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34話:国王のお招き
 
 朝食を摂った後だった。
 ルーナは父に呼び出され、両親の部屋を訪ねていた。

「えっ? 王宮へ?」
「ああ……毎度の如く、だ」
「あはは……」

 父アイヴァンの苦虫を噛み潰したような表情に、ルーナは乾いた笑い声をあげた。

「陛下は本当にルーナがお気に入りなのね」

 アイヴァンとルーナのやり取りを横で聞いていたミリエルは、クスクスと笑いながらそう評した。

「あの変態王が……」

(一応主君だよね……?)

 いいのかなぁなどと、父の発言にルーナが思っていると、ミリエルが片眉を上げてアイヴァンを嗜めた。

「いい加減になさい。陛下に可愛がってもらえるなんて光栄じゃない」
「しかしな、ミリエル……」
「言い訳なさるなんて、男らしくないわよ貴方?」
「うっ……」

(母様の勝ちだね。うん)

 母にやり込められた父を不憫に思いながらも、ルーナは話題を戻すことにした。

「今度はどんな御用なのかなぁ?」
「とりあえずくだらない用事だとは思うがな」
「……はぁ」

 父の言葉にルーナは大きなため息を零す。五歳の時初めて王宮を訪れてより二年。その間にルーナは幾度も王宮に招かれていた。
 そしてその理由の大半が、ルーナを気に入った国王が彼女に会いたいからというものだったのだ。
 アイヴァンはそんな国王に対して苦々しく思っていたが、ルーナ自身は自分を可愛がってくれる国王に対して、嫌悪の情などわく筈もなく、素直に懐いていたので、彼に会うこと自体は苦痛ではなかった。

(でも王宮に行くのは無駄に緊張するのよね……)

 大抵の場合は人払いを済ませてある場所での謁見になるが、それでも多くの貴族や官吏が集まる王宮だ。
 小さな子供が出歩いていれば、嫌でも視線を集める。

「父様、すぐに出掛けるの?」
「ん? ああ、そうだな」
「わかりました。あ、カインは?」
「カインも一緒だ。彼にはもう話してある」
「そっか……じゃあ、私も着替えてきます」

 ルーナは父の言葉にコクンと頷くと、両親の部屋から退出した。






 王宮の一室。白大理石に金細工の装飾を施された暖炉の近くには、ピアーテーブルと椅子が三脚、少し離れて三人ほど座れる長椅子(セッティ)が置かれている。
 アイボリーの壁面には大小様々な肖像画が飾られており、床にはスイカズラの文様を織り込まれた毛足の長い絨毯が敷かれていた。

 王宮に着くなり、ルーナたちはこの部屋に案内された。
 普段であれば謁見の間、もしくは王の私室に通されることが多く、この部屋に通された意図が分からずルーナは首を傾げた。

「一体陛下の御用って何かしら?」
「あれの考えることは、時に突飛すぎてよくわからん」

 公爵は娘の問いに苦笑して答えると、暖炉の前の椅子に乱暴に腰を下ろした。するとタイミングよく部屋のドアが開いた。

「突飛とは失礼だな」

 クレセニア国王バートランドはククッと笑いながら、部屋へと足を踏み入れた。その後ろに続いたリュシオンは、肩を竦めながら冷たく言い放つ。

「言い得て妙。ですね」

 国王と王太子の登場に、慌てて腰を折ったルーナとカインを、国王は手で制するとアイヴァンの隣の椅子へと腰掛けた。

「ルーナたちも座るといい」
「はい」

 国王に促され、ルーナとカインは長椅子(セッティ)に腰を降ろした。暖炉近くの残されたもう一脚の椅子には、リュシオンが腰を下ろす。

「それで? 今日は一体何の用だったんだ」

 うんざりとした口調でアイヴァンが口を開くと、国王はニッと笑ってルーナを見た。

(え? 私……?)

 ルーナが驚きに目を見開くと、国王はハハハッと豪快に笑いながら、彼女たちを招いた用向きを話し始めた。

「実はな、来月の豊穣祭のことなんだ」

 豊穣祭は毎年十一月に行われる、一年の豊穣を神に感謝する祭りのことだ。豊穣祭自体はそれぞれ街や村単位で行われているのだが、五年に一度、王都の神殿では神々に舞を奉納する催しが行われる。

「そういえば今年は五年目か」
「ああ」

 思いついたように呟いたアイヴァンに、国王は首肯して続けた。

「それでだな、豊穣祭の花姫を公爵家の姫君たちに引き受けて貰いたくてな」
「花姫?」

 国王の言葉にコトンと首を傾げたルーナに、リュシオンが口を挟んだ。

「豊穣祭で舞を奉納する娘のことだ。代々未婚の貴族の娘が五人選ばれる」
「えっ、それを私が?」

 驚くルーナに、国王は満面の笑みを浮かべながら頷いた。

「お前の娘たちなら、さぞや美しい花姫になるだろうな」
「当たり前だ」

(当たり前だって、父様、了承しちゃうわけ?)

 ルーナは焦ってアイヴァンを見るが、彼はすでに決定事項とばかりに細かい打ち合わせを国王と始めていた。

(マジですか……)

 ガクッと項垂れるルーナの肩に、隣に座っていたカインが慰めるように手を置いた。ルーナは顔を寄せたカインの耳元へと、小さな声で囁いた。

「私が陛下の話をお断りできるわけないじゃーん……」
「きっと良い思い出になりますよ……」

 小さく呟かれたルーナの言葉に、カインは苦笑し、宥めるように声をかけるが、その目線は泳いだままだった。



「あの……花姫って舞を奉納するんですよね?」

 暫くして多少なりとも立ち直ったルーナは、父と国王に向けて疑問を投げかけた。

「そうだな。舞と細かい儀式の作法は、神殿から派遣された者が教えてくれるから心配はいらないぞ」
「はぁ……」

(選ばれた時点で心配ですって……)

「ああ、そうだそうだ」

 パンッと手を叩くと、国王は思い出したように声を上げた。その仕草にその場の全員が注目する中、国王はニカッと笑うと宣言した。

「ルーナの花姫の衣装は俺が仕立ててやるからな」
「は?」

 国王の宣言にすぐさま反応したのは、ルーナの父であるアイヴァンだった。愛娘の晴れ舞台の衣装を作ると宣言され、眉を顰めて国王を見る。

「なんでお前が仕立てるんだ? 俺がアマリー共々最高のものを手配する!」
「いいじゃないか、お前は上の娘のがあるだろ?」
「だからなんだ? なんでお前がルーナの衣装を仕立てる必要があるんだ」
「ルーナには色々世話になったしな。ほんのお礼だ」
「お前、その言い方はなんかやらしいからやめろ!」

 言い争う国王と父に、ルーナ、リュシオン、カインの三人は呆れた視線を向ける。

「お前、無駄に父上に好かれたものだな」
「……はは」

 同情をこめたリュシオンの言葉に、ルーナは乾いた笑いを返すしかない。

「それにしても、国王がお世話とは、一体何のことです?」

 国王のやり取りを静観していたカインは、不思議そうにルーナに尋ねた。国王は世話になっている公爵の娘ではなく、ルーナ自身に世話になっていると言ったのだ。

「あー……なんかね? 一度作ったお菓子を差し上げたことがあるんだけど、すっかりそれがお気に召したみたいで、幾度か差し上げたり、作り方をお教えしたりしてたことじゃないかなぁ?」
「なるほど、それでですか……」

 ルーナの説明に、カインも納得して頷いた。少し前までルーナは公爵邸の厨房でこそこそとお菓子作りをすることが多々あった。
 それが最近では公爵公認になり、離れにルーナ専用の厨房まで作られる始末だ。最初は令嬢らしくないと苦い顔だったカインだが、そこまでくると何も言わなくなった。
 もっとも諦めたというよりは、ルーナの作る菓子に買収されたという方が正しいのだが、本人は断じてそれを認めない。

「ルーナの菓子は凄いぞ。先日ルーナの作った菓子を見て、王宮のシェフが教えを請いたいと訴えてきたくらいだからな」

 いつの間にか近くに来たリュシオンが、長椅子の背もたれに寄りかかりながら告げる。

(私が考案したわけじゃないから、ちょっと罪悪感が……)

 リュシオンの言葉にルーナはそんなことを思いながら、上から自分を見下ろすリュシオンへと視線を向けた。

「それにしても、花姫ってなんか大変そうなんですけど……」
「ま、普通は社交界に出ることの叶わない年齢の未婚令嬢が、顔出しするためのものみたいなものだ。そんなに気にすることもない」
「そうなの?」
「ああ、そんなものだ」
「それにしても、私とかちびっ子すぎるんじゃないのかなぁ」

 アマリーならば十四歳で、そんな役目もぴったりな気がするが、まだ七歳のルーナでは幼すぎるのではないかと彼女は思う。

「確かに七歳で花姫に選ばれた令嬢はいないな」
「うっ……なら辞退とか……」
「無理」
「……ですよね」

 はぁっと大きなため息を吐いたルーナに、リュシオンは彼女の髪をクルクルと指に巻きつけながら続ける。

「ま、年齢はともかく、お前が一番注目を浴びそうだな」
「へ?」

 首を傾げるルーナを見て、リュシオンは楽しそうに笑った。

「なんにせよ、父上が決めたんなら諦めろ」
「はぁ……」

 少しばかり恨めしげにルーナが国王を見ると、彼はその視線を感じたのか彼女を振り返ってニカッと笑う。

「よし、アイヴァンは説得した! ルーナの衣装は俺が仕立てるからな!」
「あ、ありがとうございます……」
「ちなみにもうすぐ仕立屋が到着する頃だな」
「え? 今からですか?」

 ルーナが驚いた声を上げると、国王は豪快に笑ったあと隣に座っていたアイヴァンの肩をバンバンッと叩く。

「来月だからな! 準備は早い方がいいだろう?」
「……最初からこのつもりで呼んだな?」

 国王はアイヴァンの低い声には答えず、視線を泳がせた後、誤魔化すようにルーナに尋ねた。

「衣装は何色にするべきか……、ルーナなら何色でも似合いそうだがな」
「そうだな、白か……」
「いや、青も捨て難い。それとも可愛らしくピンクか?」

 またしても二人で揉め始めた二人に、ルーナははぁっと大きなため息を零す。

(もう、好きにして……)

 ルーナは諦めの境地に達し、肩を竦めて二人を見守った。