第16話:美成という少女
前回まで
美成が看病に来るらしい。
突然のインターホンを聞いて、背中に膜が張られていくような気分になった。暗に美成が来たのかと思い、期待と緊張を同時に感じたからだ。訪問の主はおそらく美成だろうが、今行くとのメールを読んでから十秒も経ってない。移動のスピードが速すぎる。おそらく玄関の前でそのメールを送り、インターホンを鳴らしたのだろう。
気づけば鼓動が高まっていた。俺が衣子(美成)の家に遊びに行くのとでは訳が違った。ドア一枚隔てて外にいる美成と思しき人物を見ながら、どこかにやり残したことがないか、自分の部屋を思い出してみる。
たぶん大丈夫だろう。
俺は玄関のドアを開けた。
「ちょ、ちょっと!開けにきちゃダメじゃない!しかも遅いし、今日は仕方がないけど、次からはもっと早くしてね?わかった?」
美成は腰に手を当てながら、俺の顔を覗き込んだ。
次があるのか。
「ああ、ごめん」
「うん、いいよ」
うーん……こりゃかわいい。
美成は薄いピンクのキャミをいたずらっぽく着こなしている。袖が長めで、手がちょこっと顔を出しているせいだ。横にピンクのリボンが付いた白いサファリ帽をかぶっている。肩に小さなバッグを掛けていて、紐で胸を縛っているかのようだ。スニーカーから細長い足が伸び、あともう少しのところでキャミの中に消える。色白が服に映えており、最後に、ロングの黒髪が全体のバランスを高次元へと持ち上げている。
「どうしたの?」
「いや……マジかわいいなぁと思ってさ、まぁ上がれよ」
「そ、おじゃましまーす……あぁ、外に自転車置かしてもらったよ」
美成が一歩だけ進んで止まった。
「あぁ、って、その格好で自転車に乗ってきたのか?」
「うん、もちろん、何か問題でも?」
美成はキョトンとしている。
「パンツ見えるぞ」
「別に気にしないよ?」
……そりゃお前はな。
「男はお前みたいなやつのパンツを見たくてうずうずしてるんだぞ?」
「君も?」
「うん」
「見せてくれって頼まないの?」
「そんなときがきたらな、玄関先でやることじゃねぇよ」
美成は何か考えたあとに、そだねと言った。
「ちょっと!もしかして掃除した?」
部屋に入るなり、美成は困惑とも怒りとも取れる顔を向けてきた。
「あたりまえでしょうが、女を部屋に呼ぶにあたって、わざわざ散らかすやつがどこにいる?」
今度はジト目に変わった。
「私の仕事が無いじゃない……」
「は?そんなことまでやる気でいたのか?」
美成はベッドに腰掛けた。
「あたりまえじゃん!一日メイド気分だったのに!」
「そりゃ、悪かったよ……まぁでも、メイドってんなら、他に奉仕できることがあるぜ」
美成は何か言いたげだが、黙って俺の言葉を待っている。でも俺は美成の出方を見た。
「何?」
「それも後々わかると思うぞ」
「ぶぅぅ」
茶でも飲むかとは言わない方が良いだろう。その後少しの間、病人は寝てろだの、じっとしてろだの言われたからだ。
「なぁ、もしかしてお前、俺が重病の床に伏してるとでも思ってたんじゃないだろうな……?」
「そうよっ」
バッグを机の上に置いて、美成は仰向けになった。まだすねている。
笑ってしまった。
「俺はお前が来てくれただけでうれしかったぞ?」
「目的は看病だもん……」
今度はしょんぼりか。
「ごっこしてやろうか?」
お医者さんごっこの類だ。
「ごっこ?『フリ』するってこと?」
俺は黙って首肯した。
「遊びに来たわけじゃないんだけど?」
こいつは俺が動けず、一歩も歩けない様を想像していたんじゃないか。そう考えると、やるぞっていう芯が折られたわけなのだろうが、俺はそんなことどうだっていいと思う。目的はなんにせよ、来るという行為自体が重要なのだから。
「じゃ、どうすれば満足なんだよ?」
急に美成が真剣な眼差しになった。黒目がキラリ。少し俺はたじろいだ。
「キス」
「は?」
「キス!!」
「お、おう」
棚から牡丹餅とはいえ、俺は美成の唇の感触をよく吟味できるほど長く口づけた。
……これはリップグロスを塗っているのだろう。さもなければ、常時こんなにも唇がぬるぬるしているはずが無い。レモンの味が本当にした。俺はそのぬるぬるを全部、舐め取ってやった。
……三十秒経過。
……一分って、長すぎる。
もうそろそろ離れてもいいだろうと心の中で叫んだ。しかし首を抱かれて身動きが取れない。口ももちろん塞がっている。
は、鼻をつまむな。なぜに?
体は防衛反応を取ろうとするが、美少女に対して実力行使なんてのはいかがなものか。
く、くrしい……mだめdあ……
はーれるっや、はーれるっや、はーれぇーるやー……
賛美歌が聞こえた。天にも昇るキスってどうよ?
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