第30話:ダークネスとブラック
画面のバックライトも消え、真っ暗な部屋の中に美成の声だけが浮かぶ。
結ばれた夜は彼女が隣にいた。でも今は居ない。
しかし本当は居るような気がして、左手で闇、ゆっくりと彼女がいた場所を切ってみた。
だがそこには誰もいない。もちろんのことであった。
それで安心したのか、不安になったのか。答えは実際、闇の中にあった。
「ねぇ、どうして?……どうして……どっぅ、うぅっ」
どうして……の後に続く言葉は、多くありすぎて出てこないのだと思う。
どうして死んだの、どうして電話に出なかったの、どうしてお姉ちゃんなの…etc。
彼女は今動揺している。混乱してもいる。多分俺に助けを求めてもいる。
天才である彼女が(とは俺が勝手に思っているだけで、当の彼女は否定したが、どうしてかそのことについては、崩れ去る以前の国語よりも確かな自信がある。どれくらいかと言えば、俺の存在よりはずっと確かだと思う。同時にそう思いたいことでもあるが)衣子の死を理解できないほど、それは突然で予想外であったのだ。
と、一瞬のうちに、俺の脳は今は無駄に、多く考えてしまう。
言い換えると迷宮を作り出し、思考を自身の思考によって阻害してしまうのだ。
……そうまさに、こういった具合にである。
これで分かったが、俺も十分に混乱している。
「ごめん……」俺は何故か謝っていた。朝、美成の電話に出られなかったこと、昨日衣子を断ったこと、俺がこれまでに行ってきた何か(それが全て「要因」なのかも知れない)が、その言葉を言わせる理由となっていた。
実は他に掛ける言葉が思いつけなかった。もしくは、美成に何かを許して欲しいのかも知れなかった。
「お姉ちゃんがぁ……」
死んだ。
俺にもその状況は把握しがたい、嘘だと思いたい、大きなショックも受けた。
しかし、俺までもが取り乱してしまえば、美成を更に不安定にしてしまうかも知れない。何かもう一つの間違いが起こってはならない。
俺はもっと冷静になろうと努めた。
その目的。
俺は美成だけは守らなければならない……美成を守るため。
彼女を幸せへと導かなければならない……美成を幸せにするため。
彼女を愛していたい……愛し続けるため。
愛している?
衣子という犠牲を払ってでもまだそう思えるのか。
だとしたら俺の美成への愛は都合の良いものであり、かつこれが俺なのだ。
クソだ。クソ。
自分の思考を止められない。このままだとまずい。
聞かれないようにしながら深呼吸をした。
「……知ってる。担任の先生が、さっき教えてくれた……朝の電話は、そのことだったのか?」
しばらく美成の嗚咽を聞きながら待つ。急に膝、手が震えだした。限界が近いのである。
でも投げ出すわけにはいかない。だから拒絶反応が出る。
「どうしてすぐ電話に出てくれなかったの?」
寝ていたからだ。
「気分が悪かったから殆ど一日中眠ってた。それで気づかなかった。……ごめん、ご」
「もう謝らないで!」
美成が声を荒げた。
それが仕方のないことだったとは、分からない彼女ではない。
問題はそれを受け入れられるかどうかなのである。彼女は拒否した。つまり受け入れた。
わかった。とすぐに返す。
「どうして衣子は……?」死んだのか。
じ
じ?
自殺。
言って、激しく泣き出す美成。
携帯をぶっ壊したくなった俺。
これで決まりだ。間接的にであれ動機が「俺」なのだから、俺は衣子を殺したということである。それは美成のせいでもあるか?
……止そう。
抑制するために、歯を強く噛んでいた。吐きそうになってつばを飲んだ。
「げほ、はぁっは、理由は、聞いた?」
何故会話を続けなければならないのか。俺は自分からそうしておいてそう思っていた。
ううん。と美成の否定。
「こういうときにさ、馬鹿みたいで、保身的なこと言うけど(何よ!?)聞けよ!」
…………美成。俺は衣子よりもお前の方が心配だった。メール開けるときも、お前に何かあったんじゃないかって、先に読んだ。ハッキリ言うとお前が無事なら、あいつなんかどうでも良かったんだ。
なぁ。
お前はもしかして、自分のせいであいつが死んだとか考えてるんじゃないのか?
お前は自分が居なければ、あいつはまだ生きてたなんて考えてるんじゃないのか?
お前はあいつに俺を譲っておけば良かったなんて考えてるんじゃないのか?
頼むから止めてくれ。俺はお前が
「だって理由はそうでしょぉっ!」
…………美成。
確かに、理由は俺達にないといえばNOだよ。でも、そんなこと言って何になる?
「……私たちだけ幸せになんかなれない」
「なれる」「なれない」
「……このっ、都合良すぎるって言ってんだよっ!」
美成の声、口調が変わった。
「二度とそういう、それくさいこと言わないで。ホント嫌になる」
聞いたことのない、低い美成の声にたじろいでいた。
でも謝らなかった。
そうさせたのは美成だ。そして俺からこういった思考(例えるなら悪性のガン)を切除したとすれば、俺は俺ではなくなるのである。
「俺は美成にだから、こういうこと言えるんだ」
「思いこみ」
「そうだよ。恋愛なんて所詮思いこみだからな」
電話が切れた。
何やってるんだ俺。口げんかか。初めてだ。
問題を増やしてしまった。
俺が美成を愛したい信じていたいと思う気持ちは、やはり思いこみに過ぎないのか。
やり場のない怒りが涙になって流れた。俺は元々こういう人間じゃなかった。軽々しく泣くような人間じゃなかったはずだった。
美成のおかげでやっと変われそうだったのに、何でこうなるんだ。
バイブの振動。
メール・佐々木
担任からであった。
「葬儀は明日だ(明日は休みだ)。先生がみんなに連絡しておくから、連絡網はいらない 。以上」
その前に美成と話をしたい。そう思っていた。
だから電話を掛けた。しつこいぐらいに何度も鳴らした。
もちろん出てはくれなかった。
携帯を壁に思い切り投げつけた。部屋に大きな音が響いた。
しかし携帯はビクともしていない。壊れてしまえば良かったのに。そのつもりで投げた。
一つ、変化は美成が電話に出たことくらいであった。
慌てて拾い上げる。
「ザッガガう、る、サいっ。この変ベ態妄ゾ想クソ野郎っ! お前が死ねばよかったんだあぁ! あぁぁ」
うっぐす。ひっく。
「……その通りだ」
予期せぬことに、一瞬だけ動揺したようで、美成の言葉はつまる。
俺の方は氷水の如く。そういう切れみたいなものがあった。
「その通りだって言ったんだ。俺は美成の言ったようにクソが付く最低な人間で生きてちゃいけないようなやつだ。天才ともあろうお前が、今頃気づいて少し遅いぞ。な、そうやって転嫁してお前が楽になるんだったら、全部俺に押しつけちゃえよ。罵倒して、殺したければ殺せよ。気の済むまでやれ」
そうすれば俺も楽になる。お前はどうだ美成。楽にならないか?
沈黙。を俺が破る。
「美成。今どこにいる?」
「いぃっえぇっ」あっぷあっぷの声。
「実家か?」
それは衣子の家。
そう。
行かなければならない。そう思った。
「分かった」
そのまま携帯の電源を消した。
そして身支度をする。体は清潔な方が良い。と思う歯も磨く、今日一番の風呂に入る。簡単な服を着る。何も持たない。
明かりが灯った街を自転車で走った。中秋の夜の空気は冷たく、だからかなり寒い。それも橋が一番である。そして今は少し恐ろしい。川の流れる音が闇に木霊して、俺を恐怖で包み込むのだ。明かりは朧気な街灯と頼りない自転車の物のみである。
そう考えている内に、衣子と美成の家に着いていた。
ワゴンの隣に自転車をとめた。
玄関のドアに近づくと、おそらくはセンサーで電気が付いた。
俺はインターフォンを鳴らした。
「夜分遅くにすいません……」俺は名乗った。
応えたのは、声を枯らした美成の母であった。
「ああ、(彼女は俺の名前を言った)君ね? どうしたのこんな夜遅くに」
「美成さん居ますか?」
言ったのはそれだけだ。衣子の顔が見たいとか、別れだとか伝えたいこととかではなく、言い方は悪いが死という舞台の主役である衣子ではなく脇役の美成を選んだ。
もちろんこちらとしては俺達が主役だと思っている。
「居るわ、ちょっと待ってて?」
この人が美成と俺、それから衣子との関係を知っているのかどうかは分からない。何故俺が美成のことを知っているのか。それについても言及されなくて良かった。
話すとややこしい。もしかすると殺されるかもしれない。それならば美成の手に掛けられたい。
少ししてから美成がドアを開けた。
隙間からボンヤリと光がもれその中に、酷い顔をした美成が覗いていたのである。 |