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月夜霊
作:小夜



63、制御のきかない力


 ふと、横を見れば、強風に煽られ、驚愕の表情を浮かべた隊商の人々が周囲の物に捕まりながら何とか立っていた。
 いくらかクレアから距離があった為、特に被害は受けてはいないようだった。
「少し離れていてくださいっ!あまり近くにいると巻き添えをくらいます!」
 そう叫んで、少しずつ距離をとる人々を見、ジャンはクレアに向き直る。
 ちょうど、クレアの真横にいるため、クレアからも通常であればアレンとジャンの姿もわずかにしろ目に入るであろうが、今は全く気付いた様子もない。
 いや、それどころかクレアは前を見てはいるが、その瞳は何も映してはいないかのように虚ろだった。
 隊商の人々には距離をとるように言いはしたものの、ジャン自身、これからどうすれば良いか、考えもつかないでいた。
 正面からぶつかっていって、クレアを止められるとはとても思えない。
 そう思案していた、数瞬は、ふいに一歩足を踏み出したクレアの動きによって終わりを告げた。
 いや、正確には“一歩”ではない。
 宙に浮いた状態であったクレアは足を踏み出す、という行為はしたものの、それ以降は体を動かす事なく、滑るようにして移動している。
 足を踏み出す動きそのものはゆっくりとしたものだったが、進む速度は速く次の瞬間にはクレアはかなりの距離を移動していた。
「クレアっ!」
 クレアが向かう先に、男達が地面に飛ばされたままの状態で横たわっている事に気付き、慌ててジャンは声をかける。
 しかし、クレアの耳には届いていないようで、クレアは動きを緩める事なくすぐに男達のすぐ側にまで辿り着き、そこで一端止まるとそこから男達を見下ろす。
 それに気付いてか、男の一人が呻き声を上げながら、体を起こそうと腕に力を入れる。
 しかし、起き上がる事は叶わず、仰向けに再び地面に倒れこんだ男は自分を見下ろすクレアに目を留める。
 刹那、男の表情が引きつり、声にならない乾いた叫びを上げ、その場から逃げようともがくが、吹き荒れる強風の為に這いずる事もままならない様子だった。
 次第に風が強くなっていく。
 嫌な予感がしてジャンもクレアの元に近づこうとするが、風に煽られて思うように前に体が進まない。
「助…けて、くれ…」
 掠れた声で男はそう呟く。
 その言葉が発せられた瞬間、風が一層強さを増し、男はひっ、と小さく声をあげ顔を引き攣らせた。
「クレアっ!!止めろっ!!」
 クレアの力が急激に高まるのを感じて、ジャンは大声を上げる。
 しかし、叫ぶ声も虚しく虚空に漂い、神器が強い光を放った。
 それと同時に男の絶叫が響き渡る。
 しかし、その声も長くは続かず、すぐに風の唸り以外耳に届く音はなくなった。
 ジャンは目にした光景に立ち尽くす。
 背後からもアレンが息を呑む声が聞こえる。
 おそらく、隊商の者達はこの光景を目に出来る程近くにはいない事だけが、せめてもの救いだろう。
 先ほどまで男が一人いた場所は黒くなった土と、一山の黒い塊があるのみ。
 その元が人であった、原型すら留めていない塊も、すぐに風に吹かれ、散り散りになり、後に残ったのは黒く変色した地面のみ。
 残りの男達も呆然とその黒い地面を凝視し、動く者は誰もいない。
 一番初めに動いたのはやはりクレアだった。
 地面に落としていた視線を上げ、少し離れた場所にかたまっている男達に目を向ける。
「う…うわぁーっ!」
 堪らず一人が叫び声を上げれば、それが伝染したように男達は口々に何か叫び声を上げて立ち上がろうともがく。
 仲間から一人離れた所にいた男に近づき、クレアは彼を見下ろす。
「助けて…くれ…嫌だ…死に、たくない…」
 この男から出てくる言葉も、やはり命乞いの言葉。
 そんな男にクレアは感情を映さない虚ろな瞳を向ける。
「許さない…」
 小さく呟いた声は冷たく地を這い、男の耳に届く。
『絶対に、許さない…』
 もう一度眩い光が走る。
「クレアっ!」
 叫びとともにジャンはクレアの元に一足飛びに跳ぶ。
 しかし、腕を伸ばせばすぐにでも届きそうな距離まで何とか近づいたものの、それ以上は空気の壁に阻まれて近づく事が出来ない。
 クレアの腕を掴もうと、腕を伸ばすが、僅かの距離で届かない。
 尚も手を伸ばすジャンに鋭い風が吹きつけ、そのまま後ろにジャンの体を飛ばす。
 風に抗いクレアに近づく事のみに全ての力を注いでいたジャンは、急な事に反応出来ずに、勢いもそのまま地面に叩きつけられるように落ちる。
 それを見てアレンが出来得る限りの速さで地面に転がったジャンの元に近づいてくる。
 何とか辿り着いたアレンに助け起こされるようにして、ジャンは顔を上げてクレアを見る。
 クレアはその感情の高揚をあらわすかのように徐々に体が更に地面から離れていく。
「ジャン!大丈夫かっ!?」
 アレンもまたクレアを見ながらそう声をかける。
「うん、何とかね」
 クレアはやはり、暗い瞳で男達を見下ろしている。
 もう一度光が走る。
 恐怖に慄く男達の数は先ほどの光で一気に減り、もう三人しか残ってはいない。
 そこらじゅうに黒く焼け焦げた地面だけが残っている。
「クレアっ!止めろっ!」
 クレアの視線が男達を捕らえた事に気付き、アレンが大声を上げるが、クレアはそれにすら気付いてはいないようだった。
 傍目には冷静に見えるからこそ余計に恐ろしさが増す。
 力の制御が出来なくなる程だから、クレアの制御力の拙さを差し引いたとしても相当の恐慌状態に陥っている事は確かなのに、それすら分からない程に表情がない。
 クレアの力が再び高まるのを感じ、ジャンはこれが最後、と立ち上がる。
 力の残りも少なくなってきている。
 全ての力を注ぎ込むしかない。
 クレアと男達の間に割って入ると、ジャンはありったけの力でクレアの近くに行こうと跳び上がる。
 しかし、割って入った瞬間に、神器が光を帯びた。
 防げない、確信があった。
 光を見てアレンが、叫び声を上げる。
 背後では男達の悲鳴も聞こえた。
 あれは、どう足掻いても防げない、その確信だけが、ジャンの胸にはっきりと浮かんだ。












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