65、叫び
「クレア…」
もう、終わりだ、と思った。
ジャンは、クレアを凝視したまま、動く事も出来ずにいた。
神器が光る。
力が限界まで高まるのを感じる。
もう、放たれる…。
その時、アレンが何か、叫んでいるのが聞こえた。
何と言ったのかは分からない。
しかし、クレアがそれに反応したのが見えた。
もう一度叫び声が響く。
今度はしっかりと聞き取れた。
心なしか、風も弱まっているような気がする。
それに、はっとしたように、クレアが伏せていた顔を上げた。
虚ろだった瞳も、しっかりと現実を映している。
目が、あった。
ジャンは、自分が我知らず微かに笑顔を作った事に気付いた。
どうして、笑っているのかは分からない。
しかし、自然に浮かんだ笑顔だった。
クレアの顔には、何とも形容し難い表情が浮かんでいた。
まだ、状況をしっかり把握出来ていないのだろう。
ちら、と炭の塊と化した男に視線を向ける。
クレアは、困惑したような、驚いたような顔をしていた。
先ほどよりは、勢いは弱くなったものの、風は未だに強い。
クレアもどこか苦しそうな表情だった。
それらの事が、ほんの一瞬のうちに起こり、もう一度、クレアがジャンに視線を戻したのと同時に、神器が一際明るく光を放った。
それは力が放たれたのを意味している。
ジャンは、何を考える間もなく、反射的に、体を庇うように腕を上げて目を閉じた。
顔を庇うように上げた腕の向こう側で、眩しい程の光が溢れているのを感じた。
それと同時に、突風が駆け抜ける。
その風に吹き飛ばされそうになりながらも、何とかその場に踏みとどまる。
眩しい程だった光はいつの間にか収まっていた。
しかし、いつまで立っても、それ以上の何の異変も起こらない。
ゆっくりと腕を下ろして、そろそろと目を開ける。
土埃のようなものが立ち込め、極端に視界が悪い。
後ろで、男達が腰が抜けたように地面に座り込むのを感じながら、ジャンは一歩足を進める。
土埃に紛れて、クレアの姿は見えない。
吹いてくる風に、ゆっくりと流されて、土埃は晴れていく。
それにつられるようにして、ジャンはもう一歩前に踏み出す。
一歩を踏み出すと、その勢いに任せてもう一歩踏み出す。
何か、影が見えた。
「クレア?」
ジャンの声に反応するかのように、地面に這い蹲るようにしている影が、小さく震えた。
クレアが倒れている場所は、先ほどクレアが立っていた位置からは、大分離れている。
「ジャン!クレア!」
完全に晴れた土埃の向こう側に、アレンの姿が浮かび上がり、やはりこちらに気付いたように声を上げた。
アレンもまたこちらに走り寄って来るのを目の端に捉えながら、ジャンは、地面に倒れたままのクレアの側に座り込んだ。
「クレア」
名前を呼べば、うつ伏せに倒れたまま、クレアは微かに頭を動かし、横に向けた。
「……ジャン?」
クレアは、ジャンと一瞬目をあわせたが、すぐにそれをそらす。
「……怪我は?大丈夫?私……」
「俺は、大丈夫。それより……」
言って、ジャンはクレアの体に目を向ける。
目立った傷はないが、最後には、自分の力を無理矢理に押さえ込むような事をしたのだろう。
制御しきれなかった力に跳ね飛ばされ、強く体を打ったのが容易に想像できるような痣が、服の端から覗いている足や、腕にもいくつかある。
「おい、大丈夫か?」
背後からかかったアレンの声にクレアは小さく目線を動かしたが、すぐに興味をなくしたように、別の場所を見る。
ジャンは、クレアの代わりに、小さく頷いてみせ、とりあえず無事なことを伝える。
クレアは立ち上がろうと、腕に力を込めるが、引きずるようにして、何とか動くのみで、持ち上げる事すら出来ない。
もう一度試みるが、やはり結果は一緒で、腕を持ち上げる事はおろか、頭を擡げる事すら出来ない。
もう一度、そう思ったが、急に眠気が襲ってくる。
抗えないような、急激な眠気で、眠ると言うよりも意識を失う、と言った方が適当なような、そんな眠気だった。
クレアは、最後にもう一度周囲の様子を見える限り見てから、ジャンを見上げる。
どうしても言いたい事があって、今にも瞼が落ちそうになりながら、口を開いたが、声を発する前に、クレアはとうとう眠りに落ちていった。 |