酒に酔った勢いで高熱を出した卒業式の日から数日。
大人しくベッドにおさまっていたアンフィエルは、体温計を眺めて大きく頷いた。
「…よし」
体調は万全。体温は平熱。これ以上ない好条件だ。
「エル? 入りますよ」
あとはタイミングを計るのみ。そう思っていたアンフィエルは、控えめなノックの音に顔を上げたのだった。
Living with Me
はっきり言って、風邪を引いたのはラッキーだったとアンフィエルは思っている。
「はい、あーん」
そうでなければ、愛しい青年がここまで献身的に尽くしてくれることは、そうそうなかったろう。
ふわあっと微笑を浮かべて、アンフィエルは桜色に色づく唇を開いた。
「あーん」
「…熱くないですか?」
にこにことクローレンは匙を動かす。彼が吹き冷ましてくれた粥を流し込むように食べて、アンフィエルは笑顔で頷いた。
「うん、ちょうどいい。ありがとう」
見つめ返すクローレンは、母親のような眼差しで微笑んでいる。アンフィエルがふわふわの幸せな気持ちになる、あのやさしい空色の瞳だ。
その瞳が僅かに曇って、申し訳なさそうに青年は匙を置いた。
「遅くなってすみません。今日から普通にフルタイムになったので…しばらくは、この時間になりそうです」
「ううん、全然平気だよ。軍が休みなしなのは知ってるし」
慌てて体を起こし手を振った。クローレンが言うとおり、今は夕食にしては遅めの時間帯だ。とは言え転勤したてでそうそう休みもとれまいから、仕方のないことではある。
というか、今のクローレンは、尋常じゃなく忙しいに違いないのだ。朝から夜までの仕事を終えて、真っ直ぐアンフィエルの家を訪れ、身の回りの世話と翌朝の朝食を作って自宅に帰る。そしてまた早朝出勤という、考えただけで疲れるサイクルで生活しているのである。まさしく献身的と言うほかない。
それを思うと我侭など言えないアンフィエルであったが、ふと思い出してにっこり微笑んだ。
「あ、クロウさん。お水ください」
唯一心置きなく言える我侭を、当然のように年下の恋人は叶えてくれる。ベッド脇のテーブルに置いた水差しを取り上げ、自分の口に水を含むと、待ちわびている様子のアンフィエルに口づけた。
「ん…ぅ…」
流し込まれてきたぬるい水を、こくんと喉を鳴らしてゆっくり飲み干す。顎に添えられたクローレンの指先が、含みきれずに伝い落ちた分をそっと拭った。そんな仕草もやさしくて、胸の奥に甘くあたたかいものが広がっていく。
ついでのように舌先が口内を撫でていき、唇が離れる頃にはアンフィエルはうっとりと相手にもたれかかっていた。
「あの…ね、クロウさん」
「…はい?」
言うなら今だ。
ぐっと拳を握り、勇気を振り絞って細い両腕を青年の首に回す。
「エル…?」
「…プレゼントが、あるんだけど…」
言いながらそうっと口づけると、クローレンは吐息の触れる距離でくすりと笑った。
「『プレゼントは私』とでも言ってくれるんですか?」
「…え?」
「いや、すみません…真面目な顔をしていたので、つい…」
顔を背けて肩を揺らす恋人が、笑いをかみ殺していると気づいてアンフィエルは頬を染める。むっと唇を歪めると、クローレンの頬を両手で挟みこんでこちらを向かせた。
「え、る?」
「欲しいなら、あげてもいいけど」
誘う微笑で口角を上げると、軽く眼を見開いたクローレンは凍りつく。そのまま唇を合わせると、ふわりと目元を染めたアンフィエルは、招き入れるように舌を出した。
「ふぁ…ん…ン」
さっきまでとは明らかに違う、深い口づけ。
すぐにクローレンの舌先が差し入れられて、甘い喘ぎを飲み込むように舌を吸われる。柳眉を寄せて息を洩らす麗人を、薄く開いた眼で眺めながらクローレンは不思議に思っていた。
(…ご機嫌斜めだな…ちょっと)
からかったのがいけなかったろうか、と思いながら、どうしたものかと考える。病みあがりだし、キスで宥めすかして寝かしつけてもいいのだが…
「んっ…はぁ……ぁ、ん…」
ぴくんと震える睫毛やふんわり薔薇色に染まる滑らかな頬を見て、クローレンは作戦を変えた。
「…後悔しても知りませんよ」
ちゅっと音をたてて口の端を吸いながら囁くと、伏せがちの眼を開いてアンフィエルがぼんやりと見る。
「ぅん…」
「あとで文句言いませんか?」
「…ん…しつこぃ…」
猫のように頬をすりよせながら、アンフィエルは大きく息を吐いた。光を集めたような髪をさらりと梳いて、クローレンは彼の耳元に口を寄せる。
「では、遠慮なく…いただきます」
* *
「ゃ…いやぁ……んっ、ふ…」
絶え間なく甘い声が洩れる口を手で覆って、アンフィエルは力なく頭を振った。クローレンの舌先が胸の飾りを舐め上げる度に、ひくんとつま先が跳ね上がる。
「…んっ…や…そこ…ばっかり…ふぁっ」
「エルのココが可愛いから、いじめたくなるんですよ」
「も…ゃ…やだ…ぁ」
胸元を弄るばかりで先に進まない愛撫に、焦れたような泣き声があがった。愛しい青年がようやく触れてくれたという思いだけで、狂いそうなほどに感じてしまっているのだ。これ以上焦らされるのには耐えられそうになかった。
硬くしこった乳首を指先で押しつぶしながら、クローレンは意地の悪い笑みを浮かべた。
「遠慮はしないと言いましたよ。今日は泣いても許してあげません」
「あ…あっ」
楽しげに言いながらも、もう一方の手がするりとボトムに滑り込む。下着越しに触れた部分が既に形を変えているのを知ると、微笑んでそこをきゅっと握りこんだ。
「んぁっ…あっ、ぁん…」
「後で着替えさせてあげますから、…このままでいいですよね」
「え…ぁっ、あ、いやぁっ」
びくっと身を震わせて、アンフィエルはぽろぽろと涙を零した。布越しに大きな掌に擦り上げられ、きつく眼を閉じて快楽に耐える。
しゃくりあげながらクローレンの肩を掴むと、黒髪の青年は僅かに震えた。薄紅色に染まった耳や震えて涙が伝う長い睫毛、甘い息を吐き出す桜色の唇を見るや、しまったというように眉を寄せる。
「…困ったな…」
「あっ、あっ……ふぁっ、ん……んぅ?」
ぱたんと軽く後ろに倒されて、ベッドに舞い戻りながらアンフィエルは眼を見開いた。紫苑色の瞳はとっくに色を濃くして、潤んだ深海の青が不思議そうにクローレンを見上げる。
「クロウ…さん…?」
「可愛すぎです、エル。自制が効かなくなりそうだ」
手早くアンフィエルのボトムを下着ごと脱がせ、屈みこんだクローレンは愛らしく自己主張する性器をそっと口に含んだ。
「ふぁっ、あっ…!? あっ、や…やだっ、ゃ…だぁっ」
びくびくと震えながら、アンフィエルは涙混じりの甘い声をあげ続けた。口内で舌を使って愛撫を与えるクローレンは、構うことなく追い詰めていく。両手が白くなるほどの力でシーツを掴んで、アンフィエルは泣きながら頭を振る。
「ゃ、だめ……だ、め…っ…! あっ、あン…ぃやぁ…っ」
「…イっていいですよ」
そう囁いて、舌で先端を軽くくすぐったのがダメ押しだった。
つっとつま先が反り返って、腰が浮き上がるほどに細身が跳ねる。
「ぁっ、ああぁあっ―――!」
視界が真っ白に染まるような感覚がして、熱いものが迸ったのが判った。クローレンの口に最後の一滴まで吸われて、ひくんと足先が震える。
「…ァっ…はぁっ…は…」
ぼんやりと眼を開くと、クローレンが額に口づけてくれる。離れていく一瞬に、やさしい瞳が夜の灰色に染まっているのが解って、蕩けるような思いでうっとりと見上げた。
「エル…気持ち良かった?」
「うん。こんなこと…初めて、されたから…びっくりしたけど…」
「初めて?」
乱れた髪を梳きながら穏やかに問う。子どものようにこくりと頷いて、アンフィエルはあどけない笑顔を見せた。
「したことはあるよ。でも、されたのは初めて」
「………」
クローレンは僅かに眉を寄せた。脳裏には以前レニエール医師と交わした会話が蘇っている。愛する人がどんな少年時代を過ごしたかを思うと腸が煮えくり返る思いだったが、アンフィエルの幸せそうな笑顔を見て表情を和らげた。
「キス…して?」
愛らしい唇が恥ずかしそうにそう強請る。僅かに躊躇してから、クローレンは彼に覆い被さった。
「…ん…」
唇を触れ合わせ、薄く開いたところへ舌を滑り込ませる。絡み合う舌先が帯びた青臭い苦味に、ふっとアンフィエルは眉を寄せた。クローレンが躊躇った理由が解った気がする。
すぐに唇は離れていった。ふわりと瞼を上げると、クローレンは既に視界から消えている。
「…クロウさん? 何、してるの?」
上半身を起こしぽかんと口を開けたのは、寝間着を拾い集めている恋人を見つけたからだ。
「何って、後片付けです」
「…は?」
瞬きして間抜けな声を洩らす。きびきびした動きのクローレンからは、すでに甘い空気は拭い去られていた。
「え…続きは? しないの?」
「なに言ってるんですか、病み上がりでしょう? 文句言わないって約束したでしょ」
「それで、…いいの?」
驚きに満ちた声音を投じると、クローレンは穏やかな空色の瞳を向けてくる。
「…勘違いしないでくださいね」
「?」
「貴方は本当に綺麗で、どうしようもなく可愛いから…今すぐその色っぽい声で滅茶苦茶に啼かせてやりたいくらいですけど」
「…クロウさん、それすごく恥ずかしい…」
真っ赤になった顔を引き寄せた膝に伏せて呟くと、苦笑したクローレンが片手に寝間着を抱えたまま髪を撫でた。
「それくらい、貴方のことが好きなんです。でもそれ以上に、今の貴方に辛い思いをさせたくない。貴方が健康でいてくれるなら、俺は何だって出来ます」
そうっと顔を上げたアンフィエルの艶めく髪に口づけて、クローレンは明るく笑う。
「これが俺の愛ですから」
見開いた瞳で彼を見上げて、ふわぁっとアンフィエルの頬が薄紅色に染まった。それを隠すように顔を背けて枕に沈むと、細い指先でベッドサイドを指し示す。
「? 何ですか?」
「…プレゼント」
少し前の会話を思い出して、クローレンは眼を瞬く。ベッドサイドに置かれたテーブルに、一つだけある引き出しを開けると、ラッピングされた可愛らしい箱があった。
掌に箱を載せ、枕に臥せる恋人を見る。
「…開けていいですか?」
小さく頷いたのを了承と見て、逸る鼓動を抑えながらリボンを解く。ラメ入りピンクの厚紙の箱をそっと開くと、中に入っていたものに息を呑んだ。
「今、両親の家に住んでるって、…言ってたよね…?」
ぎゅっとシーツを握り締めて、枕にくぐもった声が耳を打つ。
「一緒に…一緒に、住まない…?」
大切そうに拾い上げた鍵は銀の光沢を持っていて、真新しいそれをしげしげと見つめてから、クローレンは顔を上げられずにいる恋人を見た。
「…エル」
「家賃とかいらないし…生活費も、折半…ううん、僕が出すから。家事も…頑張ってする…し…」
そっと顔を上げて、こちらを見る。紫苑の瞳が潤んでいて、ほとんど条件反射のようにクローレンは髪を撫でた。
「でも…いやだったら、いいから…」
「まさか! いやなわけがない!」
本心からそう叫ぶと、迷子のように頼りない眼差しが見上げてくる。
「本当に?」
「ええ。嬉しいです」
力強く頷くと、ほっと安堵した様子で花びらのように唇が綻んだ。
「よかった…」
ふわっと花咲くように微笑んだアンフィエルに、クローレンはしばらく固まっていたが―――
「エル…っ!」
「わわっ、なに?」
「好きですっ! 愛してます!」
とうとう我慢しきれなくなって、全力で恋人を抱きしめるはめに陥っていた。 |