ我々は、人間にとってはな。』
『そんな事ないさ。』
アリューが言おうとする前に、竜達は遠い空に消えていった。
だがアリューはしっかりとノアに語りかけた。
『俺達も竜達も……生きてるんだ、それだけでいい……そうだろノア。』
『……ふん、下らぬ。』
ノアの最後の言葉をアリューは聞いた。
「……ま、もう要らねぇよな……」
アリューは指輪を外した。
プツリと、何かが途切れた。
「…いいの?」
「うん……もう要らない。初めから要らないはずだから、な。」
心配そうな顔をしたレイラにアリューは苦笑気味に答えた。
そして消えていく碧と白の影を遠目に見つめながら、ため息をついた。
「…腹、減った。」
「え?」
「腹減った。何か食べたい。」
彼の試練は終わった。
次に試練を受けるとすれば、それは人類である。
彼らに裁きは下るのだろうか?
人と竜達は、再び歴史を繰り返すのか?
それは竜にもわからない。
ただ、神のみぞ知るばかりである。
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