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HTML殺人事件
作:ame*



第10話


74 <textaria>



 部屋に帰って、ルネはiTunesにDLしたままになっていた音楽を何曲か聴いた。60〜80年代のロックやクラシックやテクノやアンビエントやジャズなどジャンルについては統合失調的かもしれない。
 ルネは、それらのどれもフルコーラスを聴くわけではなく、適当なところで別の曲に移った。それぞれは名曲といえるし、おそらくアーティスト渾身の作品なのだろうが、すべての受け手に必ずしもじっくり聴かれるわけではない。

 そうしている間、ルネは頭の隅で、やはり、さっきのホームレス詩人に頼んでおくべきことがあったのではと考えた。何となく源さんのことが気になって、連絡を取れたらと思ったのだ。というより、ずっと意識の底部にあった種子のような感情が発芽したのかもしれない。それは次々と曲を変えるのにしたがって、しだいに増幅されていった。

 ルネは自分に宛てたメールを送れるフォームのページを作ることにした。これがあれば、メールアドレスをもっていなくても、例えばネットカフェからルネ宛てのメールを送ることができる。司 徳馬以外にも、源さんと行き会う可能性のある人間がいたらURLを伝えてくれるよう頼んでおけばいい。

 まず、海外にあるサーバーのフリーHPスペースで、CGI設置可のものを探した。フリーでは、というか、有料やプロバイダーがユーザーに提供するものでもCGIのファイルは置けない場合が多々ある。欠陥のあるスクリプトを置かれるとサーバー全体に悪影響を及ぼすことがあるからだ。
 しかし、CGI設置可のフリースペースも探せば見つかる。海外のサーバーにしたのは、万一の時、その方が日本からの捜査が及びにくいからだ。
 アンダーグラウンドの情報サイトからsendmail機能を使えるフリースペースを何ヶ所か覗いてアクセス状態の良さそうなところを借りることにした。ルネはメールフォームのページが欲しかったからsendmail機能は必須なのだ。

 その次に必要なのはCGIだ。CGIはサーバー側で動作する一種のプログラムで、掲示板なども、これで書かれたものが多い。この場合はフォームに書かれた内容をメール送信するのだが、ルネはCGIに関するスキルがあまりないので自分で書くとなると面倒だ。しかし、自由に使うことを作者が許可しているフリーCGIが多数、公開されているので、検索して手ごろなものを選んだ。多少の知識があれば、自分の用途に合わせて適当にカスタマイズできるが、この場合は単純なものでよかったから、それほどいじる必要はない。

 スペースを借りたサイトのマニュアルは英文だったが、いわば定形文のようなものなので要領は掴みやすい。設定したCGIをサーバーに送り、フォームに書きこんでテスト送信してみると、うまく動くようだった。

   ********

 翌日も天気は良かった。ルネはメールフォームのURLをメモすると、その紙片をポケットに入れて、また渋谷に出て行った。
 山手通りを上っていくと、司 徳馬は同じ場所で店を開いている。ルネは前にしゃがんで並んでいる詩に目をやった。昨日見て記憶に残っているものもあるが、3分の2くらいは新しく書かれたものと入れ替わっているようだった。
 折り畳み椅子に腰掛けて新聞を読んでいた司 徳馬は、ルネに気づくと「やあ」と片手を上げた。普段の顔つきは色黒なためもあってか、少し険しさを感じるが、笑顔になると人を拒絶する雰囲気は消える。
「昨日言ってた知り合いを探してるのかい?」
 司 徳馬は続けて「ゲンさんってひとのことだよ」と言った。
「うん、まあ、それもありますが」
「何しろ、今、ホームレスは多いからね。役所では東京にいるホームレスの数が6000人強なんて言ってるが、とてもそんなもんじゃない」
「万単位の数ですか?」
「そうだね」
 司 徳馬は右手でピストルの形を作ると都庁のビルが聳え立っている方向に向けた。目を細めて狙いを定めている。
「何万人のホームレスが暴動を起こしたら面白いんだがね。世の中、引っくり返るかもしれない」
 ネズミヤシゲルなら、同じようなことを語るかもしれないとルネは思った。そんな時は、たぶん目を剥き出して唾を飛ばしながら喋るだろう。でも、ネズミヤは多摩で何者かに襲撃されて、既にこの世にはいない。
「ま、それほどの根性があったらホームレスになんかならないがね。野宿してる連中には背中に、結構立派な彫り物のある奴もいるよ。仲間うちでは元ヤクザとか粋がってるが、いざとなると不良の子供たちに簡単に殴り殺されちゃう」
 司 徳馬は小声で笑い、強めの陽射しに汗ばんだ顔をタオルで拭った。首をゆっくり左右に回して通りすぎる人々を眺める。
「その人は宮沢賢治が好きなんだったっけ?」
「宮沢賢治の詩集を読んでるのを見たことがあります」
「賢治は田中智学の創設した『国柱会』という宗教団体に入会していたんだね。上京してそこの下働きをしていたこともあるそうだ。純正日蓮主義の、今でいうカルトかな」
 司 徳馬は、暗唱でもするように澱みなく話を続けた。
「花巻で農学校の教師をしてたんだが、創作に専念するため退職したんだったっけね。でも、彼には文筆による収入なんて、たいしてなかったんじゃないかな。まあ、実家が裕福だから金には困らなかったんだろうが…。その辺のことは私も不勉強なので、よく知らないが」
「詩を書かれてるだけあって、いろいろ博学なんですね」
「いやあ、要するに暇な時間が多いからだよ」
 司 徳馬は笑ったが、それは自嘲気味にも感じられた。
「天気のいい日は、こうして店を開いてるが、雨の日や、冬場の寒い日なんかは図書館のお世話になるんだよ。あそこに入ってると暖かいからね。仲間は新聞を読むくらいで後は寝てるが、私は、それでは申し訳ないんで一応本を読んでる。どうせなら若い頃に勉強しておけばよかったんだがね。今更ながら思うよ」
 年寄りが若い頃について語る時の典型的な言い回しだったが、語調や表情からは、実際、彼にそういう気持ちがあるのかどうかわからなかった。
「まあ、賢治なんかも、今でいうニートだったといったら少し違うかなあ。そうだ、中原中也なんかは、まさにニートだねえ。裕福な実家からの仕送りで生活したんだし、詩集を出版する資金だって、たしか、そっちから出して貰ってたんだから」

 ルネの横で、何やらぶつぶつ呟く声がしばらく続いている。その方向に目をやると、比較的若い感じの男が並べられた詩を眺めていた。
「ふうん、こうやって詩を書いて、通りかかった人に買ってもらうのか。こうゆーの、なかなかいい商売だな。俺もやろうかな」
 司 徳馬か、あるいはルネにはなしかけているのだろうか。そこには足を止めて店を覗いている通りすがりもいたが、若い男は誰にともなく喋っている。
「何しろ今、金がないしさ。バイトに行く気がしなくて2・3日休んだら店長からもう来なくていいって電話だよ。それで次のバイト探したけどいいのがないし、もう面倒くて、毎日部屋でネットなんかしてたんだけど、家賃も溜まってたし、とうとうアパートを追出されちゃったよ」
 誰かが答えるでも相槌を打つでもなかった。むしろ、彼はまったく無視されているように感じられたが、そんなことは気にせず喋り続けている。精神的に壊れたているのかなとルネは思った。時々、そういう人間を見かけることがある。
「でも、この商売、いいな。俺に向いてるかも。俺も詩を書いてるしさ」
 こいつはどうやら、デリカシーを持ち合わせていない人間のようだ。彼が能天気に口の動くまま喋るのを聞いてルネは思った。“俺も詩を書いてるし”と言っても、文字が書けるのと詩が書けるのは違うのだから、考え方がイージーだ。
 それに、司 徳馬の目の前でそんなことを露骨に言うのは失礼で、配慮を欠いている。
 司 徳馬は表情を変えず、彼に何か答えるでもなく折り畳み椅子に座っていた。ほとんど身動きもしていないようだった。ルネは、自分が勝手なことを言うのも司の行き方を冒涜するような気がしたので、あえて男をたしなめることはしなかった。彼に話しかけたら何らかの関係をもってしまうので、それを避けたい気持ちもあったと思う。
 「自分の詩をネットに乗せてるんだぜ。そうだ、おじさんもやったらいいよ。インターネット。あんたの作品が世界中に公開されて、地球の上のあっちこっちの人が見るんだぜ。凄いよ」
 自分の言葉に陶酔するように彼は喋った。司 徳馬の詩を、そのままネット上にUPしても、日本語圏の人間にしか理解できないはずだとルネは言いたかったが、司 徳馬は相変わらず無表情で無言だった。
 男はそれから急に話題を変えたが、周囲の冷静な態度から何か考え直したというわけではないように思う。

「バイト辞めてからは金もないし部屋でごろごろしてたからさ。PCをつけて、よくネットの詩のサイトに行ってたんだ。Poem Villageってとこは投稿もできてさ。俺の書いたのは、なかなか評判がいいんだ。多い時は5・6人から感想のカキコがあるな。よかったですとか感動しましたとか…。まあ、そういうのは俺に才能があるからだろうけどな。あんたネットやってる?やってるんなら見てみてよ。sasuraibitoっていうHNだからさ。アルファベットで書くんだよ。半角英数ってやつ。ま、今では本当にヤサグレのさすらい人になっちゃったから、シャレにもならないけどよ」
 sasuraibitoは、ずっと、ルネに視線を向けて喋っていた。

 あまり関わり合いたくない感じなので、ルネは彼と視線を合わせないようにして、話を聞いているそぶりを見せるのも避けていたが、そのうち、以前、どこかで彼を見かけたことがあるような気がし始めていた。
 電車か地下鉄の中だったかもしれない。そこに乗り合わせた乗客で、自分はネット詩のサイトに出入りしている詩人だなどと一緒にいた仲間に話していたのが彼だったような気がするが、それだけのことなのではっきりと記憶しているわけではなかった。だから、雰囲気が似ている人間というだけのことかもしれない。

「オフ会にも行ってみたよ。仕事の帰りみたいでスーツ着てる人が多かったな、学生にはカジュアルなのもいたけど、でも、ブランドの新しくて高そうなのだった。ちゃんと仕事をもってるサラリーマンとか多いんだよな。中には医者とか教師とかもいたみたい。学歴高そうで、本もよく読んでるらしくて哲学みたいな話をよくしてる。俺は高校中退だし、なんか、住む世界が違う感じだった。居酒屋とカラオケ代を割り勘で払ったらぜんぜん金がなくなって、いつもみたいにネットカフェで夜を明かすこともできなくなっちゃったから、向こうの公園のギャルサーが踊りの練習やってる横で寝たっけ」
 それから脈絡のないことを、彼は唐突に喋った。
「ああ、そうだ。ネットカフェでよく見かけるおっさんがいて、どんなサイトを見てるんだろうと思って後から覗いたらぽえ村だったなあ。いつも朝までいるんだけど、あの人、ホームレスなのかな?」
 話が飛躍するのが、ある種の心の病の症例にあることを、ルネは以前どこかで聞いたような気がする。
 司 徳馬はsasuraibitoの言うことを聞いてはいるようだったが、言葉を返すことはなかった。
 詩ができたらしく、スケッチブックを開いて何か書き始める。
 sasuraibitoは、その様子を一瞥してから、また、独り言のようでもあるが呟きというには大きめの声で言った。
「ようし。俺もスケッチブック買って、やってみようかな。だけど、スケッチブックっていくらするんだろう。金あるかな。まあ、足りなければノートかなんかでいいや。百均で何か探すか」
 sasuraibitoは山手通り方向に歩き去った。ルネは彼が誰かに呼びとめられるのを期待しているように感じたが、ただ、そんな気がしただけだったかもしれない。
「あの若いの、真面目に働けばいいのに…、なんてことを私が言えた筋合いじゃないね」
 彼の姿が見えなくなってから、司 徳馬はこう言って小声で笑った。
 中年の夫婦らしい二人連れが並んだ詩を見ながら品定めをしているようだ。商売の邪魔にならないよう、ルネはその場を後にした。司 徳馬に軽くてを振り、sasuraibitoが行ったのと同じ方向に歩くうち、メモを預けるのを忘れたことに気づいたが、引き返すことはしなかった。

 ルネが山手通りを下って行くと、sasuraibitoは煙草の自販機の前で手のひらの硬貨を数えて小銭入れやポケットを探るのを繰り返していて、ルネに気づくと助けを求めるような表情を見せた。
「細かいのならあるよ」と言って、ルネは500円玉を渡した。
 sasuraibitoは自分の煙草を買うと「お兄さんのは何?」と尋ねたが、ルネは、自分は煙草を吸わないのだと答え、釣銭は返さなくていいことを身振りで伝えた。sasuraibitoは嬉しそうに小銭をジーンズのポケットにいれた。それから、ちょっと何か考え込んだようだったが、すぐに口を開いた。
「お兄さん、どこに住んでるの、この近く?ひとりで部屋借りてるの?それとも実家かなあ?」
 ルネは「いや、まあ」と曖昧な態度をとっておいた。自分のことを詮索されるのが好きな方ではないのだ。
「ああ、ところで、さっき言ってた、ネットカフェのおっさんだけど」
 ルネはメールフォームのURLを書いてあったメモを取り出し、彼に渡した。
「もし、また会ったら、これを渡してくれない?よかったら連絡してって」
 ルネは5千円札を彼に握らせ「ネットカフェ代カンパするよ」と言った。sasuraibitoはこれで、数日は夜を明かせるだろうが、その間に目当ての男に会えるかどうかはわからない。
「それはいいけど、知り合いなの?えーと、お兄さん、名前は?」
「URLを見れば、向こうはわかると思うよ」
 URLにはreneという文字列が入っているから、察しが良ければわかるはずだ。ルネは、それ以上会話が続く前に「ちょっと急ぐから」と歩き始めた。



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 ネットカフェや漫画喫茶には、たしか、千円前後で数時間いられる深夜料金があったはずで、夜を明かす連中は午前零時あたりから、それを利用するはずだ。だから、もし、sasuraibitoが運良く、すぐ源さんに会えたとしても、メールフォームが使われるのには、まだ間があるだろうとルネは思った。
 そんなすぐに見つかる可能性は薄いと思ったが、ルネは、一応その時間帯まで待機していることにした。何かを期待してもいいような、予感のような気持ちがどこかにあったからだけれど、そういうものが、いつも当たるとは限らない。

 いちおうメールチェックをしてみると、オークションサイトからのお知らせが来ていた。ACCESS-Palはポータルサイトを作っているが、そのコンテンツにあるオークションで、ここはウォッチリストに登録したアイテムについて、終了するとメールで知らせてくるシステムになっている。
 ルネがウォッチリストに入れていたのはMTBだ。買う気はなかったのだがオークションの状況には興味があった。MTBなら商品に関して多少知識があるので把握しやすい。
 ネット通販の企業が出品している新品で、15台を高く入札した順にゲットできる。折り畳みでアルミリム、シマノの16段ギアだが、フレームはスチールなので、ホームセンターで売っている程度の品だと思えたが、説明文にはメーカー希望小売価格52800円とあった。その海外の有名メーカーの最低クラスなら買える値段だ。ロゴは違うが、ほぼ同じ形の物が同じオークションサイトに一撃落札1万円で出品されていた。
 ネットショップでも同様の商品が1万円台で売っている。

 メールに書かれている落札情報のページにアクセスすると、最高額の落札は3万円で2万円台が3人、1万円台は7人いた。落札の最低額にしても9500円だから、それほど得な買い物でもない。この辺りの入札のくつかは、たぶん、出品者側が値段を吊り上げるための工作で、それに乗せられて入札したのだろうとルネは推測した。他のオークションサイトでは出品者のこのような行為には厳しいのだが、ACCESS-Palはなぜか、その点が甘いと、ちゃんねる・ぜろでも少し話題になっていた。

   ********

 午前1時を回った頃、メールの着信があった。
 件名がMail from WebになるようCGIを設定してあったから、ルネには、それがメールフォームから送られたものであることがわかる。
 あのメモが、もう源さんに渡されたのなら随分早かったなと思いながらメールをよく見ると、どうやらsasuraibitoからのもののようだった。

□ □ □ □ □

送信者 sasuraibito
 宛先 rene@****.***
 件名 Mail from Web
――――――――――
渋谷で会ったニートのsasuraibitoです。
お兄さん、あの時はお世話になりました。
カンパ、助かりましたです。

あの時は言いませんでしたが、
自分にはあのおっさんに関係することで
もう少し知ってることがあります。

それで、おわかりだとは思いますが
僕は今、無職で、金に不自由している状態ですから
援助して貰えたら嬉しいなと思います。

と、いきなり言っても、はたしてどんな情報があるのか
信用もできないでしょうから、
とりあえず、ここを見てみてください。

http://www.*******.com/user/1283647/

ここは、おっさんが見ている時、
ライターを借りるふりをして近づき、
URLを盗み見ました。
その前にログインして何かやっていた後、
確認していたみたいなので、
おっさんのサイトじゃないかと思います。
小説を書いてるみたいですね。
著作権の侵害とかは、しないようにしてください。
面倒なことに関わりたくないですから。

とにかく、これでどうでしょうね?
もっと凄い情報もあるんですが、
それについては、まず、相談です(笑)

連絡用に掲示板を借りました。
パスワードを入れないと閲覧もカキコもできない設定にしてあります。

http://www.*******bbs.net/

パスワードはrich3618です。


――――――――――

 CGIを置いたサーバーから送られてくるので、ヘッダにはその情報があるだけだが、CGIのスクリプトで末尾にIPとブラウザなどの環境変数が記されている。IPをWHOISで調べたら、主に企業を顧客とするインターネット接続サービスだった。

 まず、源さんらしい人物が見ていたというページにアクセスした。そういう心配はあまりないとは思ったが、いちおうクラッキングの危険を避けるため画像やJavaScriptはオフにしていたので、そのページに表示されているのは、そこに画像があることを示す枠とkokuhaku.jpgというファイル名だけだった。画面の80パーセントほどの大きさを占めていて、他にテキストなどはない。
 “kokuhaku”からルネは“告白”を連想した。画像を見ればそう名付けた理由がわかるかもしれないが、それより先にsasuraibitoの掲示板を見ることにした。
 認証画面で画像などをオンに変え、パスワードを打ち込んで入室した。書きこみが二つあり、二つ目の方にはレスがついている。

1
■名前:sasuraibito
■タイトル:業務連絡
――――――――――
この掲示板を借りました。
sasuraibitoへの連絡や交渉にお使いください。
パスワードがないと入れないので、
書いたものを不特定多数の人に見られることはなく、安全です。

よろしく。

――――――――――

2
■名前:佐藤
■タイトル:情報希望
――――――――――
先日お会いした佐藤です。
sasuraibitoさんが、信用のおける方であることはよくわかりました。
例の情報ですが、ぜひ、いただきたいと思います。
3万円ならお支払い致しますが、いかがでしょうか?

――――――――――
 3
 ■名前:sasuraibito
 ■タイトル:Re:情報希望
――――――――――
  やあやあ、佐藤さん。

  >例の情報ですが、ぜひ、いただきたいと思います。
  >3万円ならお支払い致しますが、いかがでしょうか?

  そうですね。
  その情報ですが、実は、もう一人、ご希望の方がおられまして、
  どちらにもご提供したいのはやまやまですが、
  そういうわけにもいきません。
  それで、やはり、金額の高い方になら、恨みっこ無しと思われます。
  まあ、お金の問題ではないのですが、
  ここは、そういうことでいかがでしょうか。
  もう一人の方から連絡がありましたら、決定致します。


――――――――――

 つまり、ルネが3万円以上出せば、sasuraibitoのもっている情報を渡すらしい。まるでオークションだ。
 それに、書きこんだ時間を見ると最初の書きこみから佐藤とsasuraibitoのレスのそれぞれが数分間隔で行われていた。。何だか自作自演の雰囲気を感じるのも、さっき覗いたオークションと似ている。
 ルネはもう一度前のページに行って、画像がどんなものか見ることにした。sasuraibitoと取引するかどうかは、それから考えることにする。



76 <style>

随分手間取っている。
少し焦っているのだ。

俺はパソコンが得意ではない。それに触ったことがあるのはWindowsだけで、Macは初めてだ。まあ、基本的に似ているとは言えるし、Helpを見たり試行錯誤したりでやって行けば全然手に負えないことはないのだが、それでも時間はどんどん過ぎて行く。限られた時間が…。

子供の肉の感触は大人のそれとは違う。クビの周りの筋肉のこわばり。その痙攣を俺の指先は感じていた。
それは以前経験したことの反復だった。
日本海側の浜辺から、夜、船に乗って、向こうへついたのは朝だった。エデン…。そこで俺たちは殺人のテクニックや破壊工作などを学び、実技の試験が行われた。それは技術の習得より、むしろ俺たちの忠誠度を測る目的だったのかもしれない。その方が上部に取ってはより重要なことだろう。
あの時と同じ感覚を俺の手は感じた。それは、たぶん親の反国家的な行為により、一家こぞって収容所に送り込まれた子供の兄と妹で、年齢も今、俺の前に横たわっている二つの肉塊とたぶん同じくらいだろう。
教官は俺に指示した。少し離れた場所で拘束されている男女によく見える体勢を取るように。彼らが子供の親のようで、女は唇を振るわせているが声は上げていない。男は放心したように無表情だった。俺は二人の表情を観察しながら彼らの子供たちを次々に扼殺した。目は親たちに向けていたから子供の生命活動が弱まって停止するのは両手の触覚を通して認識していた。

あの時と同じだ。俺は柔かな肉塊が力を失い、さらに鼓動が止まってもう復旧する見込みがなくなるまで両手の力をかけつづけた。
オモニは俺が彼女の子供たちの首を締めている間も、あの半島の政治犯のように明確な反応を見せることはなく、それでも俺がすべてを終えてから、何かを合図する義務を感じたかのように少し顔を歪めて見せた。
「慣れたものね。もう随分やったんでしょう?半島の方でも、こちらへ帰って来てからも。でも、何て言ったらいいか、ためらいもなく人を殺せるというのはね。相手が子供であっても」
幼児に対しては庇護するような本能がはたらくというのを何かで読んだように思ったが、オモニの子供は小学生か、幼稚園でも年長の方だろう。
法律や道徳のタブーと、遺伝子の中にあって私たちの行動を絶対的に既定しているものとは必ずしも一致しない。

もっとも、世間一般で信じられている一般常識というのは、あたりさわりなく毎日を送っていくのにはなかなか有効なのだ。しかし、所詮それは共同幻想に過ぎなくて、いざとなったら儚いものであるのは、ちょっとボーダーラインを踏み越えてみればたやすく実感できる。一般大衆には、そこを越える機会がないだけだ。
とにかく、この場合、本能はその行為を止めたりはしない。その時、俺は頭の中でそんなことを考えはしたのだが、まあ、オモニとそんなこと議論をする気もなかった。それに、そんなことを言ったところで、全く無化されてしまうような何か冷たいものがオモニの存在の底部に流れているのを、俺はその時、垣間見たような気がしたのだった。オモニは修羅場の中でも、ひじょうに落ち着いているように見えたが、それは意外というわけではなくて、それまで霧の中にあって朧気だったものがそのかたちを把握できる程度まで姿を顕わにしたと言うのが適当だろう。

オモニと俺はキッチンに行った。それはオモニの意志で彼女が先に立ち、俺はついて行ったのだったかもしれない。
「おなか、空いてない?何か食べるなら作るわ」
オモニは包丁に手を伸ばそうとしたので、俺はそれを留めた。オモニは俺の顔を直視して微笑した。それで俺は、彼女が抵抗を試みようとしていたのだと感じた。
「そうねえ、それじゃ」オモニは冷蔵庫を開けた。俺は掴んでいた彼女の二の腕に力を込め、冷蔵庫に手を突っ込むのを制止した。警戒するのに越したことはない。
「アイスクリームなら、いいでしょ?」
オモニの口調には恋人と話すような共犯者的な媚が含まれていた。もし、この場面を小説に書くなら、こういった表現をするだろう。そんなことをその時俺は思った。
オモニが冷蔵庫の中に手を伸ばすのを、もう俺は妨げなかった。少し腰を屈めて覗いたら、その先には確かにアイスクリームのカップがあったからだ。オモニはそこにあった3個のカップの内の2個を取りだしてテーブルに置き、俺に椅子に掛けるようジェスチャーで示した。
俺とオモニは長方形のテーブルの向かい合う長い方の辺をそれぞれの居場所にした。
オモニは自分のスプーンだけ用意してアイスクリームを食べ始めた。ストロベリーアイスで、俺の前にあるのはチョコレート味だった。
オモニはカップにスプーンを運びながら、時々上目使いで俺を観察しているように見えた。いや、それはたぶん確かなことだ。

俺はスプーンを渡されないので、しばらくの間、そのままカップを見つめていた。オモニはカップと自分の口の間にスプーンを一定の速度で往復させている。
手持ち無沙汰な気分になった俺は周囲を見回してみたりした。キッチンには、よくあるそれぞれの家庭と同じく生活感と呼ばれる気体が漂っているように思えたが、それは一家の営みから自然に生じてきたのか、それとも、オモニによって偽装されたものなのかと俺は考えた。まあ俺は、一般的な家庭の家の中など、あまり覗いたことはなかったし、オモニや夫や子供たちは、とにもかくにもこの家で一緒に暮らしていたのだから、何らかの空気感は生まれるのかもしれなくて、けっきょく、そんなことはどうでもいいことだったのだ。

オモニが、スプーンを口に運びながら俺を観察しているような様子は続いている。俺の頭の中に『最後の晩餐』のイメージが浮かんできた。新約聖書の中の記述より、絵画の情景だ。俺は美術に造詣が深くないから、それはたぶん、いちばんポピュラーなダ・ヴィンチの絵なのだろう。
「共食」というのは共同体をかたちづくる儀礼だとか、大学の授業でやっただろうか。それなら今、俺とオモニの共食にどんな意味があるのだろう。
まあ、俺は神聖十字軍に出家して、結局大学は中退のかたちになってしまったのだが。

   ――――

 画面の文章は、ここで終わっている。だが、文章の中にマウスポインターが入ると手のかたちに変わって、そこにリンクがあることを示すのに、ルネは既に気づいていた。
 筆者が殺人を犯しているようなことなどが書いてあるが、sasuraibitoが“小説を書いてるみたいですね。”と言っていたのはこの辺りからかもしれない。だが、ルネにはこの文章の雰囲気に既視感のようなものがある。というより、登場人物や内容が記憶の中にあるような気がするのだ。

 画面にあるのはテキストによる文章でなく、どうやらプリントアウトしたのをスキャナーで取りこんだ画像らしい。
 リンク先は、この文章の続きなのだろうか?
 ルネはクリックした。



77 </style>

オモニは比較的ゆっくりとしたペースでスプーンを自分の口に運び続け、俺は、彼女に気取られないよう、直視せずにそれを観察していた。
やがて俺も意を決した、という程のことではないかもしれないが、アイスクリームのカップを手に取った。カップを掴んだ手に力を入れ、握って側面を押す。上にはみ出して来る半溶解物に口を近づけた。上下の唇をすぼめて挟み取り口腔内に収める。冷たさによる麻痺と舌の上で溶ける感触と味わいの情報が神経繊維を伝達され、脳は瞬時に、それが乳脂肪を充分含んだ高級品であるという計算結果を出した。
俺は、やはり興奮していたのだろう。12月下旬の夜だから身体は冷えた外界を感じていたのにアイスクリームの冷たさが心地よかった。
まあ、これが初めてというわけではないけれど、人を3人も殺せばそれなりにテンションは上がるものだ。

俺はもう一度カップを掌全体で緩やかに押した。液体になりかかったチョコアイスの、表面が天井の光源を力なく反射しているのを、口腔をポンプのように働かせて吸い込んだ。

視界の中に存在しなくても他人の視線を感じるということはあるものだ。俺が無意識に顔を上げると、手を止めて俺の動作を見つめているオモニと目が合った。オモニは底意地の悪そうな微笑を浮かべた。
「習慣というのは一度身につくと、いつまでもついて回るものなのね」
オモニが何を言おうとしているのか俺にはすぐわかったが、俺は黙っていた。
「あなたたちは皆、そんなふうにして、売上をくすねてコンビニあたりで買ったアイスを食べていたのよね」
世界中の飢えていたり病気に苦しんだり障害のある人々を救い、貧しい子供たちに教育を施し平和を維持する活動や再臨のキリストである教祖の教えを広布するためという名目だが、実は教祖があちこちに寄付をして名前を売ったり経営する企業の回転資金と蓄財のため。まあ、とにかく、出家信者たちは健康食品や霊的な効能があるとされるグッズや教団系企業が扱っている半島からの輸入品の訪問販売を日課としていた。それで、その売上の1パーセントにもならない額だが、俺たちは菓子や飲み物などを買うのを黙認されていたのだ。
休息時間にはコンビニやスーパーに向かい、公園などで神に感謝しつつ飲み食いするのが教団生活の中での数少ない楽しみのひとつだった。炎暑の中、重い商品を抱えて歩き回る夏はもちろん、どういうわけか他の季節でも出家信者たちは好んでアイスクリームを食べていたように思う。
それで、その食べ方だが、揃って奇妙な方法をとるのだった。スプーンは使わず、カップの側面を握るようにして中身を上にはみ出させ、それに口をつけて食べるのだ。いつ始まったのかわからないが、俺が加わった頃、もうそれは彼らの一般的な風習になっていた。
それでも俺は初めのうち、買った時に店でくれる使い捨てのスプーンを使って食べていたのだが、それは仲間の信者たちから奇異な目で見られた。それが通例となると、随分と下品な食べ方でも、同調しなければ集団内では異端となる。視線の中には自分たちと同じ行動を取らないものに対してもつ恐怖のようなものも含まれているように俺は思った。陰で、私にはサタンが入っていると噂する者も少なからずいたらしい。
彼らに合わせようというつもりはなかったが、いつしか俺も同じ食べ方をするようになっていた。いや、やはり、折り合いをよくしようという気持ちがあったのかもしれない。
そもそも信者たちはそれぞれ、どことなく下品な雰囲気をもっていて、アイスの食べ方は、その象徴のようにも感じられた。俺だって貧乏人の家に生まれ育ったから、お世辞にもあか抜けているとは言えないのだが、彼らと話したり一緒に行動したりしていると、時折彼らの発するそれが何かの匂いのように空気を伝わって来る。そして、俺を妙に息苦しくさせたのだ。

オモニと向かい合っていると、教団にいた頃の屈折した感情がフラッシュバックする。電気がスパークして小さな火花を放ちつように、そして俺は、その後にきまって漂う青臭い匂いを感じるような気もした。

俺はカップをテーブルの上に置いた。まだ中身は残っている。ひしゃげた形が元に戻らないので茶色の粘液は、それをほぼ満たした状態だった。オモニは俺のカップに一瞬目をやってから言った。
「ミョンスクと食べたアイスは美味しかったかな?」
オモニはまた、意地の悪い表情を浮かべる。教団で一緒だった頃、何度も見たことがある顔つきだ。信仰の純粋な世界を目指す者がなぜ、そんないやらしい表情を浮かべるのだろうと、そのころは疑問に思ったのだが、要するに俺は若くて世界の本質が見えていなかったのだろう。
オモニの言葉で同時に俺の脳裏に浮かんだのは、ある夏の日の休息時、公園でアイスクリームを食べた情景だった。販売に赴く時、よくペアを組んだ女性信者がいて、彼女の教団名はミョンスクといった。
「ミョンスクは、よかった?」
相変わらず皮膚の裏に澱んだものが透けて見えるような表情でオモニは尋ねた。俺は、その意味をすぐに理解したわけではなかったが、しばらくして、俺が彼女と性的な関係をもった意味であることに気づいた。
「まあ、いいわ。神に返すべき金をくすねて、さもしい食欲のために使ったり、蛇の誘惑に負けて女と快楽を貪ったり。人間というのはつくづく罪深いものよね」
そういう事実はなかったのだが、否定して言い争う気もしなかった。
訪問販売の仕事についた当初、売上の一部は小遣いにしてもよいようなことを先輩から言われたのだが、正式に認められているわけではないがという前置きがついていたかもしれない。また、男女の出家信者の間では、そういった関係に陥る者たちが、かなりあったのは確かだろう。いや、俺は、教団がそういうこに対していわば放任状態なのに疑問をもったこともあったのだが、考えてみれば、それは人間をコントロールする巧妙な方法の一部だったのだ。
禁止を侵犯させて罪悪感を植付けられると、むしろ、その贖罪のため、より信仰にのめりこむ方向に追いやられていく。

「ミョンスクと一緒の時も、そういう食べ方だったのよね。思い出す?」
たぶん本部直属で信者の勧誘や教育が主な仕事だったオモニも、そういう習慣については知っていたようだ。いや、むしろ上部の人間は信者の動向の把握に熱心で、工作員のような役目の者が、俺たちの言動を逐一報告していたようだ。

   ――――

 ここで、このページの文章は終わっている。やはり文章部分の画像にはリンクがあって、ルネはクリックした。
 続きのページに飛んだ。
   ――――

俺がそういう食べ方をしたのはスプーンを渡されなかったからだと俺はオモニに言った。そこにこだわりたい気持ちがあったからだが、かつての習慣から同じ方法を取ったのだとは言えるのかもしれない。
オモニはそんなことを聞き流すように微かに皮肉な笑みを見せた。
「ま、運命の悪戯というやつかしらねえ」
オモニの体臭を含んだ空気が流れて来たのを一瞬感じる。それはどこか饐えたような要素を含んでいる。フェロモンなのかもしれないが、オモニとセックスしたいという気は起きない。
「再会してたわけよね。知らず知らずのうちにってやつで」
オモニの話す意味がよくわからなかった。こうして彼女と俺が会っていることを言っているのだと、最初は思った。
「昔取った杵柄というやつね」
奥歯に物が挟まったような言い方が続く。俺がちょっといらついたのが表情に出たのだろう。オモニはまた皮肉な一瞬の笑みを浮かべた。
「なんだったかな?とにかく記憶にあるフレーズだった。懐かしいっていうか何というか」
「フレーズ?」
「初めはスンナムがネカマをやってるのかと思ったわ。でも、結果的に釣れたのは二人だったってことになったわね」
「結局、彼女があなたの詩のフレーズをパクってたってことのようね。まあ、いい仲だったわけだから、あなたが秘密のノートを見せていて、彼女がそれを覚えていてもおかしくないと、やがて気づいたわ」
秘密のノートと言われて、すぐ思い当たるのは出家信者時代、もっとも大切なものへの思いを断って神に捧げるという誓いを裏切って書き綴り始めた詩のノートだ。そして、それ以外に思い当たるものはない。
「そのうち、懐かしいフレーズを何度か見かけることになったわ。今度は別のハンドルで。それは、たぶんあなたよね。赤土さん」

そこまで聞くと、俺にもだいたいの見当がついた。俺はあのサイトに投稿された作品をすべて見ているわけではなかった。何しろ膨大な量だし、たまに行くネットカフェや、パソコンを持っている友人のダンボールハウスの留守番を頼まれた時くらいではなかなか網羅できるものではない。
ただ、自分が以前書いたのと同じ文章のを見たことはある。その時は単なる偶然かと思っていた。言葉というものは多くの場所で使われているものだし、自分にそれほど特別な表現ができるような才能があるとは思っていなかったからだ。
だが、俺には疑問を感じることがあった。俺はオモニに尋ねた。
「そうすると、彼女はHNを二つ使っていたのか?」
オモニはこれまでとは違う、少しのけぞって声を上げる笑い方をした。そして、「ああ、こういうのもあったわね」と、俺の表情を確かめるように見つめながら暗唱した。

 無意味部むいみべ
 街の底で おもう

 無意味部むいみべの仕事は
 この世界に 無意味を与えること

 ああ
 世界が無化しつくされるのは
 いつのことか

オモニは俺に視線を向けたまま、また、あの底意地の悪い微笑を見せたが、今度はすぐ普通の顔には戻らないで、固定された表情のまま、俺を観察しているようだった。
オモニは三連目のフレーズをもう一度、抑揚をつけずにゆっくりと唱えた。そこは俺がかつてノートに書いた『無化を待ちながら』という詩の一部だ。
「ここよね。あなたのを拝借した部分は」
俺は頷いた。
Poem Villageで見たのは、たしか『からくり』いう作品で、投稿者のHNは“蝙蝠”という記憶があった。やはり、自分のフレーズが使われていたのか。
「他の部分はオモニが書いて投稿…?」
オモニは首を横に振った。
「ある人の書いた詩を覚えててね。そこにスンナムのフレーズを入れたの。でも、うまく収まってるでしょう?元のよりよくなったんじゃないかと思うわ。あたしもちょっとうろ覚えだから原文を正確に書けたかどうかわからないけど、まあ、いいわよね。もう、彼はこの世にいないんだから著作権がどうこうで訴えられることもないし」
「もう、この世にいない?」
「あなたが半島で訓練中、試験で器物を始末したでしょう。その中には、あなたと一緒に行った連中の一人もいたわよね」
それと思われる顔は記憶にあった。下車した駅やワゴン車の中や船の上で、目が合うと彼は俺に話しかけたいような様子を見せていた。それは彼の弱さの顕れのように感じられたが、とにかく俺は彼を敬遠し、視線を合わせないようにしていた。最後に器物として俺の前に現れた時も同じような目つきで俺を見たが、そこには懇願のような色が混じっていた。無言で行うよう命じられていたためもあるが俺は言葉を交わさなかった。
「つまらない文学青年よ。淘汰されたのは当然だわ。ま、あなたが最後までパスしてきたことだって、システムのエラーではあるのだろうけど」
神聖十字軍の信者には、話してみると文学や芸術に関する知識の豊富な者がかなりいたように思う。詩や小説を書いたことのある者なども、わりと多かったのかもしれない。まあ多くは、文学にしろ美術や音楽にしろ感覚がどこか時代遅れだったし、あまり認められることがなかったからカルトに出家したのだろうが、彼らはいちように純真さのように見える奇妙なプライドをもっていた。世間一般の人間とは反りが合わなくて疎外感を味わっていたが、同時にそれが彼らのアイデンティティーになっているような印象を俺は受けた。まあ、人のことは言えないのだが。

「それはそうとして“灯台下暗し”というやつかしら。あれをぽえ村に投稿しても、残念ながら、あなたは反応を見せなかった」
オモニの投稿は俺をおびき出すためだったのか。でも、それだけではないような気がして、俺は次の言葉を待った。
「あたしはあそこであなたのフレーズを見た時、すぐピンと来たんだけどね。それが含まれた詩を書いてたのは二人いて一人は赤土というハンドル」
オモニが俺の顔を覗きこむように見つめて、しばらく間をおいた。
「もう一人がミョンスクよ」

たしかに俺は、Poem Villageに投稿した詩の中で、若い頃書いたもののフレーズをいくつか思い出して使っている。オモニは俺のノートの内容を覚えていたのだろうか。いや、たぶん教団に入ってから書いていた秘密のノートだって、何らかの方法で盗み見ていたのだろう。今から考えればオモニは内部の諜報機関のような役割も担っていたのだろうと思えることがある。
「ま、背教者の恋人同士がネット上で再会してた。これも神の恩寵なのかしら」

ミョンスクについて俺が質問する前にオモニは喋り始めていた。話が急に飛んで、コンピューターやインターネットについてだ。HTMLのタグのことだとか、将来的にウェブページの構成的な部分をHTMLで記述し、例えばテキストの色や大きさやフォントのような細部はスタイルシートで指定するというような話だったが、俺はたまにネットを覗くだけでホームページなど作ったこともないし、あまり内容を把握できなかった。
それと、ミョンスクの名前が出たこともあって、俺はあらためてオモニを始末しなければならないという気持ちが強くなり、そっちの方に頭が行っていたのだ。













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