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幸せな夫婦
作:坂田火魯志



第二章


「ゆっくりとな」
「静江ちゃん静江ちゃん」
 しかし芳香はここで静江に直接言ってきた。
「どうしたん?」
「明日からやないで。今日からやん」
「あっ、そうやった」
 それを突っ込まれて笑う。おっとりとした調子であった。
「そやったな。忘れてもうてたわ」
「そこもやるとええんよ」
 すぐにアドバイスを入れてきた。
「思い立ったが吉日やで」
 これもまた秘訣だった。芳香はそういうこともわかっていたのだ。
「じゃあしっかりやりや」
「わかったで」
 静江はにこりと笑って彼女に応える。
「そしたら今日から」
「うん」
「おおきにな。感謝するで」
「ええって。こんなんは」
 笑ってそう返す。完全に幼馴染み同士の顔になっていた。
「お互い様やで」
「お互い様なん」
「そや。そやから気にせんとき」
 そのにこやかな顔で返す。
「折角今も生きてるんやしな」
 空襲のことだ。この辺りも爆撃を受けているのだ。戦争の記憶がまだ人々の心に残っている、そんな時代だったのだ。復興はしたがその名残も残っていたのだ。
「楽しくいかな」
「相変わらずやね、よしちゃんは」
 幼い頃の仇名で彼女を呼んだ。
「そういうとこは」
「そやろか」
「そやで。旦那さんも大事にしや」
 静江は笑ってこう声をかけてきた。
「そうしたらええことあるからな」
「ええことなんか何時でもあるで」
 また笑って言う。
「毎日な。何かあるもんやで」
 これも彼女の考えだった。かなり前向きなのでこうした考えができるのだ。何かにつけてできているのが芳香という女性であったのだ。
「そやからな」
「そか。じゃあ楽しくいけばええな」
「そうそう。ほな今から」
「買い物やな」
 ちらりと芳香の手にある麻の買い物籠を見る。今ではなくなったものだ。こうしたものも時代と共になくなった。それを懐かしむか時代の発展と見るかはそれぞれであるが。
「今日は鰯しよ思うねん」
「メザシやな」
「それかたいてな」
 煮るということだ。関西ではこう表現したりする。
「たいたら男の人食べへんのちゃうん?」
 静江はふとそれを問うた。どういうわけか煮魚というものを嫌う男は多い。煮魚は煮魚で美味いものであるが。
「それも工夫やねん」
「工夫なん」
「うちの人の舌はわかってるさかい」
 笑って述べる。
「そやから」
「それ後でうちにも教えてな」
 静江は彼女が何をするのかはわからなかった。しかしそれを後で知りたいと思いこう言ったのだ。
「ええで。ほな一緒に行く?」
「一緒に?」
「一緒に行ったらついでに教えられるやん。だから」
「じゃあ商店街まで一緒やな」
「そこでごぼ天安かったらそれも買うて」
 これも関西ではポピュラーな食べ物だ。南海線のすぐ側にある商店街によく売られている。二人はその商店街に行くつもりなのだ。やけに細長く何処までも続く商店街でかつては闇市であった。
「それでおかず二つ」
「あとはお味噌汁。そこにお漬物があるから豪勢やね」
「安くしてもご馳走はでけるねん」
 真理であった。
「それをやりくりするのがまた楽しくてや」
「ほんま凄いわ、そういうのって」
 静江はまたしても感嘆の言葉を漏らす。芳香のそのやり繰りに感服しているのだ。







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