第四章
これは夢なのか?
夢にしては、余りにも意識がはっきりしている。
指輪をした時の幻か?
でも今は指輪をはめてはいない。
これは現実だ。
あの恐ろしい、巨大な竜が目の前にいる。
竜はもう一度、凄まじい雄叫びをあげた。
その場にいた人間達が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、アリューもレイラの腕を持って酒場の中に駆け込んだ。
二人は二階のアリューの部屋に飛び込んだ。
レイラが震えている。
「何よ…ちょっと待ってよ…何なのよ…?」
「竜だ…」
息を切らせながらアリューはレイラの肩を寄せた。
外からは何かが破壊される音や悲鳴が混じって聞こえてくる。
「竜って何…?何で?」
混乱しているレイラを、アリューはさらに抱き寄せて宥めた。
ふと、アリューの目にあの指輪が見えた。
ひょっとすれば何かあるかもしれない。
アリューは指輪を手に取ると、昨日のように中指にはめた。
指輪はスルリと入った。
と、アリューの記憶に何かが流れ込んできた。
それは別の生命の記憶だった。
アリューはそれが竜の記憶だと理解した。
その時、轟音と共に部屋の壁が燃えだし、竜の白い頭がアリュー達の目の前に現れた。
レイラが縋り付いてくる。
アリューは強く念じた。
『来い――――!!』
空で新しい唸り声が轟いた。
二人を襲おうとしていた白い竜が空を見上げた。
白い竜の首に、碧い口が噛り付いた。
その瞬間アリューはレイラを抱いて部屋を飛び出した。
「…アリュー!?」
「大丈夫だ…!!」
アリュー達は酒場を出ると、二頭の竜達の所へ走った。
白い竜より一回り大きな碧い竜が肉片を口に加えていた。
下には血の海と共に、先程の白い竜が横たわっている。
レイラがアリューにしがみついて言った。
「…食べちゃったの…?」
「…そうらしいな…」
碧い竜はアリュー達に気付くと、肉片を離して彼等の方を向いた。
レイラは後ずさりしたが、アリューはじっと竜を見つめた。
腕が翼と一体化し、一見小柄に見えそうな体は、翼を広げると巨大な恐ろしい姿を醸し出している。
碧い竜は身体をのしのしとアリューに近づけていった。
アリューはさらに逃げようとするレイラの手を握った。
「…大丈夫だ。こいつは違うから…」
するとレイラはアリューの手を強く握ったままじっとしていた。
碧い竜はアリューの目の前まで近づくと、首から頭をアリューの目線にゆっくりと下げた。
その姿を見ると、常人ならばすぐに逃げ出しそうな程に彼等は接近していた。
『…我が新たな主人よ…願いは果たしました…』
アリューの頭の中に碧い竜の声が静かに響いた。
そしてアリューもまた、静かに竜に話した。
『助かった…ありがとうノア…』
そう言い終わった瞬間、アリューは自分で驚いた。
彼は人間ではない言葉を話していた。
後ろを見ると、レイラも目を丸くしてアリューを見ている。
勿論、アリューは元々そんな言葉を知っている訳ではなかった。
ただ彼は無意識に、竜の言葉を発していたのである。
レイラが口をパクパクさせながら言った。
「ァ…アリュー…何それ…?何言ってるの…?」
アリューはもう一度、頭の中で人間の言葉を思い出して答えた。
「えっと…俺にもよく解らない…」
「今…その…竜と話したわよね?何だったの?」
益々混乱しているレイラを落ち着かせるため、アリューはもう一度碧い竜に話し掛けた。
『…お前の名前はノア…俺達の味方だな?』
するとまたアリューの頭にノアの声が響いた。
『はい…貴方の味方です我が主人よ。』
少し
「貴方の」という部分が強かったが、アリューは再びレイラの方を向くと優しく言った。
「大丈夫だ…この竜は俺達の味方だ。心配ない。」
レイラはアリューとノアをしばらく見比べていたが、やがてアリューの側を離れないように、ゆっくりノアに近づいていった。
「…噛んだりしないわよね?」
アリューが
「大丈夫だ」と言おうとした瞬間、ノアの意思がアリューに伝わってきた。
『貴方の大切なものには危害は加えません。我が主人よ。』
驚いたアリューは竜の言葉でノアに言った。
『お前…俺の記憶がわかるのか!?』
『貴方の指輪を通じて我らは全てを共有します。貴方にも私の記憶が読める筈です。我が主人よ。』
やはりこの指輪はかなり特殊な物らしい。
しかしアリューにはノアの記憶がイマイチわからなかった。
『お前の記憶ってのがよくわからないんだが…』
『それは我らが完全に同調していないためです。私にも貴方の記憶の断片しか読み取ることは出来ません。我が主人よ。』
アリューはだんだん頭がこんがらがってきた。
そして追い撃ちをかけるように耐え兼ねたレイラが横から言った。
「ねぇ…何話してるのよ…全然解んないんだけど…」
「えー…つまり…この指輪で俺達は会話できて…」
「指輪?」
レイラはアリューの左中指を覗くと、まじまじと指輪を眺めた。
「へぇ…じゃあ私もこれをはめたら竜と喋れるの?」
「さぁ…やってみるか…」
そう言うと、アリューは指輪を外そうとした。
『契約を破棄なさるのか?』
「!?」
突然アリューの脳裏にノアの声が響いた。
『我と契約を交わした人間の血族である貴方が指輪を外すということは、竜の契約を破棄することになる。』
咄嗟にアリューは指輪を外そうとした手を離した。
「…アリューどうしたの?」
レイラがまたアリューに隠れた。
先程とはまるで違う、殺意さえこもった口調でノアはアリューに語りかけていた。
『貴方は契約を破棄なさるのか?』
『…契約とか…どういう話だ…?契約は破棄しない。説明しろ。一体この指輪は何なんだ?血族ってなんだ?』
アリューがそう言うと、ノアはまた従順な態度に変わって語りだした。
『…解りました。しかし口からは説明することが出来ない。貴方に私の記憶の一部をお見せしましょう。我が主人よ。』
碧い竜ノアはそう言うと大きな眼を光らせた。
そして次の瞬間、アリューの脳裏にまた竜の記憶の映像が流れ込んできた。
大空が見える。
やけに暗い。
横にはあの白い竜の大群がいる。
村が見える。
記憶の視界が村に近づいていく。
白い竜達は村に向かって一斉に炎の息を吹き出した。
村はあっという間に火の海と化した。
誰かが白い竜達に語りかけた。
『殺せ…消し去れ…滅ぼせ…我らを脅かす人類を!!』
白い竜達は共鳴して叫びあった。
アリューは何が起こっているのか解らなかった。
人間を滅ぼす?
何故?
竜達は何をしているんだ?
そう考えた時、記憶の場面が別の場所へと移り変わった。
今度は巨大な都市が見えた。
見たこともない機械のような物が沢山建っており、煙をあげたり、大きな音を立てている。
その都市の周りは緑一つない、砂漠だった。
その時、竜達の咆哮が轟いた。
また、白い竜達に声が語りかけた。
『これは人類の業だ!!見よ!彼らは我らの敵だ!滅ぼせ!この世界に居てはならぬ存在を!!』
また白い竜達は共鳴の唸りをあげ、巨大な機械都市に向かって襲い掛かった。
アリューはハッとなって気付いた。
これはノアの記憶だ。
ノアが竜達に話しているんだ。
でも人類を滅ぼすなんて?ノアは味方じゃないのか?
場面はまた移り変わった。
ノアはひどく傷ついているようだった。
金属の瓦礫の中に横たわっていた。
『私と…竜の契約を結ぶのだノア…!』
目の前に傷だらけの男が立っていた。
竜の言葉を喋っている。
何者だろう?
ノアが呻いた。
『貴様…古の契約を…』
男の声がさらに響く。
『我はザムナン!我は我が業を受け入れ、この竜と指輪の契約を誓う!』
指輪?
よく見ると男は、あのアリューのしている指輪と同じものをはめている。
ノアはさらに呻き声をあげ、ザムナンという男も呻きながらノアに近づいた。
突然、男の身体に醜い爪痕が浮かび出した。
するとその瞬間、アリューの体に異変が起きた。
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