第29話:突然の必然
夢を見なかったということは、安らかな眠りについていたということである。
しかし昼寝特有の気持ち悪さが、寝起きの体にはまとわりついていた。
舌打ちをして目を開ける。不快なものはなかなか離れていかない。
多分夜だろうと思う。暑苦しい部屋はそのせいでぼうと暗く時計の針もハッキリと見えないのである。ただ日が出ているうちの殆どを寝て過ごしていたようではある。
掛けていたはずの布団が落ちている。熱いので逆にそれで良い。そのままにしておく。
息を吸い、気持ち悪さをうんと切る。首も振る。それが思ったよりもうまくいく。もやもやがすっと離れていった。仰向けになり天窓を見上げる。赤い。夕方だったのかと気づく。星と月が主張を始める前に、夕焼けを見ておきたいな。と何となく思った。赤い太陽が次第に点となり山にすいと隠れ、こちらにもあちらにも残るのは余韻だけ。俺はそういう、考えさせられるような寂しさが好きなのだ。しかも季節は秋だ。助長されているはずである。
この部屋から見える夕暮れは、俺にとっては少しだけ美しい。しかしすぐに、美成の実家(衣子の家)に近い橋の上から見る夕焼けが、この町では一番綺麗かなと考える。
思いながら。
しばらく天窓の赤色を眺めていたが、それ以上に俺を動かす何かが生まれず、諦め、枕元でぴかぴか光る携帯を取った。携帯を空中に持ってくる。開ける。
ロンドンの風景画が俺の待ち受けである。
7:13
画面が眩しくて目がちりちりとする。暗がりではそれが浮かび上がるように見える。
決定ボタンの点滅は、何かが来ていますよという知らせであった。
メール4通と電話が二件。
ふとおかしいと思う。普段はこんなには溜まらないはずである。そもそも俺にメールを送ってくるのはつつみちか美成(そしてあまり考えたくはないが衣子)くらいであるし、電話など滅多にならない。
あいつらに何かあったのかな。思いひゅっと血が引く。
考えても仕方のないことである。先ず着信履歴を確認した。
バカ衣子6:01
美 成8:27
美 成5:56
今日一日を縮尺して見た気分になった。朝に衣子、少し後、学校が始まるくらいに美成。間を開けて、1時間くらい前にもう一度美成。
眠っていたので全ての電話に出られなかった。
少し考えてみる。
美成のものは今までの経験がないとは言え、あり得る可能性と確率で見れば、0%ではなさそうである。用事のなしに掛けてくるのが恋人というものでは無かろうか。重要なのは今の俺がそれを容認できるということだった。美成は大丈夫だろうなと思う。
すると衣子の朝6:01というのが気になる。前日にも変な電話が掛かってきたからである。
『別れたの』俺は声を耳に思い出す。消し去る。
どうしたんだろ?
そう思い、一通りの出来事を頭の中に並べる。その一つ一つの確率を吟味していく。
無駄に考えすぎてしまい、あり得もしないであろう最悪の結果を導き出す。
まさか。衣子に何かあったんじゃ。という不安が俺を包む。
汗をかいている。
しかし美成が無事ならまだ……という自分がいる。
衣子なら良いのか?と自分に問う。敢えて言うならな。と押し返す。
メール。
そうだまだそうと決まったわけではない。俺はメールを読もうとする。
深呼吸する。汗で携帯が滑る。
6:03 バカ衣子
8:29 美 成
6:00 美 成
6:38 佐々木
佐々木とは俺の担任だ。連絡網の類かなと一瞬思う。どちらにせよ事務的な連絡がかかれているはずだ。それに俺は今日学校を休んだので、そのことについてかも知れない。
まず美成の8:29から開ける。優先順位は俺の脳が勝手に付けていたようである。
8:29
おねえちゃんがあぶないの
はやくれんらくして
あ?
一瞬の空白すぐに飛び起きベッドの縁に腰掛ける。
もう一つの美成のメールを見る。
まさかまさか
6:00
どうして電話にでなかったの?
やはり何かが変だ。何か具体的なアクションを起こさねばと思う。しかし何があった?
俺は迷いながら打ち、美成にごめん。ねてた。どしたの?と送る。
部屋が真っ暗になりつつある。
俺は浮き出るような画面をずっと見ている。
とりあえず美成は生きているようだ。とぼんやり考えながら。
思い出したように佐々木から来たメールを開ける。
6:38
お前にも連絡が行っているかも知れんが
坂下が亡くなった。
坂下とは美成・衣子の名字である。
電話が鳴った。いつしたのか、バイブの振動に驚かされる。
ただ真っ暗の世界からは抜け出した。
着 信
美 成
なかなか出られない。整理する時間が必要だった。このまま話すと、いや話せない。
それが出ないわけにもならず、俺は通話ボタンを押した。 |