訓練(4)
その日の午後、茉莉香達は二度目の『ショート・ジャンプ』の為の準備を行っていた。
<パイロット、ブリッジ。本日二回目の『ジャンプ』を行う。準備はいいか?>
安楽椅子の手元のコンソールが着信を告げた。
「ブリッジ、パイロット。ESPエンジン、出力良好。『ショート・ジャンプ』先座標、E-362α,B-182λ。距離、約二十光年。到達誤差⊿Σ1.2%、グリーン」
今回は、茉莉香がブリッジに状況を伝えた。
<パイロット、ブリッジ。船外環境モニタリング開始。バックアップ・サブシステム起動。『ジャンプ』、カウントダウン開始>
ブリッジからの返信と同時に、船内放送が響いた。
──乗組員の皆様にお伝えします。本船は、まもなく『ショート・ジャンプ』を行います。不測の事態に備えて、お近くの手すりなどにおつかまり下さい。本船は、まもなく『ショート・ジャンプ』を行います……
今回、茉莉香は老パイロットの仲介なしに、直接、ESPエンジンとシンクロしていた。
「よし、なかなか良いぞ。シンクロ率、72パーセント。シリンダ内酸素濃度上昇。アドレナリン数値、2パーセントアップ。そのまま、シンクロを保つのじゃ」
老パイロットからの助言に従って、茉莉香は集中を続けていた。
──『ジャンプ』、一分前です。……秒読みに入ります……五,四,三,二,一,『ジャンプ』
「よし、今じゃ」
「『ジャンプ』!」
一瞬、ふわっと身体が浮いたような感覚が茉莉香を捉えた。そして彼女は、ESPエンジンを通じて、ギャラクシー77の周りを囲む宇宙空間を感じ取っていた。
「終了したな。ふむ、到達ポイント、誤差0.82。上々の出来じゃの」
「あ、ありがとうございます。あたし、出来た。一人で出来たよ」
「ああ、そうじゃ。では、ブリッジに報告をな」
そう言われて、茉莉香は手元のコンソールに話しかけた。
「ブリッジ、パイロット。『ショート・ジャンプ』終了。到達ポイント、誤差0.82。ESPエンジン、アイドリングモードへ。本船の0.5光年以内に危険物なし」
<パイロット、ブリッジ。宙域マップ、確認した。『ジャンプ』成功、おめでとう。心から祝福する>
「あ、ありがとうございます。……ブリッジ、パイロット。ESPエンジン異常なし。ブドウ糖の添加と溶液中電解質濃度の調整をお願いします」
<パイロット、ブリッジ。了解。主機関、メンテナンスモードに入る。頑張ったな、お嬢ちゃん>
そして、ブッと言う雑音が一瞬流れて、通信は終了した。
「よくやったな。疲れたろう。しばらく座ってなさい」
老パイロットは、優しく茉莉香を見つめると、椅子を薦めた。
「ありがとうございます。ふぅ、短いとはいえ、やっぱり『ジャンプ』は疲れますね。緊張もするし。……ああ、まだ、ドキドキいってる」
初めての独力での『ジャンプ』成功で、茉莉香は少し興奮していた。
この調子で『ジャンプ』を経験していけば、やがて一人前のパイロットになるだろう。老人はそう思っていた。
ギャラクシー77の皆がそうして一息ついたところに、突然、非常警報が鳴った。
「えっ、何なに。どうしたの?」
茉莉香は驚いた。もしかして、自分の操船に何か問題があったのだろうか? 自分に落ち度があって、緊急事態になったのではないか? と、自責の念が彼女を襲った。
「落ち着きなさい。ESPエンジンに、再度、同調するのじゃ。……これは、なんと! ESPエンジンの危険予知システムが起動している」
老人がESPエンジンに同調したと同時に、コンソールが着信を告げた。
<パイロット、ブリッジ。どうした? 緊急警報が鳴ったぞ。何があった?>
「ブリッジ、パイロット。危険予知システムが反応した。すぐ近くに、何かが出現している。警戒を厳に」
<パイロット、ブリッジ。『何か』とは何だ。デプリの見落としか?>
老人がモニタをいち早く操作し、状況を確認しようとした。
すると、雑音に混じって、何者かが通信をしてくるのが分かった。
「ブリッジ、パイロット。超空間通信が入っている。何者かが、我々にアクセスしようとしているようじゃ」
<パイロット、ブリッジ。確認した。レーダーに感。2時の方向、仰角4.2度、距離80光秒に大型の質量が出現。一体何だ?>
ブリッジからの疑問に、老パイロットが応えた。
「ブリッジ、パイロット。何者かが、この宙域に『ジャンプ・アウト』してきたようじゃ」
<何者かが『ジャンプ・アウト』? 我々の他に、ESPエンジンを搭載した船舶は存在していないのじゃなかったのか?>
その時、突然に回線が繋がった。ノイズの混じった、不明瞭な通信であった。
<わ、……れ、われは、……宇宙海賊……れは船長のシャーロットだ。武装解除と服従を要求す……れわれ……海賊シャーロット……>
「な、何、何でぇ。宇宙海賊なんて……」
茉莉香は青褪めた顔で、老人を振り返った。
「ブリッジ、パイロット。聞いたか? 宇宙海賊の襲来じゃ。直ちに警戒態勢を」
<何だって? 宇宙海賊! そんな奴らがESPエンジンを持っているのか?>
「いや、違うな。エスパーじゃ。強力なエスパーが、船ごとテレポートしてきたのじゃ。これは……、手強いぞ」
<ブリッジ、了解した。直ちに警戒態勢に入る>
「せ、先輩……。あたし達どうなるの? 海賊なんかを相手にして、大丈夫なのかしら」
茉莉香は両腕で肩を抱くと、その場にしゃがみこんでしまった。無理もない。宇宙海賊に襲われた経験など、ここ数十年無かったのだ。
「心配はいらんょ、お嬢ちゃん。椅子に座りなさい。そして、わしのやり方をよぉく見ておくんじゃ。次に襲われた時のためにの」
老パイロットはそう言うと、ESPエンジンと同調する為に再び集中し始めた。
その頃、船のブリッジは混乱していた。
「船長、海賊船、捉えました」
「よし、メインパネルに投影」
「了解」
ブリッジ正面のパネルに現れたのは、巨大な岩塊であった。きっと、豊富な資源を内包する小惑星をくり抜いて宇宙船に改造したのだろう。岩塊のそこここには、人工物と思われる設備がくっついていた。更に、突き出たポールには巨大な旗がひらめいていた。ドクロのマークを描いたそれは、海賊旗であった。
「画像パターン照合……出ました。指名手配書、ナンバー086。『宇宙海賊シャーロットとその一味』です」
「何、シャーロット! と言う事は、第三十二太陽系で投獄されていた彼か。もし本当なら手強いぞ。……通信士、地球と本船近傍の植民星へ超空間通信。『我、宇宙海賊シャーロットと遭遇せり』。船内に戒厳令を。緊急即時退避となせ」
船長の判断は早かった。敵味方とも『ジャンプ』直後である。こちらは『ショート・ジャンプ』であった分、回復は早い筈だ。彼は、時間を稼いで『ロング・ジャンプ』で逃げ切る作戦を考えていた。
「機関室、ブリッジ。補助機関、出力上げ。両舷取り舵強速」
<両舷取り舵強速>
ギャラクシー77は、未曾有の宇宙海賊を相手に、回避行動に入りつつあった。