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「ハルカカナタ」byヘボ



 夜空にまん丸の月。外はかなり寒い。私はひとりベランダに出て、毛布にくるまりお月見中。手にしたマグカップから湯気を立ち上らせるコーヒーは、何だかとっても温かくて。広い街で、暗い夜にひとりぼっちの私にとっては、涙が出そうになるくらい優しかった。
 今朝、陽二は死んだ。遠い遠い異国の地で、パニックに陥る群衆を誘導していた時に、凶弾に倒れたのだそうだ。ただ現地で医療活動をしていただけなのに。傷ついた人々を、少しでも救おうと誇り高く生きていたというのに。突然始まった市街戦で、あっけなく殺されてしまった。大切な約束を果たさないままに。
 その事実を、私は今しがたのニュースで知った。
 午後六時。金色の月が輝き、空に夕食の香りが漂い始める時間帯。家路を急ぐ人々が雑踏を掻き分け、家族の下へ向かっていた頃、私はテレビを見ていた。特に何をするわけでもなく、何か差し迫った状況にあったわけでもない。平凡すぎる日常を過ごしていた。本当に平凡で、平凡すぎて今もどこかで戦争が続いているとか、今がとっても平和なんだとか、そんな当たり前のことを忘れてしまうくらいにつまらない時を過ごしていた。その報道がされるまでは。
 コーヒーを一口すする。熱くて苦い。口の中いっぱいに広がって、喉を焼いていく。
 ベランダに出てくる前、全ての電化製品の電源を落とした。部屋の明かりも、冷蔵庫も、テレビも。全部コンセントを引っこ抜いて、ブレーカーを上げてしまった。きっと今日はとっても経済的な一日になるんだろうな。ぼんやりとそんなことを考えた。
 例えば、この街においても、今こうして見上げている夜空を、他の誰かが見上げているのかもしれない。電車の中から、ホテルの窓から、寒い寒い公園の片隅から。みんな見上げているのかもしれない。そして、どこかでは誰かが人を傷つけ、傷つき合っているのだろう。
 そんな当たり前のこと。誰にでも、同じ空、繋がっている景色があること。そのことを長らく忘れていたような気がする。
 陽二は苦しまずに死ねたかな。やっぱり、悔しいって思ったのかな。もっと生きたいって。どうして、どうして、どうしてって思ったのかな。
 涙を流したのかもしれない。
 でも、死ぬなんて当たり前で。誰にだって平等に待っていて、いくら悔やんだって、どうせいつかは訪れることなんだって。そんなこと、分かってる。陽二はそれが一番近くに感じられる場所にいたんだから。いつかは誰もがこの広い空に消えていく。ただそれが早いか遅いかの違いだけなんだって。そんなこと分かってる。
 分かってるけど、それを素直に納得することが出来るのだろうか。
 夜風が吹く。冷たい空気が染み込んでくる。
 砂糖をもっと入れたらよかった。苦いコーヒーは、やっぱり陽二の舌にしか合わないんだ。薬指の指輪が、月明かりに煌めく。伝う涙は、いつか雨になるのだろう。
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