劇場『すぽっと』(26/36)縦書き表示RDF


劇場『すぽっと』
作:照明係



「たったひとつの銃弾が世界を変える」byヘボ


 君と並んで歩く、ぽつりぽつりと街灯が灯り始めた分かれ道までの家路。左手に立ち並ぶ民家も、右手に広がる街並みも、暖かな光を宿しながら静かに佇んでいる。広がる静寂の中で繰り返す、私たちの短いおしゃべり。陽が沈んだ空に白い筋が昇っていく。そのまま溶けるようにして風の中に消えゆく言葉たち。空には、編みこまれた濃紺の暗闇と太陽の残光とが織りなすグラデーションが広がっていた。
 あともう少し時が経てば、この空は黒く深く塗り潰されて、山際に懸かるあの三日月はもっともっと綺麗に、淡く輝くのだろう。二つの足音が奏でる、このゆったりとしたリズムを奪い去って、神秘的な冬の夜は訪れるのだ。私たちの別れの時は、また今日も刻一刻と近づいていた。
 見上げていた月を、君の声で視界の外に追い出した。そう言えばさ、今日、授業中に寝てた奴がいてさ――。飽きれた表情と声とで、君は小さなエピソードを聞かせてくれる。
「それでさ、藤岡が真似て言うんだよ、『気を付けろ。銃口はいつでもお前を狙っている』って。先生がチョークを巧く投げた後だったからさ、もうみんな大爆笑だったんだよ」
 出来るだけ伝わるように、出来るだけ楽しくなるように――しているかなんて私には分からないけれど、声のトーンを変えて、強弱をつけて、君は私には伝えてくれる。それがすごく面白くて、可笑しきて、私はついつい声を漏らして笑ってしまう。君の話は、凍える夜に小さなひまわりの花を咲かせるんだ。
 例えば、私が事前にそのことを知っていたとしても、君が話すと楽しくて新鮮に感じる。もし、それが下らなくて心底詰まらないことだったとしても、君が話せば喜劇になる。この瞬間、君と二人一緒に居られるこの時ならば、どんなことだって不思議と楽しい物語に変わってしまう。
 君が言葉を紡ぐからかな。驚いてしまうくらいに君の言葉は色鮮やかで、どれもが明るくて、暖かい素敵な色をしているんだ。君と私とを繋ぐ架け橋となってくれる。
 ただ帰り道が同じだけだったのに。あの日、私が傘を家に忘れてしまったあの雨の日から、歯車は大きな音を立てて回り始めてしまった。きっと君の話には多少なりとも誇張や嘘が隠れていて全くの真実ではないのだろうけれど、そんなこと気にならない。君といられる。そのことが何より一番嬉しいことだから。
 私はくつくつと笑いが止まらない。握った左手を、口の前に持ってきてしまう。笑う度に下がってくる髪の毛がちょっと鬱陶しい。強く瞑った瞼の端からは涙が溢れているような気がする。マフラーを巻いていてよかった。大きく広がった口角を君に見られるのは、少し恥ずかしいから。
 こうやって君と過ごす時間がずっとずっと続けば良いんだけれど。そんなこと、絶対に、起こりっこないから……。だからこの時、君と歩くこの時がとても大切で失いたくないものだから、こうやって一緒にいられることをとても幸せなことだと思うんだ。
 出来ることなら、君に伝えたい想いはあるのだけれど。
 いつの間にか着いてしまうY字路。じゃあね。バイバイ。今日もまたそう言って、私は君に手を降るんだろう。
「んじゃ」
 君の手が私の肩に触れる。また明日。そう私は呟く。
 きっと叶わぬ恋だから。出来るまで近づいたのなら、もう踏み出さない方がいいんだ。壊れてしまうことを、変わってしまうことを私はびくびく恐れていて、このままでこのままで、傷つかない傷つけない今のままでいることを望んでいる。臆病な意気地なしの恋。こんなこと、君に知られたら私は嫌われてしまうかもしれない。
 離れるぬくもりは手を振って、違う道、私の知らないところへと帰ってしまう。
「バイバイ……」
 ――本当は大好きなんだよ
 そう胸の中で囁く。遠ざかる背中に今までのように。繰り返しては、そっと心の引き出しに仕舞い込むんだ。
 私には怖くて伝えられないから。言葉の色が綺麗じゃないから。だから辛いけど、今日もこれでおしまい。何も伝えないまま、回れ右で家へと帰る。少し切ない穏やかな心を胸に、ひとり分の足音を夜空に刻んでいく。また明日。それまでの辛抱だから。
「りょこちゃん!」
 突然背後からそう呼ばれた。君の声。凪いだ心に波が立つ。振り向くと、少し離れた街灯の下で君は私を見つめていた。その姿に、ついさっき君の口から放たれた言葉を不意に思い出す。気を付けろ。銃口はいつでもお前を狙っている。
「俺さぁ、やっぱり――」
 見つめる君の表情には、絡まり続けていた糸が綺麗に解けた時のような清々しさが浮かんでいて。君は言葉を紡ぎ出す。私まで届くように。しっかりと言葉が気持ちを運んでくれるように。君は叫ぶようにして、チューブから取り出したままの色の言葉に想いをのせて私に伝えてくれたんだ。
 頬を赤らめはにかむ君は、素敵な笑顔をしていた。
 じゃあ、また明日。その後君はそう言い残して、手を振り、暗闇の中へ駆け出していった。残された私。突然のことに立ち尽くし、しばらく何も考えられなかった私。こつこつ、こつこつ。今は家へと向かっている。
「やっぱり、りょこちゃんのこと好きかも……」
 繰り返してみる君がくれたあの言葉。まっすぐ向き合ってみると、じんわり胸へと広がって、身体中の細胞が喜んでいるように感じる。何だか熱くなってくる。歩調は大きく、足が飛び跳ねそうになる。
 大切な人に好きと言われることど、こんなにも世界が変わるなんて。
 自然と綻んでしまった口元に三日月だけが気づいていた。







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