68、過去と未来と、思い
翌日には、クレアの様子は、大分落ち着いていた。
しかし、落ち着いてはいるものの、ずっと馬車の中に篭りきりで、外に出ようともせず、無表情に座っている。
「クレア、これ昼ごはん」
ジャンが持ってきた昼ご飯を受け取り、クレアはふと顔を上げた。
「ジャン、昨日はごめんね…。でもね、こうやって昔みたいに閉じこもってちゃ意味がないんだよね。だから、私大丈夫だから、心配しないでね。本当にジャンには、悪いと思ってる。だからこそ、私、これ以上心配かけたくないから…。私も、前に進まないといけないんだよね、分かってるんだけど、どうしてこうなっちゃうんだろうね」
泣き笑いのような表情で、言ってクレアはジャンを見た。
「大丈夫だよ、クレアならさ。あんな、力の暴走は、すぐに起こらなくなるよ。それに、本当に俺は怪我もなかったし。クレアが元気に戻れば、俺は十分だから」
「ちゃんと、使い手になれれば、自分の意思とは関係ない、力の暴走はおきない…?」
それに、ジャンは、大きく頷いた。
「うん。癇癪は、大きくなれば、起こらなくなるものだろ?それと同じようなものだよ。自分の感情との付き合い方を覚えれば、癇癪が起こらなくなるように、力の付き合い方を覚えれば、力の暴走も起きなくなる」
それに、クレアは静かに頷いた。
それからと言うもの、クレアの力の練習量は、更に増えた。
隊商といる時にも、道から外れた森の中で、わざわざ木々を飛び回り、何かに取り付かれたかのように、常に力の練習をしていた。
それに影響されてか、アレンまでもが、力の練習に熱中していた。
比較的穏やかな旅路が続き、マーブルを過ぎてから、三つ目の街を後にした頃には、クレアは、基本的な力の扱いは、問題なく行えるようになっていた。
アレンに関しては、まだ幾分心もとない部分もあったが、彼もまた、大体の基本的な動作は取り合えずは問題なく出来ていた。
ジャンが、火、風、水の扱い方を教える、とそう宣言したのは、旅の最終目的地、つまりアレンの住む街まで、もうあまり日数もかからないところまで来た頃であった。
けれども、そえはやはり一目につくため、隊商と別行動になり、三人だけになった時から、練習を開始するとの事で、結局は、今までの反復練習を二人は続けていた。
アレンの街は、今まで通ってきた街々の比にはならないほどに、大きな街だった。
その名を、レルリナと言い、その背後は海に面し、大きな川が海に流れ込むすぐ横で、堂々としたたたずまいを誇っていた。
レルリナの川からは、木材やさらには石材など、様々な物資が流されており、街は海と川から取り込んだ水の上に立っていた。
この街では、人々は水路なしには生活できないのだ、とアレンは言っていた。
言い伝えによると、はるかな昔、一番初めの守護使いの司が、貧しかった小さな街に、水を呼び込み、水路を張り巡らせ、この交通網を整えたのだという。
確かに、その守護使いの司の読みはあたったようだ。
今のこのレルリナの繁栄は、水路と川なしにはありえないものだったからだ。
だからこそ、レルリナでは、守護使いの司への尊敬の念が他の街よりも強い。
「一番初めの守護使いの司?」
アレンの話しに、ジャンは口を挟んだ。
それぞれの街に、歴代の守護使いの司の偉業を讃える話しは語り継がれているものだったが、その起源を示す、初めの代、というものは大抵がうやむやなものなのだ。
「ああ。今から、千年以上の昔らしいぞ」
と、言っても、正確な話しはなく、人によっては、もっとずっと前だと言うものもおり、何となく落ち着いたのが、千年前だ、と言うだけのようだったが、それでも、初めの代と言う話しにはどこか惹かれるものがあった。
「考えてみると、守護使いの司って、何なんだろうな」
考え込むようにして、アレンは言う。
周囲は既に農地が広がり、そこはもう守護使いの司の力の恩恵を受ける地であり、人々はそれをさも当然の事のように考えて生活している。
「守護使いの司の起こりについての話は、一度も聞いた事がないな」
アレンの言葉にジャンもまた、同意する。
「…私、聞いた事ある。神話、だけど」
口を挟んだクレアに、ジャンとアレンは同時に視線を向けた。
最近では、クレアもアレンに口をきくようになっていた。
どういう心境の変化があったのか、アレンには分からないが、それでも、これから行動を共にする事に観念したからなのか、別に何か理由があるのか、最近では談笑は出来なくとも、必要最低限の会話は問題なく行えるようになっていた。
アレンの問いかけにも、言葉を返すだけでなく、ジャンと三人でいる場合には、ほとんど問題ない。
クレアは促されるような視線に、再び口を開いた。 |