第4話:思い
俺は新聞の天気予報を見ながら悩んでいた。
明日は快晴の予報だ。最高気温32度という川遊びにはもってこいの日になりそうだが、俺の気持ちは晴れない。
学者の言っていたことが忘れられないのだ。
『人間は愛に騙されている』
確かに、人を好きだと思う気持ちは錯覚であったり、思い込みだと言えなくもない。
もし街角で出逢った女の子が眩しい光りを放つ美女なら、男は『あいつとヤりたいなぁ』という欲求を思う。そう思わない奴は、すでに人間ではない。女もそうだ。
よしんばそいつと付き合ったとしても、少なくとも顔が可愛いからという要因は根底に根差している。仮にブサイクなら目もくれない人が多いのではないか。
もはやそれは愛なんかじゃなくて色欲だろ。
あなたが好きです。なんて安い言葉で自分をごまかして、相手までごまかして、そこから偽善者達が言う『絆』なんて生まれるはずがないだろう。「……俺の頭ウゼェな、だったら行くなよ……」
俺は新聞を閉じて眠ることにした。
後6、7時間もすれば彼女からメールが来て、川へ遊びに行かなくてはならない。
行きたいのに、行きたくない。
好きなのに、好きじゃない。
…………
思いのほかよく眠れた。天気もいいし、こんな気分になれてよかった。あのままだと、彼女に酷いことを言ってしまいそうだった。
俺はシャワーを浴びて飯を食べた。カップうどんである。
歯を磨き終えてソファーでくつろいでいると、彼女からメールが届いた。
「起きた?」
久しぶりの彼女からのメールだ。
「8時に橋の上で待ってるよ〜」
彼女の家から川へは近かった(はずだ)。そこまで俺は10分ほど自転車を走らせなければならない。
町には二本、橋が架かっている。きっと町外れの新しい橋のことだ。人通りが少なく車もまばらで、変な奴に目撃されないからそっちの方がいい。「わかった」
俺は一言だけ送って、時計を見た。
7時50分。ちょうど、自転車を走らせる時間がある。
俺は学校の指定ジャージを履き、赤いTシャツに着替えてガムを一粒噛んだ。下着と替えのジャージ、替えのTシャツを鞄の中に適当につっこんで背負い、家を出た。
たった一歩で世界が変わる。熱い空気が、面で体に当たるのがわかる。
さっさとしないと待たせることになるので、俺は自転車を滑らせた。
俺は自転車をすっ飛ばすのが好きだ。
体を低く保ちながら限界まで足を回転させると、なぜか生きてる、という気分になる。風がボウボウと余計な聴覚を奪い、自転車が低く唸る音と、風と、息遣いしか聞こえなくなる。もちろん切り替えは一番重くしてある。俺は息苦しくなって、わざとらしく息を吐き出す。途中、何度も車に引かれそうになるが、気にしない。引かれても死ぬだけだ。
橋へはすぐ着いた。橋の真ん中辺りで、彼女が待っているのが見える。彼女は俺に気付いて手を振った。俺も片手をハンドルから離し手を振る。
彼女と話せば、世界が変わるかもしれない。このうらぶれた考えも変わるかもしれない。
少しの期待。
腐った俺に、まだこの世には愛が残っていると信じさせてくれるかもしれない唯一の人が、すぐそこに立っている。俺が手を伸ばせば触れられる距離に、彼女はいる。 |