迷血の穴PDFで表示縦書き表示RDF


それほど怖くは、ない。
迷血の穴
作:ANOIA


    ↑◇↓


 ザッ……ザリッ―

 自分の呼吸と,砂が擦れる音が耳に付く。
 体が熱い。

 ―ザリッ……ザグッ……ザッ―

 俺はひたすら穴を掘っていた。
 必要なのは大きい穴。
 人一人が簡単に入ってしまうような、大きな穴。

 ―ザッ……ザ、ガッ―

 大きな石にぶつかって、スコップが止まる。
 痺れた手が固まる。
 俺は、そこで休んだ。

「………………」

 吐く息が熱い。全身汗まみれで、服は汗びっしょりだった。
 そんなことに、手を止めてはじめて気が付いた。
 それほど集中していたのだろうか。
 早く穴を掘らなければいけない。
 夜明けまでに、『それ』が入ってしまうような大きな穴を。

 ―ザッ……ザリ―

 俺は、また穴を掘り始めた。
 『それ』が埋まってしまうくらいの、大きな穴を。


    ↑○↓


「君が、イトウさんと最後に会った人なんだね」

 俺は多分そうです、と頷いた。
 目の前の刑事と呼ばれる人種は、睨み付けるでも微笑むでもなく、ただ俺を憮然と見ていた。

「それは、何時ごろ?」

 六時半ごろです、そう返した。
 一昨日は暗くて、六時半には空はもう真っ黒だった。

「何で、その時間だって分かったんだい?」

 それは教室には時計があったからで、それを見て帰ろうかと話し合った旨を伝えた。

「で、その後一緒に帰ったのかい? それは、どこまで?」

 そこで、ユキは用事があるからと俺と校門で別れた。

「じゃ、校門で別れて、それで終わりかい?」

 俺は刑事の言葉に頷いた。
 俺が話せるのは、そんなことだけだった。
 イトウユキが行方不明になった理由は、俺には話すことができない。

「そうか、ありがとう。では、授業に戻っていいよ」

 俺は学校の応接室のソファから立ち上がり、一礼して部屋を出た。
 刑事は、もう俺を見ていなかった。

「そうだ、一番聞かなければいけないことがあるんだ」

 その言葉に俺は足を止めて、顔だけ刑事を振り返った。
 嫌な予感がした。

「あー、君たちは、二人きりの教室で何をしていたんだ?」

 どうしてもかと視線で訴えると、刑事の目は真直ぐに俺を睨み返してきた。
 俺は諦めて、口を動かした。

「は、青春だな。今時教室で告白だなんて」

 刑事はおかしそうに、むしろ楽しそうに言葉を口にした。
 それが、酷く癇に障った。

「……不謹慎だな。まぁいい、もういっていいぞ」

 俺は、荒々しく応接間の扉を閉めた。


    ↑◇↓


「聞き込みされたんだって?」

 レンはそう、控えめに話しかけてきた。
 俺は小さく頷いて、レンに答えた。

「そうだよね。行方不明なんて、気になるよね」

 俺はため息を吐いて机に突っ伏した。
 昼休み。なのに食欲など無かった。

「昼飯、どこで食べる?」

 レンの言葉に首を横に振り、俺は否定を表した。

「そう……」

「ねぇ、カオル。ちょっといいかな?」

 俺を呼んだのはレンではなかった。同じクラスの、ユキの友達だった人だ。
 名前は忘れてしまった。
 話したことも覚えてないし、話しかけられたのはこれで初めてだった。

「その、ユキについてなんだけど」

 その子は声を潜めてそう言った。
 レンは俺に目配せすると、ゆっくりと俺の席を離れようとする。

「別にいいよ、そんな大した話じゃないから」

 レンは俺を見て、俺が頷くと腰を下ろした。
 俺は用件を聞こうと、その子を急かした。

「うん、ユキね。あの子、カオルのこと好きだって言ってたから」

 ケイコは言葉を切って、自分の言った言葉をかみ締めるように間を空けた。

「あの子が行方不明になるなんておかしいんだよ」

 その子もユキのことが心配なのか、悲しそうに目を伏せている。
 俺は言葉も無く、その女の子の言葉に耳を傾けた。

「だから、あの子が帰って来るのを待っててあげてね。ユキには、カオルが必要なんだから」

 女の子はそれだけ言うと、挨拶だけ残して俺の机から離れた。
 ユキの顔を思い出して、俺は机に突っ伏した。
 何も聞こえないよう、見えないように感覚を閉じた。


    ↑◆↓


 ――教室。
 外は暗いので電灯はつけてある。
 本当は、もっと早い時間に来てくれと頼んだはずだった。

「ごめんなさい、遅く……なっちゃって」

 ユキは緊張した面持ちと声でそう返した。
 約束した時間から二時間、二時間経ってユキは現れた。

「怒って、るよね」

 俺は別に怒っていなかった。もともと来ないだろうと思っていたし、二時間待ったのも俺が勝手に待っていただけだった。
 俺は怒ってないと、彼女にできるだけ優しく伝えた。

「そう、なんだ。ごめん」

 ユキは訳の分からないところで謝ると、そこで口を閉ざした。
 彼女は居辛そうに、椅子に座り直したりこちらをちらちらと見ていた。
 それで、ユキが俺の言葉を待ってるのだと気が付いた。

「は、はいっ……」

 ユキは俺が声を掛けると、驚いたように目を丸めた。

「あの、それで……話って」

 俺は覚悟を決めた。
 例えもしふられても、諦める事だってできる。
 だから、一度限りの告白だ。
 たった一回の勇気を、そこで使えばいい。


    ↑◇↓


 帰りの足取りは重い。
 今日は部活があったが出る気はなかった。もとより、部活なんて、俺にはできない。
 陸上に出たって、俺なんかはいい記録を出せはしない。

「カオル、一緒に帰ろう」

 俺はゆっくり頷いて、レンの隣で歩調を合わせる。
 なんていうのか、俺は今日あったことすら覚えていなかった。
 どうしても、彼女のことが気になって。

「どうしたの?」

 俺は、いつの間にか桜の林を眺めていた。
 この学校の敷地の外れにある、桜が綺麗に萌え咲く一帯だ。
 三月の今、少し早めに桜は咲いていた。
 綺麗な紅に、桜は毒々しく咲く。

「今年も、綺麗に咲いたね」

 なぜか、この学校の桜はとても赤い。
 それが、無性に気になった。

「何で、ここの桜はあんなに紅いんだろうね」

 わからない、と、俺は首を横に振った。
 俺は、その場に留まりたい気持ちを抑え、ゆっくりと歩き出した。


    ↑◆↓


「あの、それって……本当?」

 ユキは不安そうに、先ず俺の言葉を疑った。
 俺は首を振って否定する。
 俺はユキが好きだ。
 ただ、それを言葉に乗せただけ。

「失礼な、話だけど。罰ゲームとかじゃ、ない、よね?」

 それでも、ユキはしつこいまでに確認してきた。
 何度も、何度も。
 沸いてくる不安を打ち消すように。

「あは、本当……なんだ」

 ユキは自分の言葉を噛み締めるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「あれ、嬉しいのに、泣いちゃいそうだよ」

 手近な机に手をかけて、ユキはその折れてしまいそうな体を支える。
 俺は彼女の問いだけに答え、じっと待っていた。
 ユキの答えを、じっと。
 そこには、期待も不安もない。
 俺は、ただこの時をじっと待っていた。

「カオルくんが告白、してくれるかもって、ちょっとは思ったけど、そんなのないって諦めてたのに」

 ユキは、涙声でそうつぶやいた。

「私、告白する勇気なんて、なかったから……」

 涙を押さえ込み微笑みながら、彼女は言う。
 その笑顔がとっても尊くて、俺は言葉を失った。

「だから、カオルくんと、その、お付き合いできるなんて、嬉しすぎるよ」

 ユキの頬は赤い。
 照れているのか、恥ずかしいのか、それとも涙の跡か。
 その赤さが愛しくて。
 その人が好きで。

「……私も、カオルくんが好きです」

 その言葉が、嬉しかった。


    ↑◇↓


 次の日、俺はまた昨日と同じ学校の応接間に呼ばれていた。
 そこには、昨日と同じ刑事ともう一人、ほかの刑事がいた。

「またすまないな。いろいろと、分かったことがあってね」

 刑事の態度は昨日とは違う、刺々しいものだった。
 雰囲気だけで他人を威圧する。
 まさに、刑事としての風格だった。

「君が待ち合わせしていた教室の真下の茂み、そこで血痕が見つかった」

 刑事は犯人に証拠を突きつけるように、テーブルに数枚の写真を出した。
 それは、地面に血だけが写った写真。
 地面、壁、茂みに跡として残っている血の写真。

「検察の結果。イトウユキと同じ血液型で、彼女のものと思われる髪の毛も採取した」

 そこの場所は、見覚えがある。
 丁度学校の裏側で、茂みが多く本当に何もない。
 そのため、誰も行かない。
 そこは、誰も行かない学校の死角にあたる場所だった。

「発見されたものだ、もう血は落とされているがな。校長の意向で、生徒に知らせることは本来は許されていないのだが」

 刑事は苦々しげに吐き捨て、その写真群を睨みつける。

「イトウユキと思われる人物は、死んでいると見て間違いない」

 俺は無表情に目を閉じて、唇を噛んだ。

「ん、意外じゃなさそうだな」

 俺は刑事の言葉に首を横に振った。
 両手を両膝につき、何とか体を持ち上げて刑事の話を聞く。

「余裕そうだな、いくら大病院の跡取り息子だからって、警察は優しくならんしな」

 刑事は一度覚悟を決めたように口を閉じ。
 そして、その言葉とともに息を吐き出した。

「単刀直入に聞こう。お前が、イトウユキを突き落としたのか?」


    ↑◆↓


 子供の頃。
 飼っていた犬が死んだ。
 悲しくて、悲しくて。
 どうしようもなかった。

「埋めてあげなさい」

 お母さんは言った。
 俺は何でそんなことするのかって聞いた。
 そんなことをしたら、もうその犬と二度と会えないのに。
 俺は、いやだと答えた。

「カオル、生き物っていうのはね、必ず死ぬの」

 母さんは、優しく諭すように言葉を紡いだ。
 俺は激しく首を振った。
 だって、その犬は死んだだけで、まだそこにいたのだから。

「生き物はみんな死んじゃうの。お母さんも、いつかはカオルも」

 俺は、泣きながらも母さんの話を聞いていた。
 けれど、耳に残る言葉は難しくて。
 子供の俺は、その意味が理解できなかった。

「生き物はね。死んでから、また生きるの」

 母さんの言葉は優しかった。

「生き物は死んだ後、また新しい生き物になって生まれ変わるの」

 俺は泣いている。

「でもね、元の体は新しく生きるには邪魔なの。だから、生まれ変わりやすいように、自然に帰してあげないといけないの」

 母さんの言葉は、俺には難しくてわからない。

「だから、埋めてあげなさい。また、その子に会えるように、ね」


    ↑◇↓


 俺は、また教室で待っていた。
 あの時の、二時間遅れの教室みたいな空間。
 緊張も、不安も、そして一握りの感情すらなく、俺は開け放たれた窓辺に腰掛けていた。

 あの時の、イトウユキと同じように。

 夕日は堕ちる。
 明りは霞む。
 空気は淀む。
 夕方から、夜へと変わるとき、教室の扉が開いた。

「カオル」

 扉を空けたのは、レンだった。
 レンは暗く沈んだ表情を見せながら、俺の近くへとやってきた。
 それは、俺を待たせていた人物であった。

「ごめん、待たせて」

 俺ゆっくり首を振った。
 レンはそれに頷くように、ゆっくりと口を動かした。

「……どうしても、聞きたいことがあってさ」

 レンの声は、それを望んでいないように聞こえた。
 聞きたくないけど、聞かなければいけない。
 それはさながら義務感で。
 それはちっぽけな勇気で。
 痛いほど純情な思い。

「本当に、カオルはユキちゃんを殺したの?」

 それは、さっき刑事にも聞かれた言葉。
 その言葉に、俺は首を横に振った。
 俺の様子を見て、レンは悲しそうに目を伏せた。

「なんだよ。なんだよ、それ」

 レンの言葉は痛かった。
 その言葉を聴いて痛くなるのは俺と、そしてレンだった。

「何で殺したんだよ! 何で、何で彼女を殺したんだよ!!」

 レンは叫ぶ。
 この世が終わってしまったかのように。
 この世の終わりを、絶望に叫ぶ。

「ユキちゃんは、ユキはお前が好きだったんだ」

 俺はわかっていると、つい声を荒げた。

「じゃあ何でだよ! ユキは、ユキは僕なんかが告白しても見向きもしないくらいお前が好きだったのに!」

 それは、レンの告白。
 レンの、伝わらなかった思い。
 そうか、レンもユキのことが好きだったのか。

「噂ってさ、すぐ広まるからさ。でも、信憑性なんてなかったし、信じたくもなかった」

 レンは所々声を小さくしながら、何とか言葉を吐き出す。
 レンは、むせび泣いていた。

「でもさ、一回思っちゃうと、そうなんじゃないかって不安になるんだ! 信じたくない! だから確かめたのに! ……こんなのって、ホント、ありかよ」

 レンは泣きながら、俺の胸倉を掴んだ。
 窓辺に座っていた俺を落とそうと、強く外へ押し出そうとする。
 だが、俺もそれを許すことはできず、窓枠につかまって必死に抵抗した。

「言えよ! ユキはどこだよ! どこなんだよ!?」

 レンは強く俺の体を揺さぶる。胸倉を掴むレンの手が熱く、火傷しそうなほどに感じた。
 それでも、俺は言えないと意地を張って答えなかった。
 それが、彼女の望みだったから。

「何でだよ! お前に、お前にユキを譲った俺が間違ってた!! お前にならって、そう思って僕は彼女を諦めたのに!」

 ズルリ―、と窓枠を掴んでいた指が抜けた。
 レンの力に抵抗できず、俺は窓枠から身を落とす。
 足を掛ける暇もなく、体が反転する。
 頭は一番下に来て、足が一番上にある。
 布越しに壁にこすれる感触を覚えながら、俺の指は空気を掴んだ。
 空気を掴んでも、俺の体は落ちていく。

「カオルッ!!!」

 そこには、レンの顔があった。
 泣いていた。
 俺もあの時泣いていたから。

 《あの時》のユキは、こんな気持ちだったのだろうか。


    ↑◆↓


 危ないよ、と俺はユキに声を掛けた。
 彼女は教室の窓を開け放ち、窓辺に腰掛けていた。

「大丈夫だよ。それより、もっとお話聞かせて」

 ユキは俺の家での話を聞き強請った。
 俺の言葉一つに目を輝かせ、聞惚れるように恍惚の笑みを浮かべていた。
 だけど、俺だってユキのことが聞きたかった。
 そういって強請ると。

「あは、嬉しい、けどごめんなさい。私、カオルくんに話せるようなこと、ないから」

 物寂しげに、苦笑していた。

「カオルくんのお話の続き、聞かせて」

 彼女はそれを隠すように、少しだけ身を寄せてきた。
 それでバランスが取れなくなったのか、ユキは後ろに大きくのけぞった。

「あれ?」

 勢い余って、彼女の体が反転した。
 小さな手は窓枠を必死に掴むが、自身の体重すら支えられないほどそれは弱いものだった。

「あ、……」

 ほうけたような彼女の声。
 俺は席を立って手を伸ばすが、間に合わない。
 グルン―、と回転運動をすると、抜けるように彼女の体は落ちていく。
 右手が間に合わなかったので、俺は窓枠に飛びついて左手を伸ばした。

 指先が、ユキの体に触れる。

 指先からこぼれるように、ユキの体が離れていく。

「―――――ッ!!!」

 ユキのか細い悲鳴も耳に入れない。
 ただ俺は届くことを信じて、必死に手を伸ばした。

 ユキに届くように、必死に名前を呼んだ。


    ↑◇↓


 目が覚めた。
 脳みそをミキサーに掛けられたように、落ち着かない。
 メリーゴーランドにでも長時間乗っていたような、落ち着かない視界。
 俺は何が起こったのか、頭でゆっくり考えた。
 体を起こすと、ピチャリという音。
 手を突いたところの暖かい感覚に、俺はそれを見た。

 レンだった。

 レンが、俺の下敷きになっていた。
 ああ、そうだ。
 俺はレンの四階の教室から落とされて。
 レンは俺を庇って、飛び出して下敷きになった。

 そんなの、そんなのってありだろうか。

 彼女を庇ってここまできたのに、犯罪者と疑われてまでここまできたのに。
 その上、レンまで失うなんて。
 なんて、不出来なんだろう。
 何で、レンにユキは生きているといえなかったのだろう。

 俺はユキを殺してないと、いってやれなかったのだろう。

 何で、レンは俺なんかを庇ったんだ。

 何で、俺はユキを庇ってやれなかったんだ。


    ↑◆↓


 待合室。
 俺はじっと待っていた。
 焦り、不安。
 さまざまなものが胸の中でない交ぜになって、風船のように割れてしまいそうだ。

 ユキが落ちてから、俺は急いで彼女に応急処置を施し、実家の病院に運んだ。
 救急車を呼んでいればと思ったが、もう後の祭りだった。
 気が動転していて、ユキを助けなければって思いでいっぱいだった。
 目の前の手術中のランプが消えて、中から手術着を脱いだ父さんが出てきた。
 俺は駆け寄って、ユキの容態を強請った。

「打ち所がよかった。まだ危ないが、体力もありそうだし大丈夫だろう」

 俺は安堵した。
 彼女の命が助かるのだと、本気で安堵した。

「まぁ、私がやることになるとは思わなかったが。所で、今は安定して意識が戻っている」

 親父は優しげに、ゆっくりと微笑んだ。

「少しだけなら、話くらいさせてやれるぞ」

 俺はあふれる涙を抑えもせず、何度も頷いた。


    ↑◆↓


 手術が終わって、通された部屋には人がいた。

 誰かはわからない。
 頭は全体を包帯で覆われ。
 か細い呼吸を補助機に助けられながら、ベッドに寝かされているユキが、そこにいた。
 俺は声を掛けた。
 優しくユキ、ユキと何度も声を掛けた。

「…………」

 ユキは細い顎をゆっくり立てに揺らす。
 その姿に、俺は急に嬉しくなり。
 ユキが病人であるということも構わず、一気にまくし立てた。

 俺が、早く直して家に帰ろうねというと。

 彼女は、首を横に振った。

「かえ…た…ない」

 カエリタクナイ。
 彼女の唇は声を出さないまでも、確かにそう形作った。
 そこで、俺は父さんに腕を引かれて部屋の外に出た。
 ユキの体は細く震え、まるで助けを求めるように痛々しかった。
 俺は父さんの腕を解き、ユキに駆け寄ろうとする。
 そこで、また父さんに腕を掴まれた。

「話が、ある」

 二人で外に出て、俺は親父をにらみつけた。
 食って掛かろうとする俺を、親父は片手で制する。

「言いにくいんだが、カオル。彼女は、虐待されている」

 親父は、突拍子もないことを口走った。

「恐らく子供のときからだ。彼女の体には、いくつもの古傷と新しい虐待の傷が見られた」

 それじゃあ、ユキが家の話を出すと震えた理由は。
 家に帰ると、虐待されるから。

「でな、今の状態で虐待などされると、せっかくの私の努力が無駄になる。だから、私は彼女の一言で親を訴えられるよう、彼女を保護できるようにしたいと思う」

 俺は頷いた。
 彼女が助かるのなら、俺は何でもする。
 彼女が悲しい思いをしないのならば、何だってする。
 彼女の笑顔を見たいと、そう思っているから。

「だから、親に対しては暫く行方不明ってことにする。無論、お前もこのことを言いふらすなよ」

 父さんの言葉に、俺は深く頷いた。
 痛々しい彼女の姿は、もう見たくない。
 ユキを助けると、ユキのそばにいたいと、俺は確かに誓う。

 ユキがまた笑えるよう、俺は何も言わない。



    ↑◇↓


 ザッ……ザリッ―

 穴は深く、深く掘った。

 ―ザリッ……ザグッ……ザッ―

 俺は別れを告げるように、一回一回、ゆっくりと土を掛ける。
 そのうち、それの姿は見えなくなる。

 ―ザッ……ザ、ッ―

 汗は顔にまで及ぶ。
 まるで、涙でも流しているかのように。
 視界がぬれる。

「………………」

 さよならと、呟きながら。
 彼を埋める。

 ―ザッ……ザリ―



      ↓

 ふと、思った。

 俺はどんな理由で彼を埋めたんだったか。

 それが、思い出せなかった。


↑◆↓から先は↑○↓よりも時間軸的に過去の出来事。
↑◇↓から先は↑○↓よりも時間軸的に未来の出来事。
一回読んでみて分からなかったら、これに注意して読むと吉。

 以降、ハゲネタ(激しくネタばれの意)。

カオル父が言わなかったのは知らなかったからです。通常、行方不明者というのは届けが出てから捜査されます。ユキの場合、血痕が見つかり、そして行方不明になっているので彼女が殺されたことを前提に捜査されます。しかし、学校がイメージダウンを危惧し、表向き行方不明者の失踪という形で捜査されています。だから、普通はそんなに早く行方不明と断定されることはないんです(故にカオル父はその騒動をユキと直結して考えません。血痕があることは発表されなかったからです)。
カオル父は間違いは、「行方不明」の女の子ではなく、「虐待されて死に掛けた」女の子を保護したという意識の違いゆえです。
次にカオルクンですが、彼女が虐待されてるって知った日にゃ、親を憎みます。警察に話せば、確実に両親に連絡を取ります。つまり、彼女を親に取られます(しかも死に掛け)。カオルにとって見れば彼女は死んでいないのですから、騒ぎがそれほど重要ではなかったんです。
カオル父の口止めは、ユキを虐待から保護するための施設と、そういった資料集めのためです。また、不安定な状態で虐待していた両親と会うのは精神的に負担と考え、カオルにもっと治療の時間をくれという意味合いを持っていました。
それに、カオル父は騒動を知らず、警察がイトウユキを死亡と断定し入院患者を調べなかったのも口止めの成功原因です。
カオル父がユキに入れ込み治療を優先した理由はカオルが必死だったのと、やはり息子に悲しい思い(ユキの死亡)をさせたくない為です。













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