第六章
アリューは罪悪感に似た焦燥感を感じていた。
予想に過ぎないが、これまでの出来事はそれを裏付けるには充分だった。
アリューの掘り出した、あの謎の本にゲイルが執着していた理由。
そしてノアから聞いた竜の封印術。
全てを繋ぎ合わせた結論は一つしかない。
アリューの見つけだしたあの本こそ、竜の封印術を記した、竜を意のままに操るものだったのだ。
そしてそれは共に埋まっていたこの契約の指輪との関係を考えても、紛れも無いことだった。
「…俺が…あの本を見つけたから…?」
『……間違いないな。お前の記憶にあるその書物には、我々を封印する術が記されている。』
ノアはアリューの記憶に触れながら言った。
『全く厄介な物を見つけ出したものだ。封印を解かれた竜は、封印を解いた者に従う必要がある。その者が死ぬまでな…』
『…お前は何でそいつに従わないんだ?』
『簡単な事だ。契約の力は封印に勝る。お前が契約を破棄しない限り、私はお前の忠実な、下僕だ。』
また
「下僕」の節に皮肉を込めてノアは言い放った。
『変な決まりがあるんだな、竜ってのは。』
『我々が望んだわけではない。我々が生まれた時からの契約だ。我々はそういう存在なのだ。でなければ人間ごときに使われるのを潔しとするものか。』
アリューは複雑な気持ちになって俯いた。
『…俺はどうしたらいい?』
『そこの人間と生きたいのだろう?』
『だからそうするには…』
『安寧を得たいならば、我々を消せば良い。』
アリューはパッとノアに振り返った。
ノアは笑いながら(アリューにしかそれはわからないが)静かに話した。
『人間とは…つくづく不思議な生物だな。こうやって消え逝く者を哀れむ。今の私には理解できるが…』
『…お前は…死んじまってもいいのかよ…』
するとノアは数秒の間口を閉ざした。
そしてゆっくりと、静かな口調で語った。
『…契約を結んで人間の感情を得るまで、考えたこともなかった事だ。…そうだ、今の私は死を恐れている。全く人間だけの下らぬ感情だ。』
『……お前……』
『我々は人間共より遥かに長い時間を生きる。それこそ何千年とな。しかし人間より短い、それこそ一年も生きられぬ小生物でさえ、死を恐れることはない。
死を恐れ、生にしがみついては欲望に駆られる愚かな種族は、お前達人類だけだ。』
ノアはそこで一息入れた。
そして淡々と続けた。
『だがどうだ…今や私は契約によって人間のように消失を恐れ…そして……………』
『…そして…何だよ。』
ノアはまた自嘲するように笑った。
『私は幸福を感じるようになったのだ。人間のようにな。』
『……………』
アリューはいつの間にかノアの話に引き込まれていた。
そして不思議と、心が落ち着いていくのを感じた。
『全くもって下らぬ……だが悪くはない。』
『……そっか……』
アリューには、いつの間にかノアの心も穏やかになっているがわかった。
これがノアの言っていた幸福なんだろうか。
しばらくしてから、ふとアリューは声をかけた。
「……レイラ。」
レイラはアリューの声にも反応せずに、未だに俯いたままだった。
アリューは宥めるように続けた。
「俺は…ちゃんと二人で暮らしたいんだよ。レイラもそうだろ?」
レイラは膝に顔を埋めたままで、ゆっくりと首を下に動かした。
「…絶対戻ってくるから…待っててくれよ。」
レイラは顔を上げてアリューを見た。
「俺じゃないと…出来ないんだってよ…俺が……止めないとダメなんだ…」
アリューはレイラの方を向いた。
「俺は…行く。…だからちゃんと帰る場所用意しといてくれねぇか?」
レイラはすねたような表情になると、ポソッと言った。
「…………ちゃんと帰ってきなさいよ…?」
アリューはコクンと頷いた。
二人は立ち上がるとノアの背に乗り、ノアは翼を羽ばたかせて遠くに見えていた町に向けて飛びだした。
既に辺りは夕日で真っ赤に染まり、ノアが巻き起こす風の音だけが響いていた。
アリューは考えていた。
これが俺の運命なのか?
古代人の尻拭いをすることが?
俺は竜の契約を交わした血族だから捨てられた?
何故俺は………
…いや……そんなことはどうだっていい…
俺は世界を見て回りたかったんだ、家族のレイラと……
ただ普通に俺の生きたいように生きたいんだ。
邪魔なんかされて堪るか。
竜とか契約なんかはどうでもいいさ。
俺は…世界を元に戻してやる…
俺にはその力があるんだから。
『…行くぞ。』
レイラを町に残して、アリューはノアの背に乗った。
レイラのいる町は遠い国の小さな場所なので、竜に襲われることはしばらくないはずだった。
アリューは町の方を振り返った。
空を飛びながら眺める町が小さかった。
アリューは世界が小さいということを知った。
そして不思議な気持ちになった。
こんなにも人間は小さいのか…
何故俺はこんなことをしているんだろうか…
するとアリューの考えを感じたノアが語りかけた。
『止めておけ。人間の存在価値等量れるものでは無い。』
「…ぇ……?」
『何故我々が存在するのか?何故人間は愚かなのか?何故お前は命を賭けて人間を救おうとしているのか?』
『…そりゃ俺は…』
『あの人間を助けたいのだろう。』
『…………』
アリューはノアが何を言いたいのか薄々感じ取っていた。
『ならばそれで良い。何かを守るために戦えば良い。はっきりとした理由等、意味をなさない。』
『…そうだな…それ以外わかんねぇよ…』
『…全てに意義を求めようとするのもまた人間の愚考よ。だがそんなものに答え等ありはしない。ただ思うままに生きるのが、我々生物の必然だ。誰が何をしようとも…』
ノアは不意に速度を落とした。
『…どうしたんだ?』
『先に言っておこう。どうやらお前は私を死なせたくないようだが、そのような迷いは破滅を招くのみだ。』
ノアは淡々とした調子で続ける。
『よいか、人類が安寧を得るには我々を封印するしかない。』
『封印…か?』
『その術はゲイルとやらが持っている本に、ザムナンが記した筈だ。馬鹿なことをしたな…』
『…その封印書を取り返せばいいのか?』
『そして我々を封印し、本を焼き払え。今のお前ならば可能だ。二度と我々が姿を現すこともあるまい。』
それを聞いたアリューが何か言う前にノアは言った。
『迷う必要等ない。はっきり言っておく。人類からしてみれば我々竜族は天敵だ。元来、人間を監視するような種族だからな。本来我々が人間に干渉する時は、我々が人類を滅ぼす時だ。情けをかければ滅びるのはお前達だ。』
『…お前はどうなんだよ?』
淡々と喋り続けたノアにアリューは問い掛けた。
そしてノアの心に揺らぎが生じたのを感じた。
『……何だと?』
『死にたくないんだろ?封印されるのに何も嫌じゃないのか?人間の心もあるんだろ?お前はどうしたいんだ?』
しかしノアは速度を上げただけだった。
そして何も言わなかった。
アリューにはノアの心の奥が解っていた。
本当は死にたくはない。
今は人間と同じ心を持っているから…
でもそれは愚かだとも思っているんだ。
だから…
俺は…俺の成すべき事をするんだ。
ノア諸とも竜を封印して…
ゲイルを止める…
ノアは黙ったままでひたすら飛び続けた。
アリューにはそれが何故か悲しげに思えた。
どれくらいノアは飛んでいたのだろうか。
アリューがあまりの風圧についに気を失いそうになった時、二人は何かを感じた。
ノアは速度を落として、滞空状態になった。
『いるのか…?』
『…派手に人間を消しているな。見えるだろう、空が赤くなっているのが。』
アリューは山の見える遠くの空を見た。
空が赤く染まっている。
どうやら竜達の作った火の海があるらしい。
アリューは覚悟を決めた。
『…行こう…』
ノアは再び速度を増し、赤い空を目指した。
あそこに…ゲイルと竜がいる。
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