新聞部というのは、まぁ地味な部活ではある。どこの学校にも絶対にあるわけでもない。
だが、何故か明清東高校には、新聞部が二つある。どうしてだかは知らん。新聞部が二つあるなんて現実、俺にとってはどうでもいいことだし、目の前に無限に広がる現実を見ているだけで精一杯なのに、そんなどうでもいいことを気にしてる余裕なんかない。
俺たち高校生は、限りなくどこまでも続いている現実と未来を目の前にして、微塵も太刀打ちできない。ただ悩み、落ち込み、それでも希望を見出していく。
余計なことに構っている暇なんて、ない。
だから俺は新聞部が二つある事は全く気にしない。そしてたった二人しかいない明清東新聞部でだらだらと過ごしているうちに、気づけば三年生になり七月になっていた。
今も部長であり幼馴染である白井綾の書いた記事を、サインペンで上書きしている。俺は物事に関して、深く考えることをしない。全てのことにたいし考え出したらキリがないから。ただ無心に上書きをすればいい。無心だろうが気持ちを込めようが、新聞は出来上がる。
だが、白井は俺みたいな人間ではない。
「ねぇ駿。私思うんだけどさ。いや、思ってたんだけどさ」
ボリュームのある長いサラサラの黒髪をかきあげながら、白井は俺をじっと見ている。生命力に溢れたエネルギッシュな大きな瞳。いちいち丁寧な顔のパーツ。薄い唇はリップでてかり、ポテチで少し脂ぎっている。ちなみにこいつ、部室を自分の部屋だと勘違いしているらしく、ポテチやらコーヒーはもちろん、どこから持ってきたのかポットとノートパソコンとラジカセまで置いている。最近学校の味気ないカーテンが嫌だとか言い出し、部室のカーテンをピンクにすると言い出したのだが、どこまで本気なんだろう?
つーか、何を思ったんだ。自他共に認める無気力な俺と違い、白井はやる気に満ち溢れた人間だ。自分から目立つようなことはしないが、その可愛い顔と独特のオーラと、明るい性格で男子からも女子からも好かれている。好奇心はあるが、やはりそれを爆発させるようなことはしない。白井は他の高校生よりちょっと大人だ。ま、確かに大人っぽいけど、それでもまだ十七歳。その好奇心をいつも抑えているわけではない。何か変なこと考えてなけりゃいいけど。
「あのさ、なんか今日暑いじゃない?」
もう七月だからな。札幌といえども、夏は物凄く暑い。
いやしかし、何か変なことを考えているわけじゃなくて本当に良かった。
「我慢しろ。暑いものは暑いし、腹が減るものは減る。いちいち口に出すな」
「だーかーら。暑ければ涼しくなるようにすればいいし、おなかが減ったら何か食べればいいのよ」
と言って、うちわを俺に差し出した。
「おう。ありがたいね」
うちわを受け取り、あおぐ。すると、何故か白井はうちわをぶんどり、俺の頬を何度もビシビシと叩いてきた。
「止めろアホ! お前は小学生か」
「アホはアンタよ。ほら、あおぎなさい。私は部長よ。ほらほら、もっと私を敬ってこの暑苦しさから開放しなさい」
やってられん。俺は無視して上書きを続けようとした。
「ケチ……。で、私これまた思ってたんだけどさ」
「なんだよ」
「なんでうちの学校って、新聞部二つもあるのかな?」
ついに言ったな、この女。
そのことを言うのはもう、個人的にタブーである。そんなつまらん疑問、持つんじゃない。世の中疑問を持ち始めたらキリがないのだ。なんでCDから音が流れる? なんで色々な情報をパソコンに記録できる? なんで生き物は、生活しやすいような体のつくりになっている?
答えは簡単だ。そう作られているから。だが、具体的に言え、根本的なところから話せと言われたら、答えれる人間は少ない。俺たち人間は、目の前にあるもの全てを理解するなんて無理だ。どうして宇宙が出来たのか説明できる人間はいないし、それと同じように何故この学校に新聞部が二つあるのか説明できる人間はいない。
だから、いちいち気にしててもしょうがない。CDから音が流れるのを理解するには、勉強して調べたり、知っている人に聞いたりとか、エネルギーを必要とする。
俺はエネルギーを使いたくは無い。疲れるから。でも白井は違う。
「そんなもんどうでもいいだろ。一つだろうが二つだろうが、新聞部は新聞部だ」
ちなみにもう一つの新聞部は、生徒会新聞部だ。俺の新聞部はごく普通の学校新聞で、白井が面白いコラムや四コマ漫画を書いてる以外は、ごく普通の学校新聞。で、生徒会新聞部の方は、名前のとおり生徒会の視点で学校新聞を書いている。生徒会がやってるだけあって、学校の情報についてはいち早く書かれている。
うん……まぁ、どうでもいいんだよな、本当に。学校新聞なんて、そんなもんだし。
白井は両手で机をバシバシと叩きながら、わめきだした。
「どうでもいいことだから、余計気になるんだって。おかしいでしょ、ねぇ。おかしいと思うわよね? どうして新聞部が二つもあるの? ねぇなんで?」
「気にするな。どうでもいいんだから」
「だからどうでもいいから気になるんだって。バカ!」
一度こいつの好奇心が爆発したら、それを抑えるのは相当骨が折れる。
どうしたものか。白い肌は少し赤くなっている。俺があまりにも相手にしないのでムカついているのだろう。
紺色ブレザーに緑と赤のチェックのスカートという制服は、白井にとてもよく似合っている。こんなこと言うのは恥ずかしいけど、本当に綺麗な女の子だと思う。だが、短いスカートからおしげなく出している白い太ももには、何故か痛々しい擦り傷。何をしでかしたんだか……。
せっかく可愛いのに、白井はどうも男勝りなところがある。落ち着いてるようで、落ち着いてない。子供のころは、よくはしゃぎまわっていつも傷を作っていた。
頼むから、もう少し落ち着きをもって、おとなしく何も言わず新聞を書いてくれ。
「夏が終わったら、もう高校なんてすぐに終わっちゃうわよ。ねぇ、この謎なんとかしましょうよ」
「めんどい」
「よし、決まったわ。じゃあそういうことで、早速調べましょう。新聞のネタにもなるし」
めんどいと言われたのに「よし」と言うところで、もう俺に発言する権利が無いのがわかるし、じゃあそういうことでって言うところからして、この部で白井の発言は絶対だという所がわかる。
そして白井はうちわを俺に差し出し、ニコリと笑った。俺は無言で白井をあおぐ。
……俺、将来結婚したら尻にひかれんのかなぁ。
夏の夜が、俺は大好きだ。札幌は暑いといっても、夕方を過ぎれば大分涼しくなる。で、七月の頭くらいの時期なら、快適な気温にもなる。
夜のなんともいえぬ開放感。これはバカみたいな暑さから逃れられたのもあるのだろうが、それだけじゃない。
自由。そう自由だ。なんかよくわかんないけど、夜に涼しい風を浴びながら歩いていると、自由なんだと感じる。
外は薄暗い。学校からの道は、ひたすらに家が立ち並び、たまにコンビニや本屋、大型スーパーなどがひょこっと顔を出す。そして細い道を抜け国道に出たところで、白井は笑顔で言った。
「ねぇ駿。夏の曲といえばなんだろう?」
「少年時代?」
「んー。駿の個人的な話し」
「そうだなぁ。ホワイトベリーの夏祭りは外せない。で、ガーネットクロウの夏の幻だろ。あとはHYのサマーに、ザードのマイフレンドもキテるね」
「ふーん。じゃ、今度聞いてみる」
白井は携帯に今言った曲を打ち込みだした。俺の好きな曲を聴いてくれるとは……。この嬉しさといったらない。
去年の夏、俺はどんな曲を聴いていただろう。思い出そうと思えば、いくらでも思い出せる。夏の豊平川の花火大会に白井と一緒に行き、帰りの分かれ道で白井を見送った後、ヘッドホンを頭につけ、夏の幻を聞いて家に帰った。だからこの曲を聴くと、春だろうが冬だろうがどんな気持ちでいようがどこにいようが、花火と浴衣姿の可愛すぎる白井が思い浮かぶ。
今両手に抱えている大事なものを、大人になって簡単にこぼしてしまっても、この思い出だけは絶対に手から落とさない。
夏の幻、白井は気に入ってくれるかな?
国道を歩き、横道にそれてまた住宅に入る。まっすぐ国道を突き進むより、ここから住宅地を抜けた方が多少家まで近いのだ。
「ねぇ駿。今言った曲、どれか聴かせてよ」
白井は上目遣いでそう言った。薄く塗ったマスカラは、エネルギッシュな瞳によく似合っている。そして子供っぽい笑顔。心臓の鼓動が早くなるのを無視して、制服の内ポケットからデジタルプレイヤーを取り出す。ipodは興味ない。俺が興味あるのは音が良くてイコライザが多くて、なにより音響メーカーのプレイヤーだ。ヘッドホンは四千円もするやつだ。もちろん音響メーカー製。
俺は夏の幻を再生し、ヘッドホンを白井の耳にかけてやる。その時、かすかにシャンプーの匂いがした。
白井が歩くのをやめ、バス停のベンチに腰掛けたので、隣に座る。
しばらく目を閉じて聴いていたが、ゆっくりと片方のヘッドホンを外し、無言で俺の左耳にかけてきた。
この時間は俺にとって永遠だが、学校帰りに女の子と二人の空間を共有しているときのリアルな気持ちは残念ながら永遠ではないと思う。このなんともいえない満足感は、大人になるにつれ変わるのだと思う。
今が、大事。未来なんて知らない。俺は今を自分なりに強く生きたい。そして白井のために何かやってたりたい。ふとそう思った。
そうだな、白井。俺がお前のやりたいことを拒む理由なんてなにもないよな。確かに興味ないというのが本音だけど、何故うちの学校には新聞部が二つあるのか、調べてやるよ。ま、面倒くさがりの俺がどこまで本気になれるかはわからないけど。
次の日は、めちゃくちゃ暑かった。授業中寝ようとしても、顔をふせることができない。伏せると、顔がもあぁっと熱くなるのだ。
だが、起きて真面目に聞きたいと思うほど面白い授業を出来る先生は、この学校にはいない。まぁ、俺たち高校生は教師に対してハナからなにも期待しちゃいない。
俺はたいていの教師は嫌いだが、全ての教師が嫌いなわけじゃない。友達かのように接してくれる先生はいる。その先生は本当にこいつ教師かと思うほどフレンドリーで、俺が足を組んでだらしない格好で座っていると、先生は怒るのではなく、貴方良い子なのに、態度悪いと他の先生に誤解されちゃうわよと言ってくれる。俺はこの先生と出会えただけでも、この学校に入学した意味があったと思う。そう思わせてくれる先生に出会えたのだから、人生やっぱ捨てたもんじゃない。
俺は怠け者だし目立つのは好きじゃないので、特に悪い事はしないし、反抗もしない。だが、これはもう生まれつきなのか、態度が悪い。決してわざとじゃないのだが。まぁ、怠け者だから姿勢からなにまでだらしないのか。
授業中雲を眺めていると、隣の席にいる嶋崎和斗と目が合った。
こいつはなかなかのイケメンである。で、性格はしっかり者。真面目なやつだ。かといって堅いやつじゃない。真面目なときは真面目に、でも普段は結構ふざけたりと、メリハリのしっかりつけれる人。接しやすいタイプで、友達も多い。ちなみに生徒会新聞部の副部長。
「おい海藤。なにぼーっとしてんだよ」
「なにって言われても」
「まぁお前がぼーっとしてんのはいつものことか。つーかさ、今日白井さんに私の部室に集合って言われたんだけど」
俺と嶋崎の席は真ん中あたりだが、窓際で頬杖をつきながら船を漕いでいた白井が、急に目を開き、こっちをチラ見した。
和斗は小声で言った。
「白井さん何やる気なの?」
「まぁ、行けばわかる」
明清東新聞部と生徒会新聞部は、俺たちが入部するまで交流は全くなかったそうだが、白井は積極的に生徒会新聞部と交流をとろうとしている。実際、何度か生徒会新聞部と一緒に新聞を作ったことがある。
その後他愛のない雑談をし、先生に怒られてついでに頬を軽くつねられてるうちに授業は終わり、昼休みになった。
嶋崎と弁当を突きながら、ふと白井を見る。白井は女子五人と仲良く弁当を食べている。その中に野々宮玲の姿もある。
野々宮は生徒会長であり、生徒会新聞部の部長も勤めている。部員十五人となかなか大きな部活で、ちゃんと成り立っている。部員二人でお気楽にやっているうちとは大違い。
白井と目が合った。
なに? って感じで俺を見てくるので、別に? って顔をしてまた弁当を突き始めようとしたら、野々宮が大きい声で言った。
「出た! 二人お得意のアイコンタクトー」
みんなの視線がいっせいに俺と白井に集まる。またこの展開かぁ。
野々宮は嶋崎よりもかなり真面目で、ちょっと堅いところがある。だが、普段は嶋崎よりも砕けていて、真面目な生徒会長で成績優秀な人にはあまり見えない。髪はパーマでウェーブさせていて、丸顔で整った輪郭によく似合っている。
見た目は大人っぽく、そしてお嬢様っぽい雰囲気をかもし出している。つーか実際社長の娘。
「ねぇ綾ちゃん。今海藤君とどんな意志の疎通してたの?」
「違うって。駿がずっとこっち見てたから」
「綾ちゃんさぁ。イチャイチャするのは部室だけにしてよぉ」
野々宮が甲高い声で笑いながら言う。白井は「してないし!」と言いながら手に持っていたポッキーを野々宮の口に思い切り突っ込んだ。
もう一人の女子が「え、綾ってやっぱり部室で海藤といちゃいちゃしてるんだぁ」と言うと、白井はバカ! と叫んでポッキーをこちらに投げてきた。
が、ポッキーは嶋崎のおでこに命中し、そのあまりに理不尽な出来事になすすべなく、嶋崎はちびちびとポッキーをかじった。
そんなこんなで、放課後に俺、白井、野々宮、嶋崎の四人で集まった。
白井はどうして新聞部が二つあるのか、という謎を解明するためにこれから色々と調べ、それを新聞の記事にして特別号を作ることを提案した。
野々宮と嶋崎は、あっさりオーケー。
「でも綾ちゃん。どうやって調べるの?」
白井はその質問をされると、固まった。
「お前、何も考えてなかっただろ」
「う、うるさいなぁ。そ、そうだ。バックナンバーよ。ほら、アンタたち二人、さっそく資料室か図書室で調べてきなさい」
「ちょっと待て。お前ら女子はやらないのか」
「いや、私達は心霊特集をやらなきゃダメだから」
どうせ特別号をやるなら、もっと何かやろうということで、最近学校で噂になっている心霊スポットについての記事を書くことになったらしい。
ついため息が出る。俺たち新聞部部員は、全員でそういう学校新聞っぽいことに力を注いだ方がいいのではないか? いやいや、白井がやりたいと言っているのだから、出来るかぎりのことはしようと決めたのだ。どっちにしてももう事態は手遅れだし。
俺と嶋崎は部室を出て、資料室に向かった。
資料室には莫大な本やプリントが置いてある。ここからバックナンバーを探すのは、かなり疲れるだろう。ていうかうちの新聞部は四十年も続いているのだ。それなりの覚悟がいる。
「なぁ海藤。バックナンバー見ただけでわかるのか?」
もっともな疑問。
「知らん。つーか、疑問を持つな。そんなこと言い出したら、そもそも新聞部が二つある謎を解くことすら大きな疑問になるぞ。つーか、まずそんなに謎でもないと思うし」
「身も蓋もないなぁ」
全くだ。
しばらく無言でプリントの山を崩し、バックナンバーを探していると、部屋の奥にある棚からお互いの新聞部のバックナンバーを見つけ出した。
さっそく二人で覗き込んでみると、どうやら過去十年間のものがあるらしい。
だが、特に変わりはない。時には白井のやっているように漫画やコラムが載ってる年もあれば、かなり雑な新聞の時もある。でも基本的な内容はどの年も特に変わってない。まぁ、学校新聞なんてそんなもんだろ。
「さて、と。なぁ海藤。さっそくもう何も出来なくなったけど、どうする?」
「どうするって……。とりあえず、手ぶらで帰っても白井キレるだろうから、幾つか持って帰ろうぜ」
ということで、心細い戦利品を手に、部室に戻った。
ポットで湯をわかし、ドリップコーヒーを飲みながら記事を書いてる白井と野々宮にバックナンバーを見せる。
白井と野々宮も、俺たちと同じような反応だった。どちらの部の新聞も、基本的な内容は変わらない。デザインなど、細かいところでスタイルは違えど、やはりどちらも今とほとんど同じ学校新聞だ。明清東新聞は、学校での出来事中心の内容、生徒会新聞部は、学校の情報が中心の内容。
その基本的な部分はきちんと受け継がれている。謎もなにもないと俺は思う。
だが、白井は違うようだ。
「謎だわ」
「なんで」
「どうしてここまで完璧に基本的な内容が受け継がれているのかしら」
「そんなもんじゃないのか? 部活って。つーか、たかが新聞だし」
「私が言いたいのはね、なんていうか、ほら。どうして二つの新聞があるのかもそうだけど、やっぱりどうして二つ出来たか、っていうところが謎なのよ」
それはまぁ、もっともな意見である。
同時に出来たのか? それともどちらかが最初に出来たのか?
もし同時じゃなかったとしたら、じゃあどうしてわざわざ二つ目の新聞部を作った?
野々宮が、暑くてイライラしているのか髪をかきむしり、うちわであおぎながら言った。
「生徒会新聞部は、私が一年の時はよく先輩達がうちは三十年ちょい続いてるって教えてくれたわ」
「三十年……。私達の方は四十年って先生に聞いたわ」
ちなみに、明清東新聞部は、白井と俺が入るまでは部員ゼロで廃部寸前であった。
まぁ今の話しだと、とりあえずうちのほうが初代だと考えるのがもちろん自然だろう。まぁ、その先輩や先生の話しに信憑性を持てるかといえば、答えはノーだが。
「まぁとりあえず、先に出来たのは多分白井たちの方で、バックナンバーには手がかり無し、と」
そう嶋崎がまとめた。ていうか、最後の白井と野々宮の一言で今日の全てが終わったじゃないか。俺たちの努力はなんだったんだ。
今日はこれで解散となった。まだ時間は五時を少しまわったところ。外はまだまだ明るい。
白井と今日も一緒に帰る。もしも俺たちが同じ部活に入っていなかったら、一緒に帰っていただろうか? 部活が無い日、俺と白井が一緒に帰ることはあまり無い。
小学生のころは毎日帰っていた記憶がある。で、中学になってからなんか恥ずかしくて、俺は少し白井を避けるようになっていた。ずっと綾と呼んでいたのに、白井と呼ぶようになったのは、中一か中二の頃だったかなぁ。
お互いの家の分かれ道まで来たところで、白井が思い出したように言った。
「あ、そうだ。前かしたCD返してよ」
「ん? あー。物凄い勢いで忘れてたよ。つーか、ついでに飯食ってくか?」
「いいの? じゃあ久しぶりにお邪魔しようかな」
ということで、白井を家に招きいれた。
晩御飯まで時間はまだあるので、部屋でのんびりすることになったのだが、白井は落ち着き無く部屋をあさり始める。学校では比較的落ち着いていてクールにも見られるが、嶋崎ポッキー事件のように、一度興奮しだしたら止まらない。そう、落ち着きあるように見えるけど、もともと昔は落ち着きの無い子供だったのだ。落ち着きの無い子供が、いきなりいつでも落ち着いた高校生にはなれないのだ。
「ていうか私、男子の部屋って駿の部屋しか見たことないのよねー」
と言いながら、白井は好き勝手に物色していく。
暑苦しいので扇風機をつけ、窓を開ける。夜風が部屋に入り込んできて、心地良い。
白井は物色に飽きると、行儀よく正座をし、太ももに手を置く。
「ねぇ駿。私花火がしたい」
「お前はほんっといつも唐突だな。花火をやるのはもちろん良いけどさ」
「唐突っていうか、夏になったらやっぱ花火したくなるじゃない」
そんな話しをしていると、外からロケット花火の音がした。どこでやっているかはわからないが、人が花火をやっていると、なんかむしょうに羨ましくなる。
花火、やりたくなってきたな。
「ね、玲ちゃんと嶋崎君も誘って今度やろうよ。私ね、ロケット花火手に持って走り回るのが好きなの」
「頼むから人に向かって走らないでくれよ」
……話しが途絶えた。毎日一緒にいるとさすがに話題が尽きてくる。えーと、何話そうか。前貸したゲームの話しは……。今日帰る途中したな。昨日のテレビの話しは部活中にした。最近付き合いだしたあいつの話しは二日前にした。
さてどうしようと考えていると、白井と目が合う。女の子と二人で話していると、かなりの確率で一度か二度はこうして見詰め合うシーンになる。
白井は上目遣いで俺を見て、何故か困った顔で舌を出して笑った。可愛すぎてノックアウトされそうになったが、耐える。
「し、しし白井」
「何噛んでんの?」
「あのさ、新聞部の方、どうするんだ? 手がかりなんてないけど」
すると、白井はニヤリと笑い、床に転がっていたスナック菓子の袋を勝手に開けてひとつ食べて言った。
「それなんだけどね、名案があるわ」
「名案?」
「旧校舎で探してみるのよ!」
別に名案でもねぇな。
明清東高校は、二十年くらい前に今の新校舎が出来た。旧校舎は学校からチャリで二十分くらい走らせたところにある、小さな山の近くに存在する。なんでかしらんが、潰されず残っている。
ん、いや、待てよ。旧校舎といえば……。
なるほど。確かに名案といえば名案だ。
「旧校舎って、例の心霊特集で書いてる心霊スポットだったよな?」
「そうよ! 私は玲ちゃんから聞いたんだけどね、出るんだってさ。ま、そういう幽霊の噂ってほんどバカバカしいし子供っぽいけど、噂結構広まってるからね。その場所に行って写真撮って記事書くだけで、結構皆興味持って見てくれるのよ」
真面目なようで、どこか真面目じゃない。
まぁ一石二鳥といえば一石二鳥か。
いやしかし、さすがに旧校舎に乗り込んでまで調べるとなると、さすがにめんどうだな。それに資料なんて残ってるのか?
だがもう後には引けない。夏休み前だってのに、なんか忙しくなりそうだ。でも、嫌じゃない。何もない退屈な日々を送るよりはマシかもしれない。
俺は退屈な日々を好む人間だったが、高校に入り白井に誘われ新聞部入ってから、少しずつそうでもなくなってきた。
結構充実した毎日を送っていると思う。
でも最近、なんだか心の中にスッポリと穴が開いている気がする。ハッキリとした理由はわからない。決まらない進路に対する不安とか、ささいな友達との言い合いなども理由といえば理由なんだろうけど、それはまた違うと思う。
特に、夜一人過ごしている時間は、なんだかむなしいというかやりきれないというか、女々しいが寂しいと思う時がある。そしてふいに、どしんと黒いわだかまりが心にのしかかってくる。
なんなんだろうか? 白井とこうして話しているときは、別に大丈夫なんだけど。
もどかしい。白井が帰ったら、またよくわからないもどかしさ、やりきれなさに襲われるのだろうか。
やりきれない。何故、やりきれない? なにがやりきれない? わからない。
また沈黙が流れそうになった時、リビングから「綾ちゃんご飯できたよー」という親の声が聞こえた。食卓にいくと、白井のご飯を急に作ったためか、俺の分がガッツリ減らされていたので、ご飯を三回おかわりした。
飯を食べ終え、家の前まで見送る。「ありがとね」と笑顔で言って白井は手をふった。まだ、帰って欲しくない。
「送るよ」
「いや、送られる距離じゃないし」
と言いながらも、俺の腕をつかみ小走りで突き進む。
「どうした?」
家から離れると、白井はスカートのポケットから小さくて可愛らしいクッキーの包みを取り出した。
「渡すの忘れてた。これ、あげる。昨日作ったの」
なんたる感動。今日は良い日だなぁ。
受け取ろうとすると、何故か白井はおもむろに袋を開けた。
「口開けて」
「へ?」
「だから早く口開けて。恥ずかしいじゃない!」
おとなしく従って口を開けると、白井はクッキーを一枚俺の口に放り込み、顔を真っ赤にして物凄い勢いで走り去って行った。
「……ていうか、クッキーの袋そのまま持って帰るなよなぁ」
翌日、またうちの部室に四人で集まっていた。白井が明日の土曜日の夜、旧校舎に侵入して、新聞用の写真を撮る。そして旧校舎で資料を探す。ということを手短に説明した。
「それはいいんだけど綾ちゃん。どうやって侵入するの?」
白井は固まった。やはり何も考えていなかったのだ。なんていうか、白井は現実主義者だけど、一度はしゃぎだすと現実的な思考をなくしてしまう。そこがまだまだ子供っぽいところだなぁ。ってのは深く考えすぎか。
一方、野々宮も現実主義者だな。それに自分の考えは絶対に揺らがない。だからといってつまらない女でもない。現実的に云々と言いつつ、現実現実と言い続けてもつまらないことはわかっていて、突拍子もないことにも意外に賛成したりする。臨機応変な性格をしているのだ。
パッと見、ちょいキツイ見た目で、お堅い雰囲気があるので誤解されがちだけどね。付き合ってみたら意外と良い人だったっていうやつだ。実際、俺と白井は最初野々宮と仲が悪かったし、白井と野々宮は長い間苗字をさん付けで読んでいた。
嶋崎は現実をしっかりと見つめているが、理想を強く求めるタイプだ。俺は理想なんてほとんど持たない人間だけど、白井みたいな積極的な人とか、嶋崎のように理想を見ていながらも、現実と将来についてしっかり考えている人間を見ていると、それが物凄く人間らしいなと尊敬する。俺も白井みたいに積極的になったり、ちょっとは理想を見てみた方がいいのではないか。いいや、良いに決まってる。その方が面白いし、人間らしい。
で、現実を突きつけられた白井は、ひるまなかった。
「大丈夫よ。なんとかなる。私、中学時代一度香蓮中に侵入したことあるから」
香蓮中学。俺と白井と嶋崎の出身中学。つーかお前そんな事してたのかよ。
「そうは言ってもね綾ちゃん。今回は使われていない旧校舎よ。どうするの?」
「窓割って入ればいいんじゃね?」
と、真顔で嶋崎が言った。
そんなことやっていいわけないだろ。いくら使っていない旧校舎といえ。なるべくおとなしいやり方で入るのにこしたことはないだろう。
「うーん。まぁそれでもいいかもね」
「それが一番手っ取り早いかな。ねぇ駿?」
デストロイヤー三人組みは、嶋崎の意見をあっさり呑んだ。
みんながそう言うならもうそれでもいいけど、俺あんまりそういう大胆な行動好きじゃないんだよなぁ。
ていうかなにも窓割らなくても、どうせ古びててあちこちガタが来てるだろうし、入れそうな隙間見つけるとか、もうちょっとさぁ。とか考えていると、野々宮が声を少し高くして言った。
「いや、待って綾ちゃん。窓割るなんて、女の子らしくないわ」
お、いいぞ野々宮! もっと言え!
「じゃあ駿と嶋崎君にやらせればいいじゃない」
「あぁ、そうね」
俺の期待感を返せ。
いや待て。ここで何も言わなくていいのか。俺はいつも言いたい事を言わずにしている。それでいろいろと後悔したこともある。積極性。そうだ、積極性。別にここで俺が何かを言おうが言わなかろうが、別に大した問題ではない。まず話しそのものから特別大きな話題ではない。
でも、そういう問題じゃない気がする。ちょっとは自分の意見を言ってもいいんじゃないか。いや、言ってみるべきだ。
「待てよ。旧校舎といえど、窓を割るってのはちょっと野蛮じゃないか」
「わかってるわよー。ていうか八割冗談に決まってるじゃない」
「って二割本気かよ!」
「ま、まぁね。でも駿がそこまで言うんなら、八割じゃなくて十割冗談にするわよ。確かに、最後の手段にしても、窓割るのは気がひけるしね。私もさすがにそこまでして侵入しようとは思わないわ」
言って良かった。
ここでとりあえずこの話しは終わり、野々宮と嶋崎は部室に戻った。あいつらの部室には十人ちょいの部員が待っている。
だが、我が部は俺たち二人しかいない。なんとも寂しいものだ。とは思わない。白井と二人きりの空間をいつまでも邪魔されてたまるか。
つーか、二人?
「なぁ白井。今ふと思ったんだけど」
「なに?」
「俺たち卒業したら、この部活どうなるんだ?」
白井は「あ」と言い、また固まった。
これまた何も考えていなかったみたいだ。いや、これに関しては俺もだけど。
俺たちが卒業したあと、新部員は入るのだろうか? 微妙なところである。
「そうね。今のうちに新部員何人か入れるべきよね。手遅れになる前に」
心霊スポットの訪問に、謎解き。やるべきことは他に色々とある。だが、我々高校生ほど、ムダなことに力を注げる人間はいない。それにムダなことを楽しむ心と時間を持った人間も、やはり俺たち学生だけなのだ。
今のうちに、ムダでもくだらなくても、面白いこと、やりたいことをやった方がいい。大人になったらもちろん子供の心は忘れ、今よりもずーっと冷めてしまうだろうし。
進路や人間関係で悩んでいた高校時代を、大人になった時の俺はガキだったなぁと笑うかもしれない。だが、友達との思い出や、白井との思い出、大人から見ればどうでもいいと思うような悩みなどは、絶対に笑わないと思う。ていうか笑うような大人になりたくない。
まぁ、旧校舎侵入も良き思い出になるだろう。……なるのかな?
翌日、土曜日。旧校舎侵入は夜九時。で、集まったのが七時。
何故かと言うと、白井が花火をやってからにしようと言い出したからだ。
十八軒緑公園はなかなか大きい公園だ。奥には森が続いている。周りには住宅地がずらっと立ち並んでいて、近くにコンビニが一軒と穴場的な喫茶店がある。ここから更に自転車を十分ほど走らせたところに旧校舎がある。
四人集まり、買ってきた花火を開封する。
白井は黒色のワンピースで、胸元がかなり広い。かがんだりすると、正直目のやり場に困る。頭には白色のカチューシャ。そして色とりどりのオシャレなサンダル。
野々宮はお嬢様的雰囲気を漂わせる格好でもしてくるのかと思っていたのだが、上は白色のカットソーに、下は黒色のプリーツスカートと、なかなかにラフな格好である。ちょっと偏見持ってたな。反省。
「ねぇ駿火つかないつけてーつけてー」
と言って、白井が花火を振り回してくるので、チャッカマンで火をつけてやる。
綺麗な緑色の花火である。夜風が体に触れ、夜の独特の匂いが心地よい。
白井は花火をぐるんぐるん振り回し、野々宮はそんな白井をニコニコしながら見つめ、嶋崎はチャッカマンで軽い火傷をしている。
「ねぇ玲ちゃん。ロケット花火やろうよ」
「いいわよ。でも花火を顔に向けるのは止めてね」
絶対に友達の中に一人は、花火をやると凶暴化するやつがいる。例に漏れず白井は、ロケット花火をニコニコしながら金網のすきまに挟み、どんどん点火していく。
「おい海藤、指火傷しちゃったんだけど、水飲み場ってどこにあるんだ?」
「ねぇ海藤君。ねずみ花火やりましょう」
「いいね」
俺がねずみ花火を一つつけると、嶋崎は無視された悲しさからか、俺をねずみ花火の方へ押してきたので、思い切りエルボーをかましてやる。
「ちょっと待て海藤。なんで俺はポッキー投げられるわ無視されるわエルボーされるわされなきゃダメなんだ! 俺の人生そんなもんかぁ!」
「うるさいな」
そんな会話をしていると、白井はねずみ花火をこちらに向けてどんどん投げてくるし、野々宮はマイペースに打ち上げ花火を見て「キャー」とか「わー」とか叫んでいる。
といった感じで、どんどん花火を消化していく。どんどん残りの花火は消えて、最後に閃光花火が数本だけ残った。
閃光花火。それは花火の終わりでもあり、なんだか夏の終わりのような気がする。だが、まだ七月は始まったばかりだし、夏休までもう少しある。
ここで閃光花火をやるのは、なんかもったいないな。夏はまだ長い。俺たちはまだ終わっちゃいない。
白井もそう思ったのか思っていないのか、閃光花火には手を出さないでしゃがみこみ、野々宮と雑談している。目が合うと、微笑んでくれる。
しばし沈黙が流れる。野々宮は手持ちぶたさなのか白井の髪をいじっている。その顔は充実した表情に見えるが、どこか寂しげだし、白井の微笑みもどこか悲しそうにも見える。
すると嶋崎は、閃光花火十本を束にして、火を点火させた。
バチバチバチっと派手な音を立てだした。なんとも豪快な閃光花火である。ちゃんとした使い方ではないが、とても綺麗で迫力がある。
夏、だな。まさか閃光花火で夏の始まりを感じさせられるとは思わなかった。
「ほらほら、閃光花火もこうやると迫力あるだろ? これから夏始まるんだぜ。俺は楽しみでしょうがないね!」
気づけば時間は九時になっていたので、ついに旧校舎に侵入する。もちろん外は真っ暗。旧校舎の後ろには山と森。家も少ないし人気は全然無い。さすがに怖いが、口にはしない。
白井と嶋崎はケロッとした顔をしているし、野々宮は「なんかワクワクするわね」と楽しそうにしている。
あぁもう、お前らもうちょっと女っぽく「いやーこわーい」とか言ってちょっとは怖がれよ。俺だけビビッててなんかむなしいじゃないか。
旧校舎は木造で、かなりでかい。意外に思ってたほどボロボロにはなっていなかった。
「どこか入れそうな隙間ある?」
と、野々宮は言うが、目は窓をチラチラ見ている。やはり最終手段では窓を割る気らしい。いや、割らせる気らしい。
「玄関のドアは……開いてないな。俺と野々宮は左から裏に回るから、海藤と白井は右から裏に回ってってくれ」
と言って、嶋崎は俺を見て少し笑った。多分、あえて俺と白井をペアにしたんだと思う。ということで、俺たちはそれぞれ右と左に分かれて歩き出した。校舎はコの字で、正面玄関がコの縦棒にあたる。角を曲がって、懐中電灯で校舎を照らしていると、教室がずらりと並んでいるのがわかる。ぶ、不気味だ。
白井をチラリと見ると、のん気にマシュマロをほお張っている。
ついため息が出る。なんていうか、俺としては怖がる白井を男らしくリードする……みたいなのを考えていたのだが。どうやらそれは無理らしい。
「なにため息してんの?」
「いや、なんでもない」
すると、なんと驚くことに白井は、いきなり俺の左手をぎゅっと握ってきた。
あんまり驚いたんで一瞬硬直したが、すぐに白井の顔を見る。顔はとても紅潮している。
「えーと。あ、綾?」
「裏に回るまでげんてーい」
と、舌をペロっとだしてニコッと笑った。白井の手は、とても暖かい。
裏側に回る直前に、白井は手を離した。
それと同時くらいに、前方に嶋崎と野々宮の姿を見つけた。嶋崎は、ニヤニヤ笑いながら俺を見て言った。
「海藤、入れそうなとこ、見つけたか?」
「なーんにも。そっちは?」
「こっちもダメ。窓の一つでも割れてると思ってたけど、ダメだ」
で、だめもとで裏の玄関のドアを開けることにする。ドアノブをつかみ、思い切り引っ張る。
そしたら……開いた。
「あれ、開いたぞ」
「うそっ! 海藤君、やったね」
まぁ、開いたもんは開いたんだ。簡単に開いたことについては、これこそどうでもいい疑問だ。気にする必要なんか微塵もない。
校舎の中に入る。懐中電灯が四つあるといっても、かなり歩きにくい。
教室の上の札を照らすと、図書室、理科室という札が目に入った。白井が言った。
「ここは特別教室があるところなのね。運がいいわ。資料室はどこかな?」
「さぁな。おい、図書室あったぞ。見るか?」
「うーん。新聞部ってないのかな?」
と言いながら、白井は懐中電灯をやみくもに振り回す。
すると、なんと驚くことに新聞部と書かれた札があった。旧校舎ではちゃんとした札があったのだ。俺たちの部室は空教室を占領しているので札はない。
そして少し気になったのだが、他の教室はちゃんとした機械で書かれた文字を使った札なのだが、新聞部の札だけ手書きである。
「さすがに驚いたな。さっそく探すだろう?」
俺がそう言うと、三人とも頷いた。
ドアを開け、中に入る。
懐中電灯をあちこち照らすと、椅子や机はなく、とても殺風景。当たり前だが真っ暗だし、木造校舎ということもあって不気味だ。ほこりっぽいし、木の独特の匂いもあって不気味さを増している。
白井が大きな棚を見つけたので、四人で棚を無造作にあさるが、もちろん空っぽ。
そして半ば諦めつつ一番下の、立て付けの悪い引き出しをあけると、中に紙が入っているのに気づく。四人で懐中電灯で照らし、ガサガサとあさる。
「ちょっと、明清東新聞って書いてあるわよ」
と、野々宮が興奮気味に言った。確かにそう書いてある。
焦る気持ちを抑え、新聞を慎重に見てみると、それは確かに学校新聞であったが、俺と嶋崎が見つけた過去十年間のバックナンバーと比べると内容は全然違った。
学校新聞らしい内容はあるにはあるが、なんとコラムっぽいものばかりだ。暗いので詳しくは読めないが、俺の思想とか、学校の本質や、最近の心の崩壊などというタイトルが目に入った。
俺の思想、というコラムを斜め読みしてみると、“俺の心にはわだかまりがある。今日もその黒い塊を吐き出すことにする”とかよくわからない文章が書いてあった。
黒いわだかまり。それは俺が最近感じているものだ。心の中に空白がある。その空白に黒いわだかまりが埋まっている。とても居心地の悪いもの。
心がゾクゾクした。これは、最初から最後まできちんと読むべきだ。
「ねぇ駿。一番下にさ、冊子みたいなのあるよ」
白井はそう言いながら、冊子を取り出す。かなりヒドイ状態で、ところどころ破けていたりしている。だいたい十ページちょいってとこかな。表紙には明清東新聞部の軌跡の始まりと書いてある。
嶋崎が最初のページの文章を読み出した。
「明清東新聞部の発足と混迷について、卒業を控えた最後の学校祭に、文集というかたちで一人でも多くの人に聞いてもらうことにする。そして、新聞部の末裔に伝えるために、このたてつけの悪い引き出しに一部、保存しておく」
嶋崎が言い終えると、白井がすぐに口を開いた。
「新聞部に混迷?」
新聞部の末裔の俺たちは、その新聞部の発足と混迷についてを、伝えられることになった。
俺たちは発足から二十年後のバックナンバーを全て回収し、文集ももちろん持ち帰ることにした。
そして心霊特集のために、廊下や教室などを適当に写真で撮る。さすがに写真を撮るのには白井もビビってなかなかシャッターを押したがらなかった。俺と嶋崎もシャッターを押すのに渋い顔をしていると、野々宮は「あぁもう、みんなこれくらいでビビっちゃダメよ!」と言いながらシャッターを押した。
旧校舎から出て、最後に正面からの外観を撮ると、俺たちは帰路についた。
そして、翌日の日曜日。四人全員で野々宮の家に集まることになった。何故野々宮の家かというと、野々宮が父親の会社の新製品を沢山もらったので、ごちそうしてくれると言ってくれたからだ。
ちなみに野々宮の父親の会社はユーパロファクトリーというお菓子会社だ。父親は夕張出身で、夕張メロンクッキーや夕張メロンガムなどが人気だ。
学校で待ち合わせをして、学校から三十分ほどチャリを走らせると、家についた。そして目が点になった。
まずでかい。とてつもなくでかい。普通の家の五、6軒分の大きさはあるのではないか。いいや、それ以上か。家の真ん中は三角の屋根が突き出していて、両サイドは真ん中やりやや低い平らの屋根となっている。三角屋根の家の両サイドに正方形の家をどしーんと置いたって感じだ。
立派な門を通り、広い庭を通る。池はなかったが、花が沢山咲いている。
「なにみんなキョロキョロしてるの?」
そりゃキョロキョロしますよ。
玄関に入ってまた驚く。とにかくでかい。ここは日本か? 立派な内観に驚きながら階段を上がり二階に行き、突き当たりの部屋が野々宮の部屋だ。
入って更に驚く。意外にも八畳ほどの広さしかなく、パッと見普通の女の子の部屋だ。ぬいぐるみが沢山あったり、家具はどれも特別立派なわけじゃない。
「これ、自由に食べていいわよ」
野々宮はそう言いながら、指でテーブルに乗っているお菓子を指差した。クッキーにビスケット。マシュマロにポッキーからせんべいまで種類は豊富だ。
「玲ちゃん羨ましいなぁ。こんなにお菓子食べれるなんて」
と言って白井は、ビスケットを食べ始める。
「まぁそれはいいとして、駿。さっそく文集しっかり読みましょう」
「わかってるって。でもその前に……」
クッキーを一枚食べる。嶋崎はポッキーを。
これがやたらうまい。ついもう一枚食べてしまう。
「駿、口についてるよ」
そう言って白井は、人差し指で俺の唇についているカスをほろってくれた。
「わぁー。綾ちゃんやらしー。海藤君の口触ったー」
「落ち着け野々宮。こいつら二人、絶対部室とか二人きりの時は、もっと過激なことを」
「え、嶋崎君それマジ? たとえば?」
「おいお前ら、勝手なこと言ってるな」
「例えばそうだな。口移し、そう口移しだ。こいつら二人ならそれくらい平気でやる! むしろそれが海藤と白井さんの平和な日常!」
次の瞬間、白井はポッキー十本を嶋崎の口に思い切り突っ込んだ。嶋崎はゴフッとむせる。ポッキーが一本落ちる。
「キャー汚い嶋崎君サイッテー!」
また次の瞬間、嶋崎は野々宮にビンタをくらった。
「……よ、よし。さっさと文集読むぞ」
顔が赤くなってる白井とむせている嶋崎を無視して、文集をテーブルに置く。そして四人、無言で読み始める。
一九六八年(つまり四十年前ね)に、明清東新聞部は設立された。当時俺(部の創立者、初代部長)はなんともいえぬわだかまりを持っていた。だがそのわだかまりはなんなのか、自分にはわからなかった。
でも確かにそのわだかまりは自分の中にあった、自分を痛みつけている。進路に対するあせり? 友達のいさかい? 好きな女の子と仲良くなれない苛立ち? いやそれとは違う気がする。俺は色々な悩みはあれど、学校生活はそこそこ充実している。
この黒いわだかまり、なんだろう? ここでふと思う。俺は性格が悪い。人を傷つけたいという気持ちがある。肉体的にではない。精神的にだ。なにか失敗したやつがいたら、そこに土足で踏み込み責めたい。そう思ってしまう気持ち、闇がある。そう闇だ。俺には闇がある。いや俺だけじゃない。人間誰しも何かしらの闇を持っている。人間は光に満ち溢れている和歌じゃない。光しか持たない人間は存在しない。闇は、必ず人間にあるものだし、闇を知らない人間はいない。いるとすれば、それは幼稚園児くらいか。
でも黒いわだかまりは、闇とは違うと思う。このなんともいえぬ気持ち、どうすればいいのだろうか。この気持ちのまま卒業していいのか?
何か打ち込めるものがほしい。この闇を吐き出すことがほしい。
そこで俺は、新聞というものに目をつけた。文章を書くのが好きな俺は、もともと新聞部というものをやってみたかった。そして今抱えている黒いわだかまりを、新聞のコラムというかたちで吐き出すのはどうだろうか?
ということで、俺は明清東新聞同好会を設立した。一ヶ月もしないうちに、部員は部活設立の条件である五人に達し、担任の先生に顧問を頼んだ。これでやっと同好会から新聞部に昇格した。
俺たちは三、四割は学校新聞らしいことを書いたが、ほとんどが自分達の思想と理想、悩み、不満、学校というものの本質、あり方、そして黒いわだかまりや人間の闇についてをコラムっぽく書いていた。
こんなこと、学校新聞で書くべきじゃない。人に見せるものじゃない。恥だと思う。だが、抱えている黒いわだかまりを文字にして吐き出すというのは、意外にも気持ちが楽になったし、この新聞について不満を言われることはなかった。
俺の抱えている闇はあまりにも大きすぎる。人を傷つけたいという気持ちは大きすぎる。いつか爆発するんじゃないかと不安だった。だが、自分の闇とよくわからない黒いわだかまりをこうして文字にしてみんなに見せることは、戒めになった。
自分の恥ずかしい闇をみんなに見せるということは、自分の闇を改めて見つめることが出来るし、いっそう自分のダメさ加減を知ることが出来る。少しずつだが闇は小さくなっていった気がする。
俺たちのコラムに賛成してくれる者もいる。単純に嬉しい。俺はこのスタイルの学校新聞を三年まで続けた。そしてこれ以降も続けるつもりだ。後輩へ後輩へと。闇を吐き出し、わだかまりを吐き出し、自分を楽にする。そして賛成してくれる人たちがいることに喜びを覚える。
とてつもない独りよがりだとはわかっているが、俺はこの新聞が無意味だとは思わない。でもそれは思い上がりだろうか。
しかしある日、生徒会長は言った。
「君の学校新聞は、もはや新聞ではない。君たちの心の中を文にして書き出してるだけだ。それにどんな意味がある? それは新聞と言えるのか?」
答えれなかった。この新聞に明確な意味があるといわれたら、俺は自信があったのにいざとなったら何も答えれなかった。
それから二ヵ月後、スクールニュース同好会が設立された。
と、ここまで読んだところで、俺たちは首をあげた。
「ねぇ駿。どう思う?」
「そうだな……。この部長は、闇と黒いわだかまりを持っている。でも、新聞そのものを見る限り、鬱というわけじゃないと思う。確かに思想とか悩みとか書いてるけど、たまに深くて黒い内容のものもあるけど、半分くらいは誰でも思っているようなことだ。それに、今日の出来事っていうコラム見てみろ。どこどこに遊びにいったとか、最近楽しかった事とかも書かれているだろう? 別に毎日が充実していなかったわけじゃないと思う。読んでるだけでいかに楽しかったかが伝わってくるし。毎日楽しいけど、やっぱり闇がある。それがもどかしいって感じじゃないかな?」
嶋崎が真剣な目で言った。
「俺もそう思う。でも、結局この部長は言っちゃえば一時の負の感情を、憂さ晴らしで書いてたってだけじゃないか? 勢いで恥ずかしい黒い気持ちを赤裸々に書いちゃいましたみたいな」
確かにそうだ。だが、黒いわだかまりという点は俺と似ている。毎日そこそこに充実はしている。でも、わだかまりはある。
でもこれを読んで気づいたのだが、このわだかまりは、楽しさからくるものではないか? 楽しさのあとにくる寂しさとか、仲のいい女の子と上手くいかない切なさ。そう言ったもろもろの理由から、一つの黒いわだかまりが出来るんじゃないだろうか。
別に、大した問題ではない。重く受け止めることもない。多分だが、この部長も内容は重く書いたが、嶋崎の言うとおりその時の勢いで書いていたのだろう。
でも……。
「確かに、ただ勢いでその時の暗い気持ちを書いて、自分の気持ちを楽にしていただけかもしれない。でも、でもだよ。じゃあ何故それが三年も続いた? 何故、この新聞のスタイルを後輩へ後輩へと残そうとした? 末裔まで残そうとした?」
「それは……わからない」
「これは俺の予想だからあてにしないでほしいけど、俺が思うにこの部長が一番言いたかったこと、残したかったこと、大切にしたかったのは、光だろうが闇だろうが、一時的な鬱な気持ちだとか自分の理想だとか、そういうもの全てをひっくるめたもの。つまり高校生の自分なんじゃないか?」
嶋崎が何も答えないので、続けた。
「部長が一番気になっていたのはわだかまりが自分の中にあるってことと、心に潜んでいる闇についてだ。でもそれはどちらも一時的な感情で、大人になればそんなのあっさりと忘れるに違いないと思ってたんじゃないか。だからこそ、恥ずかしくても書くべきじゃないと思ってても、新聞に文字としてその時の黒い感情を書き残したんじゃないかな。俺は個人的に、それはとても高校生らしい感情だし、文字として高校生のうちにしか思えない気持ちを書くのは、結構良いことだと思う」
クッキーを一枚食べる。
別に、ただの予想だよ。部長は負の感情を新聞にぶちまけた。でも、誰でも少しは、今考えている事は大人になれば忘れてしまうことはわかっているはずだ。大人になれば、なんで子供のころあんなことで悩んでたんだろう? とか思うだろう。
それは怖い。自分を失うみたいで、怖い。新鮮な自分がいなくなる。じゃあそれを書き残そう。後輩へとこのスタイルを伝えていこう。それにどんな意味があるか、ハッキリとは言えない。
もしも部長がそう考えていたのなら、この明清東新聞部が設立された理由。そして今にまで続けられた理由に、少しは説明がつく気がする。
「私もわかる気がする。駿と同じ考えだよ」
そう白井が言うと、野々宮と嶋崎は少し笑いながら、頷いた。
その日、明るいうちにもう一度旧校舎に行ってくまなく調べると、生徒会室を見つけた。そこにはスクールニュース同好会のバックナンバーと、生徒会新聞部のバックナンバーを見つけた。
文集も見つけたので読んでみると、どうやら同好会は設立から十年後に部に昇格し、生徒会新聞部と名を変えたらしい。スクールニュース同好会ははあまり人数が集まらず、部に昇格するのにかなりの時間がかかったとの事。今じゃ圧倒的に生徒会新聞部の方が人数多いけどなぁ。
結局のところ、二つの新聞部の謎はこんなところだ。ただ、高校生の一時的な感情で出来た部活で、青臭い気持ちで続けられていて、どうしていいかわからない負の感情を新聞にぶちまけていたのだ。
そしてその新聞に疑問を感じた当時の生徒会長が、スクールニュース同好会というものを作った。名前からわかるとおり、学校の情報を書く、学校新聞らしい学校新聞だ。
しかし残念ながら、初代部長の末裔にまでこのスタイルを伝えたいという気持ちは、無念に終わった。最初の十年くらいはそのスタイルで続いたが、徐々に普通の学校新聞に変わっていき、気づけば初代のスタイルは一パーセントも残らなくなっていた。
さて、初代部長の文集を見た末裔の俺たちは、何をするべきだろう?
翌日の月曜日、放課後の部室で白井と二人きりで原稿を書く、いつもの風景。
最近噂になっている心霊スポットについてと、二つの新聞部についての特集記事だ。これが学校祭前の特別号となる。
二つの新聞部が出来たきっかけについては、真実をかなりカットして書いている。なんとなく、真実全てを事細かに書くのは何か違う気がした。
その代わりといってはなんだが……。
「白井、ちょっといいか」
「なぁに?」
「俺たちも文集を書こう」
俺がそう言うと、白井は食べていたチョコレートでむせた。
「しゅ、駿が! ぶ、文集書こうって言った!」
「……は?」
「学校一無気力のアンタが、何故!?」
「いや、なんていうかさ、四十年たって今更って感じはあるけど、久しぶりに初代部長の味を盛り込んだ記事を書いてみないか?」
「なるほどね。じゃあ、それなら別に文集じゃなくても新聞でやれば……」
「いや、ダメだ。俺たちには俺たちのスタイルがある。俺たちのやりかたで、俺たちの明清東新聞部のスタイルで今までどおり新聞を書こう。だからこそ、文集だよ。文集に“初代の新聞に新しい味を加えて再現!”みたいなコーナー作るんだ。名前のとおり、初代部長のやっていたスタイルの新聞に、俺たちの味を加えた新聞を文集に載せるんだよ。俺は負の感情を赤裸々に書きたいとは思わないけど、思想とか学校の本質について書いてみるのは面白いかもしれない。で、俺たちなりに斬新な記事を考えて書くんだ」
白井は驚いた顔からしだいに笑顔に変わった。
「そうだね。たまには、私達の明清東新聞部を作った部長に敬意を表さなきゃね」
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