HTML殺人事件(4/14)縦書き表示RDF


HTML殺人事件
作:ame*



第4話


33<blockquote>

ネット詩の現状について語り合いましょう。
1:詠み人
 HPやブログなどで自分の書いた詩を発表している人の数はひじょうに多く、もはや
 、その数の把握は困難でしょう。また、いくつかの投稿サイトはビジターの数もひ
 じょうに増え、巨大な規模になってきています。
 その一方で、派閥に分かれての論争が目に付くようになったり、また、これまで活
 躍していた詩人さんが、あまり姿を見せなくなって、サイトが閉鎖されることも多
 いようです。
 ネットの問題に限らず、書店で詩の本や詩誌を見かけることがない現状や、プロを
 目指す場合の問題なども含めて、広く語り合い情報交換していただこうと思い、こ
 のスレを立てました。


 このスレが立てられたのは昨年の6月だった。もう半年以上前の話だ。ニュース板の人気スレだと1日も経たない内に書きこみがリミットの1000に達してしまうが、詩板はニュース板ほどのアクセスはなく、書きこみも頻繁ではないので全体的に動きがスローペースだ。

 流し読みしながらスレッドを降りていくと、話し合われている内容にちょっと惹かれる部分があったので、ルネはそこをじっくり読むことにした。


   ********

389:名もない詩人さん
 日本では詩集も詩誌もマイナーであるという現状は
 皆さんの書きこみでわかりましたが、
 外国ではどうなんですか?
 ランボオとか、ハイネとか、
 いろいろ有名な人、いますね。

390:名もない詩人さん
 >ランボオとか、ハイネとか、
 それ、かなり昔の人だよ。

391:389
 >>390
 すんまそん。無学なものでw

392:名もない詩人さん
 ドイツにはゲオローク・ビュッフナー賞というのがあります。
 ゲオローク・ビュッフナーは19世紀の非常に政治色の濃い劇作家ですが、
 同賞は1923年に、その出身地ヘッセンで設立されました。
 設立当時は芸術全般を対象にする賞でしたが、
 後に、詩・小説・劇作が対象の純粋な文学賞になりました。
 日本で言えば芥川賞のような権威をもったものといえばいいでしょうか。
 もちろん芥川賞は小説の分野のみに対して与えられるものですけど。

 そのゲオローク・ビュッフナー賞の多くて約半分、少なくとも3分の1は
 詩の分野にたいして与えられていると言っていいと思います。
 2004年の受賞者はWilhelm Genazinoですが、
 1989年以降の受賞者はすべて、
 詩人として、あるいは詩人としても有名な人たちです。

 このようにドイツでは、詩が他の文学分野と同じように
 評価されていることは事実でしょう。

 残念ながら、やはり日本では詩に対する認知が低いのではないでしょうか。

393:名もない詩人さん
 ロシアでも詩集を読むのが人々の間では一般的で、
 むしろ詩集は小説より売れているくらいだという話を聞きました。

394:アル中る
 韓国でも詩集はポピュラーな存在らしいです。
 例えば崔泳美チェ ヨンミの詩集『三十歳、宴は終わった』は
 100万部以上の売上げを記録するベストセラーとなっています。
 書店でも、日本のように片隅の目立たない場所に置かれているのと違って、
 有名書店には、かなり広い詩のコーナーがあるとか。

395:名もない詩人さん
 崔泳美って韓国の銀色夏生みたいなものでしょうか?

396:アル中る
 うーん、銀色夏生の詩はJ-POPやコバルト小説寄りですよね。
 独断と偏見で言ってしまえば、崔泳美の作品は
 日本で言えば現代詩の範疇に入るような感じ 
 
 韓国女性詩人としては大胆な性表現もあります、

397:詠み人
 韓国では金芝河や尹東柱といった社会運動の中で活躍した詩人もいて、
 社会的な詩は日本より重視される傾向があり、影響力ももっている。
 また、自費出版で出版社が儲けるシステムの日本と違って
 韓国では売るために作るから、本の作りもハンディで、価格も低い。
 だから、ますますよく流通するようになる。

 ここに、韓国詩に詳しい佐川亜紀さんの文章があるよ。
 ttp://www.poetry.ne.jp/zamboa/sagawa.html

398:名もない詩人さん
 なにしろ、日本でいちばん権威のある(?)N会では
 自分の詩集を出していないと正式会員になれないんですからね。
 詩人さんたちは出版屋さんのいいお得意先です。

399:名もない詩人さん
 社会的に認知されていて詩集も売れれば
 海外の詩人は詩を書いて生活できてるわけですね。

400:名もない詩人さん
 日本の詩人は詩で飯を食ってるんじゃないの?

401:名もない詩人さん
 それは谷川俊太郎オンリー(爆
 
402:名もない詩人さん
 別に本業があったり、雑文書きや講演で収入を得たり、
 中にはカルチャースクールで詩の講座をもってたり、
 という人もいるね。

403;名もない詩人さん
 詩では生活できないどころじゃなくて
 日本ではかなり有名な詩人でも、詩集の出版経費は自己負担ですよ。
 けっこう有名な出版社から出していたりするので
 凄いと思われるかもしれませんが、
 事実上の自費出版で、実は発行部数も数百程度(笑
 それでも、身内と詩壇の知り合いと数少ないファンに配って、
 かなりの数は押入れに眠ってたりが現状ですが。

404:名もない詩人さん
 それでもネットには、詩で有名になって食っていこうと、
 野心満々の香具師が、いっぱいいるわけだが(藁

405:名もない詩人さん
 銀色夏生とか、魚武とか、あいだみつお…、
 なんてのをめざしてるわけで。

406:名もない詩人さん
 ねじめ正一ってのもいたね。

407:名もない詩人さん
 ねじめは、もう、どちらかといえば小説家でしょう?

408:名もない詩人さん
 ま、肝心の作品が独り善がりだったり、
 女学生がノートの端っこに書くようなお粗末さではな。
 もっとも、いいものが売れるとは限らんが。

409:名もない詩人さん
 まあネット詩人なんて敗者復活戦みたいなものじゃないの?
 小説で賞を取ったり、音楽でメジャーデビューできるような才能がない負け組が、
 それでもj自己顕示欲は人一倍もってるから、
 書くのも読むのもイージーな詩の世界で一旗上げようってところかな。
 それを言うならネットの自称アーティストの皆さんに、
 当てはまっちゃうかもしれないけど。
 (あ、本当のこと言っちゃったwゴメソ

410:名もない詩人さん
 そういえば、最近、
 練炭自殺したネット詩人もいたね。
 昔はインディーズにいたらしいから、
 348さんの説の典型的な例だね。
 一緒に死んだ女もネット詩人だと
 ニュース板で晒されてたよ。

411:
 Helterとトリルですね。
 なにか情報をもってる人、いませんか?

   ********


 次の発言が、このスレッドでいちばん新しいものだった。時間を見ると十数分前に書きこまれたようだ。ルネがこのスレッドに来たのより僅かに速い時間だろう。
 それをただ読み流してしまうことに対して、何かが摩擦を生じさせているようだった。それは彼の背後にいる、もうひとりの自分のようなものだ。



34</blockquote>

412:名もない詩人さん
 Helterと一緒に死んだのはトリルさんではありませんよ。
 トリルさんはご健在です。
 いくら、ここがちゃんねる・ぜろだといっても、
 根も葉もない噂はやめてください。

   ********


 そういえばニュース板でもHelterの道連れがトリルであることを否定する書きこみがあった。彼女の知り合いだろうか?オンラインの付き合いでも、あの事件の後にメールやチャットなど何らかの接触があればトリルの生存は確認できる。
 ルネは日付の右に表示されているIDに目をやった。

  A5c+Kp…

 IDはBBS管理者が投稿者一人一人に割り当てるもので、といってもコンピューターが自動的に行うのだが、これは投稿者がHNやメールアドレスを変更しても変わることがない。プロバイダーによってはモデムを再起動すると別のIDになるようだが、とにかく短時間のうちに同じIDで書きこんだのはのは同一人物ないしは同じ接続場所と考えていいだろう。
 掲示板などで時々目にする同じようなものに、8ビットごとの数字をドットで4つに区切ったIPアドレスや、リモートアクセスサーバー名があるが、前もってメールなどでソフトを送りつけられ不用意にインストールしていると、これを使ってPCに侵入される場合もある。

 ニュース板に戻って502“Helterと一緒に死んだ人はトリルではありません。”のIDをみると、やはりA5c+Kp…で一致している。二つの書きこみのタイムラグは3分弱だった。モデムを再起動してIDを変えられるか微妙なところだ。しかし、ちゃんねる・ぜろでは二重投稿を防ぐため、120秒経過しないと次の書きこみができないシステムになっているので、そのタイミングを測って投稿したと考えるのが妥当なように思う。
 詩板の方にはあらかじめ行っていてトリル死亡の書きこみを見ていたのだろう。それで、あちらでも否定しなければと戻ったのではとルネは考えた。

 “ネット詩の現状について語り合いましょう。”のスレッドにまた戻ると新しい書きこみがあった。


   ********

413:
 >>412
 あなたはトリルさんではありませんか?

   ********


 投稿者名は何も書かれていない。その前にある書きこみと同様だった。

411:
 Helterとトリルですね。
 なにか情報をもってる人、いませんか?

 名前の欄に何も書き込まないまま送信すると自動的に“名もない詩人さん”が表示されるから、そこを空白にすることで発言を目立たせようとする意図が感じられないでもなかった。スペースキーを打ったのか、あるいは何か別の方法があるのかも知れない。右端に表示されるIDを比較してみるとまったく同じだった。

 ニュース板に戻って、ちゃんねる・ぜろ専用ブラウザの検索機能を使い、スレッドからふたつのIDを検索してみた。
 351のIDでは502の“Helterと一緒に死んだ人はトリルではありません。”が出て来た。
 詩板の350と352は銭形というHNが書きこんだもののIDと一致している。ここにはHelterの掲示板をコピーしたURLが貼られていた。
 銭形は相手が何らかの動きを示すことを期待して釣っているのかもしれない。でも、その後の書きこみに、まだ、反応のようなものは見られなかった。

 詩板に戻ってみたが、まだ、次の書きこみはされていない。
 もう少し経てば何か変化があるかもしれないので、ルネは時間潰しに他のスレッドを覗くことにした。
 スレッド一覧に、“5.詩人さんたちの噂話・裏話。”というのがあり、ここに何かあるかもと期待したのだが、Helterの自殺に触れているものはなかった。“2.あなたの詩に感想を書きます。”と“3.リーディングのイベントに行ったことある?”は内容的につまらないので終わりの方へ飛ばしたが、最近の書きこみに、めぼしいものは見当たらない。
 “4.今までに最も感動した詩はこれだ。”に移っても、たいして面白いものに出会うことはなかったが、最後にこんな書き込みがあった。1時間弱くらい前に投稿されたものだ。


   ********

238:詩人は夜明けを待っている

 ここでは場違いかもしれませんが、
 私は尾崎豊の「太陽の破片」をあげたいと思います。

 失望や絶望と戦っている彼と
 自分の姿がオーバーラップするのかもしれませんが
 そんな時、いつも、この詞に力づけられます。
 人に勇気を与えたり、幸せにしたりするのが
 詩の本当の役目だと思うので、
 私も詩人として、できるだけ多くの人に
 影響を与えられるようになりたいです。

 これは彼が覚醒剤で逮捕され、カムバックした時の作品です。
 私は、リアルタイムな尾崎ファンではありませんが
 生前、彼が住んでいたマンションは、
 私の家から比較的近いところにあり、
 落ち込んだ時などは見に行ったりします。

 尾崎の作品全般で言うと
 「15の夜」や「卒業」のような若い世代の主張もいいですが、
 個人的には彼のラブソングがひじょうに好きです。
 例えば「Oh My Little Girl」
 私も、こんな愛の詩を書ければと
 日々、精進しています。

 実は最近、私と関わりのあった詩人さんが亡くなったと聞きました。
 尾崎のようにメジャーではありませんでしたが、
 以前に音楽をやっていた人です。
 まあ、彼に対しては複雑な思いがあるのですが…。



   ********


 何気でIDを見た。

  A5c+Kp…

 トリルの死を否定しているふたつの書きこみと同じだ。

 サーチエンジンの検索窓に“尾崎豊 マンション”と入れて調べた。ネット上にある尾崎の情報は相当な量のようでヒットするページ数も多い。マンションが北千住の近くにあることは、すぐわかった。



35<span>

 カーブが小刻みに連続している。身体と車体の両方を傾けて曲がっていては間に合わない。上半身は垂直に保った状態で下半身を左右に曲げMTBを傾ける。
 ほとんどスピードを落とさずに5・6回カーブを切ると、その先400メートルほどはほとんど直線だった。ペダルを踏むが車輪の回転の方が速くて、空回りの感触が足に伝わるだけだ。左と右の手首を順に捻って前後のギアともトップに上げた。ペダルから少しだけ重さを感じる。回転を少しづつ早めて加速し、足を停めた。

 もう50キロを超えただろうか?メーターを見るのは危険だ。前方への注意がおろそかになるしバランスを崩す怖れがあった。自転車は顔が向いている方向に曲がる傾向がある。よくママチャリのおばさんが、すれ違う自転車を除けようとしながらぶつかっていってしまうのは、相手の方に目をやって顔を向けるからだ。
 緩いS字カーブの先は鋭角に左折して、その先は眼下の樹木の中に隠れていた。

 ルネはブレーキレバーを握る手に少し力を入れた。カーブに差し掛かるやや手前で対向して来る白い乗用車が目に入る。充分スピードを落とし、道路の中央に出ないよう慎重にカーブに入った。
 下り坂がやや急だったので、ブレーキレバーを小刻みに握ったり放したりしてスピードが出るのを押さえる。ブレーキを効かせた状態を続けてシューが焼けるのを防ぐポンピングというテクニックだが、ここでは、使う必要はないかもしれない。
 緩いペースを保ってゆっくりとターンした。
 対向車はセンターラインをだいぶ越えて曲がって来た。運転が下手だが、それは想定内だった。ルネは路肩から2メートルくらいのところを走っていたのでぶつかることはなくすれ違う。自分の安全は自己責任で守る方がいい。知らない相手に無闇な期待をかけたり信頼を寄せたりするのは平和ボケというものだろう。

 次の右カーブを過ぎると遥か下方に御殿場の市街地が広がっている。道の脇は切り立った崖なので、ガードレールに突っ込んだら自分の身体はそれを飛び越えて空中に投げ出されてしまいそうだ。
 しばらく行くと左カーブの端に路面の白い部分があった。おそらく一日中日陰なのだろう。凍結しているようだった。ちょうど、後ろから4WDが来ていたので、スピードを落とし、抜かれてから道の中程まで出て問題の個所を迂回した。

 慣れていない道を走る時は緊張度が高い。ルネは、外界のあらゆる方向に注意を払いながら走っている自分を、いつどこから攻撃を受けるかわからない兵士のようだと一瞬の間、思う。ガードレールを飛び越えて落ちてしまう想像もだが、路面に石や枝が落ちている場合もある。蓋のない側溝も不安な気持ちを生じさせた。時速40キロ以上は出ているからタイヤが踏みこんだら転倒して下手をすれば死ぬこともあるだろう。生命への執着はたいしてないのだが、たぶん、それは動物的な本能の中に存在する恐怖で、いつも聞こえるか聞こえない程度の通奏低音として鳴りつづけている。

 想像の中で崖を落下していくルネ。
 石を踏んでバランスを崩し転倒する自転車。
 側溝に前輪が落ち路上に打ちつけられる身体。

 イメージはリアルな世界に浸入してルネの神経に過剰な電流を送り、そこかしこで微細な火花を生じさせる。
 テンションは高まるが、その時もう危機は未知のものではない。
 イメージは例えば危機に対するワクチンなのだろうか。イメージすることによって人はその内部で危機への対処をトレーニングする。
 想像力はもともと危機を回避するために存在しているのかもしれない。

 今までは片側1車線のところが多かったが、両側1車線が定着してきて道幅も広くなったように感じた。間もなく138号線に出るのだろう。
 ルネは芦ノ湖から仙石原を通り138号を登って来たのだが途中で長尾峠を越えるルートを取った。こちらは旧道で迂回することになるから、ほとんどの車は乙女峠のトンネルを抜けていく。
 自転車の場合トンネルは道幅が狭いし、追い越していく車から受ける風圧が強い。反響音も気色悪いのでなるべく避けたかった。
 長尾峠への道は通る車も少なくて快適だった。多少の上り坂が続くがギアを落とせば漕いで登って行ける。芦ノ湖は、それほど登って来たのかと思うくらいの下方の遠くにあった。峠の短いトンネルを抜けると、そこからはずっとダウンヒルになる。

 前方に車の行き来する道路が横切っていた。信号機も見える。たぶん138号線だろう。
 ルネは100メートルほど手前でひと休みすることにした。ハンドルを握り続けていた手が少し痺れている。MTBをガードレールに凭れさせ、周囲の山々を眺めた。

 下界の輝きと身体に届く時の暖かさで、太陽の光線が強まっているのをありありと感じる。
 大気が湿り気を含んでいるためか空に鮮やかさはないが、少し前までのように凍てつく色ではない。天頂の薄い青から山の稜線の向こうのほとんど白までグラデーションがかかっていた。
 今、この世界の中で何人が空を見ているのだろう。もちろん地球の半分の上空は暗い。そこが昼間でも、曇っている地方もあるだろうし、また、その土地によって空の色は違うだろう。

 例えば自分の父も今、どこかで空を見ているだろうか。父はルネがまだ幼い頃、バックパッカーとして日本を出ていったらしいが、その後どうしているかを彼は知らない。誰かに聞くとか何か当たってみれば消息が掴めるのかもしれないから、むしろ知ろうとは思わなかったと言った方が正しいのだろう。

 ルネの脳裏を白昼夢のように、ヨーロッパの古い建築物に囲まれた風景や、緩やかな地表の曲面が連なる砂漠や、熱帯植物を背景に波の打ち寄せる浜辺の情景が流れる。次のイメージは実物を覚えていない想像上の父のシルエットが、チベットの奥にあるシャンバラに消えていくものだった。
 いつか写真集で見たのと同じで、チベットの空は深い青だ。
 
 父親と一緒に暮らしていたら幸せだったとも思わない。もっとも幸福感というのは差異から生じるものにすぎないだろうから、求めても意味はないのかもしれなかった。
 幸せというのは、その人間が今の自分の境遇を肯定すれば簡単に感じられるもので、そして、たぶん奴隷のような人間ほど自分を幸せだと思いたいのだ

 もうすぐ針葉樹や常緑樹でない木々も緑の葉をつけ山肌を草が覆うようになって、その頃になると、山々が生命力を含んだゼリー状の緑の皮膜で覆われているように見えることだろう。世界はその前段階にあった。

 時が流れ、冬は終わろうとしている。
 Helterたちの自殺以後、もうネット詩人に関わる事件や自殺の話を聞くことはなかった。



36</span>



 車の多い138号を下って御殿場の市街地に入った。まだ町外れの地域だろう。区画整理がきれいになされていて、建物は皆、比較的新しいようだった。
 大型車がよく通るので車道を走るのに神経を使う。今日はかなり走ったので少し疲れていた。歩行者がほとんどいなかったし道幅も広いので、信号待ちを機会にルネは右側の歩道を走った。
 横道から出ようとしているバンがいて、車の列が途切れるのを待っていた。ルネがその前を通りすぎようとする直前に、突然、向こうから来た車が停止してパッシングする。バンの運転者は左側を確認したらしくルネが通りすぎるまで待っていた。パッシングでそのまま発進したらルネにぶつかったかもしれない。
 ふつうなら、ルネの自転車がすぐ近くに来ているのは目に入っているはずで、下手をすれば事故を誘発する。親切心で道を譲ったにしては奇妙な行動だった。

 止まった車のフロントガラスの向こうに顔色の悪いダークスーツの男が見える。無表情だ。病弱なようにも見えたが、とにかく、あまり幸せそうな人間でない印象を受ける。被害妄想と言われそうだが、ルネはその男が自分に対して殺意をもっていたように感じた。
 自転車で走っているルネが健康そうだからとか、自由な時間があって遊んでいるように見えて嫉妬の感情を抱いたとか、もっと他の理解不能な動機だってあるだろう。自分の不満やコンプレックスを他者への攻撃に転換するのはよくあることだ。
 殺意というものは確たる理由がなくても、ぜんぜん見知らぬ相手に対してでも、どこかで不意に起きるものではある。


 御殿場駅からJRで輪行してもよかったが、まだ日も高いので三島まで行くことにした。三島からなら新幹線に乗れるが御殿場線は乗換えがあって面倒だ。
 折りたためる自転車か、あるいは車輪を外して専用袋に入れれば手荷物として列車に持ち込むことができる。以前は持ち込み料を取られたらしいが今は無料で、マニアの間では輪行と呼ばれている。
 東名高速に沿った道を南下していくと246号線に出た。246と言えば東京では六本木や渋谷辺りを走っているが、それがここまで続いているわけだ。
 この道は以前、来たことがあった。歩道は広くて路面に自転車用の表示が見える。車の量が多いので歩道を走ることにした。ずっと緩やかな下りなのでまあ快適と言えるが横道のところに段差があって、かなりスピードが出ているから、なるべくチューブを痛めないよう気をつかった。危険な側溝にしてもそうだが、日本の道路はあまり自転車のことを考えて作られてはいないようだ。
 左に見えてきた自衛隊の駐屯地では轟音を上げて戦車が動いている。太陽は右側の山の上に傾いていた。三島駅に着いた時は日没だった。


 三島から東京までは1時間しかかからない。
 PCのスイッチを入れ、起動する間に着替えをした。もう乾いてしまっているが、山の上りでだいぶ汗をかいている。


 ぽえ村の投稿板は相変わらず賑わっていた。でも、そこで見られる顔ぶれは少しづつ変化しているようだ。以前は速いローテーションで盛んに投稿していた常連たちも、最近は時折、姿を見せる程度になってしまっている。
 もうすぐ新年度になる。進学や進級を機会にPCやネットを始めるのも多いだろうから、ここにも新しいメンバーがどっと入ってくるかもしれない。

 ルネは投稿の一覧に“伯爵”というHNを見つけた。HelterのBBSに時々書きこみがあった記憶がある。作品は『アンダルシアの猫』というナンセンスのようなアドリブで書いたようでもあるものだった。ブンガク的な雰囲気はあるのかもしれない。
 サイトURLをクリックした。

 開いたページはブログで、書かれた日付を見ると1ヶ月以上前だ。更新は平均すると月に1回もないようだった。そういえば、投稿されていた詩もコメント欄に高校時代の作とあった。だが、もしリアルな生活が充実していて楽しいのなら、あえてネットジャンキーになる必要もない。


   ********

   伯爵の徒然なるBlog
 黒枠

最近、俺がweb上で知ってる人たちに訃報が相次いだ。メールやチャット、掲示板での付き合いばど直接関係のあった人もいるし、知り合いの知り合いといった人、投稿された作品を見たりHPを覗いたことのある人などさまざまだが、まるで1960〜70年代にロックのミュージシャンが次々死んでいったのを彷彿とさせる出来事のようだな。
えーと、調べてみたよ。
ジミ・ヘンドリックスは1970年9月に死亡。ジャニスジョップリンはそれからちょうど1ヶ月後にこの世を去っている。その前年の7月にはローリング・ストーンズのメンバーだったブライアン・ジョーンズが、自宅のプールで溺死体となって発見され、Doorsのジム・モリソンはジミヘンやジャニスの翌年7月にパリで死亡。
まあ、ちょっと後になってDeep Purpleのトミー・ボーリンとかプレスリーとかマーク・ボランも死んでいるわけだ。

しかし、なんかこのあたりの時代って華やかな感じがするな。
聞くところだと60年代あたりには占星学でいうアクアリアン・エイジの始まりがあったんだとか。春分点の実際の位置は少しづつ移動するので、古代にはおひつじ座にあったのが、その頃からみずがめ座に入って、人類にとって大きな変革の時期だったとか…。
まあビートルズなんて、このあたりで出てきてるが画期的だものな。この頃確立されたロックのかたちが今に至るまで続いてるわけだしね。うーん。

ということで、今また時代の転換期。21世紀のカルチャーをリードするのは詩なのだから、かつてのロックシーンにおけるミュージシャンの死みたいなことが詩人さんたちの間で起こっているのかな。なんてちょっと勘違いしてみたり(苦笑

ところで、ネット詩関係の方がたの死因は報道されているところでは自殺が多いようだね。無理心中らしいのもあるが、これも含めれば、だいたいが自殺……。
俺は、ぽえ村に投稿している人たちをはじめ、ネット詩人さんのサイトを暇つぶしにしばしば覗いていたのだが、そこでよくあるのが精神科や心療内科に通院しているってことだった。
ま、日記にカウンセラーとのやり取りを書いたり、飲んでる薬のリストがあったりするサイトは詩人さんに限らず珍しくないね。おれもネットサーフィン(死語)してるとよく見かけるよ。
自分の周囲ではそういう治療を受けている人など、ほとんど聞かないんだがね。いや、実は案外多いのかもしれないな。日本ではまだ心の病気に対する偏見がかなりあるからオフレコにしてるのかも。じつは周りにいっぱいいるのかもしれないね。

Comment() Trackback()

   ********


 60〜70年代に自分はまだ生まれていない。ロックのようなサブカルチャーは、自分くらいの年齢だった父親がリアルタイムで体験しているはずだ。今日はやけに父を連想することが多いとルネは思った。もしかして彼が世を去ったりしているのだろうか。病院か路上か人里離れた場所か、とにかく世界のどこかで。
 ルネは、そういう虫の知らせのようなものが存在することを否定するつもりはなかったが、この場合は、そういうものでないような気がした。そして、サイトからサイトを巡るうちに彼の想念の中にあった父は、いつしかフェイドアウトしてしまう。

 希羅々、水野達彦、高瀬川麗佳、darkblue、Helter。Helterと一緒に練炭自殺したのがトリルかどうかはわからない。
 ネット詩関係に限って短期間にこれだけの者が世を去っているが、そのことをちょっと多いと思ってはいても、それ以上の疑問を抱く者はないようだった。
 でも、takayoから得た情報では、この中では何ら関係のなさそうなタツヒコも
希羅々と繋がりをもっている。だから自分は、そこに地下茎の存在のような何かを感じて好奇心をもつのだろうか。
 ディスプレイの奥に深い陥穽が存在するような、妄想とも幻覚ともつかないものがルネの意識に広がっていった。



37<dl>


――――――――――

 コノ セカイニ アイヲ
  Helter


この世界のどこかで
誰かが手首を切っている
彼女の足元にしたたり落ちる血液
ちぎられた睡眠薬のパッケージの山
WEBの日記に書かれたSOS

相手かまわず送った被害妄想のメール
ひとりよがりで勝ったと思い込んでいる
でも誰も気にとめず即削除 レスも来ない
そんなもので傷つくおめでたい奴はいないぜ
地球のどこかでは必ず戦争が起きているのに

コノ セカイニ アイヲ
コノ セカイニ アイヲ

都市の暗がりから湧き出す悪臭の泡
通りすがりのリーマンからせしめるのは
攻撃と破壊のアドレナリンに
ウォレットから引き抜く何枚かの紙幣
だけど もっとポジティブにもっと遠くへ

境界線を越えれば向こう側の世界がある
そのことを知ってしまうENFANT TERRIBLE
行ってしまえばどうってことないし
モラルと法律の重力圏を抜けれたその時
DNAの二重螺旋に隠れていた快楽が解放される

コノ セカイニ アイヲ
コノ セカイニ アイヲ

コノ セカイニ アイヲ
コノ セカイニ アイヲ

ごらん 生命は何とかして生き続けようとしている
拠り所になるならどんなものでも支えにして
頭が悪いことや病気や貧乏やねじれた性格
おぞましいルックスや前科やあらゆるコンプレックス
何でも好きなものをアイデンティティーにできる

そして みんなが還かえっていきたがる場所
始源ゲマインシャフトの母胎で安らぎを得るのは
みちづれなしに叶えられないことだから
傷口を舐め合いながらねばつく地獄に堕ちて行く

回転する青い地球と銀河を背景にシャム双生児は踊る
あたしのハートは阿修羅 あたしの神経は光ファイバー
すべての快楽にCongratulations !
あらゆる恍惚にCongratulations !

コノ セカイニ アイヲ
コノ セカイニ アイヲ

この世界にある椅子の数は限られている
もし あなたが席を空けたら
すかさず誰かがそこに座るだろう
時にはあなたを突き飛ばして
誰かがそこに座るだろう

コノ セカイニ アイヲ
コノ セカイニ アイヲ

コノ セカイニ アイヲ
コノ セカイニ アイヲ

コノ セカイニ アイヲ
コノ セカイニ アイヲ


 200X年3月21日XX時XX分XX秒
 作者のHP:

●この作品の著作権は Helter さんに帰属します。
●無断で転載することは禁止します。


 いつものサイト巡回の途中でぽえ村にアクセスすると、リストのいちばん上にこの作品があった。数分前に投稿されたものだったが作者がHelterであることが特別ルネの目を引いた。
 ネット上のさまざまな情報から、報道されている練炭自殺のメンバーの一人がHelterだと思っていたのだが、そうではなくて彼は生きているのだろうか。

 ルネは『コノ セカイニ アイヲ』という作品に既視感デジャ・ヴュのようなものを感じた。だが、かつて、この詩を読んだことがあるというのとは少し違うような気もする。
 Helterのサイトは事件がメディアに乗って数日を経てから閉鎖されていた。彼の友人や親族が対応したのかもしれないし、フリーのHPスペースを使っていたから、そこの管理者の権限で処置したことも考えられる。3ヶ月間更新がないと削除される規定にはなっているが、まだ、その期間を経てはいないだろう。著作権侵害や他人の名誉毀損や、それほどの反社会的内容があったとも思えないが、警察から連絡があって閉鎖を暗に仄めかされたり、あるいは自主規制でそうなることは充分あり得る。あまりにアクセスが集中するのでサーバーの状態が悪くなり、他のユーザー様に多大なご迷惑がかかります…、とか、まあ理由などはどうとでもつけられるのだ。

 Internet Archiveに保存されているHelterのサイトを見たが、『コノ セカイニ アイヲ』は見つからなかった。デザイン変更の更新が頻繁だったので十数回分をざ見て回る必要があリ、ざっと回ってもかなり疲れたが、それを経るうちにルネの中で、既視感がどこから来ているのか、しだいに明確になってきていた。
 『表現する葦』という詩が投稿されていたのを見た時と似たような感覚なのだ。
 『表現する葦』は、それより前、“HP小僧”の編集システムから覗いたページにあったのを見ている。“HP小僧”はタツヒコが運営していたサイト紹介のメルマガで希羅々やtakayoはスタッフだったらしい。
 『表現する葦』には何やら暗号めいたメッセージが隠されているように考えられなくもないことをルネは発見している。

 ルネはぽえ村に戻って、もう一度『コノ セカイニ アイヲ』を見た。

 作者からのコメントは空欄になっている。

――――――――――
 感想
――――――――――
 あ、Helterさんだ。おひさしぶりです。
 相変わらずロックして快調に飛ばしてますね\(^o\)(/o^)/ :野呂

 本当だ。Helterさんだ。突然HPがなくなっちゃって
 、変な噂も聞いたんですが、デマだったんですね。 :sasuke

    ・
    ・
    ・


 翌朝、メールチェックをすると、その中に差出人がトリルとなっている1通があった。
 送られてきているメールアドレスはプロバイダーとの契約時に与えられたもので、ルネはそれを仕事上や公的な場合にしか使わないので公開していない。
 トリルがどうやってそれを知ったのか、少し訝しく思ったが、とりあえず、そのメールを開いてみた。



★33<blockquote>中での、ドイツの文学状況については
 世界を駆ける詩人、m.qyiさんから情報をいただきました。

  m.qyiさんのサイト http://page.freett.com/mqyi/











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(1) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう