第5話:虫と俺と彼女
前回まで…
彼女が好きなのか、嫌いなのかわからないまま、俺は川に来てしまった。
彼女は膝下で破けたジーパンに、白い無地のTシャツを着ている。細い腕は淡く日にやけているが、見た限りではスベスベしてそうだ。足元はサンダルで、俺の足よりはかなり小さい。
上から下までじっくり見てしまった。ということには、彼女が恥ずかしそうにしたので、気付いた。だが、俺は気にせず見続けた。「ちょっ、ちょっとジロジロ見ないでよ! もう行こうっ」
彼女は振り返って歩き出した。俺もペダルを甘く回して、それに続いた。低いギシッという音が、川の音に流されて消えた。
彼女の細い背中にはうっすらと水着が見える。やはり泳ぐつもりなのだ。
俺はビキニというものを初めて生で見た。近くに海水浴場はない。あったとしても行かないが。
しばらく何も言わずに歩いて、俺は彼女が持っているバッグのようなものが気になった。白い大きめのバッグには、着替えでも入っているのだろうか。ふとその時、昼飯を忘れたと思った。
「そのバッグ何入ってんの?」
彼女はちらっとこっちを見た。
「お弁当……」
彼女は何故か、力無く言った。
「えっマジ? 作ってきてくれたの?」
俺は驚いた。彼女がしこしこ料理をしているところなんて、想像したことがない。俺はよくある話を全く予期していなかった。
「絶対おいしくないけどね……」
彼女は肩に掛かるビキニの紐のズレを、つまんで直した。今の、少し熱い。
「大丈夫だって!」
俺はとりあえず慰めた。
そうこうしているうちに橋は終わり、すぐ横の草と木が入り交じったような下り坂に、彼女は入って行った。
「じでんしゃは降りた方がいいよ!」
彼女が初めて俺の顔を見て話した。
「じてんしゃだバーカ!」俺は自転車を降りて鍵をかけた。彼女は聞こえないふりをして、早くと急かした。
「虫が……」
俺は虫が苦手だ。虫除けスプレーも忘れた。そんなのをよそに、虫たちはブンブン飛び回っている。ある一定以上の大きさの虫は、虫除けられない気もするが。
「もうちょっとだから我慢してよ」
彼女は、身の丈まで伸びた名前もわからない草を手で掻き分けるため、俺に弁当の入ったバッグを手渡した。
たとえ彼女に哀願されたとしても、これはできない。何か得体の知れないもの(虫もしかり)がいそうで不安だから、俺は彼女の背中にくっついた。
「きゃあっ! どうしたの? いたっ」
彼女が急に立ち止まったので、背中に額がぶつかった。
「あー何かいそうじゃね? 正体不明なのがさ…」
「もう、やりにくいなぁ……しかも意外と怖がり?」
彼女がまた歩き始めようとしたので、俺は離されまいとしてより身を屈めてくっついた。
ブィーーーン
いきなり、耳元に虫が寄ってくる音が聞こえた。
俺は何を思ったかバッグを落とし、彼女に後から抱き付いてしまった。
腕に柔らかいものが当たるのと、彼女の体の華奢さと、俺が今していることとを瞬時に理解して、腕と体を離した。
「ごっ、ごめんっ」
彼女は肩を上下させている。
「もぉ、なにっ!?」
彼女は落ち着いてから振り返った。ほのかに頬が紅潮している。
「うんまぁ、虫がな……」
なんだか恥ずかしくて、俺はバッグの中を調べた。大きめの水筒二本と、定番のサンドイッチが中に入っていた。
「よかった! 弁当は無事だな……」
「もぉっ! 私は無事じゃないよっ!」
そう言って彼女は行ってしまった。
こんなとこ一人で歩くわけ?
俺は彼女を全力で追い掛けた。「やだっ、何? まだ心の準備できてないから! 来ないでよ〜っ!」
そんなこと言ったって、虫は待っちゃくれないぞ! |