第9話:犬
前回まで
彼女が泊まりに来ないかと誘ってきた。
案の定、犬は俺たちが家に入るとすぐに駆けてきた。それも主人にではなく、新参者の俺に好奇の目を向けながら。俺の真下まで来ると、犬は俺のすねを舐めだした。…これだから犬は嫌なんだ。これだから室内犬はだめなんだ。
「あはっ、きもちわるっ!」
彼女は笑いながら犬を抱き上げた。気持ち悪いのは俺の方だ。
(俺の)犬嫌いはその対象を見ると、体中が撫でられるようにもぞもぞする。そして恐いのだ。コミュニケーションができる絆があるなんて嘘っぱちだ。やつらはこちらの言語を持っておらず、意志の疎通はもちろん不可能だし、クリクリした瞳の奥では、子孫を残すという行為への欲求が渦巻いている。頭の中では飼い主である彼女を犯すことを考えているのかも知れない。
…ということは人間、いや俺と同じじゃないか?
妙に親近感がわいた。
今だってほら、彼女の口をペロペロ舐めて……何!?
「ちょっ、ちゅうしないでよ」
「ハッハッハッレロレロレロ」くそ。一ダックスフンドの分際でキスなどおこがましい。
「はっ、はやくそいつをどっかに…」
俺は出し抜けに言った。
「ごめん嫌いだったね、…じゃあ中入っててね」
名も知らぬダックスは檻に入れられた。
「きゅぅぅーん」
「……ふん、ざまぁみろ」
「ひどぉ」
「キスまでしたやつを檻に入れときながら俺のことが言えんのかよ?」
「それ、もしかしてやきもち?」
「ちがうわっ!」
「ふーん、でもこの子メスだよ?」
「は?」
「なんでだろ? 今までこんなことなかったのに」
もしや彼女の唇に俺の匂いを感じ取ったか。また背筋がぞわっとした。後ろでダックスがキュウと鳴いた。
彼女の部屋に入ると、いい匂いがした。
「ちょっとまっててね」
これが彼女が毎日眠るベッドか…。
決して変態ではないが匂いをかいだ。
「なにしてるの?」
「ひっ」
「変態さん……まいっか、何して遊ぶ?」
中学生かよ。
「そうだな、風呂に入りたい」
「そういうこと自分で言う?」
「いいじゃん、川に入ったんだがらお前も俺も雑菌だらけだぞ?」
「じゃ、一緒にはいろっか?」
「うぅっそ!?」
「うっそ」
「しね」
俺が風呂に入っている間、彼女は夜ご飯を作ってくれていた。客ってのはいいご身分ですね。
「誰に話しかけてるの?」
「…犬」
おかずは大味で得体が知れなかったがうまかった。ご飯を半分だけおかわりした。
エプロン付けて台所に立つ彼女を見ながら、俺は嬉しくなった。これから何が始まるのか。
ただ一つ、何をしようとも夜は長く感じられると思う。
妹は夢遊病なんだって。
「だから誰に話しかけてるのっ!?」
「犬だよ」
「…なんだかんだ言って好きなんじゃん」
「んなわけあるか」
俺はネコ耳派だもん。
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