第五章
「い゛っ…い゛あ゛ぁ゛あぁぁ゛ああ゛ぁ゛ぁあああ゛あ!!!!!!」
アリューが突然死にそうなうめき声をあげ、地面に倒れ込んだ。
レイラがビクッとしてアリューに駆け寄った。
「ちょっとアリュー!?アリューどうしたの!?」
アリューの体中に爪痕のような酷い傷が浮かび上がってきた。
必死に叫ぶレイラの声はアリューには聞こえていなかった。
アリューは苦しみながらまだノアの記憶を見ていた。
「う…う゛ぅ゛う゛う゛ぅう゛!!!!!」
ザムナンはアリューのように呻いている。
そして暫くすると、ザムナンの指輪とノアの体が光り始めた。
ノアも激しいうめき声をあげている。
光りが止んだ。
と同時にザムナンはよろよろと立ち上がり、アリューも苦痛から解放されていた。
ノアがあの従順な声で喋り出した。
『…仰せのままに…我が主人よ。』
そこで突然、記憶の画面が途切れた。
気付くとアリューはレイラの顔を見上げていた。
レイラがハッとしてアリューに顔を近づけた。
「アリュー!?」
「ぅ……ん…?」
アリューはゆっくりと体を起こした。
「大丈夫なの…?それ…」
「え……」
アリューがふと手を見ると、ザムナンに浮かび上がっていたものと同じ形の痣が所々に浮かんでいた。
アリューにはそれが何を意味するものかが解っていた。
「…大丈夫…だ…これは人間の罪らしい…」
レイラがキョトンとした。
「罪って…なに?」
アリューはゆっくり記憶を整理しながら話した。
「…昔…ずっと昔だ…人間が世界を汚していたんだ。」
レイラがなにか質問したそうな顔をしたが、その前に素早くアリューは続けた。
「『機械』っていう、人間が自分達のために造ったものが、竜達の…竜だけじゃなくて他の生き物の世界を壊していた。…人間が住んでいた場所以外は砂しかなかった。」
レイラは黙って耳を傾けていた。
ノアもじっとしている。
「それで竜達が怒ったんだ。…人間を沢山焼き殺してた。」
「…この竜は大丈夫なのよね…?」
途中でレイラが恐る恐る聞いた。
「そう…それで人間も対抗してたんだけど…竜には敵わなくて…」
アリューは一息入れてから続きを口にした。
「…それでノアが…」
「ノア…この竜が…?」
「人間の力になったんだ。ザムナンって人がノアと竜の契約を結んだ。この指輪で…」
そういうとアリューは指輪を眺めた。
さっきとは何か違う感覚があった。
まるで指輪からノアの意思が伝わるようだった。
「その…竜の契約で…そんな痣ができたの…?」
「契約を結んだ竜と人間は互いに全てを共有する…らしい。だからこれは…ノア達の痛みなんだ…」
口を閉ざしていたノアが急に空を見上げた。
アリューも続いて咄嗟に上を向いた。
白い竜達がいる。
今度は一匹ではなかった。
白い群れがアリュー達の遥か上空を飛び回っていた。
アリューはレイラの腕を掴んだ。
「…行くぞ。」
「え…!?」
「もうこの町は駄目だ。」
レイラは戸惑ってアリューに反発したが、アリューはレイラの腕を無理矢理引っ張り、ノアの首元にのし上がった。
『早く…何処かに…あの竜達を振り切ってくれ。』
『……。仰せのままに…我が主人よ。』
ノアは少し口ごもった様子を見せたが、アリュー達を乗せたまま大きな翼をはばたかせた。
レイラが声を上げてアリューにしがみついた。
ノアの碧い巨体は大地を離れ、空に飛び上がった。
白い竜達が数匹追い掛けてくる。
レイラはノアから落ちないようアリューにしがみついた。
白い竜の一匹が口を大きく開き、アリュー達に炎の息を吐き出した。
ノアは旋回しながらそれをかわすと、白い竜達の方に向き直った。
一瞬、アリュー達は体を焼かれるような熱さを感じた。
と同時に、ノアの口から青白い炎が吐き出された。
青白い炎は、白い竜の赤い炎を飲み込み、さらに白い竜達を包んだ。
『―――――!!!!』
言葉にならない竜達の悲鳴が、アリューには聞こえた。
そして突然、アリューの契約の痣が痛みだした。
察知したレイラが小さく声をかける。
「ア…アリュー…痛いの?」
「…ッゥ……大丈夫だ…これはノアの痛みだから…」
レイラにはその意味がわからなかった。
ノアは青白い炎に包まれた竜達を背にし、まだ薄暗い空を飛び続けていった。
ル・グェン=ゲイルは、白い竜に乗り、本を片手に世界を見下ろしていた。
彼の周りには無数の白い竜が群がり、まるでゲイルに付き従うかのようだった。
「素晴らしい…なんと素晴らしい世界か…私の創る、清浄なる世界だ…!」
ゲイルの下には炎の海と化した大きな都市があった。
ゲイルは満足気な笑みを浮かべながら、何事か呟くと竜の群れを率いてさらに遠くへ飛び去っていった。
辺りは未だに薄暗いままだった。
アリューが上を見上げると、空は黒がかった雲に覆われていた。
アリュー達は遠く離れた小さな丘にいた。
そこからは遠くに小さな町が見えている。
アリューとレイラはノアを横目に座って、ぼんやりと遠くの町を見ていた。
レイラがポソリと呟いた。
「……ねぇ…」
「……ん。」
「…私達どうなんのかしら…」
「………しらねぇよ。」
アリューにもどうしていいやらわからなかった。
突然のことが余りに突然に起こりすぎた。
俺は一体何をしなければならないんだ?
二人はまた黙り込んだ。
丘の色が少しずつ明るく、そして朱くなっていく。
レイラがまた口を開いた。
「あんた…この竜と何処かに行っちゃうの?」
「……………」
「…また一人になるの?もう帰る場所もないのに…」
レイラは力無くそういうと、顔を両膝に埋めた。
じっとしていたノアがアリューに語りかけた。
『我が主人よ…何を迷っているのですか?』
アリューは振り向かずにぼそぼそと竜の言葉で返した。
『…わかるだろ…何すりゃいいのかわかんないんだよ………あとその喋り方やめろ。』
するとノアは急に流暢に喋り出した。
『…では答えが欲しいのか?』
アリューは少しうろたえたが、直ぐに答えた。
『しらねぇよ…俺は…』
アリューはレイラを垣間見た。
まだ顔を膝に埋めたままだった。
アリューは淋しげな声で話した。
『俺は…ただ普通に暮らしたいんだ…
竜だかなんだかしらねぇけど…なんでこんな目に逢ってるんだ…?
お前ら何者なんだ?
なんで俺達を襲うんだ!?』
途中からアリューは憤った声になっていた。
しかしノアは全く気にせずに語り出した。
『それはお前達の業だ。』
「………?」
『我々は本来人間に干渉する種族ではない。しかし人間はこの星を壊し、我々を省みなかった。我々は我々の身を守るために戦っていただけだ。』
語っているノアの大きな瞳は、陽に照らされて妙に鈍く光っていた。
『…だが古よりある竜の契約術を知っていた男が現れた。お前に見せた記憶に出て来たザムナンという男だ。
ザムナンは我々に許しを請うた。全てをやり直す機会をくれ、とな。』
アリューは黙って耳を傾けていた。
『そして契約を結んだ私はザムナンに従い、同胞を傷つけた。もちろん私は契約に従う他にない。しかしそれ以外に私が人間共に味方した理由はあった。』
『契約において我々は、人間と同じ感情を持つようになる。下らぬ話だが契約後私は人間に興味を持ち始めた。奴らにやり直す機会を与えてみようと思い始めた…』
ノアはゆっくりと首をアリューの方に向けた。
瞳はギラリと光っていたが、どこかに穏やかさがあった。
『そして…ザムナンは私と私の同胞を封印した。一体どうして知ったのか奴は我ら竜族に対する封印術を使った。我々は以来、今まで封印されていた。』
『その封印が…何故解けたんだ?』
アリューは真っ先に浮かんだ疑問をぶつけた。
ノアはまた、冷めた声に戻って言った。
『…大方ザムナンは封印術を何かに記して遺したのだろう。それを誰かが見つけだした…それ以外に我々の封印が解けることは有り得ぬ。』
それを聞いた瞬間、アリューは背筋が寒くなるのを感じた。
脳裏には、あの暗い鉱山の光景が浮かんでいた。
「………まさか…」
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