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タグを全角で、<br>のように表記していますが、
HTMLにおいて、正しくは半角で書きます。
HTML殺人事件
作:ame*



第1話


01 <html>

 
 脳内を網の目のように走っている神経が、いちようにテンションをはらんでいる。そして、それは微量の刺激と痺れを伴う波になって、じわじわと身体中に拡がって行くようだった。

 自分の身体が変容していく感覚。

 ドーパミンかエンドルフィンか、詳しくはわからない。とにかく、そういった脳内麻薬と呼ばれる物質が頭の中で生じ、作用し始めているのだろう。

 インターネットの仮想空間に入っていく時は、いつも自分が何かの力によってハイな状態に導かれているような気がする。もしかすると人間のシステムがどこかで、そのように作られているからなのだろうか。

 アイコンをクリックしてディスプレイに広がったIE(Internet Explorer)の画面。そこに、どこか遠くのサーバーからHTMLファイルがダウンロードされる。
 表示されるウェブページ。
 それを見ているルネの意識の中に、そういった思考が細かい泡のように現れ、緩やかに浮かび上がって行く。

 
 ルネは昼下がりにマックでフィレオフィッシュを食べて以後、何も胃に入れてなかった。あまり食欲が無かったのでポテトは頼んでいない。考えてみると、あれから、もう10時間を超えていた。
 夕方、部屋に帰って、それからずっと、地球の表面に張り巡らされた電子の蜘蛛の巣をさまよっていたのだ。帰り道の自販機でコーヒーを買ってからは、飲み物も摂っていなかった

 キッチンへ行って冷蔵庫からコーラを取り出す。
 真冬の深夜で、暖房の強いのは好みでないから室内の温度は高くなかったが、なぜか暖かいものよりもコーラが飲みたかった。炭酸飲料だから、強いて言うなら、そんなことしか思い浮かばない。
 ボトル型をしたアルミ缶のキャップを回して外し、口に運んだ。自己暗示かもしれないが胃壁から血管に入ったカフェインが脳まで昇って神経を刺激する感覚が生じる。

 狩猟民は、たいてい空腹状態で獲物を探した。手持ちの食料を食べ尽くして、すぐに次を確保できるわけではないからだ。
 だが、そういう時、彼らの感覚は日常を超えて冴えわたる。日常の知覚を超えた何かがはたらくようになり、そうして新たな獲物を捕らえることができるのだ。
 その狩猟民のDNAは現在の人類にも伝えられている。
 何かの本で、そんなことを読んだことをルネは突然思い出す。

 獲物を求めて未知の土地の奥深く踏み込んで行く狩猟民。彼らの脳内では、たぶん高揚感を与える物質が分泌されて空腹によるストレスを消滅させたのだろう。
 ルネは、そんなものが今、ディスプレイを見つめている自分の内部でも生み出されているように感じていた。

 ボトル状をした缶のキャップをしっかり閉めて、マウスパッドの横に置く。これで、不意に倒しても液体がPCを濡らす心配はない。
 再びディスプレイに集中した。よく造られたサイトに出会うと彼は、それに引き込まれ。周囲のすべてが消え去って、世界には彼とPCの融合体しか存在しなくなる。

 そこにあるのは人類の営みを集積した巨大なアーカイブやログだ。
 歴史の流れの中で集積されてきた学問と知識。魚類や昆虫の卵のように途切れることなく産み出されてきたアート。そういったものから日常の中の喜怒哀楽・恋愛感情、不満・嫉妬・執着や好奇心・探求心。そして野心や願望から性欲のような無意識の闇に至る領域までが、そこには格納されている。

 膨大な人々の体験、記憶、知識、欲望……。それらを繋ぐ地下茎は光ファイバーや銅線で網状に地球を覆っている。
 それは心理学でいわれる集合的無意識の世界のようでもあり、また、世界の始まりから終わりまでのあらゆる出来事が記されているとオカルティストたちが述べるところのアカシックレコードのようでもある。実際その規模には遠く及ばないのだろうが、それでもルネはネットを基に想像を膨らませていくと、やがて、ぼんやりとだが、そういったものの姿を垣間見ることができるような気がした。



02 <head>

 
 めぼしいサイトの更新状況は、すべてチェックした。興味があったけれど、まだ行ってなかったところも今日は、ほとんど覗いている。

 ルネはIEを閉じる。そして、<ちゃんねる・ぜろ専用ブラウザ>を開いた。
 言うまでもないが、ちゃんねる・ぜろはネットで超有名な巨大掲示板サイトだ。ここはIEでアクセスするよりも、専用ブラウザで見るほうが何かと使い勝手が良い。

 興味のあるスレッドを見つけたり書きこみやすいし、再びそのスレを見る時には、ブラウザが前回読み進んでいた部分を記憶していて、そこを表示するようになっていたりするのだ。

 ニュース板のスレッドでは、最近起きたニュースに対して、さまざまな感想が述べられたり、議論が戦わされたりしている。
 クリスマスも過ぎた歳末の日本と世界は、しかし、平穏に年を越して行くというわけではないようで、このサイトでは話題に事欠かない。
 少年たちはホームレスを襲い、金に困った者はコンビニへ強盗に押し入る。残忍で猟奇的な犯罪の数々は迷宮の深い闇の彼方に消え去って行くように見え、世界に目を移せば、あちこちで自爆テロが頻発していた。

 書き込みのところどころに漫画や似顔絵のようなAAアスキーアートが投稿されているのが見える。このサイト特有のキャラや有名人をテキストの組合せで描いているのだが、それは、このサイト独特の言葉遣いと相俟ってアナ―キーな雰囲気をさらに強めていた。

 ちゃんねる・ぜろを“Webの魔境”と呼ぶ人も多い。「あそこへ行くと性格が変わる」と恐れ、けっして近づくことのない人たちもいる。
 まあ、こういうのは極めて気が小さい場合の例だろうが、たしかに常識的な一般ピープルだと眉をひそめるような書き込みが、このサイトに満ち満ちているのは事実だった。

    ・
    ・
    ・

 285:私も匿名さん
  現場は漏れの家から2キロ程だYO ガクガクブルブル(AAry

 285:私も匿名さん
  妹は豚。死んでよかった。
  姉の優香莉ちゃんはカワイソ。
  犯人を憎む。

 286:私も匿名さん
  現場検証をした捜査員は、今夜レバ刺が美味いだろう(藁

 287:私も匿名さん
  優香莉ちゃん萌え〜

 288:私も匿名さん
  これは将軍様の指令を受けた工作員の仕業です。

 289:鞠林満村
  天罰だ!!

 290:私も匿名さん
  藻前ら、いっていいことと悪いことがあるのがわからんのか。
  被害者や遺族のお気持ちを考えてみろ。

 291:天使@地獄
  >>281
  これを書いた香具師は死刑。

 291:私も匿名さん
  朝まで山本さんの家で過ごした犯人は、
  その間、ネットサーフィンをしていたということです。
  切り裂いた4人の死体の脇でですよ。
  これは間違いなくキティの仕業ですね。

 292:私も匿名さん
  犯人は無職、DQN、B、K、のいずれかと思われ。

 293:私も匿名さん
  >>291
  どこへアクセスしていたのでつか?情報きぼ〜ん。

 294:私も匿名さん
  >>291
  ソースキボンヌ。

 295:私も匿名さん
  >>294 >>291
  ネタだよ。ネタ(藁

 296:私も匿名さん
  >>291
  ここにカキコがありますた。>>76

    ・
    ・
    ・

 “>>76”にマウスを当てると小さなボックスが現れて、その発言が表示された。
 これは専用ブラウザ独自の機能だ。IEだとリンクになっているだけだから、書き込みを読むにはクリックしてそこまでジャンプしなければならない。

   ――――
   76:銭形
    とっておきの情報を出そう。
    犯人が現場を離れたのは、
    朝十時を過ぎてからだ。
    それまで、香具師は何をしていたか?
    ネットを見てたのさ。
   ――――


 3日前に起きた一家惨殺事件のスレッドでは、まだ“祭り”が続いている。書き込みが1000になるとストップで次のスレが立てられるのだが、もうスレのナンバーは30を超えていた。

 いちばん下まで読み終えたルネはリロードボタンを押した。
 数分の間に60近い投稿があって、スレが伸びている。だが、そのほとんどは、それまでに読んできたのと同じ調子のジャンクな書き込みで、特に興味を引かれるものは見当たらなかった。
 下端に近いところにあった書き込みを通り過ぎようとした時、ルネは何かを感じた。数時間ディスプレイを見つめ続けていたので眼が疲れている。でも、眼筋に力を入れ、揺るんでいたフォーカスを合わせた。

 そこにはURLだけが書かれていた。
 投稿者は「私も匿名さん」。このスレッドでは名前の欄を空白のまま送信すると、これが自動的に挿入される。

 そのURLのサイトにはルネも行ったことがあった。というか、時々アクセスしている。でも、彼の知る限りでは、あの殺人事件と関係のあるような何かは思い浮かばない。
 そこはPoem Villageという詩の投稿サイトだった。
 何か事件の謎に関わるような作品があるのか?それとも訪れるメンバーの中に犯人がいるとでもいうのだろうか?

 もっとも、ちゃんねる・ぜろの情報には、それほど信頼性があるわけではない。スレの内容とは無関係なものが意味不明で書き込まれたりしているのは良く見かけることだ。
 ガセネタや悪意をもった意図で行われる投稿もある。面白半分にPoem Villageが荒らしの標的になることを狙っている可能性もあった。

 ルネはURLをクリックした。けれども、そこに何かがあることを期待していたわけではない。ただ何となく気になって、覗いてみようと思っただけだ。

 IEが別ウィンドウで現れる。背後の専用ブラウザを右上隅の×ボタンで閉じ、Poem Villageのトップページが表示されたIEを最大化する。



03 <title>〜</title>

 
 
 
<!DOCTYPE HTML PUBLIC "-//W3C//DTD HTML 4.01 Transitional//EN">
<html lang="ja">
<META http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=Shift_JIS">
<head>
<title>HTML殺人事件</title>
<style type="text/css">
body {color:#000000 ;font-size:14 ;background-color:#666666 ;}
h2 {color:#ff4500 ;}
</style>
</head>
<body bgcolor="#c0c0c0" text="#000000">
<br>
<center>
<h2>HTML殺人事件</h2>
</center>
<br>
<hr>
この作品はフィクションであり
実在する人物・団体・事件とは関係ありません。
<hr>
<br>
<br>
<br>
    ・
    ・
    ・
    ・
    ・
    ・



04 </head>

 
 Poem Villageのトップは、それほど凝ったデザインではない。tableタグをうまく使い、パステルカラーの背景色にコンテンツへのリンクと説明が要領よく割りつけられた、機能重視のシンプルなページだ。

 『Poem Village』のロゴの下には、このサイトの“村長”の言葉が書かれている。

 ・ここは詩によるコミュニティーサイトです。
 ・だから、辛辣な批評・批判は禁止。
 ・「人にやさしく」を、ここのキーワードにしましょうね。

 その下のInformationは、4日ほど前のものが最新だった。

 <最近、規定違反の投稿が増えています。
 新しく来られた方は投稿マニュアルを熟読されるようお願いします。>

 会員登録をすると定期的なメールのお知らせが来るが、ただアクセスしただけの単純なビジターでも投稿はOKだ。HTMLの知識があれば画像を使ったりwebならではのビジュアル的に凝った作品の発表も可能になっている。
 投稿板には4つのジャンルがある。メイン、恋愛、ジャパネスク、マニアックだ。ルネは、だいたい1日に1度、このサイトにアクセスするが、メインだけ覗くことが多い。

 『恋愛』は言うまでもなく恋愛詩、『ジャパネスク』は短歌・俳句、『マニアック』は村長によれば「メインでは飽きたりないと思う人、ユニークな作品で目立ちたい人、世をすねた人、のためのコーナー」だそうだ。ここは、けっこうルネの好みの作品が寄せられるのだが、投稿頻度が少ないので毎日はチェックしなかった。

 投稿数もアクセスも『メイン』が圧倒的に多い。だから、どの作品にも必ず幾つかは感想が書き込まれる。何かしら反応があるのはうれしいものだし、ここはサイトの方針もあって、皆、好意的なレスを書いてくれる。
 最近、このサイトのアクセスが急激に増えているのは、そういったwebのインタラクティブな性質を生かしたことによって生じる魅力があるからだろう。


 ルネはアイコンをクリックして『メイン』に入った。1ページに50篇の作品タイトルが、上から新しい順に表示されている。そして、次の投稿があると、いちばん下のものから次のページに移されるようになっていた。

 上から2作品には、まだレスがついていなかった。
 3つめのカン太という作者の投稿は、感想欄にこんな書き込みがある。

 <当サイトでは1日1投稿が原則となっています。ご注意ください。
  守られない場合は、スタッフが削除することもあります。
  なお、新しく来られた方は、規定をよく読まれるようお願いします。
                        rie@スタッフ  >

 ページの中程あたりに同じ作者の作品タイトルがある。昼頃投稿されたものだ。

 ルネは、もう数時間も、あちこちのサイトを巡り歩いていたので、このページの50作品全部をチェックする気力はなかった。タイトルと作者名から、めぼしいものだけを読む。そして、以前から馴染みの詩人数人の作品に、簡単なレスを書いた。

 そろそろネットを終えて、TVでも見ようかと思った時、何気でひとつのタイトルに目を止めた。クリックして中に入る。


――――――――――
 HTML
     希羅々

PCの前で待ちつづけている
ディスプレイを見つめて
あなたも 私も
いつ やってくるのか わからない 何かを

来る日も来る日も
それを探していて でも
家にも街にも学校にも会社にも
それは見当たらないから
私は待ちつづけている

毎日ドアの前で
郵便配達を待っているのは
とっくに飽きてしまったし

大人になったら叶う夢なんて
信じてもいなくて

窓の向こうには ただ
埃まみれの町があるだけ

ひとり呟くのは
誰の耳に留まることもない言葉

「私の居場所はどこですか?」

でも

たぶん 世界中が
それを待ちつづけている
膨大な数の眼が
それを

それは何ですか?

それは愛ですか?
それは至福ですか
それは……?




                     200X年12月27日XX時XX分XX秒
                     作者のHP:---

●この作品の著作権は 希羅々 さんに帰属します。
●無断で転載することは禁止します。
――――――――――
作者からのコメント
――――――――――
 いつも暖かい感想をありがとうございます。

 そんなに深い意味は無いけど、こんなタイトルをつけてみました。
 HTMLってHyper Text Markup Languageの略でしたね。

 じつは私、まだタグとか、よくわからないんです。
 これから勉強して、早く自分のホームページを作りたいと思います。
 ヒキコモリだから、時間はたっぷりあるのですが(^^;
 時々、病気が出たりするので(謎

――――――――――
 感想
――――――――――
 私は、いつか来る王子様を待っています。 :美鈴

 いつか、きっと、やってきますよ!! :いっちゃん

 希羅々さん、ご無沙汰でした。やっとネットに復帰できました。
 相変わらず、心に響く詩を書かれていますね。 :赤土

 HTMLを知らなくてもHPは作れますよ。ソフトを使えば出来ます。
 例えばHPビルダーとか、Dream Weaberとか。
 後者は俺も欲しいんだけど、高いです(泣 :JIN

 サイコーです(はあと :タクヤ

    ・
    ・
    ・
――――――――――

 レスは20以上ある。
 この作者の名前は数ヶ月前から見かけていた。かなり速いペースで新作を投稿していて、なかなか人気を集めてもいるようだった。

 ルネは半ば無意識で、感想のフォームに書き込んでいた。

 <ディスプレイの向こうには天使も悪魔もいるのかもしれません。>

 Submitのボタンを押してから、ちょっと表現が良くなかったかなと思った。
 内容に対する感想になっていないことは、このサイトでは許されるにしても、これまで、この作者とコンタクトをもったことはないのだ。気心が知れているわけではないから、悪意をもった書き込みのように思うかもしれない。
 ルネ自身は、まだ、そういう経験をしたことは無かったが、ネットでのテキストだけのコミュニケーションだと、意図したことが伝わらずに誤解を招いたりするのは、よくあることらしい。

 パスワードを入れて削除しようかとも思ったが、けっきょく、そのままにした。

 何か、おかしな気分だ。疲れているのだろうか?
 ルネはPCを終了させ、TVをつける。
 ニュースの時間で、相変わらず、一家惨殺事件に番組の多くを割いているようだった。

<惨殺された山本さん一家の遺体は司法解剖を終え、今夜は都内の祭儀場で、しめやかに通夜が執り行われています。会場には優香莉ちゃん、未比呂ちゃんのお友達をはじめ、多くの人々が訪れて一家の突然の死を悲しみ、残忍な犯人への怒りをあらたにしています。……>

 通夜の会場の、花に囲まれた4人の遺影。被害者の級友の園児たち。近所の人の談話。
 そして、あらゆるものが商品であるこの社会で、ただ売れ筋の商品としてのコメントを述べる心理学者や推理作家。

<……プロファイリングによりますとですね。……犯人は、強度のサディズム……それに、死体を著しく損壊しているという状況からみて……社会に対して違和を感じていると……>

 ルネは、ふと本棚に目をやり、空いたスペースにHeaven Hillが置いてあったのを思い出した。バーボンで、たしかケンタッキー産だったと思う。
 グラスに注ぎ、口腔に移したものを一気に喉に流し込む。食道と胃が熱を発して、それが体に拡がって行く。

 何だか落ち着かない気分だった。胸の中に空虚が生じたような感覚にとらわれる。
 口に含んだチーズを時々、舌で玩びながら、グラスを3杯ほど空にしたので、ルネは、とりあえず朝まで眠ることにした。



05 <body>

 
 朝のメールチェックをした。 
 ここ数日、ウイルスメールが多く、1日に10通を超える。
 交流のない相手からファイル添付できているものは原則として削除する。メーラーはテキストの設定にしてあるので、いきなり怪しいサイトと繋がることはない。
 
 ルネは、掲示板への書き込みの時、メールアドレスは書き込まず、サイトのURLだけを書くことにしている。ウイルスに感染したPCが閲覧していたページの中にルネのメルアドがあって、それがまだキャッシュに残っていた場合、ウイルスがそれを見つけてメールを送ってくるからだ。

 しかし、それでもウイルスメールはどこかで彼のアドレスを見つけてやって来る。メルアド業者が何らかの方法で収集したデータの中に彼のメルアドもあって、それを買ってインプットしたPCが感染したのだろうか。
 コミュニティー系サイトの管理人だと、1日に100通以上のウイルスメールが来ていると聞いたことがある。

 マルチと違法コピーソフトの販売と出会い系サイトらしい数通のスパムメールは、長ったらしいSubujectの始めの部分を見ただけで削除する。
 BBSのレポートメールがあるが、ビジターに、昨夜、ルネがレスしたものだ。

 数通のメルマガなど、残った未読のメールの中に希羅々からのものがあった。



□ □ □ □ □

送信者 希羅々
宛先 ルネ様
件名 感想お礼
――――――――――
  はじめまして。

 ぽえ村での感想、ありがとうございました。
 ルネさんのおっしゃる通り、
 ネットには天使も悪魔もいることを
 思い知らされる今日この頃です。

 あ、こんなこと、書いても
 ルネさんには何の事かわかりませんね。
 まあ、ごく私的な事ですので…。

 ルネさんのサイトも拝見させていただきました。
 音楽なども流れていて、
 独特の雰囲気がありますね。
 オリジナルなのですか?

 ところで、
 ちょっと伺いたいことがあるのですが、
 ルネさんのところには
 変なメールが来ていませんか?
 蝙蝠さんのことを
 いろいろ尋ねてるんですが、
 私の他にも数人の詩人さんたちに
 同じようなメールが来ているようです。

 私は蝙蝠さんについては
 ぽえ村で作品を拝見してるくらいで、
 別に交流はないんです。
 1度感想をいただいたんで、
 蝙蝠さんの投稿を見かけた時に
 レスをしましたが。
 それくらいです。

 こんな質問をして
 気分を悪くされたら、ごめんなさい。
 知らない人から、そんなメールが来て、
 何だか不気味な感じがしたので。
 少し怖いんです。
 私の病気のせいかもしれませんけど。

 ということで、
 もし、よろしければ、
 今後ともよろしくお願い致します。


   希羅々

――――――――――

   ********


 問題のメールが具体的にどういうものなのか、よくつかめないが、直接、脅迫をされているような内容ではないらしかった。
 ただ、何かが彼女を不安な気持ちにさせているらしい。

 メールやBBSへ書き込まれた、ちょっとした言葉にでも過剰反応する人たちがいる。ルネの知っている限りでも、たいしたことのない脅迫メールや書き込みがあったため、サイトを閉鎖したりネットから姿を消したしまった例が幾つかあった。

 彼女はどうなのだろう?
 妄想的な過剰反応のようにも思えるし、そうでないような気もする。

 文章を書いたり、絵を描いたり、音楽をやっていたり、そういったクリエイティブな人間の中にシックスセンスのような超常的能力をもっている者がいるのは、ある程度確かだろう。けれど、たぶん、それは才能のレベルと比例するわけではない。
 彼女が、そういう範疇に入るのかどうかは、まだ、何とも判断がつかなかった。

 ルネは、とりあえずレスを書いた。



□ □ □ □ □

宛先 希羅々
件名 Re: 感想お礼
――――――――――
  希羅々さま

 ルネです。
 はじめまして。
 メールありがとうございます。

 あの感想は、もしかして
 お気に障ったんじゃないかと
 あとで心配してました。
 それほどのことは、なかったようで
 良かったです。

 ああそうそう、
 音楽は僕が作ったものですよ。

 それから、
 僕も蝙蝠さんて方とは、
 ぜんぜん、お付き合いがないです。
 だから、何だかよくわかりませんが、
 希羅々さんのところへ来ているメールが、
 もし、脅迫とか名誉毀損とか…
 法律に触れるものでしたら、
 しかるべきところへ訴えた方がいいと思いますが。

 強制捜査でアクセスログとか調べれば、
 誰がやっているのか、つきとめられるはずです。

 相手がよほどのハッカーでなければですが、
 そんな人は、レベルの低い脅しなどやらないでしょうしね。

 もし、僕に出来る事があれば協力しますので、
 何かあったら、お知らせください。

 こちらこそ、よろしくお願いします。


  ルネ

――――――――――

   ********

 ルネは周囲より、やや遅れて、それを知った。
 年が明けて数日してからのことだ。

 ルネはPoem Villege、通称『ぽえ村』のメンバーとのコミュニケーションに、それほど熱心ではない。たまに、投稿したり感想を書き込んだりするだけで、メーリングリストにも参加していなかった。
 だが、後で聞いた話しでは、その間、メンバーの間でMLやメッセなど、水面下の動きが活発だったらしい。

 その日、投稿板を覗くと『空に行った人へ』という作品があった。アサリという常連の作者だけれど、過去にルネとのコンタクトはなかった。作者のコメント欄には、簡単に1行だけが書かれている。

 ―― 先日、ネットでお付き合いしていた方が亡くなったようです。 ――

 投稿されて2時間ほどしか経っていなかったが、感想欄には、もう40を超えるレスがついている。「悲しいね」とか「ご冥福をお祈りします」といった感じで、具体的なことに触れているものはないが、共通の友人らしい人に不幸があったことは想像された。

 ルネは詩の末尾にある作者のサイトへのリンクをクリックした。トップからひとつ入ったフレームページのメニューで、BBSを探し、行ってみる。
 そこで、すぐ目に入ったのは、管理人のこんな書き込みだった。

 ――昨年末、12月31日。
 ぽえ村にも、よく投稿されていた希羅々さんが亡くなられました。――



06 <h1>

 
 短いサウンドが鳴り、小さなボックスがタスクバーから現れる。

 <Junko Yokoe から新着メッセージが届きました。>

 メールが来たらしい。でも、差出人は知らない名前だった。
 スパムかもしれない。出会い系サイトやポルノサイトの宣伝メールには女性の名で送られてくるものがよくあるのだ。不倫を誘っているのもある。コンタクトを取るだけでも料金を請求されたリ、恐喝の対象にされかねないが、世の中には能天気な人間もいて、けっこう商売になるのかもしれない。
 ルネはボックスをクリックした。IEの別画面が出る。ネットでの匿名的な付き合いに使っているフリーメールで、送受信はメールソフトを使わず、webブラウザで行うシステムになっている。。


□ □ □ □ □

送信者 Junko Yokoe
宛先  disclosed recipient
件名  広川美奈子(希羅々)について

――――――――――

 はじめまして。
 広川美奈子(希羅々)の従妹で、横江潤子と申します。

 突然ですが、美奈子(希羅々)は昨年末12月31日、
 不慮の事故により他界致しました。
 生前、皆様が従妹に寄せられましたご厚情には
 両親をはじめ、親族一同、深く感謝致しております。

 葬儀から何日かが過ぎて、
 周囲もようやく、落ち着きを取り戻し、
 私が形見の品として彼女のノートパソを譲り受けました。

 それで、中に残されていたアドレス帖や受信メールなどから
 皆様のアドレスを知り、
 このようなメールを送らせて戴いたわけです。

 皆様のお心の片隅にでも、
 美奈子(希羅々)のことを長くお留め戴ければ,
 本人も幸せな事と思います。

 それでは皆様のご健康、ご活躍をお祈り致します。



  横江潤子

――――――――――


 彼女が亡くなったことは、どうやら本当らしい。

 それからルネは、希羅々と関係のありそうなサイトを幾つかまわってみた。
 詩を書いている管理人のサイトでは、ゲストブックやBBSのほかに、投稿掲示板を置いているところも多い。希羅々の作品は、そういうところで、よく見かけられた。
 BBSに、彼女への追悼の書き込みは多かったが、詳しい死の状況などが書かれていることはなかった。

 あるサイトのリンクページで、希羅々とよく感想を書き合っていたtakayoのサイトを見つけた。
 そこには投稿板は置いてないようだ。チャットルームがあったので、ルネは、そこを覗いてみた。



07 </h1>

ROM 2
メンバー 5
 takayo なっちゃん 純 りょう ヒロキ ぴんくてぃんく

なっちゃん:希羅々さんの従妹の人からメール来てたよ。

りょう:俺のところにも来てた。

ぴんくてぃんく:ついさっきだよね。着いたの。

純:あ、待ってて。メールチェックしてみる。

ヒロキ:俺はトイレ、行って来るw

純:うん、来てた来てた。不慮の事故かあ。

takayo:事故って何、交通事故?

りょう:交通事故とは限らないよ。転落とか、いろいろあるだろ。

BB:こんばんわ>皆さん

なっちゃん:こんばんは>BB

純:1年前、知り合いの女の子が死んでね。家の人たちは事故って言ってた。
  だけどね。ただ事故ってだけで、どんな事故か言わないの。はろー>BB

BB:何?希羅々さんの話?俺のとこにもメール来てますた。

ヒロキ:おばんです>BB

りょう:えーと、自分の集めた情報ではね。希羅々さんは心の病気だったらしい。

なっちゃん:ふうん。ま、めずらしくはないよね。

ぴんくてぃんく:ネットには腐るほどいるよ。メルヘンは。

ヒロキ:メルヘンて何?

りょう:メンタルヘルス→メンヘル→メルヘン

ヒロキ:謝謝  >りょう

ぴんくてぃんく:デバスだとかハルシオンだとか薬自慢大会みたいのを繰り広げてさ。
        リスカの写真を載っけたりね。障害者年金を受けてるんだけど、
        夜な夜な遊びまわってることを自慢げに日記に書いてたりする。

りょう:年金が出るほどの障害者認定って、ひとりで外出や買い物をするのが
    出来ないくらいひどくないと出ないだろ。

ヒロキ:身体障害者は手や足が片方不自由だって、JRが安くなるくらいの恩恵しかないんだぜ。
    バイト先で顔見知りのオジさんがいるんだけど、ほんと、一生懸命働いてるよ。

ヒロキ:医者がつるんでるんじゃないか。国費から費用が出るんなら、どんどん請求できるだろうし。

takayo:精神科や心療内科の薬は高いよ。

BB:じゃあ、そのメルヘンは俺たちの血税を騙し取ってるのか。医者も詐欺の共犯だな。
   本名や住所をつきとめて、ちゃんねる・ぜろで晒し上げなくちゃ(激怒

takayo:消費税くらいしか払ってないだろ(嘲>BB

なっちゃん:まあ、そういう悪質なのは、ごく一部だろうけどね。

純:でも心の病気なら、自殺ってのも頷ける話だな。

りょう:希羅々さんは一人で外出とか満足に出来なかったらしい。

BB:ヒッキーだったのか。

なっちゃん:希羅々さんは、よく自分でヒキコモリって言ってはいたね。

takayo:世間体が悪いから自殺は事故ってことにするんだよ。

ぴんくてぃんく:うん、よくあることだよ。

takayo:でも、希羅々さんのことで、前から、ちょっと気になってたことがあるんだよね。

ぴんくてぃんく:何?

takayo:あたし、希羅々さんと一緒に仕事してたことあるんじゃないかなあ。

なっちゃん:何の仕事?

takayo:ううん…、今日のところは黙秘w

純:でも、それならtakayoさんは、このサイトに自分の写真をUPしてるじゃない。
  希羅々さんはtakayoさんのサイトを見てるよね。ときどきBBSにカキコしてたし。
  何か反応は無かったの?

なっちゃん:けんかとか、気まずい別れ方でもしてたのかな?

takayo:そういうことはないんだけどね。まあ、ちょっと変わった仕事だから。
   お互い、顔は知らないのよ。

BB:あれ、ヒロキが消えてるよ。

ぴんくてぃんく:フリーズしたんじゃない?彼はWindows meを使ってるからね。

りょう:meだったら98のほうが、まだ、ましだよ。
   ところで、さっきからずーっと約2名様がROMしてるんだけど。こちらに入りませんか。

なっちゃん:は〜い。2名様ごあんな〜い。

   ――――

 画面は30秒毎にj自動更新されるが、次のリロードでROMは1名になっていた。もうひとりは素早く立ち去ったらしい。
 ルネは、どうしようか迷ったが、チャットは、あまり好きではない。チャットに限らず日常の取りとめのない会話のようなものはどうも苦手なので、よほど気分がのっている時でなければ、やる気にならなかった。

 それで、彼もここから消えることにする。



08 <font>

 
 昼間は溜まった本を読んでいた。
 ネットを始める前は、買った本をすぐ読んでしまったものだが、最近は、どうも、そのようにいかない。集中力自体が落ちているとは思わないが、読書に関して言えば低下しているだろう。集中力の質が変化しているのかもしれない。
 ルネはTVで8時からの音楽番組を見て、それからPCに向かう。

 エラーのアラートとは違う短いサウンドが鳴って、縦に細長いメッセのウィンドウが現れた。メッセというのは、インストールして登録するとメンバーにリストアップした同士でテキストや音声などでのチャットができるソフトだ。

 takayoがメッセしようよと誘っている。昨夜、ルネがチャットをROMった詩と小説のサイトの管理人だ。
 ルネは、とかく馴れ合いのコミュニケーションになりがちなチャットやメッセは苦手なのだが、別に拒む理由もなかった。
 と言うより、昨夜のチャットでtakayoが言ったことに興味があったので、むしろ歓迎したい気持ちだった。

   ――――

Reneの発言 :
 なんだ、takayoさんか(笑)

takayoの発言 :
 なんだはないだろうっっっ、
 ルネ君がめずらしくオンラインのメンバだったからね。

Reneの発言 :
 あ、メッセをオフにしとくの忘れてた。
 起動してメールが来てなければオフだよ。

takayoの発言 :
 だから、いつもメンバにいないんだw
 あ、メンバにいたんだけど、
 すぐ、スーと消えちゃったのが1度か2度ある。
 そうかそうか。

Reneの発言 :
 ネットでも何でもだけど、
 集中してる時、中断されるの
 好きじゃないんだよね。
 仕事中のこともあるし。

takayoの発言 :
 あれ、ネットで仕事してるの?

Reneの発言 :
 まあ、ちょっとね。

takayoの発言 :
 今、仕事してたの?
 邪魔してるんじゃない?

Reneの発言 :
 構わないよ。
 別にそういうわけじゃないから。

 今夜は夫が出張で帰らないのだとtakayoは言った。子供たちは友人の誕生パーティーへお呼ばれだそうだ。

takayoの発言 :
 ああ、私もね、ネット業界の人間だよ。
 というか、今は失業しちゃったけど。
 ところで、今ひとりで酒飲んでるんだよ。
 キー打つのめんどいから音声チャットにしていい。

   ――――

 チャットで言ってた希羅々と一緒の仕事とは、これだろうか?と考えながら、ルネはOKした。

   ――――

takayoの発言 :
 サンキュ、もうタイプミスが多くてやんなっちゃうんだよ。
 ひとりでお酒を飲んで酔っ払ってるからさ。
 そうだ、一緒に飲まない?
 といっても、これじゃご馳走するわけにいかないから、
 ルネ君の自前でだけどね。

   ――――

 ルネはキッチンへ行って冷蔵庫からワインを取り出した。赤を飲むことが多いのだが、今夜はしばらく入れてあった白にして、ローテーションをこなすことにする。

 PCの前に戻り、ヘッドセットを着ける。マイクの具合を調整した。

「ルネ君、何飲んでるの?」
「ワイン」
「私はオールドだけどね。去年のお歳暮で貰ったの隠してあったやつ。
 いつもは安売り店で1.8リットル500円の日本酒だけど、今日は、鬼のいぬ間の何とかだから、少しは羽根を伸ばさなきゃね」
 そして、呟くように80年代のJ-POPを歌う。
 つばさーのおれたーえんじぇーる。

「子供たちが帰ってくるの遅いんだろうな。真夜中かな。友達の親が車で送ってくれるからまあ心配ないんだけどね。今どきは小学校高学年ともなるといっちょまえでさあ。ま、私も親に隠れて悪いことしてたんだから、しょうがないか」

 しばらく会話に間が生じた。takayoは、また、小さく何かハミングしている。ルネが聴いたことのある昔のフォークみたいだ。題名は忘れた。言われれば思い出すだろうけど。

「何の仕事してるかなんて話題にするのは野暮なんだけどさ。今夜はなんか、わたしのしてたこと、話したいんだ。酔っ払いの戯言だと思って聴いてくれないかなあ?」
 ルネは、いいよ、と答えた。

「うん、その仕事はね、もしかすると、というか、もうほとんど確実だけど、このあいだ亡くなった希羅々さんもやってたみたいなの。
 それで、あんなことになったのを聞いて、私もちょっと落ちこんでるんだ。だから、誰かに聞いて欲しかったんだよね」

 ルネはグラスのワインを空け、ボトルを取って注ぎ足した。takayoは話を続ける。



09 </font>

 
「『HP小僧』って、知ってる?いろんなサイトを紹介してたメールマガジンなんだけどさ。最盛期には購読者が6万くらいいたんじゃないかな。
 タツヒコって、いま二十何歳かの子が5年前、まだ学生の頃に始めたんだけどね」

 そのメルマガはルネも読んでいたことがある。
 掲載依頼をしたサイトの中から優良なものを選び、スタッフがコメントをつけて紹介するのだ。サイトの管理人が書いた宣伝文をそのまま載せる形式のメルマガは幾つかあったが、それと違って客観的で、コメントも適切に書かれている。読者とのコミュニケーションも大事にしていたので、ファンも多かったようだ。
 そういえば最近、送られて来ないなとルネは思った。彼も以前、自分のサイトの掲載依頼をしたことがあった。

「見たことあるよ」
「そう、私、そこのコメンターやってたのよ」
「へえ、凄いじゃん。ネットではけっこうメジャーなとこだよね」
「ううん、まあ、応募が500人あったとかで、そこから6人採用されたんだけどね。内情をぶっちゃければギャラは時給うまい棒何本てなもんだったしさあ」

 “うまい棒”は、ちゃんねる・ぜろの住人たちが僅かな金額を例える時、よく用いられる。もっとも、最近のネットでは広く普及してきているが。

「去年の11月上旬に潰れたんだけど、私が入ったのは、その半年前くらいだったね。でも、その頃もう、ひどかった。
 毎日発行のはずなんだけど、週に1回くらいしか出ないんだよね。掲載依頼の投稿も凄く溜まっててさあ。私たちが作業してたのは7ヶ月前のだよ。紙面には審査通過のものは2週間ほどで掲載しますとか書いてあるのにね。まあ、少し遅れてるとか断ってはいたけど」

 takayoの話がちょっと途切れた。ちょっと咳払いをして、さっきの曲をまた、詞をつけて短く歌う。ながあい〜、よるうを〜。
 松山千春の曲かな?サイトのプロフでは、彼女は北海道在住だったろうか。
 これがリリースされた頃、自分は、まだ生まれていなかったかもしれないとルネは考える。

「編集する時のシステムっていうか、そんなのも、めちゃめちゃな感じだった。
 まあ、私にcgiだとか、あんまりわかんないんだけど。
 それに、普通の会社なら、指揮系統とかあるでしょ?それが、どうもはっきりしてない感じなのよね。仕事のことで質問しても、ぜんぜん反応がなかったり。疑問を感じてるスタッフから横の連絡でメールが来たりしてたわ。
 まあ、それはともかくとして、スタッフの中にナツヲさんって人がいたんだけどね。この人が、たぶん希羅々さんなの。
 仕事の報告とか連絡とかはメーリングリストでやるからメールアドレスがわかるんだよ。希羅々さんが投稿や書き込みの時に使ってたメルアドは、ナツヲさんのと同じなんだ。
 私は、ぽえ村なんかの付き合いには別のフリーメール使ってるから、彼女は私がHP小僧のスタッフだったことには気づいてなかっただろうけどね」

 グラスに氷の当たる音が聞こえる。takayoがマイクの前で揺らしているのだろう。

「でも、タツヒコは、けっこう頭がはたらくんだよね。
 ひとつのサイトについて、二人のスタッフにコメントを書かせるの。そして、編集長が、その中でいい方を選ぶんだよね。採用された方にだけギャラが出るの。そうやってスタッフに競争させて手を抜かせず、コメントの質を上げようっていうのかな」
「なかなか考えるね」

 あるバーガーショップでは、階級を作って、それぞれ帽子の色を変える店員管理法を使っているらしい。こうするとスタッフたちは、時給はいくらも違わないのに成績を上げて上の階級へ昇ろうと努力するのだ。
 これに勝るとも劣らないシステムかもしれない、とルネが言おうとした時、先にtakayoが話し始めた。

「でも私たちにしたらきついよね。下手したら、ただ働きなんだからさ。現に必死で書いたコメントがぜんぜん採用されないで、やる気なくしちゃった人もいたしね。
 もっともギャラなんて、みんな、それほど期待してなかったんだと思うよ。HP小僧でコメンターしてたって実績が何かで使えそうだって、私には、それが目当てだったし、みんなもそうだったと思う。ナツヲさんというか希羅々さたぶん、そんな感じかな?想像なんだけどさ」

「バックに誰か海千山千の大人がいて、タツヒコ氏に知恵をつけたんじゃないかな?」
「そうそう、タツヒコはHP小僧がちょっと当たったもんだからさ、会社を作ったんだよ。ネット専門の広告代理店ね。どこかの大人にうまくのせられて、けっきょく、そいつらに騙されてたのかな。
 その会社はあるところに吸収されてしまったらしいけど」

 ひと呼吸置いて、takayoは続けた。

「そうだ、もうひとつ教えちゃおう。ぽえ村に、たまに投稿する藤壺さんっているでしょ。たぶん、その人はタツヒコだと思う」
「何でわかったの?」
「私は読者としては長くてさ。初期のHP小僧から読んでるんだけど、メインのサイト紹介のほかにタツヒコが自分の書いた詩なんか載せてた時期があるんだよ。藤壺さんの投稿のなかには、その頃見かけたのがあるのさ。多少、リライトしたり、タイトルが変わってるのもあるけどね」
「藤壺さんは最近ぽえ村に姿を見せてないね。まあ、何ヶ月も来ない人ってのは、よくあることだけど」

 takayoは、また『長い夜』を小さく歌った。

「ああ、だいぶ酔っ払ったなあ。
ルネ君、ごめんね。こんな話に付き合わせて。でもね、誰かに聞いて欲しかったんだよね。希羅々さんというかナツヲさんのことを。
 でも、ぜんぜん話し足らないうちに眠くなっちゃったなあ。あんまり長いとルネ君にも迷惑だろうしさ」
「ぼくは別にいいけどね」

 takayoは少しの間、何か考えているようだった。
 どうしようかな?と2回ほど自問自答し、それから話し始めた。
「HP小僧のスタッフのMLなんだけど、ナツヲさんが書いたので、ぜひ誰かに見て欲しいのがあるな。まだ取ってあるんだよ。でも、第三者に見せちゃ、まずいのかな?いいよね。あそこはもう潰れちゃったんだし、彼女も亡くなったんだしね。
 転送するからさ、見てよ。何通か送るけどメールボムじゃないからね。私、誰かが見てくれれば少しは供養になるような気がするんだ」
「わかった」

 takayoは最後に、少し、かすれた声で言った。
「私ね、スタッフのログインページをまだブックマークに残してあるんだ。もうアクセスしても404エラーでページが見つかりませんだけどさ。
 さっきもクリックしてみて、希羅々さんのこと思い出して涙が出てきたよ。あれも一時は、とてもいいメルマガで、読むのが楽しみだった。ファンも多かったんだよね。
 じゃ、ありがとう、おやすみ」



10 <br>

 
 1月の半ばと言えば最も寒い時期だが、今日の多摩川の河川敷には夥しい量の光が降り注いでいるように感じる。
 冬至を過ぎて、まだ何週も経っていないのだから気のせいかもしれないが、太陽のパワーはなかなか強いように見えた。

 前を蛇行しながらのろのろ走っていたサエジマさんのママチャリが止まる。スタンドを立てて補助椅子のマミちゃんを降ろした。
「おおい、遠くへ行っちゃだめだよ」
 走り出したマミちゃんにサエジマさんは、うろたえ気味に叫んだ。

「この辺の治安も悪くなっててさ。最近、連れ去り未遂みたいなのが何件か起きてるんだ。ホームレスも増えてるし。もうちょっと下流へ行くとダンボールハウスが立ち並んでるんだよね」
 サエジマさんはマミちゃんの行方に視線を送る。
「まあ、こんなこと言うのは差別かもしれないけど、親としちゃ心配でね」
 サエジマさんは、たしか障害者関係のボランティアもやってたはずだ。偏見じみた悪意の持ち主でないのはルネにもわかっていた。

「まあ、危ないのは、そこら中どこでもだけどさ。例えば、うちの業界にしたって怖い状況は出てきてるんだよね。
 企業舎弟っていうの?ヤクザの資金源なんだけど、そういうのが入り込んでIT企業をやってるって噂がある。そんなところに、うっかり個人情報なんて送っちゃうとやばいぜ。まあ、懸賞なんかにつられて教えちゃってる人が相当いるみたいだね。生年月日や住所ばかりでなく、家族構成や学歴、年収まで尋ねるところもあるからさ。名簿にして売られるくらいなら、まだいい方だけど、もっと恐ろしい成り行きだって考えられる」
「振り込め詐欺なんかもそれでしょうか?」
「うーん、わからないけど」

 サエジマさんは西の、空の状態が良ければ富士山が見える方向に目を向けた。その視線を追ったルネは、雲の形も春に近づいているように感じる。
 でも、まだまだ、これから寒い日が多いのだ。

「その会社がヤクザ関係だって知ってるのは経営者と幹部の一部だけで、あとの社員は、そんなこと、まったく知らないで勤めてるらしい」

 マミちゃんが駈け戻ってくる。だが、ルネたちの手前で身を翻して、また駈けて行こうとする。サエジマさんが追いかけ、マミちゃんは笑い声を上げて逃げる。

   ********

<父親を殺す時。それが神話の世界の始まりと終わりと、そして、すべてだ>

 突然、ルネの頭の中で響く声がある。世界が黒い靄で覆われ、その底深くから響いてくる声。
 この言葉をいつ聞いたのだろう?とても幼い頃、ルネの父親が言っていたような気もする。これは父親の声だろうか?
 それとも、それは遠い昔に見た、夢の中の出来事だったろうか?

   ********

「いいなあ、このマウンテンバイク。俺も欲しいけど、けっこうするんだろ?女房のお許しが出るかなあ」
 サエジマさんはルネのチャリを様々な角度から眺めている。
 微風というよりやや強めの風が断続的に吹きかけてきた。サエジマさんの頭頂部は明らかに薄くなりかけている。でも、数年前に出来ちゃった結婚をした頃は、まだ20代だったと聞いているから、それほどの年齢ではないわけだ。

「こういうサスペンションなんかがちょっと目立ってて高そうに見えるのは、意外と、たいしたことないのが多いんですよ。これはママチャリより多少高い程度だし。
 まあ、これで本当に山の険しいところなんか走ったら、壊れたり怪我したりしかねなくて、ちょっとやばいですね。本格的なMTBなら10万は出さないと…。いや、30万かな」
「いや、もうこの歳この身体で、そんな大それたこと考えてないよ。それなら俺も安いの買おうかなあ。いつの間にか、こんなに腹が出てきちゃったし。運動しなくちゃ。
 これならスピードも出そうだなあ」

 対岸を白いロードレーサーが走っている。赤いヘルメットに黒と黄色のウェア。
 
 ルネは、それを指差しながら言った。
「ねえ、サエジマさん。ああいうのどうですか?」
「あれは鉄人レースなんかのやつだろ?とてもとても」
「いえ、あれはロードレーサーで、トライアスロンには、それ専用のがあるんです。まあ、ああいうのでやってる人もいることはいますけどね。でもロードレーサーに似たタイプですがドロップハンドルじゃなくて、T字になってるクロスバイクっていうのがあります。それは、タイヤが細いからMTBよりスピードが出ますよ。こんどは、そちらで来ましょうか。でも、歩道を走ると淵の角張った部分でタイヤをいためるんですよね。都内だと違法駐車が多いから車道は走りにくいし」

「歩道は車椅子の人にも不便にできてるよね」
 サエジマさんは戻ってきたマミちゃんの頭に手を置いた。マミちゃんは笑い声をあげて身をくねらしている。
「ここへ登って来る時だって、君は楽々だもんな。このママチャリは、この子が乗ってるとはいえ…、それにしてもきつかった」
 サエジマさんは苦笑する。

「サドルは、ペダルがいちばん下へ行った時、脚が伸びきる少し手前くらいの高さがいいんですよ。路面につま先が届くくらい。そうすると力が効率よく入ってスピードが出るし、坂だって楽に登れます。よく言われてる路面に踵がつく高さは間違った常識」

 ルネは、物を持ち上げる時だって、この方がやりやすいでしょう?と手のひらを上向きにして膝を屈伸させ、ジェスチャーで示した。

「そうだったのか、これはママが乗るのに合わせてあるから疲れるわけだ。やっぱり買うっきゃないかな…。クロスバイク」
「うん、何てったって、ライダーズハイとランナーズハイを同時に味わえますよ」

 長距離ランナーが疲労や苦痛を感じた時、脳内で分泌される物質がそれらを打ち消し、やがて快感の域にまで達するようになる。ランナーズハイと呼ばれる現象だ。
 これとバイクで高速疾走する時の快感。このふたつを同時に味わえるのがチャリダーだ。とルネは半ば冗談めかして言った。

   ********

「じゃあ、よろしくね。君なら携帯サイトなんてちょろいもんだろ?あれだけのページ作ってるし。機種のチェックはこちらで手配するから」
「XHTMLで書けばいいんですね。まあ、タグも少ないし…」
「急な仕事で悪いけどさ」

 サエジマさんが支えるとマミちゃんは補助椅子によじ登る。マミちゃんがルネにバイバイと手を振り、ママチャリは走り出した。
 1キロ程離れた一戸建てがサエジマさんの仕事場兼住居だ。2階の和室と廊下にはLANケーブルが所狭しと走り、今も数人のスタッフがディスプレイに向かいキーを叩いているだろう。

 サエジマさん親子の姿が遠ざかると、ルネも走り出した。246まで回って環七へ入るので、そこまでの川沿いは車がいなくて快適だ。スピードが乗るとフロントギアをハイに上げ、更に左手をひねってリアも上げる。

 走りながら彼の脳裏に今朝、takayoが転送してきた数通のメールのことが浮かんだ。
 ペダルを踏んだ。足の力を少しづつ増し、回転を上げていく。自分の生み出す速度が作り出す風は無数の微細に振動する紐のようで、その流れを顔や身体に感じながら、ルネはメールの内容を反芻していた。



11 <u>

 ルネのMTBは折り畳みなので、マンションのエレベーターに乗るのも楽だ。2DKのうち、ほとんど物置になっている方の部屋には、もう1台のクロスバイクもあるが、こちらはレバーの操作で車輪をすぐ外せる。だから自転車を2台置いても思ったほどは場所を取らない。

 午後6時だった。別に空腹を感じないので食事はもっと後で取ることにした。コーヒーを飲む前にPCのスイッチを入れておく。

 メールチェックの後、takayoが転送したメールをもう1度開いてみた。今朝は昼近くに起きたため、あまり時間がなくて、ざっと目を通しただけだったのだ。


□ □ □ □ □

送信者 takayo
 宛先 ルネ
 件名 読んでね
――――――――――
ルネ君、昨夜はどうも。
言ってたML、転送するよ。

なんで、こんなの送る気になったのかな?
だいぶ酔っ払ってたからだ←自分

こういう業務報告を、毎日やってたんだけど…。

気が向いたら読んでね。
下の方にあるのは、私のちょっとした感想だよ。


takayo

――――――――――


 転送メールにはtakayoの簡単なコメントがつけられているものもあった。


□ □ □ □ □

送信者 takayo
 宛先 ルネ
---original message---

送信者:natsuwo
宛先 :HP小僧スタッフ
件名 :Fwd:業務連絡
――――――――――――――――――――――――――
報告日:200X.05.12
スタッフ名:ナツヲ
本日の作業数:10サイト
連絡事項:特にありません。
その他:仕事を始めて1ヶ月が過ぎ、作業にも慣れてきました。
 自分の文章が多くの人に読んでもらえることに、
 喜びと同時に責任も感じています。
 ただ、いまだに発行が再開されないのが少し不安です。
 何かとたいへんだとは思いますが、皆さん頑張ってください。

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takayo:これは、まだ発行が滞っていた時期のだね。
 その3・4ヶ月の間に1回だけスタッフ募集号が出たので、
 私も応募したんだ。
――――――――――


 ML部分には末尾に広告が入っている。どうやら無料サービスのメーリングリストを使っているようだった。
 まがりなりにも株式会社を名乗っているのに、随分けちな話だ。

 次のメールを開いた。


□ □ □ □ □□

送信者 takayo
 宛先 ルネ
---original message---

送信者:natsuwo
宛先 :HP小僧スタッフ
件名 :Fwd:業務連絡
――――――――――
報告日:200X.06.9
スタッフ名:ナツヲ
本日の作業数:15サイト
連絡事項:[7216]は規定違反(出会い系)と思われるのでとばしました。
その他:今日は時間があったのでノルマより5サイト多く作業しました。

 やっと発行が始まって、胸をなでおろしました。
 早く正常の毎日発行に戻るよう、大変でしょうが頑張ってください。

 自分の文章が、ひじょうに多くの方に読まれていることを思うと
 自分は曲がりなりにもライターなのだと思い、
 ちょっぴり誇りと、また責任も感じます。

 明日も、作業頑張ります。

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――――――――――


□ □ □ □ □

送信者 takayo
 宛先 ルネ
---original message---

送信者:natsuwo
宛先 :HP小僧スタッフ
件名 :Fwd:業務連絡
□ □ □ □ □
報告日:200X.07.16
スタッフ名:ナツヲ
本日の作業数:10サイト
連絡事項:特にありません。
その他:今日、お給料が振込まれているのを確認しました。
    ですが、金額が間違っているのではないでしょうか。
    先月私の採用されたコメントは12あったはずですが、
    8コメント分しか振込まれていません。
    調べて下さいますよう、お願いします。

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takayo:なんか、この辺から私も、
 株式会社とかなってるのに何やってんだろう、
 うさんくさいなって、思いはじめたよ。
 他のスタッフのギャラにも間違いがあってね。
 すぐ、訂正して振込まれたけど。
 こんなの、エクセルにでも打ち込んでおけば
 違っちゃうはずはないだろ。
――――――――――

□ □ □ □ □

送信者 takayo
 宛先 ルネ
---original message---

送信者:natsuwo
宛先 :HP小僧スタッフ
件名 :Fwd:業務連絡
――――――――――
報告日:200X.07.22
スタッフ名:ナツヲ
本日の作業数:10サイト
連絡事項:ありません。
その他:タツヒコさんから、直接お話を伺いたいことがあったので、
    会社に電話したのですが、繋がったのは親会社で、
    電話を受けられた方は、何だか、要領を得ない感じでした。
    どうなっているのでしょう?

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takayo:発行が、ちゃんと行われないし、
 でも、タツヒコからは溜まってる審査依頼を
 どんどん片付けてってくれって言うんだよね。
 掲載されないとギャラが出ないんだから、
 みんな頭に来てたと思う。
 ナツヲさんは、そのこと言おうとしたんじゃないかな?
――――――――――



12 </u>

 
 次のメールはナツヲに対するタツヒコからのレスだった。


□ □ □ □ □

送信者 takayo
 宛先 ルネ
---original message---

送信者:Tatsuhiko Mizuno
宛先 :HP小僧スタッフ
件名 :Fwd:編集部より
――――――――――
株式会社アクセスパル HP小僧編集部より
コメントスタッフ各位

皆さんお疲れ様です。
水野達彦です。

ナツヲ様

>会社に電話したのですが、繋がったのは親会社の方で、
>電話を受けられた方は、わけがわからないような雰囲気でした。


当方の間で連絡が不充分だったようです。そちらは善処しましたので、ご安心ください。なお、私の携帯に電話して頂いてもけっこうです。

0990-XXXX-XXXX

それでは、よろしく。


水野達彦@アクセスパル

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takayo:何だか凄い事務的な文章だろ?
 HP小僧の始めの頃は、
 タツヒコが自分の書いた雑文を載せたり
 読者とのコミュニケーションのコーナーにも書いたり、
 そんなフレンドリーな魅力もあって部数が伸びたんだと思うよ。

 会社システムにしてからのHP小僧には、
 そういうのが、ぜんぜんなくなったね。
 それに代わってIT関係のニュースなんかが入ったけど、
 そんなの、他でも見れるんだからさ。
――――――――――


□ □ □ □ □

送信者 takayo
 宛先 ルネ
---original message---

送信者:natsuwo
宛先 :HP小僧スタッフ
件名 :Fwd:業務連絡
――――――――――
報告日:200X.09.18
スタッフ名:ナツヲ
本日の作業数:5サイト
連絡事項:体調不良のため、これだけしか出来ませんでした。
その他:タツヒコさん、それからスタッフの皆さんにも聞いて欲しいんです。
  いろいろ事情があって、毎日発行が難しいのだとは思います。
  でも、これでは、せっかくコメントを書いても
  それが、いつ、読者の目に触れるのかわかりません。
  ギャラだって、掲載されなければ頂けないんですよね。

  私は、ある病気で、ほとんど外を出歩くことも出来ません。
  それで、このスタッフ募集の記事を見た時、これなら私でも
  家で仕事をして、多少の収入を得られるなと考えました。
  私は文章を書くことが好きですし、自分のペースで出来るので
  病気に最大の悪影響を及ぼすストレスも感じないで済みそうです。
  こんな素晴らしい仕事は滅多にありませんから、
  採用通知のメールが来た時は、とても嬉しかったです。

  私は不器用な性格というのか、
  自分が納得いくまでやらないと気が済まないので、
  コメントを書くのも、あれこれ考えたり書き直したり、
  ひじょうに時間をかけてしまいます。
  失礼ですが、このお仕事のギャラは、かなり安いので(笑)
  時給とかに換算したら、いくらでもないでしょう。
  それでも少し頑張って、ノルマより多めのコメントをこなせば、
  月、数万円くらいは得られるかもしれない。
  そう、思いました。

  皆さんには笑われるような話かもしれないけど、
  これは私にとっての現実なのです。
  そして、どのくらい収入を得られているのかと言えば
  皆さんも、ご承知の通りです。

  でも、そのことは、まだいいんです。
  せっかく書いた文章が、ただ埋もれてしまっている。

  私にとって、世界との繋がりは文章を書いて、
  誰かに読んで貰う、それくらいしかありません。
  これからHP小僧が以前のように発行されて、
  私の文章が人々に読まれるようになるのでしょうか?

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takayo:MLではタツヒコからのレスはなかったね。
 まあ、ナツヲさん個人には何か伝えたのかもしれないが、
 そこは、どうなってるのか、わからない。

――――――――――

□ □ □ □ □

送信者 takayo
 宛先 ルネ
---original message---

送信者 natsuwo
宛先  HP小僧スタッフ
件名  Fwd:業務連絡
――――――――――
報告日:200X.10.03
スタッフ名:ナツヲ
本日の作業数:10サイト
連絡事項:特にありません。
その他:すみません。しばらく休ませてください。
  自分が文章を書く意味がわからなくなってきました。
  最近は仕事を始めようとすると不安感が湧き上がって
  続けるのが苦痛以外の何物でもない状態です。

  誠に無責任ですが、でも、自分で納得がいかないまま
  書いた文章を人様にお送りするのは心苦しくて、
  とても続けて行くことが出来ません。
  しばらく時間を頂いて、よく考えてみたいんです。
  ご迷惑をかけてすみません。

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takayo:この後、発行はかなり間を置いて2回くらいあったかな?
 11月初めに、編集部の佐藤とかいう、今までぜんぜん知らない人から
 廃刊のお知らせが来たんだ。
 「皆様の今後のご活躍をお祈り致します」ってね(爆)
 
 
――――――――――


 読み終えたルネは、サエジマさんに依頼された携帯サイトを作る仕事があったので、その関係のページをいくつか覗いてみようと思った。
 サーチエンジンにアクセスした。トップページには今日のニュースも掲載されている。その中に、こんなものがあった。

<●自殺の女性、他殺の疑いも>

 ルネは、その標題をクリックした。

<昨年末12月31日、神奈川県小田原市のビル屋上から転落死した23歳の女性は、心療内科へ通院中だったこともあって当初自殺と見られていたが、現場付近で男と一緒にいたとの目撃情報が寄せられたため、警察は自殺、事件の両面で再捜査することになった。>

 この女性は希羅々ではないだろうか、とルネは思った。
 何も根拠はないのだが、本文を読むより前、タイトルだけで、そう閃いたと思う。それは確信みたいなものだった。
 そんな何かがはたらくことが、時々、ルネにはある。それは単なる妄想とは一線を画したものだ。



13 <p>

 
 ルネの仕事は“ウェブコーディネーター”ということになっている。しかし、それは、あまり実体のない仕事で、たとえば検索をしても、web上に存在するその言葉の数はたいしたものではなく、その中にはソフトウェアの製品名も含まれている。まあ、何となく思いつきで使い始めた言葉だ。

 意味から考えれば、その内容は、ウェブサイトを作る際の企画やクリエーター、エンジニアの手配、その他さまざまなアドバイス、というようなことになるのだろう。でも、実際はあまり大規模でないホームページ製作とか、サーチエンジンへの登録代行や宣伝の書き込みもやったりする。
 そのほか、ネット上での調べ物。これは取引先へのサービス的な場合が多いが、やっておくと見返りで何かの仕事が来るので、けっこう重要だ。
 スパムを送るような仕事は嫌いなので、まず引き受けない。

 何か肩書きがあると話が速いので、こういうものを考えたのだが、要するにネットの便利屋といったところだ。

 携帯ページを作る仕事が入ったので、そちらのサイトをいくつか覗いてみる。モバイルサイトといっても多くはPCでアクセスできるのだが、やはりPCでは何だか間が抜けて見えた。
 面白そうなページはシミュレーターでもう1度見た。このツールを使うとモバイルと同じ大きさの画面だし、ダイヤルボタンを押してジャンプするaccesskeyも動作する。

 モバイルサイトを幾つか周って、コーヒーを淹れた。クッキーを口に入れ、IEを開く。ブックマークを眺めながらどこへ行こうかと考え、Poem Villageをクリックした。
 BBSやフォーラムには小田原の転落死した女性が希羅々ナツヲだという情報は見当たらなかった。
 投稿板は相変わらず賑わっている。1ページにある50篇の作品が、ほぼ1日で次ページに押し出されて入れ替わってしまうペースで投稿がある。

 takayoの話ではHP小僧をやっていたタツヒコだという“藤壺”の名前は、投稿者にも感想のレスにも見えなかった。もう3・4ヶ月は現れていないようだ。自分の興した事業に挫折したのだから、詩など読んだり書いたりしている気分ではないのだろうか。

 しかし彼も、そのうち帰って来るかもしれない。今日も、何ヶ月かのブランクの後で投稿している詩人がいる。ルネは、その『物語を編む人』というタイトルにマウスを当てた。
 クリックして作品ページに入る。

――――――――――

 物語を編む人
          赤土

物語を編む人
夜となく昼となく
春となく夏となく
秋となく冬となく

物語を編む人

冷気が忍び寄る予感に
目を瞑り
耳を押さえ

世界のためという妄想
殉教者の悲壮感に駆られ
ただ ひたすら
触れることも出来ない
さして精緻でもないものを
それでも編みつづける人よ
淋しく悲しい人よ

昼は灼熱
夜は酷寒
世界は砂漠で
そこをさまよう私に
水分といえば自分の唾液だけ

長く伸びる私の影
それは そのまま黒い罪
そして希薄な大気の中に
投げつづける言葉

神は もはや信じないのですが
でも誰かに語りかけずにはいられません
けっして悪意はなかったのです
すべては自然の営みと言って下さい
そう言って私を救ってください。

消滅の願望だけが脳髄を浸しながら
現在を生き延びていくしかないのです
いつかは必ず死ぬ定めなのに

書き綴るのは 実は
物語とも認知されない
ただ 自分を慰める言葉たち
それを生きている証といえるのか

暗く寒い夜から避難した椅子の上
物語を窓の向こうに投げれば
誰か拾う人がいますか?
それとも向こうは ただ
空虚な世界
あるいは・・・



 200X年01月17日XX時XX分XX秒
 作者のHP:---

 ●この作品の著作権は 赤土 さんに帰属します。
 ●無断で転載することは禁止します。
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 作者からのコメント
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みなさん、ご無沙汰です。
ちょっと事情があって、しばらく、こちらに来れませんでした。
また時々参りますので、以前のようによろしくお願いします。

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 感想
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祝 赤土さん復活!!:Kenya

おひさです。就職活動がたいへんで、なかなかここにも来れませんでした。久しぶりに覗いたら赤土さんの作品がありました。嬉しいです。:Peeスケ

以前、読んだお子さんへの愛情が溢れた詩も感動しましたが、これも孤独感のようなものを感じて好きです。:たえこママ

赤土さんは、きっと僕より年齢も上で人生経験が豊富なんでしょう。赤土さんの作品に触れるたび、僕は、まだまだ人生を勉強しなければと思います。:輝義

赤土さん、復活おめでとうございます。私は赤土さんの詩では会社からの帰り道を書いたのが好きですが、これもとてもいいと思います。:e-ko

    ・
    ・
    ・


 赤土氏は昨年暮れ、久しぶりでPoem Villegeの投稿板に感想を書き込んでいたように記憶している。
 そういえば、希羅々と赤土氏は、お互いに感想などをよく書き合っていたようだったなとルネは思った。でも、希羅々の死について赤土氏が何か書き込んでいるのは、Poem Villegeの中には見当たらない。
 ぽえ村では彼女の死を悼む書き込みも多かったが、名前を出すような直接的な表現は憚られていたので、それを他のサイトで目にしない限り、気づかなかったのかもしれなかった。

 ルネは、そのままIEで、ちゃんねる・ぜろにアクセスした。
 専用ブラウザと違い、最初のページではスレッド一覧が上の方しか見えないのだが、ニュース板に小田原の女性転落死のスレを見つけた。

<【自殺?他殺】小田原の女性転落死を再捜査>

 昨夜立てられたスレだが書き込みは100に満たないから、あまり注目を集めていないようだ。投稿の間隔も長くなっているので、そのうち下に行って目立たなくなり、消えてしまうのではないだろうか。

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    ・
    ・
72:私も匿名さん
 なんだ、メンヘル系か。これは自然淘汰。

73:私も匿名さん
 嗚呼、貴重なマ○コが…。

74:金田一コナン
 これはDQNどもが被害者をレイプしようとビル屋上に拉致しますたが、
 騒がれたため、突き落としたものと考えられまつ。
 地元の珍走団を調べれば犯人がいまつ。
    ・
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    ・

 投稿の内容も、これといって注目に値するものはない。心の病を茶化した差別的な発言や、セクハラ的発想のもの、犯人をほとんど妄想的に推理するものなど、このサイトにはよくある論調がほとんどだった。

 ルネはひと通り読み終わったので、そのページをリロードした。
 読んでいる間に書き込みのあったスレが上がって来ているので、一覧は、かなり変化している。

<【HP小僧】IT起業の夢破れた青年が腐乱死体でハケーン>

 その中のひとつに目をやった時、ルネは自分の身体に軽い衝撃が巡ったような気がした。



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1:匿命匿捜部 【HP小僧】IT起業の夢破れた青年が腐乱死体でハケーン

 (毎朝新聞)
 1月×日午後、神奈川県松田町の登山道から30メートルほど入った脇道で
 トレッキング中の男性(63)が腐乱した男性の死体を発見し、警察に通報した。
 男性は年齢16〜40歳、身長174センチで、死後数ヶ月経過していると見られる。
 警察では事故、自殺、事件の可能性をふまえ、男性の身元を調べている。

(共同報道)
 1月×日午後、神奈川県松田町の山中で発見された男性の腐乱死体は、
 歯型とDNAなどから東京都杉並区の元会社役員水野達彦さん(25)と確認された。
 水野さんは昨年後半、会社の経営に行き詰まっており、
 警察では自殺の可能性が高いと見て、周囲から事情を聞いている。

 水野達彦さんはwebの広告代理店、HP紹介サービス、出会い系サイト運営
 などをしていた「株式会社アクセスパル」の起業者です。
 彼のやってた「HP小僧」というメルマガは購読していた方もあるでしょう。


2:私も匿名さん
 2ゲットォォォォォォォォ!!

3:私も匿名さん
 タツヒコ、死んだか…。

4:私も匿名さん
 ご愁傷様。

    ・
    ・
    ・

23:私も匿名さん
 俺は自分のサイト、掲載依頼出したけど、無視された。
 死んだか?ザマアミロ(藁

24:私も匿名さん
 漏れ、読んでた。けっこうオモロカッタ。
 ご冥福をお祈りします。

25:私も匿名さん
 >>23
 それは藻前のサイトのレベルが低いから(嘲

26:私も匿名さん
 一時は、なかなかいいメルマガだったな。
 読者とのコミュニケーションも盛んで。
 まあ、ネットの一時代を築いたといっては大げさかもしれないが。

27:私も匿名さん
 俺のサイトは掲載されたよ。その時けっこうアクセスが増えた。

    ・
    ・
    ・
41:私も匿名さん
 ライターのコメントはシロウトっぽかったな。
 まあ、その辺が親しみやすかったのかw

42:私も匿名さん
 タツヒコか。
 一時、ネットでは、なかなかの有名人だったな。
 ここでは、だいぶ晒し上げられたりもしたが。

43:私も匿名さん
 祭りの予感…。

    ・
    ・
    ・

 このスレッドが立てられてから、まだ1時間も経っていなかったが、けっこう書き込みがある。ネットでは多少、名の知れた人物だったから注目を集めているようだ。

 希羅々が、もし殺害されたのだとすれば、タツヒコは彼女と接点があったのだから、事件への関与が疑われるひとりということになるが、彼は希羅々より先に死んでいたことになるから、直接の関わりはなかったということなのだろうか。

 ルネはtakayoが転送してきたメールの内容で、ちょっと気になる何かがあったなと思い、それを思い出そうとしていた。
 その時、メールの着信を告げるサインがあった。


□ □ □ □ □

送信者:Junko Yokoe
宛先 :Rene
件名 :聞いていただきたいことがあります。
――――――――――
ルネ様

広川美奈子(希羅々)の従妹、横江潤子です。
先日は突然のメールにもかかわらず、
お悔みのレス、ありがとうございました。
故人も喜んでいると思います。

じつは、聞いて頂きたいことがあるのでメールしました。
もしよろしければ、ご助言など頂ければ幸いです。

私は今、親戚である広川の家に下宿して大学に通っております。
美奈子の母は私の母の姉ですので。

そういうわけで、美奈子の形見としてPCを譲り受けましたが、
インターネットも美奈子の父の名義で契約していましたので、
それを私が継続して使うことになりました。
(私は学校でネットが出来るので、生前は、ほとんど美奈子専用でした)
美奈子のメールアドレスは、生前お世話になった方から連絡があるかもと思い
私がチェックしておりました。

それで、ここからが本題なのですが、
美奈子のメルアドに時々、異様なメールが送られて来るのです。
その人は、たぶん、まだ彼女の死を知らないのでしょう。
返信しても戻って来てしまうので、対処のしようがありません。

ルネさん、何かお心当たりはないでしょうか?
こんな不躾なお願いをして申し訳ないのですが、
不気味な感じがして、気になってしまうので…。

もし、興味がおありでしたら、そのメールを転送します。
でも、こんなことに関わりたくないと思われたら、どうぞ無視してください。
(こんな問題にはその方が当然だと思っています)

それでは。



横江潤子

――――――――――


 たしか、希羅々がルネに送ったメールには蝙蝠という人物に関して質問をされているとあったが、そのことだろうか?

 ルネは、すぐ潤子に返信した。

――お力になれるかどうか、わかりませんが、よろしければ、そのメールを見せてください。――

   ********


 それから、自分のサイトの更新をどうしようか、少し考えた。
 シーケンサーソフトで、作りかけたまま放ってあるmidiの続きをやろうと思ったが、どうも集中できない。
 ベースとストリングスの間にテンションコードとは違った、現代音楽のような緊張関係を作りたくて、いくつかのパターンを試してみたが、どうも平凡な感じにしかならなかった。音色を換えた方がいいのだろうか?それともコーラスやリバーブに工夫するべきなのか。
 結局、元に戻したかたちで終了する。

 コーヒーか紅茶を飲もうかと思ってキッチンへ行ったが、気が変わって冷蔵庫からハイネケンを取り出す。部屋に戻ってPCを終了させた。
 緑色の缶のプルトップを起こす。

 Stay tune!!
 FMのパーソナリティーは抑揚の激しい、決り文句のような英語をはさみながら80年代のポップスとCMを交互に流している。
 曲名は忘れたが、アーティストはたぶんCulture ClubやDuran Duran…といったところだろう。
 番組の進行と共に窓の外は薄暗さを増していく。



クエスチョンマークなどの記号は、その後にスペースを入れるのが文章作法というご指摘をいただきました。しかし、ここでは、携帯で見た場合のレイアウトを考慮して、現状のままにしておきますので、ご了承ください。











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