第三章
アリューは満足気に、レイラが目を丸くして驚いている顔を眺めていた。
夜遅くの酒場には、ただひたすら鞄を開けて立ち尽くすレイラの高い声が響いている。
アリューは黙ってその様子を見てにやついていた。
「い…え…一億って…!?あんた…騙されたんじゃ……うぅんでもこのお金は本物…」
「…そんなに驚くほどの大金なのか?」
レイラは鞄にぎっしり詰まった札束を見つめたまま震えながら咳ばらいをし、アリューの方を向いた。
「あのねアリュー…さっき食べた晩御飯の骨付き肉、あれ一つで四十ジェンね。今日あんたに渡したお弁当、あれでも大体百ジェン程度なのよ。」
「…だから…?」
「お父さんが汗水流して稼いで建てたこの酒場、いくらだと思う?」
「…一万…くらい?」
レイラは首を大きく左右に降ってアリューに迫った。
「一千万!!これで経営費込み!…一億ジェンってどのくらいかわかる?この酒場で私が百年飲まず食わずで働いても全然足りない位の、すっごい大金なの!」
「……怒ってんのか?」
アリューが少し機嫌を悪くしたのを見て、レイラは落ち着きを取り戻してから喋り出した。
「…興奮してるのよアリュー…これ…本当に管理人からもらったのよね?」
「あぁ、本と交換に…」
「…今までに色んな客の話を聞いてきてるけど…直接財宝とお金を交換したって話は聞いたことがないのよ。それに、一億なんていう数字も一度も耳にしたこともないし…」
「…なんか…悪いことしちまったか…?」
アリューは低い声で呟いた。
レイラは咄嗟に返した。
「そんなことないない!!すごい事なの!私だってすごく嬉しいんだから!」
「じゃあいいじゃねぇか。」
レイラは何かを言いかけたが、押し止めて一息ついた。
そして今度は笑いながらアリューの頭を撫でた。
「…ごめんね…ちょっとすごいからビックリしちゃって…アリューがせっかく持ってきてくれたんだもんね。本当に嬉しいのよ?」
頭を撫でられながらアリューは恥ずかしくなってレイラから顔を背けた。
レイラはニッコリと笑いながら言った。
「なーんか…どうしたら良いのか分かんないわ。どうしよっかこのお金…」
アリューは顔を背けたまま呟いた。
「…レイラの…好きに使えよ…」
レイラは目をぱちくりさせた。
そして決まり悪そうにしているアリューを見ると、穏やかな顔になった。
「…フフッ、ありがと。…でも私はアリューが喜ぶことならなんでもいいかな〜。」
いきなりの言葉に、今度はアリューが思わずレイラの方を向いた。
その様子を見てレイラはまた微笑む。
「何か欲しい物とか、したい事とかある?」
「な…なんで俺に聞くんだよ?」
「いいから答えなさい。
何かあるでしょ?」
アリューはレイラに押され気味になると、目を逸らして黙り込んだ。
レイラも黙ってアリューが口を開くのを待った。
「…レ…レイラと……行きたい…」
「なに?」
「レイラと…他の街に行きたい…」
アリューは口をもごもごさせて言った。
するとレイラは少し淋しげな声で答えた。
「アリューは…この街を出たいの?」
勿論、それはこの二人が育ってきた、レイラの父の酒場を捨てることを意味していた。
アリューにもそれは解っていた。
アリューはレイラの顔を見た。
レイラもアリューをじっと見つめている。
「…悪い…別にいいんだ。」
レイラはフッと息をつき、立ち上がると言った。
「いいのよ、アリューがそうしたかったら。…でもちょっと考える時間が必要ね。もう寝ましょ。」
アリューは相変わらず微笑んでいるレイラを見つめた。
そしてコクンと頷くと、立ち上がって階段の方に向かった。
レイラの声が後ろから聞こえた。
「明日はなんか美味しい物食べようね。」
「……うん。」
アリューは後ろを向いたまま頷き、自分の部屋へ戻っていった。
アリューは不思議な気持ちだった。
レイラは喜んでくれていた。
もうこれで苦しい生活から逃れることが出来る。
しかしアリューの外に行きたいという願いもまた苦しい選択だった。
レイラも酒場を捨てるというのは辛いはずだろう。
それでもアリューは宝を見つけることが出来れば、この鉱山の外に出られるはずだと思っていた。
アリューはなにか茫然としていた。
目標を失ったような、そんな喪失感を感じていた。
「……何がしたいんだか……」
アリューは溜息をつきながら呟いていた。
アリューは窓の外に目をやった。
月が出ている。
雲一つない、綺麗な月が見えている。
レイラが幸せになればそれでいい。
けど、本当にレイラは今幸せなんだろうか?
俺さえ生きていればいいと言っていた。
俺が幸せになればいいのか?
しかしアリューには自分の幸せ等、なんのことかわからなかった。
アリューはまた無情感に襲われた。
と、その時指輪のことを思い出した。
服のポケットに手を入れると、美しい指輪が月光に照らされた。
これをレイラにあげたら喜ぶかな……
そんな事を考えた。
考えるとアリューはなんだか嬉しくなってきた。
金の使い道はまた考えればいい。
明日はレイラと一緒に酒場で働こう。
指輪を眺めながらアリューは幸せな気分になっていた。
アリューは綺麗な指輪を何気なく、指にそっとはめてみた。
一瞬、気が遠くなるような感覚に襲われた。
アリューの頭に、巨大な翼の生えた竜のイメージが流れた。
そしてそれは走馬灯のように何かの記憶を映し出した。
アリューは竜の存在を感じ取った―――
気付くとアリューはハァハァと息を切らしていた。
目の前にはいつもの木のベッドのある見慣れた部屋がある。
さっきの竜の光景がはっきりと目に焼き付いていた。
アリューは竜というものを知らなかったが、それが竜だとわかっていた。
翼の生えた巨体。
牙の並ぶ口は炎を吹いている。
そして空に浮かぶ恐ろしい影。
アリューは頭がおかしくなったのかと思った。
指輪をはめた瞬間の出来事だった。
アリューは指輪をはめたままベッドに入った。
頭から恐ろし気な竜の姿が離れない。
何なんだ?
一体何が起きた?
何故竜だと解った?
この指輪に何かあるのか?
アリューは指輪を急いで外すと、毛布に包まった。
すると頭から何かが抜けたような気がした。
はっきりとしないが、何かの存在を忘れてしまったような感覚だった。
アリューはわけがわからなかった。
目をつぶり、何も考えないようにした。
そしてアリューはいつしか眠りについていった―――。
レイラの声が聞こえる。
いつもは下に降りてから聞く声だ。
自分の名前を呼んでいる。
「アリュー!ねぇ起きてよアリューって!」
「…む…なに……」
アリューがシバシバと目を開けると、大きなレイラの顔が映った。
アリューは驚いて横に飛びのいた。
「ぅわっ…!?何だよ…?」
「ねぇ昨日鉱山で何かあったの!?」
起きぬけに尋ねられたアリューは面食らってしまった。
「…?何もねぇよ…どうしたんだ?」
「鉱山の管理人がいないらしいのよ!」
「…はぁ?」
アリューは益々面食らった。
朝早く、酒場を出ると普段は鉱山に向かっているはずのハンター達が集まって何やら騒いでいた。
「どういうことだ!?これじゃ何にも出来ねぇじゃねぇか!」
男達が不平をあげている。
アリューはレイラに尋ねた。
「…何が起きたんだ?」
「…鉱山の管理人がいなくなって採掘活動が一切不可能になったのよ…」
「何でそんないきなり…」
「あんた何も知らない?管理人が何処に行ったのか…」
勿論、アリューもそれはわからなかった。
しかし、気掛かりはあった。
「…昨日の本…」
「え?」
「昨日あの金と交換した本と…何か関係あんのかな…」
「何か言ってたの?」
「いや…ゲイルって人が異様に本に執着してたから…」
そう言うと、アリューの脳裏にふと昨日の竜の光景が甦ってきた。
アリューはまた頭が痛くなった。
「…中に戻ろうぜ…」
二人は酒場に戻ろうとした。
その時だった。
聞いたこともないような悍ましい唸り声が空に響いた。
全員が咄嗟に空を見上げた。
そして次の瞬間、アリューは自分の目を疑った。
空に浮かぶ巨大な翼と牙のの生えた影。
記憶に焼き付けられたそれが何であるかを、すぐに直感した。
竜がそこにいた。
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