71、帰宅
水路では、様々な船が行き交っていた。
中には、船の上で店を開いている者達もいる。
隊商は、十数の船団を造り、連なって水路をゆっくりと進んでいく。
石と、水で出来た街は、華やかな喧騒に満ちていた。
そのまま、普通の街ならば、大通りと呼ばれるのであろう水路を通り、更に船の通りの多い方向へと進んでいく。
「着いたぞ」
その声に、きょろきょろと周囲を眺めていたクレアとジャンは顔を後方へと巡らした。
趣向を凝らした様々な船や、色鮮やかな人々の装飾は、どことなくセレサとは違い、異国情緒とまではいかないまでも、二人にとっては十分物珍しかったのだ。
「これが、家…?」
ジャンの問いに、アレンは頓着なく頷く。
「家って言っても、店も兼ねてるけどな」
目の前のその建物は、とても家と気軽に呼べるようなものではなかった。
少なくとも、セレサにはこの大きさの半分の建物もなかった。
その建物は、立派な門構えと、船着場を持っていた。
この店だけに限らず、レルリナの店や家は、必ず船着場を持っていた。
しかし、大きい店になればなるほど、船着場は、水路から離れて、半ば店の中に入り込み、大きくなるものだ、と言う事をジャンたちは既に知っていた。
この店に関して言えば、船着場は、完全に店の建物の中に引き込まれている。
水路の脇にある、道を通る人が店に入るための門の下には、船客用の門がもう一つ作りつけられていた。
そこの中に入ると、思いの他広い空間が広がっている。
薄暗いが、決して不気味な感じのしないそこは、奥にもう一つ目立たない通路がうがたれている。
物資の搬入もまた、水路を使うため、商品を積んだ船は、そちらから更に奥に入り、積荷を降ろすのだと言う。
そちらに向かう船を見送って、アレン達三人は、客用の船着場で降りる。
ウィリアムもまた、そこで下り、彼に導かれるようにして、ジャンとクレアは階段を上り、店の中へと進んでいった。
「タチアナ、今帰ったぞ」
ウィリアムの声に、店の奥から、人影が出て来た。
「あら、お父さん。お帰りなさい」
まだ若い、おそらくジャン達と同年代と思われる少女だった。
「ああ、エレナか。お母さんはどうした?」
栗色の瞳をくるくると動かして、エレナは、ジャンとクレアに視線を止めた。
「お母さんなら、もう来ると思うわ。それより、この人達は?」
好奇心の強そうな、陽気な顔立ちは、アレンと良く似ている。
そんな事を思いながら、ぼんやりとエレナを見つめていると、それに気付いた彼女は、クレアに向けてにっこりと微笑んだ。
笑うと、余計にそっくりだった。
「ああ、まぁ、ここじゃあ何だ。奥で話そう」
曖昧な返事を返して、ウィリアムは、ジャンとクレア、それに娘と息子を伴って、店の奥へと進んでいく。
「タチアナを見かけたら、奥の部屋に来るように言っておいてくれ」
使用人にそういい残して、ウィリアムが向かった先は、これまた豪勢な一室だった。
しかし、店や、その外見とは違い、どこか家庭的な温かい雰囲気を持つ事からも、そこが家族の私的な部屋であると窺い知れる。
それぞれが、椅子に腰掛け、ちょうど出て来たお茶に口をつけた時だった。
「ウィリアム、アレン、お帰りなさい」
満面の笑みとともに、入って来た女性は、そのままウィリアムと抱き合い、瞳を交わした。
「ああ、今帰ったよ、タチアナ」
その言葉に、もう一度笑むと、彼女は、次にアレンと抱擁を交わした。
「ただいま、母さん。久し振り」
「本当に。あなた達二人ときたら、全く」
笑いながら、彼女は言葉を続ける。
「どれだけ家を開けていると思っているの」
「出かける時には、一ヶ月で帰るといったのに、今はもう一ヶ月と半月も過ぎてしまったわ」
エレナがその言葉を続けて、拗ねたような表情を浮かべる。
「悪かったね。良い商売が出来たものだから、つい遠回りをしてしまった。良い護衛にも恵まれてね」
ジャンに視線を向けて、ウィリアムはそう言った。
「あら、この子達は?」
そこでようやくジャンとクレアの存在に気付いたのか、タチアナは、二人に視線を向けた。
「今回の護衛だよ。実は、使い手でね。商品も全く損なわずに、楽な商売が出来たよ」
上機嫌で言うと、ウィリアムは、ジャンに向き直る。
「本当に、今回は助かったよ。ありがとう。後でまた、きちんとお礼は支払う。今日はうちに泊まっていってくれ。…今後の事も、あるからね」
最後にそう付け加えて、ウィリアムはアレンに複雑な表情を向けた。
「使い手なの?すごい!私と、年変わらないのに…私、使い手って初めてみるわ」
エレナは、丸い目を更に大きく見開いて、ジャンを見る。
もっと、おばあさんとか、おじいさんみたいな使い手ばかり想像してたわ、とエレナは明るく言葉を続ける。
「陰気な、怖い感じの人達を想像してたのよね。でも、意外に普通で安心したわ。それにしても、お父さん、良く使い手さんと合えたわね。あ、今後って、もしかして、これからも隊商の護衛をしてもらえるの?それなら、私も外について行っても良い?」
矢継ぎ早にまくしたてるエレナを押し止めるようにして、ウィリアムが口を開いた。
「大事な話しがある。二人とも、座ってくれるか」
唐突なことに、戸惑いの表情を浮かべるが、ウィリアムの口調に、二人はすぐに椅子に腰掛けた。
それを見てから、ウィリアムはゆっくりと口を開いた。 |