月夜霊(66/74)縦書き表示RDF


月夜霊
作:小夜



65、叫び


「クレア…」
 もう、終わりだ、と思った。
 ジャンは、クレアを凝視したまま、動く事も出来ずにいた。
 神器が光る。
 力が限界まで高まるのを感じる。
 もう、放たれる…。
 その時、アレンが何か、叫んでいるのが聞こえた。
 何と言ったのかは分からない。
 しかし、クレアがそれに反応したのが見えた。
 もう一度叫び声が響く。
 今度はしっかりと聞き取れた。
 心なしか、風も弱まっているような気がする。
 それに、はっとしたように、クレアが伏せていた顔を上げた。
 虚ろだった瞳も、しっかりと現実を映している。
 
 目が、あった。
 
 ジャンは、自分が我知らず微かに笑顔を作った事に気付いた。
 どうして、笑っているのかは分からない。
 しかし、自然に浮かんだ笑顔だった。
 クレアの顔には、何とも形容し難い表情が浮かんでいた。
 まだ、状況をしっかり把握出来ていないのだろう。
 ちら、と炭の塊と化した男に視線を向ける。
 クレアは、困惑したような、驚いたような顔をしていた。
 先ほどよりは、勢いは弱くなったものの、風は未だに強い。
 クレアもどこか苦しそうな表情だった。
 それらの事が、ほんの一瞬のうちに起こり、もう一度、クレアがジャンに視線を戻したのと同時に、神器が一際明るく光を放った。
 それは力が放たれたのを意味している。
 ジャンは、何を考える間もなく、反射的に、体を庇うように腕を上げて目を閉じた。
 顔を庇うように上げた腕の向こう側で、眩しい程の光が溢れているのを感じた。
 それと同時に、突風が駆け抜ける。
 その風に吹き飛ばされそうになりながらも、何とかその場に踏みとどまる。
 眩しい程だった光はいつの間にか収まっていた。
 しかし、いつまで立っても、それ以上の何の異変も起こらない。
 ゆっくりと腕を下ろして、そろそろと目を開ける。
 土埃のようなものが立ち込め、極端に視界が悪い。
 後ろで、男達が腰が抜けたように地面に座り込むのを感じながら、ジャンは一歩足を進める。
 土埃に紛れて、クレアの姿は見えない。
 吹いてくる風に、ゆっくりと流されて、土埃は晴れていく。
 それにつられるようにして、ジャンはもう一歩前に踏み出す。
 一歩を踏み出すと、その勢いに任せてもう一歩踏み出す。
 何か、影が見えた。
「クレア?」
 ジャンの声に反応するかのように、地面に這い蹲るようにしている影が、小さく震えた。
 クレアが倒れている場所は、先ほどクレアが立っていた位置からは、大分離れている。
「ジャン!クレア!」
 完全に晴れた土埃の向こう側に、アレンの姿が浮かび上がり、やはりこちらに気付いたように声を上げた。
 アレンもまたこちらに走り寄って来るのを目の端に捉えながら、ジャンは、地面に倒れたままのクレアの側に座り込んだ。
「クレア」
 名前を呼べば、うつ伏せに倒れたまま、クレアは微かに頭を動かし、横に向けた。
「……ジャン?」
 クレアは、ジャンと一瞬目をあわせたが、すぐにそれをそらす。
「……怪我は?大丈夫?私……」
「俺は、大丈夫。それより……」
 言って、ジャンはクレアの体に目を向ける。
 目立った傷はないが、最後には、自分の力を無理矢理に押さえ込むような事をしたのだろう。
 制御しきれなかった力に跳ね飛ばされ、強く体を打ったのが容易に想像できるような痣が、服の端から覗いている足や、腕にもいくつかある。
「おい、大丈夫か?」
 背後からかかったアレンの声にクレアは小さく目線を動かしたが、すぐに興味をなくしたように、別の場所を見る。
 ジャンは、クレアの代わりに、小さく頷いてみせ、とりあえず無事なことを伝える。
 クレアは立ち上がろうと、腕に力を込めるが、引きずるようにして、何とか動くのみで、持ち上げる事すら出来ない。
 もう一度試みるが、やはり結果は一緒で、腕を持ち上げる事はおろか、頭を擡げる事すら出来ない。
 もう一度、そう思ったが、急に眠気が襲ってくる。
 抗えないような、急激な眠気で、眠ると言うよりも意識を失う、と言った方が適当なような、そんな眠気だった。
 クレアは、最後にもう一度周囲の様子を見える限り見てから、ジャンを見上げる。
 どうしても言いたい事があって、今にも瞼が落ちそうになりながら、口を開いたが、声を発する前に、クレアはとうとう眠りに落ちていった。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう