70、御曹司
水の都を思わせる、流れるような曲線の装飾の施された壮麗な門をくぐった直後だった。
どよめきが、周囲に広がった。
どよめきと言っても、全ての人の間にではなく、もっぱら若い娘達を中心にしたどよめきだった。
いつの間にか、若い娘達の人垣がアレンの周りに出来ている。
「今戻り?暫くは街にいるのよね?」
「帰還祝いに、今日は遊びに行きません?」
時々洩れ聞こえてくる声に、耳を傾けながら、そう言う事か、と隣に立つアレンにジャンは視線を向けた。
先ほどとは打って変わって、アレンは取り澄まして、笑顔を振りまいている。
「ああ、久し振りだな。まだ、帰ったばかりだから、今後の予定は分からないな。すぐに発つかもしれないし、しばらくいるかもしれない。でも、ちょっと今は待ってくれ。長旅からの帰還で、店の連中も疲れているし、こうやって人だかりをつくってちゃ、うちの仕事が片付かないからね」
見事なまでの笑顔で、アレンは女の子連中に声をかける。
「見事なもんだろ」
耳元で囁かれた声は、護衛のフランツのものだった。
「街での、大商人の息子の顔だ。あれが素だと信じてやまない娘がほとんどだろうな」
口調も、立ち居振る舞いも、突如として変わったアレンは、今までとは違い、大商人の御曹司に相応しい姿だった。
「アレン・コールダー、レルリナでも一、ニを争う豪商の息子。物腰は柔らかく、冗談も通じる気さくな人柄。何より、年頃の女の子を惹き付けるには、十分な顔立ち」
ニヤニヤと笑いながら、フランツは数え上げる。
「あれで若は、なかなかに人気があるんですよ」
言われてみれば、ジャンにも何となく分かるような気がした。
今まで意識しなかったが、アレンは確かに、端正な顔立ちをしているのだ。
「何言ってるんだよ。こっちは相手するだけで、疲れ果てるってのに」
仏頂面で二人のもとに帰って来たアレンにジャンは、苦笑する。
大商人の御曹司の顔はどこへやら、既にいつもの調子に戻っている。
それでも、時々かかる黄色い声には、文句のつけられないような笑顔で答えるのは、さすがである。
ふと気がつくと、隊商の人々は慌しく働き初めていた。
「ああ、レルリナでは、道路ではなく、水路が生活にかかせない。だから、こういった大荷物を引いた馬車が通れるような道はないんだ。それで、門を入ってすぐにある馬屋に、馬や馬車をしまって、荷物を船に移し変えてるんだ。ここからは、しばらく船旅だ」
不思議そうな表情で、人々の作業を眺めていたジャンとクレアに、アレンはそう説明した。
「ほら、移動作業が終わった。船に乗るぞ」
嬉々として宣言したアレンは、さっさと空いている船へと向かう。
「これでやっと、好奇の視線から解放される」 |