67、馬車
ジャンが目覚めたのは、丸一日たった夕方の事だった。
その間の襲撃は、小規模なものが一度のみだったようで、隊商は順調に道のりをこなしていた。
「クレア、大丈夫か?まだ起きないけど」
目が覚めてから、ずっとクレアの眠る馬車の中に篭っていたジャンに、アレンは聞いた。
「う〜ん、体は問題ないと思うけど」
精神的な傷の方が、ジャンには心配だった。
「そうか…、ジャンは大丈夫なのか?」
「うん。まだちょっと回復しきってはないけどね。力も、使えばなくなるし、寝てすぐに回復するものでもないから、本調子に戻るまでは、後ニ、三日かかるかな。別に他に怪我したわけでもないからね」
そんな話しをしていた時だった。
今まで、死んだように眠り続けていたクレアがわずかに身じろぎしたのを目の端に捉えて、二人は顔を見合わせた。
「ん……、ジャン?……ジャン!」
飛び起きようとするが、体がついていかずに、再び倒れこもうとしたクレアをアレンは慌てて支えた。
「ジャン、ジャンは?」
焦ったような表情を浮かべ、周囲に目をやり、すぐ隣にジャンがいる事に気付くと、安堵の表情が広がり、ついで今にも泣き出しそうにクレアは顔を歪めた。
「クレア、まだ寝てた方が良いよ」
ジャンは落ち着かせるように、ゆっくりと声をかける。
「ごめんね……」
呟くように言って、クレアは目を伏せる。
同時に、涙が溢れ出した。
最近は、泣いてばかりだ、とどこかぼんやりと思ったが、涙を止める事は出来なかった。
「私、あの時…」
そのまま、先を続ける事も出来ずに、クレアはただ涙を流していた。
ジャンの目を見る事すら出来なかった。
「クレア、あれは、クレアのせいじゃない。防げないと分かっていたのに飛び出した俺も悪かった」
「だって、私…もしかしたら、あのまま、ジャンを…殺していたかもしれなかった」
尻すぼみに小さくなる声とは反対に、更に涙が溢れ出した。
「でも、それは起こらなかった。俺は無傷だしさ」
ほら、とジャンは柔らかく笑んだ。
「それでも、私は、取り返しのつかない事をしようとした…。謝っても、許されるような事じゃない…。あの男達と同じように…同じように、ジャンをしてしまうところだった…」
それに少し考え込んでから、ジャンはゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、こうしよう。ああなったのは、まだクレアが力の扱いになれていなかったからで、それは、クレアに責任はない、どうしようもない事だった。でも、これからも起こらないとは限らない。だから、今までと同じように、俺が、力の扱い方を教える。もう、同じ事が起きないように。そして、もう一つ。クレアは、俺を殺そうとした、って言うけど、実際は気付いたし、それを止めようと、必死で自分の危険をかえりみない無茶をした。だから、その事は、水に流そう。クレアは、危険をおかして俺を、助けてくれたから。それに何より、俺は何も気にしてないからさ」
とにかく、と言って、ジャンは立ち上がる。
「今は、ゆっくり休まないと。まだ、体辛いだろ。俺は、ちょっと外にいるからさ。あまり気にしないで、休みなよ」
馬車から降りるジャンを見送り、アレンは、どうしたものかと、クレアに視線を戻した。
馬車の壁にもたれかかるようにして、どこか宙を見据えて、クレアは俯いていた。
薄暗く表情は良く見えないが、それでもまだ静かに泣いている事だけは分かった。
「クレア…今は、休まないと…」
何と声をかけようと迷った末に、出て来た言葉は、全くありきたりなものだった。
クレアは、反応を返さずに、ただ座り込んでいた。
再び逡巡すると、アレンはおそるおそると言った様子で、クレアを馬車の中に横たえた。
それにもされるがままで、横になり馬車の天井を見据え、クレアの目からはまだ涙が流れて落ちていた。 |