第一章
廃れた、大きな鉱山があった。
廃れた、といっても鉱山自体はまだまだ未発掘の地帯が多く、充分な機能を果たすことは出来た。
しかし鉱山で働く労働者達の姿はなかった。
この鉱山は、鉱石採掘を目的に機能しているわけでなかった。
鉱山の麓に雨が降りだした。
道を歩いていた男が何か不平を呟きながらコートの帽子をかぶり、道を急いだ。
男は鉱山の麓町の酒場へ向かっていた。
男は酒場へ入るとコートを脱ぎ、カウンターに腰をかけた。
酒場は大勢の男達で賑わい、極めて騒がしかった。
しばらくすると、カウンターの向こうから酒場の主人の女が男に声をかけた。
「遅かったわね。あんただけよ、最後までいたの。」
男はこれを無視して女に手で催促した。
すると女は男にジョッキを出し、男はそれをグイッ、と一飲みした。
「……うるせぇ…」
「あら、余計な事言ったかしら?」
「……違う…」
男は、後ろで騒いでいる男達に向けて欝陶しそうに顔を揺らした。
「ここはそういう場所なのよ。嫌なら他へ行ってちょうだいな。」
「…………」
男は少し表情を曇らせた。
女が笑いながら言った。
「冗談よ。あんたはここにいていいのよアリュー。」
アリューと呼ばれた男はジョッキから酒を飲み、黙り込んだ。
女はグラスを拭きながら話し続けた。
「しかしあんた、酒はいっちょ前に飲むわよね〜。まだ十代のガキんちょのくせに。」
「…これ以外に楽しみがねぇんだ、悪いかよ。」
「ま、それもそうね。こんな場所なんだから好きなようにするといいわ。」
今度はグラスに酒を注ぎながら女が言った。
「あたし達はまだ幸せな方よ。変な遺跡のお陰で仕事があるんだから……はいよ。」
女は喋りながらカウンターの客にジョッキを出した。
相変わらずアリューは黙り込んでいた。
すると今しがたジョッキを出された客がアリューに話し掛けた。
「おいおい、相変わらず暗い顔してやがんなアリュー?お前さんだけだぜ、こんな一攫千金を喜んでねぇ奴ぁよ!」
「……知るかよ。こんな鉱山発掘まがいの何が嬉しいんだ。」
「バカ、おめぇ鉱山発掘じゃねぇ、遺跡発掘だ!」
「どっちでも同じだろ、何が出るか出ないかわからねぇん…」
「遺跡といえばだなぁ、未知のお宝で溢れてるもんだ!ったく鉱山の管理人も気前のいい奴だと思わねぇか?見つけた財宝はほとんど俺達にくれるんだぜ!?しかも発掘代、労働賃まで……」
話の止まないトレジャーハンターにうんざりしたのか、アリューはまた黙り込んだ。
「はいはい、アリューも疲れてるんだからそれ以上は止め。…あんたももう上に行っといで。」
止めに入った主人の女に、またしても夢見る男は話しだした。
「畜生、アリュー!なんでこんないい女と一つ屋根の下で生活してんだ!レイラちゃんもなんでこんなガキんちょと…」
酒場の主人レイラは酔った男の相手をしながら、アリューに酒場の2階へ行くよう合図した。
アリューは黙って席を立ってカウンターの奥へ行き、酒場の階段を上がっていった。
外ではまだ雨が降っていて、遺跡のある鉱山の土壌を緩くしていた。
近年、この鉱山で考古学的遺物が出土した。
それはまるで竜のような姿をした、古めかしい像だった。
鉱山の管理人は、初めはこれについては考えず、鉱山の発掘を続けた。
しかし発掘が進むにつれ、同じような竜を印した遺物が次々に出土し、この情報は世界に拡がった。
するとある時、突然現れた一人の学者がこの鉱山を買い取り、遺跡として発掘を進めだした。
学者の名は
ル・グェン=ゲイル。
ゲイルは以前の鉱山労働者だけでなく、世界各地から金目当てのハンターを募り、発掘に協力させた。
彼は価値ある財宝等には目もくれなかった。
新たに出土した遺物は、ゲイルが確認した後に全て発掘した本人達の手に渡っていった。
そのため、宝を求める男達がこの鉱山もとい遺跡に集まり、発掘を行っていた。
アリューは木のベッドにドサッと倒れ込んだ。
ベッドがギシギシと軋み、外の雨の音が絶え間無く聞こえていた。
アリューは鉱山の近くで見つかった捨て子だった。
酒場の主人であるレイラが彼を引き取り、アリューと名付けられた彼はレイラの酒場で育てられた。
アリューはこの鉱山の町で育った。
そのために歳が二桁になった頃には、彼は労働者として鉱山発掘に駆り出された。
アリューは極めて無感情な青年だった。
彼は金に興味が湧かなかった。
金というものにどれだけの価値があるのか、わからなかったからである。
レイラの酒場とアリューの労働賃で、男女二人の食べる物は不自由ではなかった。
ただ、アリューは何事にも興味を示さなかった。
ただ彼は働き、この鉱山の町に生きていた。
アリューは窓から遺跡の鉱山を眺めた。
雨に打たれて、その光景は一層殺風景に見えていた。
アリューは溜め息をついた。
次の日も、遺跡の発掘に駆り出され、雨が降っていようが関係なく今日のようにくたびれた自分がここにいる。
竜の遺跡がなんだ。
金がなんだ。
アリューは無常感に浸っていた。
彼は生きていればそれで良かった。
ただ彼の前には生きているという事実だけがあった。
しばらくすると雨も収まり、外の景色が闇色に染まってきた。
アリューはまだ寝そべりながら呆然としていた。
ちょうどその時、レイラの声が下から聞こえてきた。
「ア〜リュ〜、片付いたわよ〜降りといで〜!」
アリューが酒場へ戻るとまだ少し洗い物が残るキッチンで、レイラが食事を用意していた。
「はい座って。今日はあんまり贅沢じゃないわよ。」
夜になり、一時の休憩の時間が出来た酒場は昼と違って騒いでいる男達はおらず、静まり返っていた。
アリューはカウンターの席に腰掛け、出された食事を眺めた。
焼いた肉の横に、蒸した芋や野菜が並んでいた。
といっても量は多いというわけではなかった。
パンを足しても、少し腹がふくれるかふくれないか、その程度だった。
しかしアリューはこれを見て、満足そうに食事に手を付け始めた。
「いただきます?」
レイラが少し笑って言った。
「…いただいてます。」
「はいどうぞ。…ごめんね〜少ない分量で…。」
アリューは食べながら言う。
「充分だよ。」
「バッカ、あんた炭鉱マンっていうのはもっとドカ食いするもんなのよ。それにあんたくらいの歳だったら…」
「…充分だよ。」
アリューが二度言うと、レイラは申し訳なさそうな顔をしながら
「そう」とだけ言った。
レイラもアリューの横に座り、同じような食事を始めた。
「こんな町だからね…物価が上がるのよ、一儲けしたハンターが多いから。」
するとアリューが噛むのを止めて言った。
「…俺も…財宝の一つでも見つけりゃ…」
「あぁいいのいいの!あんただって頑張ってくれてるじゃない!それに…」
レイラは溜め息をついて言った。
「…あんたまで死んじゃったら…一人になっちゃうじゃない…」
こういうと二人とも黙り込んでしまった。
レイラの父は酒場を経営しつつも、鉱山で働いていた。
また、彼はゲイルが鉱山を買い取った後も遺跡発掘に精をだしていた。
彼もまた財宝を狙っていたのだった。
そして、レイラの父は落盤によって命を落とし、酒場は血筋関係のないアリューを抜いてレイラ一人で経営していた。
余りレイラの父とは話したことがなかったアリューにとっては、彼女は唯一人の家族だった。
「…ごちそうさま…」
「……ん。」
アリューは食事を終えて席を立った。
不意にレイラが話しだした。
「ねぇ、何であんたもあんな場所で働くの?別にここで働いてもいいのよ?」
するとアリューは少し恥ずかしそうにし、小声で言った。
「だってよ…その方がレイラも楽になるだろ…」
レイラはまた、謝るような声で言った。
「ふーん…ありがとね。」
そして今度は悲しい声で言った。
「でも…死んじゃ嫌よ。あんたは生きてるのが楽しくないかもしれないけど…私はアリューに生きてもらえれば充分楽しいからね。」
アリューは考えるように俯き、やがて階段を登っていった。
外ではまた雨が降り出していた。
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