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HTML殺人事件
作:ame*



第7話


53 <!--

 Poem Villageの作者一覧ページを開くと、HNがabc〜あいうえお順に並んでいる。ルネはその中から希羅々を探し出し、クリックした。彼女の投稿作品のタイトルから、気の向くままにいくつかの作品を読んだ。
 希羅々の詩にファンが多いのは、何となくわかるような気がする。後を引くフレーズやうまさを感じさせる表現部分があって、高瀬川麗佳がライバル視していたというのもなるほどと思えた。
 しかし、少なくともルネについて言えば、読んでいくうちにそこに没入させられるようなことはなかった。けっして悪くはないのだが、ただテキストの上に目を走らせているだけで、そこに意識を集中させることはない。そういう印象は麗佳の作品からも受けるし、ネット上のあるいは紙メディアの詩でも同様だろう。

 こんなことを考えながら希羅々の詩を見ていくうちに、ルネは、こんな作品のページを開いていた。


 雷のキオク
 希羅々

天国にたゆたうような
午後のまどろみのあと
まるで神のもとから
突然突き放されるように
光を失い 冷えていく世界

激しい雨音に 呆然としながら
考えてみれば
あなたの愛撫のあいだ中 ずっと
雲は湧き上がっていたのだ

醸成されていた世界の悪意が
ベランダの向こうで水煙を上げる

まるで私たちの原罪が
稲妻に打たれるようだ

やがて青空と光が戻って来ても
もう私たちは気づいてしまった

わたしたちがいたのは
きわめてみじめな世界の中だったことに


 感想欄に、takayoの名前があった。。


takayo:これは、まったく私の個人的な思いなんだけど、読んでいて恐くなる部分がありました。「まるで神のもとから突然突き放されるように」とか「原罪は稲妻に打たれる」のところでは身体が凍りつくような気持ちになり、悪寒さえ覚えました。あ、でも、私は雷が苦手だからで、この詩はちょっとエロチックな美しさもあるいい作品だと思いますです。


 ケータイがルネにメールの着信を知らせる。


拝啓。ネズミヤだ。
急に旅に出ることになってな。
それで身辺整理してる。
ま、どっちみち今いる公園も近々、
区役所から追出しをくらうらしい。
という情報が俺には入ってる。

それで、明日香が
ノートパソ欲しがってるから
置いてってやろうと思うが、
今、鬱病がひどくて
外に出られないらしい。
あいつが治るまで
兄ちゃん、預かってくれないかな。

とりあえず、電話下さい。


 次の日の夕刻。ネズミヤが待ち合わせ場所に指定した公園はルネのマンションから2キロほど離れた場所だった。自転車ならよく乗るが、それとは違う筋肉も使う方がいいだろうと思い、歩いていくことにする。
 それほど大きくもないし有名でもない児童遊園のようなものなので、ルネは、そんなところに公園があるのを知らなかったが、ネズミヤはその辺の地理にやけに詳しかった。以前住んでいたというわけでもないらしい。ホームレスの仕事といったら、やたらと歩き回ることで、その時は公園が拠点だから、都内のはあらかた把握しているのだそうだ。

 公園には人影が少なく、遊具の辺りに子供とその母親が数人と、少し離れたベンチに作業服の男がひとり座っているだけだ。遠くから見ると中年の労働者かホームレスのように見えたがネズミヤではない。日陰であるためかもしれないが、ルネには、そのあたりが音のない世界であるかのように感じられた。
 男は何か物思いに耽っているように見えたが、近づいて来るルネに気づいて「やあ」と手を挙げた。
「ネズミヤシゲルはもう来るはずなんだけどね。遅いな。あいつのことだから、どっかで引っかかってるのか…」
 ダンボールハウスで会ったことのある源さんだった。「まあ、座っててよ」と言ってから源さんは立ち上がって水飲み場へ行き、また戻って来てベンチに腰を下ろした。

 源さんの身体には余計な肉がついていない。ホームレスは期限切れの食品などが豊富に手に入るそうで肥満体の中年もけっこう見かけるが、ネズミヤのように終日歩き回ったりするのが結果的にダイエットになっているのだろうか。
 これといって話すこともない。ルネもそうだが源さんもあまり話し好きではないようだった。
 ただ、隣に座っているうちに、ルネの中に何か緊張感のようなものが生じてきた。源さんは常に周囲に意識を向けている、まるでセンサーの塊のような感じがしたからなのだが、でも多分、彼が単に神経質ということなのだろう。

「まあ、ネズミヤも、そのうち来るだろうよ」
 源さんはデニムのバッグから文庫本を取り出して読み始める。ルネがそれに目をやったのに気づいた源さんは「ああ、これ、ゴミに出してあったんで持ってきたんだ。月並みな言い方だけど、最近の人は物を大事にしないね」と表紙を見せた。
 『宮沢賢治詩集』だった。



54 -->

 ネズミヤシゲルは自転車に乗ってやって来た。ダンボールハウスの脇に繋いであったルイガノのミニベロだ。外股でペダルを漕ぎタイヤ痕を左右にくねらせながら、ふらふらとやって来る

「おう、その後、明日香とはうまくやってるか?」
 ミニベロから降りてスタンドを立てると、ネズミヤは下半身を突き出して数回揺らす動作をした後、ルネの顔を覗き込み、意味ありげににやりと笑った。
「ま、若いんだからな。いいよなあ、若いってのは。ま、俺だって兄ちゃんくらいの年の頃には、けっこう楽しませてもらったんだけどよお」
 ネズミヤにとって女性の存在と第一にまず性器であって、そういう意味では皆、同一なのかもしれない。だがルネは自分の場合、少し違うような気がした。例えて言えば、目の前に出て来た料理を必ずしも食べるわけではないというようなことだろうか。それは、見た目とか匂いとか、その時の気分によったりするわけだけれど、ルネはネズミヤのようにいつでも食欲旺盛なわけではないということかもしれない。でも、それを説明してもネズミヤには理解できないような気もした。人間の感覚は、誰のものも同じにできているわけではないのだ。

「それはそうと、これ頼まあ」
 ネズミヤは背負っていたザックをルネに手渡す時、上部を開いて、見覚えのあるノートPCがあるのを示した。
「リュックは一緒に渡すなり、兄ちゃんが使うか捨てるなり適当にやってくれよ。まあ、俺の形見ってとこかな。どうせ拾いもんだけどよお」
 と不精髭の口元を緩めて笑う。「ああ、よかったらこれもだけどな」とミニベロを指差した。
「後のチェーンがどうしても外れちまうんだよ。そいでもって、これをちょっと引っ張ってここへ結びつけたら変速はできないが、何とか乗れるようになった。前の3段は動くからちょっと使うなら、こんなもんでもいいだろ。こいつ、これでも舶来だよな?たぶん」
「ルイガノってカナダのメーカーですよ」
 変速機のワイヤーを見ていくとアウターが潰れている個所があった。そのため中のワイヤーが長過ぎるのと同じ状態になるからチェーンが落ちてしまうのだ。
「アウターを取り替えれば不通に乗れると思います。直してあげますよ」
「おお、兄ちゃん、詳しいんだな。いや、いいよ。直してあんたが乗ったらいいよ」
 ルネはネズミヤに、旅をするなら、これで世界一周だってできるし、列車に持ち込む輪行という手もあると言ったが、ネズミヤは自分の2本の足を使うのが主義だそうで、結局、ミニベロはルネが譲り受けることになった。
 ネズミヤは財布の中にしまってあった紙片を取り出し、ルネに手渡した。
「あ、これ、前の持ち主の姉ちゃんから俺が貰った事の証明だ。もし、ポリ公に職質なんかされたら見せてやるといい」
 名詞の裏には―この自転車はネズミヤさんに差し上げました。―という文章と防犯登録のナンバーなどが書かれ、印鑑が捺されていた。
 ネズミヤは、やけに真顔でこう言った。
「ホームレスなんかやってると、いつ何時、どんな濡れ衣を着せられるかわかんないからな。これも生活の知恵ってやつよ」


「ワンルームだって家賃5万はするだろう。ヤサを確保するために時給1000円としても50時間働かなきゃならねえわけだ。土地の借り賃もなく、俺たちはなんと拾い集めた物でインターネットまで楽しめる生活をしてるんだからな。なあ、源さん。あ、この人はパソコンができないんだった。まあ、リーマンやってたって、それでリストラだろうから、早くこの業界に入ってよかったかもしれないぜ。年がいってからの転職は大変だからなあ」
 ネズミヤがカウンターを叩き、唾を撒き散らしながら喋っている。アルコールが回っているから、その勢いはいつも以上なのだろう。
 ネズミヤは、彼の向こう側に並んで座っている女の子たちに盛んに話しかけている。高校生か中学生くらいの年齢だ。興が乗って笑い転げる子の肩に手を回し、頬を近づける。
「そうよ。俺は浅草のダンボールハウスがねぐらのホームレス。ま、もうじき、そことはおさらばで旅に出るんだがな。今日は、この兄ちゃんがおごってくださるから、こうして居酒屋で飲むことができたわけだ。どうだい、この兄ちゃん、イケメンだろう?でも、手を出そうったって駄目だぜ。ちゃんと彼女がいるからな」
 ネズミヤはレモンサワーを飲み干すとグラスの氷を振って鳴らしながらお代わりを注文し、ルネや源さんの方に向き直った。
「何だ、源さん、もっと飲めよ、って俺のおごりじゃないが、まあいいだろう。今日は源さん、まだ“泣き”が入らないな」
 ネズミヤはルネに説明を始めた。
「この人はな、飲むとよく泣くんだよ。昔の女を想い出してさあ。よっぽどいい女だったんだろうな」
 今度は源さんの方に顔を向けてネズミヤは続けた。
「韓国人なんだよな。源さん」
 源さんは聞こえていないかのようにポーカーフェイスを続けている。
「韓国人なんですか」
 別に詮索するつもりはないが会話が途絶えてもしらけると思い、ルネは呟くように言った。
「そうさ。名前はミョン…何とかいったなあ」

「おじさん、何て名前だったっけ?」
「さっき、ネズミヤさんて呼ばれてたよ」
「えーっ、ネズミヤー?イズミヤシゲルみたいだねー。そう言えば、なんか似てるー」
 女の子たちが赤らんだ顔で喋っている。ひそひそ話のつもりかもしれないが、アルコールが回っているので、かなり大きな声だ。

「この人は泉谷しげるの師匠だよ」
 源さんは女の子たちに向かって唐突に口を開いた。ルネには源さんが話題を変えるタイミングを見計らっていたように思えないでもなかった。
「泉谷にギターを教えたのもこの人だし、彼が売れない頃、いろいろ面倒を見てやったりしたんだよ。ねえ」
 話を振られたので、ネズミヤは源さんの過去の追及を打ち切って、自分の昔話に花を咲かせ始めた。渋谷の道玄坂にあった青い森というライブハウスには泉谷や古井戸というフォークグループやキヨシローのいたRCサクセションも出ていたとか、ギターのコードを教えたやったとか、ボブ・ディランのレコードを貸したまま返してもらってないとかいう話に女の子達は聞き入っていたが、信じていたかどうかはわからない。ルネも半信半疑で耳を傾けていたが、それが虚言だという証拠があるわけでもなかった。


「ああ、そうだ。パソコンの中に俺が集めたエロ画像がいっぱいあるんだが、もし、暇があったら消しといてくれねえかな。別に見られて困るってもんでもないけどよお」
 居酒屋を出て別れ際に、ネズミヤは急に思い出したように言った。
「それならリカバリーすれば、みんな消えちゃいますよ」
「そいつはいいな。できたら、それやっっといてくれよ。そん中に一緒にあったCDが入ってるからよお」
「でも、メールなんかもみんな消えちゃいますよ。いいんですか?」
 ネズミヤは「OK、OK」と指でサインを示した。
「どうせ、たいしたものはないんだ。みんな消えちゃうんなら俺が見たエロサイトの履歴も消えるな。どうでもいいが、ま、明日香が見て馬鹿にされるようなのはない方がいいべ。よしよし」
 源さんの方が安堵したように微笑んでいる。
 
「じゃあ、また、どこかで会おう。ごちそうさま」
 二人は行く手にある自動販売機の返却口に手を入れて、誰かが忘れていったつり銭がないか確かめながら遠ざかって行った。



55 <s>

□ □ □ □ □

送信者 トリル
 宛先 Rene
 件名 おひさ...というほどでもないけど
 
――――――――――
ルネさんへ

ネズミヤのおっさんからメールが来ました。
ノートPCの件、よろしくお願いします。
ここのところ、ずっと鬱で、
出かけたり、誰かと会ったりするのは
とても無理な状態が続いています。
でも、そのうち治ると思います。
今まで何度もそういうことがありましたから。

薬を飲むと、意識がどろりとした状態になり、
不安感や自虐的な衝動は宥められて

でも、その代わり、動作も思考も緩慢になり、
だから、こうしてPCのキーを打つのにも、
とてつもない意志と集中力が必要なのです。

心の病といっても、実際に身体の苦しさや痛み、
それも耐えがたいものを感じることがあって
のたうちまわるのです。

そんなわけで、よろしく。
病気が治ったら、また、飲みに行きましょう。



 トリル


――――――――――


 ネズミヤのPCの件でトリルに連絡しなければと思ったが、ルネがメーラーを開くと、すでに彼女からのメールが届いていた。やはり彼女は今、鬱状態らしい。ネズミヤのメールに書いてあった通りだ。

 ネットの巡回コースになっているPoem Villageに行ってみた。暇があれば1日1回は覗いている。
 投稿作品の一覧を見ても、興味を引くタイトルやHNはなかった。最近はこのサイトへ来るたび、投稿するメンバーが変化していることに気づく。以前はHTMLを使ってテキストの色や大きさを指定するとか、精緻なタイポグラフィの作品とか意欲的なものが興味を惹いたが、そういうものも最近は少ないようだ。

 ルネは掲示板のページに移った。


【16:12】近況報告
 しばらくこのサイトや詩人さんたちから遠ざかっていた方。
 これまで、どんなことをしていましたか?
 最近の様子はどうですか?
 このスレッドで知らせてください。

    ・
    ・
    ・

 セーラーM / HP / mail
 ご無沙汰してます。妊娠・出産がありましたので、
 しばらくネットをお休みしてました。
 娘は順調に育っていますので、また詩作にも復帰することにしました。

 テルユキ / HP / mail
 部活ブラスバンドが忙しくて、こちらはサボってましたが、
 定期演奏会も終わったので、復帰します。
 また、感想よろしくお願いします。

    ・
    ・
    ・

 ポプラ / HP / mail
 就職して、サイトは閉鎖しました。
 まだ時折、ネットをふらふらしていますが、
 そういうこともだんだんなくなると思います。


 近況のスレッドにポプラというHNがあるのにルネは注目した。記憶に残っている名前だった。同じHNというのはよくあることだが、最近就職したというあたりは似ている。
 ポプラはメールアドレスを記入していたので“mail”の部分にマウスを当てると反応があり、クリックするとメーラーが起動した。そのメルアドは、以前、ポプラの日記のページにあったものとは違うような気がしたが、ルネはそれをアドレス帖に保存しておいた。
 もし彼がレイカやdarkblueのグループにいたポプラなら尋ねてみたいことがある。でも、いきなりメールを出すのも不躾だし、相手の不信感や反発を招くかもしれない。まあ、何かそれらしい理由を思いついてから、とルネは考えた。


 次にどのサイトを覗こうかと考えた時、ルネはネズミヤから預かっていたPCのことを思い出した。リカバリーする前に消したらまずいファイルがないかどうか、中を見て確認しておいたほうがいいだろう。ネズミヤのノートPCをハブに繋ぎLANの設定を終えると、自分のPCは終了させた。

 MyDocumentの中をチェックすると、pornoというフォルダにエロ画像が積め込んであるくらいだった。というか、他にはフリーのテキストエディターが生成したらしいフォルダがあるだけで、その中は空だった。
 メールソフトを見たが、受信フォルダにスパムが数通残されているだけだ。
 このままリカバリーして不都合はなさそうなので、ルネはこのPCでネットの巡回をしてみようと思い、IEを開いた。
 一部の動画などを別にすれば、Win98でも多くのサイトを見るのに支障はない。お気に入りを開くとブックマークされているのはエロサイトかネット上の違法な手段について解説したUGサイトで、それらが雑然と並ぶ中に、ひとつだけ“重要”というフォルダが作られている。開くとそこにあったのはフリーメールのページだった。ソフトでメールサーバーへアクセスするのではなく、ブラウザ上で届いたメールを読み、送信もするシステムになっている。
 クリックして開いたページでは、IDとパスワードがクッキーに残っているのでログインできた。
 受信の欄に未開封のメールが1通だけある。時間から推測すると、ネズミヤが出かけてから届いたのだろう。


□ □ □ □ □

送信者 銭形
 宛先 ネズミヤシゲル
 件名 緊急連絡
 
――――――――――
はじめまして。
と挨拶してる場合ではない。
したがって自己紹介も省略。

それで用件だが、単刀直入に言うと、
貴君と貴君の周囲の人間にに危険が及ぶおそれがある。
私がどうしてそれを知るに及んだかは説明しない。

しかし、貴君は薄々それを感じやのか、姿をくらまそうよしている。
まあ、それは動物的直感とでもいうべきもので、
貴君はそれが何であるのかを具体的には知らないだろう。

とにかく、私を信じるなら、
貴君が今使っている携帯電話は処分すること。
刑務所大学で犯罪者諸先輩の講義を受けただろうが、
携帯電話は電源が入っていれば、
常に微弱な電波を発しているので現在位置を掴むことができる。
多くを徒歩で移動する貴君を捕捉することは比較的簡単だ。

こう言うと貴君は警察の捜査と考え、
身に覚えがないというだろう。
警察は時に非合法な捜査もやるが、
それは、容疑の固まった凶悪犯に対して、
あるいは公安関係においてだろうな。

だが、今の相手は警察のように間が抜けた輩ではないぞ。

おそらくは携帯電話だけでなく、
インターネットにも彼らの手が回っていることだろう。

よって、このメールは読了後、削除することをお勧めする。



――――――――――




56 </s>


――貴君が今使っている携帯電話は処分すること。――


 銭形からのメールはまだ未開封だから、ネズミヤはこれを読んでいない。しかし、ネズミヤに知らせようにも、文中にケータイでは問題があるらしいことが書かれていた。


――携帯電話は電源が入っていれば、
  常に微弱な電波を発しているので現在位置を掴むことができる。
  多くを徒歩で移動する貴君を捕捉することは比較的簡単だ――


 通話やメールの送信をすれば、その時電波が強くなるから、ネズミヤにとって危険な事態を招くことも考えられる。
 しかし、他に彼への連絡方法といえば浅草のダンボールハウスに行って直接彼に会うことくらいだ。でも、ネズミヤは旅に出るからと荷物の処分をしていたのだから、もう彼は、あそこにいない可能性もある。

 それにメールは単なる悪戯かもしれなかった。
 とは言っても、文中の“刑務所大学で犯罪者諸先輩の講義を受けただろうが”という個所から、送信者はネズミヤの個人情報をかなり把握しているようにも思える。
 いくら刑務所が満杯になるほど受刑者が多い世の中でも、無作為に悪戯メールを送って相手がムショ帰りである確率は、そう高くないだろう。
 しかし、“貴君と貴君の周囲の人間にに危険が及ぶおそれがある。”という部分などは何だか大仰で、かえって現実味が乏しく感じられた。“今の相手は警察のように間が抜けた輩ではないぞ。”という部分からも荒唐無稽な印象を受ける。
 誰かネズミヤの知り合いが遊びで送ったメールだったら、やたらに騒ぎ立てるのもまるでピエロだな、とルネは思った。
 とりあえず、リカバリーはしばらく様子を見てからということにする。


 翌日の夜、ルネはまた、ネズミヤのPCを起動してみた。
 フリーメールのページにログインすると、また1通受信があった。

□ □ □ □ □

送信者 源
 宛先 nezumiya@…….jp
 件名 ネズミヤは死にました。
 
――――――――――
ルネ様(ご覧になったら…)

ネズミヤシゲルと一緒にいた源です。
昨日はご馳走様でした。
って、それどころではないのですが。

もう、PCをリカバリーしちゃったでしょうか?
そうすると、このメールを見ることはないですね。
リカバリーの前にメールチェックしてくれて
何とかルネさんの目にとまってくれることを祈ります。

ネズミヤシゲルは、亡くなりました。
昨晩、あれから二人で
府中を目指して歩いて行きました。
我々ホームレスは
道に落ちているものや自販機に忘れた釣銭、
ゴミ出しされた有用物などを目当てに
歩きまわるのも商売のうちです。
ネズミヤがアフィリエイトの金を下ろし
軍資金もあったので、
翌日は府中の競馬場でちょっと
遊んで来る予定でした。

途中、何者かに襲撃され、
俺は何とか逃げ延びましたが
ネズミヤはだめだったようです。

今日は一部マスコミで
少年たちのグループがホームレスを襲撃と
報道されていましたが
俺たちを襲ってきたのは、
少年ではなかったです。

もしかすると狙われていたのは私かもしれないんですが、
詳しいことはお話できません。
ネズミヤのケータイには通話しないようにして下さい。
PCに設定してあるプロバイダーは使わないで、
このメールアカウントも抹消し、
急いでPCをリカバリーして下さい。
あなたに迷惑が及ぶといけませんから。
失礼しました。



某ネットカフェにて
            源



――――――――――

 ニュースサイトをいくつか見て回ると、それらしい記事を読むことができた。ホームレス襲撃などはもうあまり珍しい事件ではないためか、どのサイトでも取り上げているわけではなく、あっても小さな扱いだった。


 ◆調布でホームレス襲撃。一人死亡。◆

 3月28日未明、調布市の神大植物公園近くの路上で、血まみれの男性が倒れているとの匿名の通報があり、男性は搬送先の病院で死亡が確認された。警察の調べで男性の身元は北海道出身の住所不定無職、石黒清吉さん(58)と判明。鉄パイプや工具のようなもので全身を殴打されており、死因は脳挫傷だった。警察では殺人事件と見て目撃者を探している。石黒さんは多年にわたり都内で路上生活をしていたもよう。


 他にはホームレスが襲われたという記事はなかった。被害者がホームレスであっても、死亡したのなら、どこかにひとつくらいは出ているはずだ。
 源さんのメールによると府中へ行く途中ということだから、調布ならそのルート上で場所的にも一致していた。そうすると、この石黒清吉さん(58)というのがネズミヤなのだろうか。前科があるから身元の判明は早いだろう。
 ページの下にひとつだけ、関連記事へのリンクがあった。UPされた時間を見ると、こちらの方が新しい。


 ◆調布のホームレス殺人。少年グループが自首。◆
 3月28日未明、調布市の神大植物公園近くの路上でホームレスの石黒清吉さん(58)が殺されて事件で、15〜19歳の高校生を含む少年グループ6人が警視庁調布署に出頭、全員が犯行を認めたため逮捕された。少年たちはこの地域の遊び仲間で、取調べに対し、日頃のうっぷんが溜まり、むしゃくしゃしていたのでやった、などと話している。


 とにかくフリーメールのアカウントは抹消した。残っていた2通のメールも消えたわけだ。銭形からのは悪戯ではなかったのかもしれないが、結果的には遅かったということになる。
 しかし、ネズミヤは居酒屋で源さんがPCを使えないと話していたけれど、彼はメールを送れるのだから、そうでもないようだ。



57 <sup>

 ちゃんねる・ぜろのニュース板には、案の定、ネズミヤが殺された事件のスレが立っている。“またまた起きた陰湿な事件。人非人少年たちがいたいけなホームレスを惨殺”というタイトルがついていた。


1:恋するジャーナリスト
 空き缶を集め、期限切れ食品を有効利用し、低エネルギーの住宅で暮らすなど
 地球に優しい生活を続けている、いたいけなホオムレスを低学歴で凶暴な下
 層労働者やニートとその予備軍の鬼畜少年たちが惨殺する事件が続発しており
 ますが、昨夜、調布市では住所不定無職の石黒清吉さん(58)が悪魔の餌食とな
 りました。

 (ソース:朝中日報.com http://………    )

    ・
    ・
    ・

462:報道する名無しさん
 税金や年金を払わない者に生きる権利はない。
 DQNども、乙w

463:報道する名無しさん
 この少年たちは、学歴もなく、勤勉でもないから
 どうせろくな職に就けず、一生負け組。
 将来はホームレスになるしかないだろう。
 つまり、未来の自分を殺したわけだ。
 いやあ、輪廻とは、こういうことなのだな。

464:報道する名無しさん
 この場合、DQNどもはGood Job!!
 世の中の役に立たないゴクツブシを駆除したのだから
 表彰するべきだ。

465:報道する名無しさん
 >>461
 社会保険庁の工作員でつか?

466:報道する名無しさん
 君たちのやってることは、ただ弱い者をスケープゴートにして
 日頃の鬱憤を晴らしているだけ、
 つまり、このDQN少年たちが物理的な暴力で行ったのと同じことを
 君たちは匿名の言論でやっているということだ。
 考えようによっては、君たちの方が陰湿で
 よっぽど人非人ではないのか?


    ・
    ・
    ・


 実際の知り合いが事件の当事者となって、こういった巨大掲示板のネタにされているのを見ると、ルネは多少複雑な気持ちにならないでもない。でもそれは、センチメンタルな気分に似たものだ。過度に差別的なようにみえる書きこみの口調は、ここでの偽悪的な様式に倣っただけのものだから、別に胸が痛むということでもなかった。

 固定ハンドルで、こんな書きこみがある。
 そう言えば、銭形と言うHNをルネはこのサイトで何度か見かけたことがあったのだ。


483:銭形
 ご当地板の三多摩スレに、こんなカキコがあったぞ。

 >今日、報道されてる調布のホームレス殺人ですが、
 >タイーフォされた中にどうも洩れのダチがいるみたいなんスが
 >そいつは昨日の夜の、ちょうど犯行時刻の前後あたり、
 >洩れに電話してきて、2時間くらいダベってたんスよ。
 >ニュースでは全員自首したって言ってますたが、
 >なんかおかしいんスよね。

    ・
    ・
    ・


 そこまで見てルネはPCを終了させ、作業着に着替えて自転車や工具を置いてある部屋に入った。ネズミヤに貰ったミニベロも、そこに置いてある。

 ミニベロは、やはりアウターを取り替えると正常にギアチェンジができるようになった。
 取り外したアウターの潰れている部分は強い力で圧迫されたように見える。名の通ったメーカーの製品だから、いいかげんなパーツを使っていないだろうし、隣に留めてあったバイクなどが将棋倒しになった時、この部分を挟んだことも考えられた。
 工具などで意図的に潰したということもあり得る。ギアのワイヤー部だったからワイヤーが伸びたのと似た状態になって、チェーンが外れるだけで済むが、もし両方のブレーキのアウターを適度に押さえておけば走行中に潰れ、制動が効かなくなることもあるだろう。下りでスピードが出ている時だったら重傷や死亡事故になりかねない。まあこの場合はわからないが、何かの恨みを買って、あるいは無差別的な殺意の攻撃対象になるのも、こんな世の中では起こらないとは言えない。

 ルネはミニベロの試乗がてら、あの日、ネズミヤと待ち合わせた公園に行ってみることにした。もしかして源さんが来ていないかと思ったのだ。
 ミニベロはタイヤが20インチと小さいから、ネズミヤが外股で乗っている姿は、まるで、子供自転車に乗っている中年のコメディアンった。ルネは走りながら横目で、カーショップのウインドウに映る自分の姿を見たが、別にそれほど悪いこともないと思う。

 公園のフェンスの外を周りながら中を見ると、子供とその母親らしい数組がいる。
 ルネにはそこに自分とは別の時間が流れているように見えた。それは遊具や砂場や水飲み場のような人工物の時間だ。それらばかりではなく、管理された花壇や樹木だって、いや、この公園そのものが人工物だし、その中に存在する子供や母親にしてもそうなのだ。
 すべての時間はタイムテーブルの通りに動いている。離乳食や幼稚園や塾や受験や就職とか、結婚を前提にした交際や夕食を作っている時ケータイに入る夫のカエルコールやPTAやカルチャースクールといったものが、そのタイムテーブルの内容だ。

 樹木に日光を遮られ、湿った感じがする領域の一角にあるベンチ。そこに座って宮沢賢治詩集を読む源さんの姿は欠落している。その辺りはたぶん、この公園の中で、あらかじめ欠落した空間なのだが、源さんの不在によって、より欠落がその輪郭を際立たせているようだった。

   ********

 夕食の後、しばらくテレビを見てから、ルネは昼間見たちゃんねる・ぜろのスレッドを覗いてみた。書きこみは増えている。そのほとんどは興味を惹くような内容ではなかったが、スルーして行くうちに、思わず目を留めた個所があった。


732:報道する名無しさん
 三多摩スレで、銭形さんのカキコを見たので来ました。

 僕は夜間に甲州街道でジョギングするのが習慣です。
 住宅地だと不審者と思われ、職質されたりして気分悪いこともあるので、
 家に近い3キロ程の区間を何度か行ったり来たり走るんです。
 事件のあった辺りの時間帯にホームレスらしい二人連れの中年男が
 歩いていたのは記憶にあります。

 それと、数人の男女も見かけました。
 その人たちはホームレスと2百メートルくらいの間隔を空けて歩いていて、
 往復する僕は何度かすれ違い何度か追い抜きました。
 ホームレスが長い距離を歩くのはわかりますが、
 普通の人間が3キロも歩いているのは、あまり見ないし、
 その時は、まるで、前の二人を尾行しているようだなと考えたりしました。


 少し後に、同じ人物からと思われる補足の書きこみがある。


738:732
 ↑でちょっと書き足りないことがあったので、続きです。
 実は二人連れのホームレスをつけているように見えたグループの中に
 見覚えのある顔がいました。
 駅の近くで変なパンフレットを配っている人たちです。
 「瑞穂の会」という宗教団体らしいですが、
 僕がパンフレットを受け取ると
 「ありがとうございます。あなたは神の子です」と手を合わせて
 僕を拝みました。
 いい話が聞けるからと集会所のようなところに誘われましたが、
 あまりにもキモいので、僕はその場をすぐ離れました(笑)

 それから、たぶん同じ人たちなんですが、
 近所の家から出て来たのに出くわしたことがあります。
 セールスをして回っていたみたいです。
 健康食品のパッケージや木の箱を持っていました。
 友達のところに売りつけに行った話を聞いていましたので、
 ああ、これかと思ったんですが、
 たしか、瑞穂の会というのとは別のカルトがやってるはずなので
 ちょっとおかしいなと思いました。
 人手不足になったりすると宗教団体同士で助っ人に行ったりとか
 するんですかね?



58 </sup>

483:三多摩を愛する名無しさん
 今日、報道されてる調布のホームレス殺人ですが、
 タイーフォされた中にどうも洩れのダチがいるみたいなんスが
 そいつは昨日の夜の、ちょうど犯行時刻の前後あたり、
 洩れに電話してきて、2時間くらいダベってたんスよ。
 ニュースでは全員自首したって言ってますたが、
 なんかおかしいんスよね。

    ・
    ・
    ・

492:銭形
 >>483さん
 てことは、実行犯は別にいて、
 お友達を含む少年グループが身代わりに自首したって事ですか?

 それとも、お友達は関わらなかったのに
 付き合いで自首したのか・・・?
 でも、それで、他の連中の罪が軽くなるとかあるんでしょうかね。
 おかしいですね。

    ・
    ・
    ・

497:三多摩を愛する名無しさん
 我が地域から異臭を放つホームレスが一匹消え、
 目障りな不良も檻の中に行った。
 しかし、ま、未成年だから程なく出てくるんだろう。

498:三多摩を愛する名無しさん
 これってTとかPとかいうゲーセンにたむろしてる奴らスかね。
 去年、弟がカツアゲされたって言ってますた。
 社会に戻すのなら、その前にロボトミーきぼんぬ。

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512:三多摩を愛する名無しさん
 さっき、中学の時のクラスメートから電話で知らされたが、
 逮捕された中に当時の知り合いが何人かいるらしい。
 最近はヤクザに手なずけられてるみたいな連中で、
 ヤバイから付き合わないようにしてたんだけどね。

513:銭形
 このホームレス襲撃事件はニュース板でも話題になってます。
 その辺りで活動してるカルトが(駅前でパンフの配布とか物売りとか)
 後をつけてたという情報も寄せられていました。
 何かありましたら、どんどんカキコしてね。
 ttp://www.news.0ch.……


 ご当地板は、東北、関東、都区内、都下、東海、近畿というような地域ごとの板があって、それぞれの中で区市町村のようなさらに小さなエリア限定のスレッドが立てられていたり、あるいは、心霊スポット、空港建設の是非、いい雰囲気の居酒屋やよく出るパチンコ店についてというような特定の話題で語り合うスレもある。
 ネズミヤへの襲撃と殺害について触れられているのは東京板に立てられた“三多摩の話題について語るスレ”の中でだった。“調布市と神大植物公園周辺について”というスレッドもあったが、そちらでは事件についての書きこみは見当たらない。


516:三多摩を愛する名無しさん
 893の社会では身代わりで塀の中に行くのはよくあること。
 やり手の兄貴は娑婆でいろいろ忙しいからブランクを作りたくないわけ。
 まあ、殺人でおつとめをしておけば、極道界ではキャリアのようなものだし、
 少年なら、すぐ出て来れるから、身代わりになると何かと美味しいかもね。

517:三多摩を愛する名無しさん
 この少年たちは在日もしくはBののヤクザ予備軍に違いない!!

518:三多摩を愛する名無しさん
 >>512
 >最近はヤクザに手なずけられてるみたいな連中で、

 そのヤクザって地元の組織なの…?
 情報きぼん。

519:三多摩を愛する名無しさん
 >>513
 >その辺りで活動してるカルトが(駅前でパンフの配布とか物売りとか)
 >後をつけてたという情報も寄せられています。

 ホームレスへの慈善事業で、
 何か食わしてやるつもりだったんじゃないかと思うぞ。

520:三多摩を愛する名無しさん
 全国的規模の某大手カルトに絡んだ事件では、
 施設の建設にからむ反対運動や強引な勧誘、寄付の強要などのトラブルで、
 運動のリーダーや関わった地方議員などが謎の死を遂げたりしている。
 ヤクザと親密な仲という噂もあり、この地域でも会員が多い。
 内部に諜報機関のようなものを持っていたりするというから恐ろしいな。
 宗教団体と言うのは百害あって一利なしの手合いである。
 教祖を国会で証人喚問して違法な事実を追求の上、解体すべきだ。

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 ちゃんねる・ぜろの書きこみの中にはマスメディアに乗らないような裏情報もけっこうある。しかし面白半分や受け狙いででたらめを書いたり、何らかの意図で行われる誹謗中傷や捏造も多い。世論操作を狙ったり、都合の悪い事実を書きこまれた側の隠蔽や撹乱もあるようだ。
 だから確かなソースがない場合、その情報を信じるか信じないかは自己責任ということになる。

 メール受信を知らせる表示が現れた。ルネがネット上の付き合いに使っているフリーメールの方だ。送受信はブラウザ上で行うのでボックスの中をクリックするとIEが開いた。



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送信者 鈴本信紘
 宛先 Rene
 件名 突然メールします。
 
――――――――――
ルネ様

突然のメールで失礼します。
トリルさんの友人で鈴本信紘と申します。

ご存知と思いますが、
トリルさんは現在、心身ともにすぐれない状態にあり、
助けを必要としています。
精神的な援助が必要なのです。

というわけで、ルネさんに
お力になっていただけないでしょうか?

個人的事情でこのメールアドレスは、間もなく使えなくなります。
また、メールでのやり取りでは要領を得ないことも多いので、
私の携帯に電話していただければ幸いです。
090XXXXXXXX

それでは、良いご返事がいただけることを期待いたします。



鈴本信紘

――――――――――



 メールアドレスは使えなくなるということだったが、ルネは、いちおう保存しておくことにした。アドレス帖を開いて鈴本信紘を追加した後、一覧に目をやると、少し前にポプラのメルアドがあった。Poem VillageのBBSで近況報告していた時、記入されていたのをいちおう登録しておいたものだ。

ポプラ|高瀬川麗佳グループのメンバー|t_szmt@…… 

 それは鈴本信紘のものと同じだった。













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