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魔法使いの美容室

          挿絵(By みてみん)

 その美容室はあまり目立たない。街の隅でひっそりと営業しているから。物静かな女店長が、いつでも迎えてくれるその店の壁には、誰が描いたかは分からないのだけど、何故か魔法使いの拙い絵が飾ってあって、そんなに呼ぶ人は多くないのだけど、偶にはこう呼ぶ人もいる。魔法使いの美容室。

 人生に疲れた時は、ちょっと寄ってみてくださいな。他の人から見れば、少しも不思議が起きてなくても、あなたから見ればちょっと不思議なことが、起きたり起きなかったりするかもしれません。

 そこの店には、時々ですが、そんな不思議を期待して訪れる人もいるのです。

 ほら今日も、女性が一人、ご来店。


 その女性は少しだけ疲れていた。生き方というか、なんというか。自分の人生に沸いてしまったちょっとした疑問。仕事疲れに、遊び疲れ。女性の社会進出上等で、ずっとがんばってきたけれど、このままで私は本当に良いのかしら。

 そんな時、彼女はこの“魔法使いの美容室”の噂を聞いたのです。

 この美容室の店長は、なるほどちょっと変わっていた。美容師といえば、お客から要望を聞きだして、その通りにカットする事はもちろん、そのさらに先を目指すものだと、そうその女性は思っていた。つまり、美容師がリードして、そのお客のヘアファッションのアドバイザーになってやり、その事で付加価値分の料金を貰う職業。だから技術だけでなく、話術も求められる仕事。ところが、その店長はあまり喋らなかった。初めての来店だというのに、好みの髪型を聞くことすらしない。

 女店長は、やさしくシャンプーを済ませると、それからそっと女性の髪に手を置いた。そして、ようやく言葉を発する。

 「さて、聞かせてくださいな」

 何をと女性は思ったが、そう言う前に喋り始めていた。

 「私が大人になった時代は、女性が社会進出するのが正しいように言われていたの。家庭に入るのなんて保守的過ぎる。もっと、アグレッシブに時代の先を。そんな感じ」

 その話を聞きながら、女店長は髪全体をしばらく撫で、それから何かを見極めるようにハサミを持った。

 「なるほど。それで、お客様は仕合せになられたのですか?」

 店長はハサミを入れながら、女性にそう問い掛ける。女性はまだどんな髪型にしたいのかも言っていないのに、と思いつつも、それを自然に受け入れていた。店長のカットに、何故か不満はなかったからだ。

 「どうかしら? でも、最近少し疲れているかもしれないわ……」

 「そうですか。でも、楽しい事も色々とあったのでしょう?」

 「そりゃあね…」

 それから女性は、自分の身に起こった様々なことを店長に話して聞かせた。自分の功績で取引がまとまった事。プレゼン直前で資料が揃わなくなったハプニングと、それを乗り越えた工夫。急な不況で苦労したけど、それでも何とか耐えた話……。

 女店長は、その話を楽しそうに聞きながらハサミを走らせた。そうですか、そうですか、と情感たっぷりに相槌を打ちながら。

 「でも、最近少し疲れてしまって」

 一通り話し終えると、その女性は夢から醒めたようにまたその台詞を言った。ただし、続けてこう問い掛ける。

 「ねぇ、あなたはどう思う? 最近は少し違うわよね。女性は、社会に出るべきかしら? それとも、家庭に入るべき?」

 すると、それに女店長はこう答えた。

 「さぁ、分かりません」

 ポンと髪に手を置く。

 「ただ、こうは思います。もしも、世間が“女性は働きに出るべきだ”と言ったから外に働きに出たと言うのなら、それは“家庭にいるべきだ”と言われたから、女性が主婦に従事していた時代とどう違うのでしょう?」

 最後の仕上げをしながら店長は言う。

 「大切なのは、お客様にとってそれがどうなのか、という点だと思いますよ。世間がどうか、ではなく。もしもあながた望むのなら、働き続ける事を重視しても良い。家庭を持ちたいと言うのなら、それを目指すも良いでしょう」

 そうして、そのカットは終わりだった。


 「あなたの話を聞きながら、あなたの表情を見ながら、ハサミが進むままに自然にカットしました」

 全てが終わってから、店長はそう言った。不思議と、カットされたその髪型は自分に合っているようにその女性には思えた。

 「もしも自分の髪型に違和感を覚えたのなら、その時はまたご来店ください。私には髪を切るくらいしかできませんが、きっと自然なそれに仕上げてみせますから」


 その美容室はあまり目立たない。街の隅でひっそりと営業しているから。物静かな女店長が、いつでも迎えてくれるその店の壁には、誰が描いたかは分からないのだけど、何故か魔法使いの拙い絵が飾ってあって、そんなに呼ぶ人は多くないのだけど、偶にはこう呼ぶ人もいる。魔法使いの美容室。

 人生に疲れた時は、ちょっと寄ってみてくださいな。他の人から見れば、少しも不思議が起きてなくても、あなたから見ればちょっと不思議なことが、起きたり起きなかったりするかもしれません。しれませんよ。

以前とは違って、今は女性という労働力を会社が手放したくない時代になっているそうです。

ただ、その為に育児休暇が取り難くなる、などの問題もあるみたいですが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後のミステリアスな終わり方がかっこよかったです。 [一言] この美容室、すごいです。 ぴったりに仕上げてくれるなんて本当に魔法使いみたいです。 行ってみたい……。
[一言] 童話仕立てで可愛らしいのに、中身はしっかり百さん節でしたね。面白かったです。 それにしても、これほどまでに自分が常日頃抱いている思いを代弁して下さる方は他にいないですね。 ヒャッホゥ♪な作…
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